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寺田 寅彦 のオススメ作品

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- 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • N100601 萬華鏡☆寺田寅彦著☆岩波書店刊
  • 柿の種★寺田寅彦★岩波文庫
  • 寺田寅彦随筆集第一巻~五巻セット★岩波文庫
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  • 寺田寅彦随筆集/岩波文庫/全5冊組/函■昭和48年
  • 【望星2008年11月号】寺田寅彦に会いたい!
  • 【ラク】FZ0501026●古書/岩波書店/寺田寅彦全集 文学編 第15巻
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 4』岡本かの子 寺田寅彦★1円
  • 【ちくま日本文学034】寺田寅彦 1878-1935
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      一 デパートのの午後  街路アスファルト表面温度華氏百度を越すような日の午後に大百貨店の中を歩いていると、私はドビュシーの「フォーヌの午後」を思いだす。一面に陳列された商品がさき盛った野の花のように見え、天井回るファンの羽ばたきとうなりが蜜蜂を思わせ、行交(ゆきか)う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように思われてくるのである。あらゆる人間的なるものが、暑さのために蒸発してしまって、夢のようなおとぎ話世界が残っているという気がするのである。この夢の世界を逍遥している幾千人かのうちの幾プロセントかはまたおそらく単にこのフォーヌの夢を見るだけの目的で、あてもなく彷徨しているかもしれない。こういう意味デパートメントストアは一つの公園であり民衆散歩場である。そうして同時に博物館であり、百科辞典であり、また一種のユニヴァーシティであるのである。そうしてそれがそうであることによって、それは現代世相の索引でありまた縮図ともなっているのである。
 食堂写真部はもちろん、理髪店ツーリスト・ビュロー、何でもある。近頃郵便局出来たところもある。職業紹介所結婚媒介所はいまだないようであるが、そのうちに出来てもよさそうなものである。今でも見合いランデヴーには毎日のように利用されているくらいである。球戯場などもあっても差支(さしつか)えはない。
 しかし百貨店可能性がまだどれほど残されているかは未知数である。その一つの可能性として考えられるものは、軽便で安価な「知識の即売」である。法医工文理農あらゆる学問小売部を設けることである。
 親類民事上の訴訟問題でも起りかかった場合に、われわれはある具体的の法律上の知識概要を得ておきたくなる。そういう時に、もし百貨店買物をした節に十分か十五分の時間と二円か三円の金を費やして要領を得ることが出来れば便利である。
 わざわざ医者にかかるほどでもないちょっとしたできものを診てもらって適当な療法を教わったり、また病気であるかないか分らないようなからだの工合を話して意見を聞くようなことが、あたかも鉛筆一本ハンケチ一枚買うように気軽に出来れば便利である。
 家を建てようと思う人が自分素人設計図を見せてまずい所を直してもらったり、ちょっとした器械でも買う場合目的を話して適当なものを選定してもらわれれば好都合である。メロンを作ってみたいと思う人が自分の畑の適否を相談し、栽培法の要領を教われれば軽便である。
 もう少し実用を離れた知識でもわれわれは時に自分の畑違いの事で一通りのことを心得ておきたい場合がある。書物を読めばいいとしたところで第一どういう本を読んでいいのかそれが分らない。そういう場合にもし百貨店買物の節に軽便安直な知識を購入出来れば工合がいい。たとえば相対性原理とはどんな事か、マルキシズムとは何かバロック芸術とは何、ベースボールとは何、ジャズとは何、そういうことが望みのままに早分りがすれば甚だ便利であり、また時代適応する所以(ゆえん)であるかもしれない。
 現代に隆盛を極めている各方面の通俗的な雑誌はこういう安価で軽便な皮相的な知識汽車弁当のおかずのごとく詰め込んであるが、ただ自分のちょうど欲しいと思うものを自分の欲しい時に手にいれようとするには不便である。それには百貨店に私のこの提案が採用されると便利であろう。
 これらの「知識の売子」にはそう大したえらい本当の学者は入用はないのみならず、かえって甚だ厄介でかつ不都合であろう。この選定はむしろ百貨店支配人に一任すればよい。
 某百貨店の入口の噴水の傍の椰子(やし)の葉蔭のベンチに腰かけてうっとりしているうちに、私はこんな他愛もない夢を見ていたのである。(昭和四年八月東京朝日新聞』)

      二 地図をたどる

 暑い汽車に乗って遠方へ出かけ、わざわざ不便で窮屈な間に合せの生活を求めに行くよりも、馴れた自分の家にゆっくり落着いて心とからだの安静を保つのが自分にはいちばん涼しい銷夏(しょうか)法である。
 日中暑い盛りにはやはり暑いには相違ない。しかし何か興味のある仕事に没頭することが出来れば暑さを忘れてしまうことは容易である。それにはあまり頭も苦しめなくて、ただ器械的に仕事を進めて行くうちに自ずから興味の泌み出して来るようなことが適当である。例えばある年の夏は江戸時代大火記録をその時代地図と較べながら焼失区域図を作って過ごした。仕事はある意味では器械的であるが一つ一つの記録を読んで行くうちに昔の江戸生活が、小説歴史書物で見るよりも遥かに如実(にょじつ)に窺(うかが)われて実に面白かった。昔の地図と今の電車線路入りの地図と較べているうちに色々のことを発見して独りで面白がることも出来た。
 今年はある目的があって、陸地測量部五万分一地形図を一枚一枚調べて河川の流路を青鉛筆記入し、また山岳地方のいわゆる変形地を赤鉛筆で記入することをやっている。河の流れをたどって行く鉛筆の尖端が平野から次第に谿谷(けいこく)を遡上(さかのぼ)って行くに随って温泉にぶつかり滝に行当りしているうちに幽邃(ゆうすい)な自然の幻影がおのずから眼前に展開されて行く。谿谷の極まるところには峠があって、その向う側にはまた他の谿谷が始まる、それを次第にたどって行くといつの間にか思わぬ国の思わぬ里に出て行く。
 去年の夏は研究所で油の蒸餾(じょうりゅう)に関する実験をやった。ブンゼン燈のバリバリと音を立てて吹き付ける焔の輻射(ふくしゃ)をワイシャツの胸に受けながらフラスコの口から滴下する綺麗宝石のような油滴を眺めているのは少しも暑いものではなかった。
 夕方井戸水を汲んで頭を冷やして全身の汗を拭うと藤棚の下に初嵐の起るのを感じる。これは自分最大のラキジュリーである。
 夜は中庭の籐椅子に寝て星と雲の往来を眺めていると時々流星が飛ぶ。雲が急いだり、立止まったり、消えるかと思うとまた現われる。大きな蛾(が)がいくつとなくとんで来て垣根の烏瓜(からすうり)の花をせせる。やはり夜の神秘な感じは夏の夜に尽きるようである。
昭和五年七月大阪朝日新聞』)

      三 暑さの過去帳

 少年時代昆虫標本の採集をしたことがある。夏休み標本採集の書きいれ時なので、毎日捕虫網を肩にして旧城跡公園に出かけたものである。南国炎天に蒸された樹林は「小さなうごめく生命」の無尽蔵であった。


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