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夜の鳥 - 神西 清 ( じんざい きよし )

  • ★『はつ恋』 ツルゲーネフ/神西清・訳/新潮文庫
  • (岩波文庫)ツルゲーネフ 散文詩 神西清・池田健太郎訳
  • ★昭和50年48刷 はつ恋 ツルゲーネフ 神西清訳 新潮文庫 切手★
  • 岩波文庫■散文詩■ツルゲーネフ■神西清・池田健太郎/訳
  • 堀辰雄の周辺 堀多恵子著 *犀星/龍之介/神西清/川端/中野重治
  • チェ-ホフの手帖 神西清 新潮文庫[写真素材特典付き]
  • 四季 4(再刊第二巻)神西清 堀辰雄 片山廣子 吉井勇 折口信夫
  • 送料込 3冊組 チェーホフの手帖/神西清訳 妻への手紙 続~ 初版
  • 『バーニヤ伯父さん』 ★チェーホフ 神西清・訳 1952年初版
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 去年の夏のことだ。  H君夫妻が、終戦後はじめて軽井沢別荘びらきをするといふので、われわれ旧友二三人が招かれたことがある。そのなかに、久しぶりでわれわれの前に姿をあらはしたG君もゐた。これは思ひがけなかつた。
 われわれ仲間といふのは、ほんの高等学校の頃に同室だつただけの関係なのだが、そんな漠然とした若い時代友情が、めいめい別れ別れに大学へ進んでからも、やがて社会へ出てからも、案外そこなはれずに続いてゐたのである。
 同勢は六人ほどで、文科系統が多かつたけれども、G君は工科だつた。もう一人、魏(ぎ)さんといふ山東(さんとう)出身の留学生がゐて、これは医科だつた。のつぽといつていいくらゐ背の高い男で、とつつきの悪い不愛想なところがあつたが、実は飃々(ひょうひょう)とした楽天家で、案外すみに置けない粋人(すいじん)でもあつた。魏怡春(ぎいしゅん)といふ名前が、まさに体(たい)をあらはしてゐたわけである。
 そんな彼に、われわれはよく甘えたり、罪のない艶聞(えんぶん)をからかつたりしたものだ。大学を出ると長崎へ行つて、はじめは医大につとめ、やがて開業した。日本人の細君をもらつたとかいふ噂(うわさ)もあつたが、そのへんから段々消息がぼやけて来て、まもなく戦争になつた。山東へ帰つたらしいと、誰いふとなしにそんな風聞も伝はつたが、確かなところは分らなかつた。もし帰つたとすれば、彼の運命は果してどうなつてゐるだらう。無事で、若白毛(わかしらが)がますます霜(しも)を加へて、相変らず飃々(ひょうひょう)としてゐるだらうか。……われわれはまづ、そんなことを噂し合つた。
 G君は、われわれの仲間では唯(ただ)一人山岳部員だつた。かと云つて先頭に立つて賑(にぎや)かに音頭をとるのではなく、むしろ黙々として小人数で沢歩きをするといつた風であつた。一度など、単身で雨あがりのザンザ洞へいどんで、トラヴァスの失敗から人事不省になつたことさへある。まだ沢歩きが今ほどはやらない時分のことだから、木樵(きこ)り小屋の人がひよつこり水を汲(く)みに降りて来なかつたら、とつくにGは白骨を水に洗はれてゐたに相違ない。……そんな経験のあつたことを、われわれ仲間でさへ余程あとになつて、彼が何首かの歌に歌ひこむまでは、さつぱり知らずにゐた始末だつた。
 歌といへば、Gはわれわれの中で唯一人の歌よみでもあつた。当時の風潮にしたがつてアララギ調で、なかでも千樫(ちかし)に私淑(ししゅく)してゐたらしいが、ちよいちよい校友会雑誌などに載るその作品は全部が全部自然|諷詠(ふうえい)で、たえて人事にわたらなかつた。格調がととのひすぎて、つめたく取澄ましてゐるやうな彼の歌風は、学校短歌会の連中から変に煙たがれてゐたらしい。そこでも彼は孤独だつたのだ。学校先輩に当る詩人に、Gがわれわれの仲間のSを介して、歌稿の批評をもとめたことがある。その人は詩壇きつての理知派と云はれてゐたが、一流のきらりと光るやうな微笑とともに、
「ああ、この人は鉱物だね」
 と評し去つたさうだ。Sは面白がつて、この評語をわれわれに披露したが、さすがに当人には匿(かく)してゐたらしい。悪意批評ではないまでも、少しばかり的を射すぎてゐると思つたのだらう。Sは世話ずきな男だつた。
 なるほどさう言はれてみれば、Gには人間鉱物還元して考へるやうなところがあつた。そのためには先(ま)づ自分自身を、鉱物還元するのである。自然との対話によつて、やうやく自分孤独を満たしたやうな人なら、古来めづらしいことではない。さういふ人たちは好んで自分を草木に化する。Gはそれができない性格だつた。あるひは草木の時代を、まだ自分が生まれないずつと遠い昔に経過してゐるのかも知れなかつた。がとにかく、そんな人間詩歌など作らぬ方がいい――と、例の理知派の詩人皮肉つてゐるらしく思はれた。その詩人は、その後まもなく毒薬自殺をした。そしてGは、やがて忘れたやうに歌を作らなくなつた。
 Gは、大学では建築をやつた。卒業設計は大がかりな綜合(そうごう)病院のプランだつた。いよいよ出来あがつて提出する前、彼は大きな図面を何枚もわれわれに見せて、かなり丁寧に説明してくれたものだが、今ではもう、おそろしく沢山(たくさん)の棟(むね)に分れた複雑きはまる見取図や、オランダ民家を見るやうな柔らかな屋根の色や線が、おぼろげに記憶に残つてゐるだけで、こまごました技術上の苦心や抱負などは、当時にしてもわれわれには見当さへつかなかつた。
 が、そんな夢みたいな設計図でも、専門家の眼には何か見どころがあつたらしい。Gは卒業後しばらく東京のT工務所につとめたのち、ちやうど京城(けいじょう)に新たに建つことになつた大きな病院仕事に、破格なほど高い椅子(いす)を与へられた。そのまま大陸に居すわつてしまひ、やがて満洲へ渡つたことだけはわれわれの耳に伝はつたが、あとはさつぱり消息が絶えた。つまりGは、例の魏さんに次いでわれわれの視界から姿を消したのである。
 そんな彼に、われわれはHの別荘で、ほとんど二十年ぶりに再会したわけだ。懐かしいといふより、一種の間のわるさが先に立つた。年月の空白といふものは、男の場合でも女の場合でも、何ともぎごちないものだからである。男女の間なら、一種の擬勢でそれを埋めることができるかも知れない。


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