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夜泣き鉄骨 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

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     1  真夜中に、第九工場大鉄骨(だいてっこつ)が、キーッと声を立てて泣く――  という噂が、チラリと、わしの耳に、入った。 「そんな、莫迦(ばか)な話が、あるもんか!」  わしは、検査ハンマーを振る手を停めて、カラカラと笑った。
「そう笑いなさるけどナ、組長さん」その噂を持ってきた職工は、慄(おび)えた眼を、わしの方に向けて云った。「昨夜のことなんだよ、それは……。火の番の、常爺(つねじい)が、両方の耳で、たしかに、そいつを聴いたよッて、蒼(あお)い顔をして、此(こ)のおいらに話したんだ。満更(まんざら)、偽(いつわ)りを云っているんだたァ、思えねぇ」
 いつの間にか、わし達の周(まわ)りには、大勢の職工が、集ってきた。
組長さん、それァ本当なんだ」別の声が叫んだ。
「なんだとォ――」おれは、その声のする方を見た。「てめえは、雲的(うんてき)だな。雲的ともあろうものが、軽卒(かるはずみ)なことを喋(しゃべ)って、後で笑(わらわ)れンな」
大丈夫ですよ――」雲的(うんてき)は大いに自信ありげに、言葉をかえした。「それについちゃ、ちィっとばかり、手前(てめえ)の恥も、曝(さら)けださにゃならねえが、もう五日ほど前のことでさァ。徹夜勝負(よあかししょうぶ)のそれが、十二時を過ぎたばかりに、スッカラカンでヨ、場に貸してやろうてえ親切者もなしサ、やむなく、工場宿直(しゅくちょく)、たあさんのところへ、真夜中というのに、無心(むしん)に来たというわけ。さ、その無心を叶(かな)えて貰っての帰りさ、通り懸(かか)ったのが今話しの第九工場横手。だしぬけに、キーイッという軋(きし)るような物音を聴いた。(オヤ、何処だろう)と、あっしは立停(たちどま)った。暫(しばら)くは、何にも音がしねえ。(空耳(そらみみ)かな?)と思って、歩きだそうとすると、そこへ、キーイッとな、又聞えたじゃねえか。物音のする場所は、たしかに判った。第九工場内部からだッ。(何の音だろう? 夜業(やぎょう)をやってんのかな)そう思ったのであっしは、顔をあげて、硝子(ガラス)の貼ってある工場の高窓を見上げたんだが、内部は真暗(まっくら)と見えて、なんの光もうつらない。(こりゃ、変だ!)俄(にわか)に背筋が、ゾクゾクと寒くなってきた。そこへ又その怪しい物音が……。恐(こわ)いとなると、尚(なお)聴きたい。重い鉄扉(てっぴ)に耳朶(みみたぶ)をおっつけて、あっしァ、たしかに聴いた。キーイッ、カンカンカン、硬い金属が、軋(きし)み合い、噛み合うような、鋭い悲鳴だった」
「大方、工場に、鼠(ねずみ)が暴れてるんだろう」わしは、不機嫌に云い放った。
「どうして、組長!」雲的(うんてき)はハッキリ軽蔑(けいべつ)の色を見せて、叫びかえした。「あっしにァ、あの物音が、どこから起るのか、ちゃんと見当がついてるのでサ」
「ンじゃ、早く喋(しゃべ)れッてことよ」
「こう、みんなも聴けよ」彼は、周囲(まわり)の南瓜面(かぼちゃづら)を、ずーッと睨(ね)めまわした。「ありゃナ、クレーンが、動いている音さ!」
「なに、クレーンが※」
 一同が、思わず声を合わせて、叫んだ。
 クレーンというのは、格納庫(かくのうこ)のように巨大な、あの第九工場内部へ入って、高さが百尺近い天井を見上げると判るのだが、そこには逞(たくま)しい鉄骨で組立てられた大きな橋梁(きょうりょう)のような形の起重車(きじゅうしゃ)が、南北の方向に渡しかけられている。それが、クレーンだった。その橋梁の下には、重い物体をひっかける化物(ばけもの)のようにでっかい鈎(かぎ)が、太い撚(よ)り鋼線(ロープ)で吊(つ)ってあり、また橋梁の一隅(いちぐう)には、鉄板(てっぱん)で囲った小屋が載(の)っていて、その中には、このクレーンを動かすモートルと其の制動機とが据(す)えてあった。制動機を動かすと、この鉄橋は、あたかも川の中で箸(はし)を横に流すように、広い第九工場の東端(とうたん)から西端(せいたん)まで、ゴーッと音をたてて横に動くのだった。
「おい、政(まさ)ッ!」わしは、クレーン運転手をやっている男を、人垣の中に呼んだ。
「へえ――」政は、紙のように、白い顔をして、おずおずと、前へ出てきた。
クレーンが、真夜中に動き出すてのは、本当かな」
「わたしは、ナなんにも、存(ぞん)じませんです。しかし、クレーンスウィッチは、必ず切って帰りますで、真夜中に、ヒョロヒョロ動き出すなんて、そんな妙なことが……」
 そこまで云った政は、発作(ほっさ)みたいな様子となり、言葉のあとをブツブツ口の中で呟(つぶや)いて、それから急に気がついたかのように、ワナワナ慄える両手を、周章(あわ)てて背後に隠したのだった。
「よォし。今夜は、一つ正体(しょうたい)を確かめてやろう。いいか、みんな夜中の十二時を廻ったら、裏門前に集るんだ!」


     2


 合宿所の、三階の、廊下を、パタパタと音をさせて、近づいてくる跫音(あしおと)があった。
組長さん、おいでですか――」
 その跫音は、「舎監居間(しゃかんいま)」と書いた木札(きふだ)を、釘で打ちつけてあるわしの室の入口の前で停るが早いか、そう、声をかけたのだった。
「おう。誰かい」
栗原(くりはら)です。倉庫係(そうこがかり)の栗原ですて」
栗原? 栗原が、なんの用だッ」
「へえ、ちょっと工場の用なんで……」
「なにッ。工場の用て、どんなことだか云ってみろ」
「へえ、実は――」栗原は、言い淀(よど)んでいる風だった。「先日(せんじつ)お持ちになりました乙型(おつがた)スウィッチが、急に入用になりましたんで、いただきに参ったんですが……」
スウィッチなんか、明日にしろ」
「ところが生憎(あいにく)、工場で至急使うことになったんで、直ぐ持って行かないと困るんでして、実にその……」
「よォし、いま入口を開けるから、ちょっと待て」
 暫くして、わしは、入口の扉(と)を、サッと開けた。
「どうも相済(あいす)みません」栗原は、わしの顔を見るなり、ペコリと頭を下げた。
「お前、この間、そう云ったじゃねえか。このスウィッチは、当分(とうぶん)不用(ふよう)だから、いつまでもお使いなさい、とな」
「申訳がありませんです」栗原は、ひどく恐縮(きょうしゅく)している態(てい)で、ペコペコ頭を下げた。「組長さんは、スウィッチ図面書きたいから御持ちになるというので、そんな簡単御用ならと、栗原は帳簿に書かないで、御貸ししたんです。ところが、今急に、拡張(かくちょう)工事係の方から、在庫(ざいこ)になっている乙型(おつがた)スウィッチは全部数を揃えて出せという命令なんで。


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