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夜長姫と耳男 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 16』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 7』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾選集★坂口安吾★平野謙 岩上順一 野坂昭如
  • ★坂口安吾エッセイ/人間・歴史・風土/講談社文藝文庫/絶版/即決
  • 【文庫】白痴 (新潮文庫) 坂口安吾◆メール便80円
  • 出口裕弘★坂口安吾 百歳の異端児 新潮社2006年初版
  • 【坂口安吾文庫本 2冊】白痴・堕落論
  • 『定本 坂口安吾全集』第12巻/雑纂Ⅰ、第13巻/雑纂Ⅱ/2冊セット
  • ★ちくま日本文学全集★坂口安吾★1991年第一刷
  • 即決★TT07★小説 坂口安吾★杉森久英
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 オレの親方はヒダ随一の名人うたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、 「これはまだ二十若者だが、小さいガキのころからオレの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠(アオガサ)や古釜(フルカマ)にくらべると巧者ではないかも知れぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」
 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった。
 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。
 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、
「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」
 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。その時まで親方言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。
「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だという寺は天下に一ツもない筈だ」
 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくる※のようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。
「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人うたわれている青ガサとフル釜だぞ」
「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだけだ」
 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。
「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事工夫はいらぬことだ」
 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。
「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」
「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」
 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。
「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげればそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」
 たしかにオレは生きて帰らぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。
 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。
 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼらせ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき黄金の香りがすると云われていた。
 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。
「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠またまた昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」
 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることができなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。
 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。


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