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大利根八十里を遡る - 野口 雨情 ( のぐち うじょう )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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大利根十里を溯る    前橋鈴蘭燈籠  停車場前から市街の外側をめぐる、新にひらかれた八間道路前橋市の一偉観である。鈴懸けの街路樹深緑の葉を夕風にそよがせて、見るからに涼しげであつた。夜は鈴蘭の花にかたどつた鈴蘭燈籠がついて、夏の夜にふさはしい『明け易き』といふ感じがある。民謡二篇。

   ○
来たらよく見な
鈴蘭燈籠
小花四つ
親一つ
   ○
夜の前橋
鈴蘭燈籠
お月ヤ出なくも
闇はない


   榛名赤城連山

 西には榛名連山が見え、北には赤城連山が見える。前橋市自然美の中につつまれてゐる都会である。民謡三篇。

   ○
榛名山から
烏の子でも
おれと遊び
飛んで来な
   〇
赤城山から
兎の子でも
おれと遊び
はねて来な
   ○
烏ア来ぬ来ぬ
兎も来ない
おれと遊ぶが
いやなのか


   越後街道渋川

 前橋市から、越後街道利根流れにそふて、渋川へ向ふ。この辺一帯に桑畑である。童謡一篇。

   ○
ここらあたりは
桑畑
蚕さんが見たなら
はつて来よな
アララノラツテバ
アララノラ


 桑畑の中の、ところどころに芋畑があつて、いもの葉が川風にそよいでゐる。民謡一篇。

   ○
土用が来たから
畑のいもは
子でも出来たか
いそいそと


 行くことおよそ二里、群馬県下で一番古い鉄橋坂東橋がある。利根の水はすさまじい勢ひで橋の下流れてゐる。この辺が利根川唯一のあゆの産地と聞いた。


あゆは瀬にひれふりありあそび
われは野に子供と共に旗ふり遊ぶ


 且て長良川遊びしときの旧作なぞ思ひ出して坂東橋を渡る。民謡一篇。

   ○
坂東橋渡る
坂東橋渡る

小あゆこつち見た
花咲いた

咲いてしぼんで
また咲いた

小あゆこつち見な
花咲いた


 このあたりの田園には、赤い狐花がそちこちに咲いてゐた。

   半田烏に八木原

 坂東橋を越せば、有名群馬県の模範村古巻村である。十数年前までは『半田烏に八木原狐』とうたはれたほど、淫靡極まる不良村であつたのが、現村長儘田氏の努力によつて今では全国でも有数の模範村となつたのである。儘田氏が今日までの努力は、涙なしでは聞かれぬ幾多の美談がある。村人が今二宮と称して儘田氏を尊敬してゐるのを見ても如何に実践実行の人格者であるかが想像される。童謡一篇。

   ○
田村長さん
鉄砲打つた

半田烏は
もうゐない

八木原狐も
もうゐない

田村長さん
鉄砲打つた


 やがて、渋川町へ着いた。大利根渋川で二つにわかれて、一つは沼田方面へ、一つは草津方面へ、となる。私は草津方面へ利根水源吾妻川にそふて渋川を立つた。いよいよ之からが私の書かうとする利根水源の探勝記である。民謡一篇。

   ○
上州渋川
また来るまでは
おれが来たとは
話すなよ


   長野街道宿場

 越後街道渋川で二つにわかれて一つは長野街道となる。長野街道利根支流吾妻川に沿ふて信濃路に入る唯一の川街道である。私は長野街道吾妻川水源にむかつて渋川を立つた。街道筋の宿場宿場には、馬車立場や、古風な茶店や昔そのままのおもかげが残つてゐる。民謡四篇。

   ◇
長野街道
道真ン中で
馬がないてた
おれを見て
   ◇
長野街道
しやんこしやんこ馬は
どこで生れた
馬だやら
   ◇
小石蹴つたら
茶店の前で
小石アたまげて
ころげてつた
   ◇
小石アたまげる
もうおら蹴らぬ
かかと眺めて
さうおもた


   魚の棲めない川

 吾妻川は、吾妻郡中央に連起してゐるけはしい山のふもとを奔流して大利根落ちてゆく。沼尻橋の展望岩井洞の奇観や到る処に沢山の勝景がある。民謡一篇。

   ◇
下へ下へと
早瀬の水は
なぜかいそいで
流れてる


 草津温泉から渋川までおよそ十里間、吾妻川流域には草津温泉の湯が流れて魚族は一つも棲んでゐない。私はこの十里間の流域を『魚不棲(うをすまず)川』と名づけてみた。民謡二篇。

   ◇
上州吾妻
宿世の縁か
魚の棲めない
川もある
   ◇
魚の棲めない
吾妻川
水を眺めて
暮らせとは


   山間特有の美人

 東京では素顔の女は滅多に見ることは出来ないが、ここでは皆素顔の女ばかりである。しかも美人の多いのは、山間特有の天恵であらう。民謡三篇。

   ◇
姉さ こつち見な
ちよいと顔見せな
頬の笑窪
誰にもろた
   ◇
頬の笑窪
お母さんがくれた
転んで失(なく)すなと
言ふてくれた
   ◇
切れる鼻緒の
下駄ならいやだ
ころびやお母さん
しかられる


 素顔の美人は見ることが出来てもさすがは山間のへき地だけに、東京で見るやうなモダン・ガールは見ることは出来ない。童謡一篇。

   ◇
モダン・ガール やい
ゐないか やい

ゐたら縞蛇
おつかけるぞ

縞蛇 やい
モダン・ガール やい

ゐないか やい
モダン・ガール やい

ゐたら縞蛇
おつかけるぞ


   毒消売りの娘子軍

 やがて中之条町についた。吾妻川はここで本流支流の二つにわかれてゐる。私は吾妻川支流に沿ふて、四万街道を上つて行つた。四万街道は四里の間渓谷の中を川に沿ふてつくられた四万温泉への通路である。途中越後から来た毒消売りの娘子軍と道連れになつた。娘子軍は世間ずれはしてゐるが、さすがは女である。


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