大正女流俳句の近代的特色 - 杉田 久女 ( すぎた ひさじょ )
前期雑詠時代
大正初期のホトトギス雑詠に於ける婦人俳句は、女らしい情緒の句が大部分であったが、大正七年頃より俄然、純客観写生にめざめ来り、幾多の女流を輩出して近代的特色ある写生句をうむに到った。実に大正初期雑詠時代は元禄以来の婦人俳句が伝統から一歩、写生へ突出した転換期である。
一 近代生活思想をよめる句
(1) 近代生活をよめる句
凡そ現代人ほど生活を愛し、生活に興味をもつ者は無い。昔の俳句にも接木とか麦蒔とか人事句は沢山あるが、夫等(それら)は人間を配合した季題の面白味を主としたもので、之に反し近代的な日常生活を中心におき、其真を把握する事に努力して、季感は副の感がある。
(イ)電燈に笠の紫布垂れ朝寝かな かな女
(ロ)旅にえし消息のはし猫初産 より江
(イ)は電灯に紫の覆絹をかけて朝寝を享楽する現代人の句である。(ロ)、旅宿で受取った留守宅からの消息の端に愛猫の初産を報じてきた事は、子のない作者にとってささやかな喜と感興をそそらずにはおかない。
(ハ)戯曲よむ冬夜の食器つけしまま 久女
(ニ)幌にふる雪明るけれ二の替 みどり
汚れた食器は浸けたまま、戯曲を読み耽る冬夜の妻のくつろいだ心持。(ニ)は近代文芸の一特色なる欧化と都会色。鋭敏な市人の感覚である。二の替を見にゆく道すがら、幌にふる明るい春雪。賑かな馬車のゆきかい。幌の中には盛装の女性が明るい得意な気分をのせて走らせている。行てには華かな芝居の色彩と享楽的な濃い幻想。これこそ華かな都会の情調の句である。
(ホ)三井銀行の扉の秋風をついて出し 静廼
(ヘ)雪をおとしてドサと着きけり丸善の荷 茅花
(ト)初鮭や部下のアイヌの兵士より みどり
三井銀行の大建築の重い扉を押しあけて外へ出た刹那の感じを巧みにとらえている。(ヘ)は東京の丸善から北越の雪深い町へ或日とどいた荷物が、土間に雪をはらい落して配達されたと云う瞬間の光景を写生して、近代生活の一地方色を出している。初鮭の北海道らしい地方色。之等はいずれも事実を有るがままに切り取り来って写生した、近代生活の断片記録であり、自己観照からなる純客観句である。電灯戯曲手紙銀行人力車等も近代生活のうみ出した材料である。
(2) 近代風俗をよめる句
(イ)福引や花瓶の前の知事夫人 静廼女
(ロ)雪道や降誕祭の窓明り 久女
(ハ)水汲女に門坂急な避暑館 同
(イ)、新年宴会か何ぞの光景で、大花瓶を前の知事夫人を中心に笑いさざめく福引の興。
(ロ)はクリスマスの光景で、空にはナザレの夜の如く星が輝き会堂の明りが雪道にうつりそりは鈴を鳴らして通る。かかる写実は確かに昔にない異国情趣である。(ハ)は山荘がかった避暑館へ傭われた水汲女が急な門坂を汗しつつ、にない登る有様と階級意識。
松の間の冬日にとまる電車かな かな女
ストーブや棕櫚竹客の椅子にふれ みどり
風景にさえ西欧趣味は浸みわたっている。絨毯をしきつめた応接間。赤くもゆる暖炉。飾鉢の棕櫚竹にふれる椅子の主客とモダンな談話に打興じる。
種痘人の椅子をすべりし羽織かな 静廼
スイートピー蔓のばしたる置時計 かな女
等、椅子置時計の如き家具から草花、降誕祭、避暑の如き年中行事、種痘の如き、いずれも文化生活の背景をもった近代写生であるところに力強さがある。試みに左句を見よ。
旅駕にまむきにくるや麦埃り 多代
は広重風の街道をふりわけ荷を肩にし、或は駕で道中した頃の光景で、電車自動車と隔世の感がある。
寒き世や行燈にさす針の音 花讃女
此句もうすぐらい行灯時代の女性の忍苦服従一方の生活を思わせる。
出代も頭巾でゆくや花の頃 園女
元禄時代の華美な風俗を背景として味わうと、花の盛りの頃に、紫頭巾か何かでゆく出代り婢の姿さえ、何となく美しいものに感じられるが、久女の水汲女の生活にあえぐ姿は、激しい時代相を裏付けているのである。
み簾さげて誰が妻ならん舟遊び 秋色
の歌麿の美人画にでもありそうな優美さ。
名月や乗物すゆる橋の上 星布女
の風雅な昔めかしい風俗に反し、近代女流の句はもっと真実味のこもった生活相を色濃く写生している。
(3) 近代思想をよめる句
近代女性である彼女らはまた大胆に自由に思想感情を吐露している。
乳ふくます事にのみ我春ぞゆく 静廼
我児に乳ふくませ、家事に没頭して暮す人妻。自己にめざめ個性の成長を願う現代人の思想は、花の色はうつりにけりなと、我容色のおとろえをなげいた小町の歌より幾分理智的である。
短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(ステツチマオカ) 静廼
乳たらずか或はひよわ児か。火の様に乳責りなく児を、短夜の母は寝もやらで、もてあまし、はてはいっそ捨っちまおうかとさえいらいらする母の焦慮と当惑とを、須可捨焉乎という言葉で現わしているのは甘(うま)いと思う。
寒風に葱ぬく我に絃歌やめ 久女
向うの料亭からは賑かな絃歌のさざめきが遊蕩気分を漲らしてくる。赤い灯がつく。こなたには寒風にさらされつつ葱をぬき急く女のうら淋しさ暗さ。葱ぬく我に絃歌やめよ! とは、絶えざる環境の圧迫にしいたげられる者の悲痛な叫びである。遊び楽しむ明るい群れと、苦しむ者の対比。之ぞ近代世相の二方面であろう。須可捨焉乎、絃歌やめ等、かかる幽うつ、激しさを何等の修飾なしに投げ出しているところ、近代句としても、之等は、特異な境をよめる句である。
又、近代人は兎角興奮し易い。従って所謂女らしくない中性句、感想解放の句を見る。
風邪ぎみの働らくいやな日向ぼこ みどり
滝見人に水魔狂ひおつ影見しか 静廼
熱の目に太りぼやけぬ鉢金魚 和香女
人憎む我目けはしき秋鏡 ※女
等病的神経、憎み憤り、幻影を奔放に言い現する事は、昔の女流俳人には絶無といってよい位である。大正初期のかな女、より江、兼女、何女らの女らしい句に比しても、前期雑詠の女流達は、女らしさつつましさから一歩、自由な全自我をもて芸術に奉仕している。
一 近代生活思想をよめる句
(1) 近代生活をよめる句
凡そ現代人ほど生活を愛し、生活に興味をもつ者は無い。昔の俳句にも接木とか麦蒔とか人事句は沢山あるが、夫等(それら)は人間を配合した季題の面白味を主としたもので、之に反し近代的な日常生活を中心におき、其真を把握する事に努力して、季感は副の感がある。
(イ)電燈に笠の紫布垂れ朝寝かな かな女
(ロ)旅にえし消息のはし猫初産 より江
(イ)は電灯に紫の覆絹をかけて朝寝を享楽する現代人の句である。(ロ)、旅宿で受取った留守宅からの消息の端に愛猫の初産を報じてきた事は、子のない作者にとってささやかな喜と感興をそそらずにはおかない。
(ハ)戯曲よむ冬夜の食器つけしまま 久女
(ニ)幌にふる雪明るけれ二の替 みどり
汚れた食器は浸けたまま、戯曲を読み耽る冬夜の妻のくつろいだ心持。(ニ)は近代文芸の一特色なる欧化と都会色。鋭敏な市人の感覚である。二の替を見にゆく道すがら、幌にふる明るい春雪。賑かな馬車のゆきかい。幌の中には盛装の女性が明るい得意な気分をのせて走らせている。行てには華かな芝居の色彩と享楽的な濃い幻想。これこそ華かな都会の情調の句である。
(ホ)三井銀行の扉の秋風をついて出し 静廼
(ヘ)雪をおとしてドサと着きけり丸善の荷 茅花
(ト)初鮭や部下のアイヌの兵士より みどり
三井銀行の大建築の重い扉を押しあけて外へ出た刹那の感じを巧みにとらえている。(ヘ)は東京の丸善から北越の雪深い町へ或日とどいた荷物が、土間に雪をはらい落して配達されたと云う瞬間の光景を写生して、近代生活の一地方色を出している。初鮭の北海道らしい地方色。之等はいずれも事実を有るがままに切り取り来って写生した、近代生活の断片記録であり、自己観照からなる純客観句である。電灯戯曲手紙銀行人力車等も近代生活のうみ出した材料である。
(2) 近代風俗をよめる句
(イ)福引や花瓶の前の知事夫人 静廼女
(ロ)雪道や降誕祭の窓明り 久女
(ハ)水汲女に門坂急な避暑館 同
(イ)、新年宴会か何ぞの光景で、大花瓶を前の知事夫人を中心に笑いさざめく福引の興。
(ロ)はクリスマスの光景で、空にはナザレの夜の如く星が輝き会堂の明りが雪道にうつりそりは鈴を鳴らして通る。かかる写実は確かに昔にない異国情趣である。(ハ)は山荘がかった避暑館へ傭われた水汲女が急な門坂を汗しつつ、にない登る有様と階級意識。
松の間の冬日にとまる電車かな かな女
ストーブや棕櫚竹客の椅子にふれ みどり
風景にさえ西欧趣味は浸みわたっている。絨毯をしきつめた応接間。赤くもゆる暖炉。飾鉢の棕櫚竹にふれる椅子の主客とモダンな談話に打興じる。
種痘人の椅子をすべりし羽織かな 静廼
スイートピー蔓のばしたる置時計 かな女
等、椅子置時計の如き家具から草花、降誕祭、避暑の如き年中行事、種痘の如き、いずれも文化生活の背景をもった近代写生であるところに力強さがある。試みに左句を見よ。
旅駕にまむきにくるや麦埃り 多代
は広重風の街道をふりわけ荷を肩にし、或は駕で道中した頃の光景で、電車自動車と隔世の感がある。
寒き世や行燈にさす針の音 花讃女
此句もうすぐらい行灯時代の女性の忍苦服従一方の生活を思わせる。
出代も頭巾でゆくや花の頃 園女
元禄時代の華美な風俗を背景として味わうと、花の盛りの頃に、紫頭巾か何かでゆく出代り婢の姿さえ、何となく美しいものに感じられるが、久女の水汲女の生活にあえぐ姿は、激しい時代相を裏付けているのである。
み簾さげて誰が妻ならん舟遊び 秋色
の歌麿の美人画にでもありそうな優美さ。
名月や乗物すゆる橋の上 星布女
の風雅な昔めかしい風俗に反し、近代女流の句はもっと真実味のこもった生活相を色濃く写生している。
(3) 近代思想をよめる句
近代女性である彼女らはまた大胆に自由に思想感情を吐露している。
乳ふくます事にのみ我春ぞゆく 静廼
我児に乳ふくませ、家事に没頭して暮す人妻。自己にめざめ個性の成長を願う現代人の思想は、花の色はうつりにけりなと、我容色のおとろえをなげいた小町の歌より幾分理智的である。
短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(ステツチマオカ) 静廼
乳たらずか或はひよわ児か。火の様に乳責りなく児を、短夜の母は寝もやらで、もてあまし、はてはいっそ捨っちまおうかとさえいらいらする母の焦慮と当惑とを、須可捨焉乎という言葉で現わしているのは甘(うま)いと思う。
寒風に葱ぬく我に絃歌やめ 久女
向うの料亭からは賑かな絃歌のさざめきが遊蕩気分を漲らしてくる。赤い灯がつく。こなたには寒風にさらされつつ葱をぬき急く女のうら淋しさ暗さ。葱ぬく我に絃歌やめよ! とは、絶えざる環境の圧迫にしいたげられる者の悲痛な叫びである。遊び楽しむ明るい群れと、苦しむ者の対比。之ぞ近代世相の二方面であろう。須可捨焉乎、絃歌やめ等、かかる幽うつ、激しさを何等の修飾なしに投げ出しているところ、近代句としても、之等は、特異な境をよめる句である。
又、近代人は兎角興奮し易い。従って所謂女らしくない中性句、感想解放の句を見る。
風邪ぎみの働らくいやな日向ぼこ みどり
滝見人に水魔狂ひおつ影見しか 静廼
熱の目に太りぼやけぬ鉢金魚 和香女
人憎む我目けはしき秋鏡 ※女
等病的神経、憎み憤り、幻影を奔放に言い現する事は、昔の女流俳人には絶無といってよい位である。大正初期のかな女、より江、兼女、何女らの女らしい句に比しても、前期雑詠の女流達は、女らしさつつましさから一歩、自由な全自我をもて芸術に奉仕している。
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