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大菩薩峠 26 めいろの巻 - 中里 介山 ( なかざと かいざん )

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文化学院の設立について 与謝野晶子  私は近く今年の四月から、女子教育に対して、友人と共にみずから一つの実行に当ろうと決心しました。これは申すまでもなく、私にとって余りに突発的なことであり、また余りに大胆なことでもありますが、しかし私には、従来の私の生活と同じく極めて真剣な事業であって、短時日の間ながら、十分慎重に、考えられるだけのことは考えて決心したつもりです。軽率な思立ちでないということだけは断言が出来ます。
 私はこの事の経過簡単書き、また私たちがこの事業に対する計画の摘要をも添えて置こうと思います。

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 私はこの両三年、個人社会との如何なる問題を考えて見ても、必ず一応は経済問題に触れ、更に徹底しては人格問題に触れて已(や)むことを見ました。日本人の振わないのは、要するに人格精錬が不足しているからだということに帰して行くのです。これがために私は機会のあるたびに教育改造を述べて、人間性の教育社会相談しました。そうして、自分子女に対する外には教育経験を持たない私が、自ら揣(はか)らずして、実際の教育に少しばかり関係して見ても好いという衝動をいつの間にか心の隅に感じているのでした。私が実際の教育というのは、男女共学制の下に試みる、中学程度から大学程度までの新しい特別の自由教育をいうのです。しかしそんな事が私自身の上に実現されようとは考えてもいなかったのですが、意外にも茲(ここ)にその機会が参りました。
 西村伊作(にしむらいさく)氏といえば、去年以来社会に愛読された『楽しき住家』の著者として、特にその名を知られていますが、氏は稀(まれ)に見る多能な人で、画家建築家工芸美術家詩人であると共に、更に熱心な文化生活研究家であることは、友人のひとしく認めて驚いている所です。この西村氏が、日本人生活を各方面から芸術的に改造する一つの小さな研究機関として、「芸術生活西村研究所」を作ろうとする計画は去年の春以来のことで、その事は既に新聞紙に由って誇大に吹聴されたこともありましたが、西村氏は、その研究所一部の事業として、先ず芸術的な自由教育学校を興す決心をされたのです。
 西村氏からこの事の相談を最初に受けたのは石井柏亭(いしいはくてい)氏と私とでした。画家である石井氏詩人である私、この二人に対して、西村氏はその学校の実際の責任者となることを求められたのでした。私たちがそういう教育の重任に就くということは、言うまでもなく、社会常識から見て突飛であるでしょう。西村氏はそれほど思い切った教育上の改革意見を齎(もた)らして私たちを驚かされたのでした。この事は私たちにも突然でしたが、石井氏にも私にも久しい間の親友である西村氏から相談受けて見ると、三人が、一般教育について、朧気(おぼろげ)ながら持っている平生の意見が期せずして一致し、話せば話すほど、実行方法の細部にわたる点までが同感であるのを発見しました。それで石井氏も快く進んでこの重任を引受けられ、私も喜んで石井西村両氏の驥尾(きび)に附くことを承諾するに致りました。なお、学界芸術界とにおける多数の先輩と諸友とが、私たち三人の事業を連帯して助成して下さることになりましたから、私はみずから微力であるにかかわらず、かえってこの事業のスタアトを甚だ心強く思います。

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 私たちの学校は「文化学院」と名づけることにしました。大学部と中学部二部に分ちます。中学部が四年、大学部が四年です。
 男女共学制を実行するのですが、男子学生大学部の成立を待ってから募集します。男子には現状において、女子に比べると、中学以上の教育受ける機会が多いのですから、私たちの学校では、第一著に中学部女生徒ばかりを教育することに決めました。
 来る三月に、中学部一年級の女生徒四十名を募集します。出来るだけ個別的な教育を試みたいと思いますから、募集する生徒の数は、永久に一組三、四十人の間に限って置くつもりです。
 入学資格は昨年及び本年の尋常小学卒業女子に限ります。入学試験というものを全く致しませんが、採否の選択は、能力と体質とに対し、個別的の簡単考査をして決します。入学を志望せられる女子は、学校の参考のために、何が最も本人の長所であるかにつき、本人、小学教師両親らの意見を書いて、入学申込書に添えて置いて頂きたいと思います。

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 私たちの学校教育目的は、画一的に他から強要されることなしに、個人個人創造能力を、本人の長所希望とに従って、個別的に、みずから自由に発揮せしめる所にあります。これまでの教育は功利生活に偏していましたが、私たちは、功利生活以上の標準に由って教育したいと思います。即ち貨幣職業奴隷とならずに、自己が自己の主人となり、自己に適した活動に由って、少しでも新しい文化生活人類の間に創造し寄与することの忍苦と享楽とに生きる人間作りたいと思います。
 言い換れば、完全な個人作ることが唯一の目的です。「完全な個人」とは平凡平均した人間という意味でもなければ、万能に秀(ひい)でたという伝説的な天才意味でもありません。人間は何事にせよ、自己に適した一能一芸に深く達してさえいれば宜しい。それで十分に意義ある人間生活を建てることが出来ます。また一能一芸以上に適した素質の人が多方面に創造能力を示すことも勿論結構ですが、両者の間に人格者として優劣の差別があると思うのは俗解であって、各その可能を尽した以上、かれもこれも「完全な個人」として互に自ら安住することが出来るようでなければならないと思います。

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 中学部女学生に対する教育は、女子を以上の意味の完全な個人にまで導く基礎教育を施すのですから、女性という性別に由って、教育の質と種類とを男子中学生より低下しもしくは削減しようとは思いません。これまでの良妻賢母主義教育は、人間を殺して女性を誇大視し、男子の隷属者たるに適するように、わざと低能扱いの教育を施していました。私たちは男子と同等に思想し、同等に活動し得る女子作る必要から、女性としての省慮をその正当な程度にまで引き下げ、大概の事は人間として考える自主独立意識自覚せしめようと思います。これが私たちの学校で、従来の高等女学校課程に依(よ)らずに、特に中学部女生徒と呼ぶ所以(ゆえん)です。

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 中学部課程は、修養部と創作部とに大別します。修養部においては、男子現在中学全部の学科を適度に取捨して、これを四年間に修めさせようと思います。これは従来の教育法に対して最も英断な斧鉞(ふえつ)を加えようとするものです。量を減じながら、質においては一層深化させて行くつもりです。この試錬が担任教授たちの霊活な手腕を要することは言うまでもありません。
 修養部の課程は、精神講座数学自然科学人文科学日本文学外国語外国文学等に大別します。中に外国語は英仏両語を課し、日本文学外国文学とでは、現代文学の外に古典をも課します。数学科理学博士寺田寅彦(てらだとらひこ)先生の御意見に由って第一年級より代数を教えるというような特殊の新教育法を他の諸科においても断行致します。
 創作部の課程は、文学絵画西洋音楽西洋舞踊図案手芸等に大別し、いずれもそれらの基礎教育を施すと共に、個性的な自由製作を激励しようと思います。


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