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大菩薩峠 33 不破の関の巻 - 中里 介山 ( なかざと かいざん )

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平塚さんと私の論争 与謝野晶子  私は女子生活精神的にも経済的にも独立することの理想に対して、若い婦人の中の識者から反対説が出ようとは想像しませんでした。それは、この理想の実現が人生に真の幸福を築き初める第一基礎であることが余りに明白なことだからです。しかるに平塚雷鳥(ひらつからいちょう)さんが最近に私の主張する女子経済的独立抗議を寄せられたのは非常に意外の感に打たれました。
 平塚さんは、私が『婦人公論』誌上に載せた断片的な感想の中で「男子の財力をあてにして結婚し、及び分娩する女子は、たといそれが恋愛関係の成立している男女の仲であっても、経済的には依頼主義を取って男子奴隷となり、もしくは男子労働の成果を侵害し盗用している者だと思います。男女相互経済上の独立を顧慮しない恋愛結婚は不備な結婚であって、今後の結婚理想とすることが出来ません」と述べ、従って、妊娠分娩等の時期にある婦人国家に向って経済上の特殊な保護を要求しようという欧米女権論者の主張が私たちの理想と背馳(はいち)することを思って、「既に生殖奉仕に由って婦人男子寄食することを奴隷道徳であるとする私たちは、同一の理由から国家寄食することをも辞さなければなりません」と述べたのがお気に入らなかったのです。
 これに対して、平塚さんは「母は生命源泉であって、婦人は母たることに由って個人存在の域を脱して、社会的な、国家的な存在者となるのでありますから、母を保護することは婦人一個の幸福のために必要なばかりでなく、その子供を通じて、全社会幸福のため、全人類の将来のために必要なことなのであります」という理由から、「母体に妊娠分娩育児期における生活安定を与えるよう、国庫に由って補助すること」を主張されております。これに由って見ると、平塚さんは母性を過大に尊重しておられることが解ります。私は人間生活高度価値を父たり母たることに偏倚(へんい)させて考えることを欲しません。私が賢母良妻主義に反対するのも一つは同じ理由からです。勿論父たり母たることに人生重要内容の一つとして相対的の価値を認めることは何人(なんぴと)にも譲らないつもりでおります。しかし必ずしも「婦人が母たることに由って」特に最上幸福を実現し得るものとは決して考えておりません。人間はその素質と境遇とそれらを改造する努力とに由って為(な)し得る限りの道徳生活建設することが最上幸福であると信じております。もし平塚さんの主張の通りにすれば、エレン・ケイ女史が人の妻ともならず、人の母ともならずに、著述家を以て一生を送りつつある如きことは、平塚さんのいわゆる「個人存在の域」を脱しない不幸な婦人といわねばならないことになるでしょう。
 私は平塚さんとは異った立場から、固(もと)より正当に母性を尊重します。さればこそ、女性の尊厳を維持しつつ、出来るだけ順当な母性の実現を期するためにも、私は女子経済的独立することが必要であると述べているのです。これについては一条忠衛(いちじょうただえ)さんが近刊の『六合(りくごう)雑誌』で「夫婦扶養義務について」と題して書かれた所と全く同感です。一条さん学者としての研究態度から、その議論が周到深切を極めております。その一節に「けだし人間男女に分れているのは分業であって、その第一目的生殖個性の発揮であり、第二の目的精神個性の発揮であって、この二つを兼ねて、男子男子として、女子女子として、その特殊的境遇の中に普遍的な人格を完成しなければならぬ者である。而して夫婦なる者は、実にこの分業道徳的に誓約した至誠的和合であるから、その経済的生活に関しては協同的のものであって、主従の関係でなく、相本位的に同一の目的の下に、婚姻より生ずる一切の経済的費用相互で自弁しなければならぬ関係者である。夫が妻を養うのでもなく、妻が夫を養うのでもなく、自ら自己を養いながら互に互を養う自他一体の有機的な経済的生活者である。……要するに、経済に関する夫婦間の生活費用は、扶養義務の形式において夫婦共同生活を完成するための諸費であるから、その共同生活に必要なだけの費用を得ることに関しては夫婦は偕(とも)に生産者となり、労働者となってそれを負担すべき義務者であり、一方にのみこの重荷を負わせる訳には行かない」といわれたのは、今後の夫婦生活理想として、まことに合理的だと考えます。こういう風に経済の保障が確立している夫婦生活の中でなければ、母性の順当な実現は覚束(おぼつか)ないことだと思います。
 平塚さんが「母の職能を尽し得ないほど貧困な者」に対して国家保護を要求せられることには勿論私も賛成します。しかしその事を以て、私が「老衰者や癈人が養育院の世話になるのと同一である」といったことを、平塚さんが「間違っている」といわれるのは合点が行きません。老衰者や癈人の不幸はあるいは不可抗力的な運命に由ってその境遇に追い入れられるとも考えられるのですが、貧困にして母の職能を尽し得ない婦人の不幸は、私たちの主張するように、経済的独立する自覚努力とさえ人間にあればその境遇に沈淪(ちんりん)することを予(あらかじ)め避けることの出来る性質の不幸だと思います。私たちはその不幸を避けるために、女子経済上の独立を主張し、「今後の生活の原則としては、男も女も自分たち夫婦物質生活は勿論、未来に生るべき我子の哺育と教育とを持続し完成し得るだけの経済上の保障が、相互労働に由って得られる確信があり、それだけの財力が既に男女のいずれにも貯えられているのを待って結婚しかつ分娩すべきものであって、たとい男子にその経済上の保障があっても、女子にまだその保障がない間は、結婚及び分娩を避くべきものだと思います」と述べているのです。そうして、これは一条さんもいわれたように、「生活費用の計算において、夫婦は月末に同額を支出すべしというような乱暴意味ではなく、ただ夫婦は各自の実力に従って自己の家庭のためには自弁者たるべしという意味である」のです。
 平塚さんは「現にあること」と「将(まさ)にあるべきこと」とを混同しておられます。現在の多数の婦人経済的独立していないからといって、未来婦人が何時(いつ)までも同様の生活過程を取るものとは決っておりません。私たちは一つの理想に向って未来生活を照準し転向しようとするのです。妊娠分娩育児等の期間において国家保護を求めねばならぬような経済的に無力な不幸な婦人とならないようにという自覚を以て、女子が自ら訓練努力しようとするのです。従って、国家の特殊な保護は決して一般婦人に取って望ましいことではなく、或種の不幸な婦人のためにのみやむをえず要求さるべき性質のものであると思っています。この事を平塚さんが識別されるなら、私たちの主張に賛成して、私たちの議論の形式的に不備な点を補修されることはあっても、私たちの根本思想に反対される訳はないはずです。それとも平塚さんは、すべての母は国家保護される権利を持っているから、必ずしも経済的夫婦相互独立を計る必要はない。妊娠分娩育児期間は良人(おっと)に妻子扶養を要求し、良人が無力であれば国家にそれを要求すれば好い。従って経済上の無力から生ずる不幸が十分に予見されていても構わず、恋愛さえ成立すれば結婚して、養育の見込の立たない子女を続々と挙げるのが今後の世界に認容される夫婦生活公準であると主張されるのでしょうか。
 平塚さんは「十分な言葉意味で、母の経済的独立ということは、よほど特殊な労働力ある者の外は全然不可能なことだとしか私には考えられません」といわれ、併せて私の主張のように経済的に無力な婦人結婚を避くべきものだとすれば「まず現代大多数の婦人は生涯結婚分娩し得る時は来ないものと観念していなければなりますまい。……如此(かくのごと)く今日社会においては所詮実行不可能理想を要求し、結婚年齢にある婦人を、健康子供を産み得る婦人を、生涯もしくは長期間、独身者として労働市場に置こうとすることは、婦人自身の不幸はいうまでもありませんが、国家にとっても種種なる意味で大損失でなければなりません」といわれました。私は平塚さんが現実のみを――殊にその一面のみを――固定的に眺めておられるのを歯痒(はがゆ)く思います。現在労働制度が我々人間の力で改造されないものと決っているならともかく、男子女子も心的に体的に何らかの労働に従事することを以て物質生活を持続することが普通状態となるに到れば、今に幾倍する摯実(しじつ)と熱心と勇気とを以て、一般労働制度を我我に最も適応したものに鋳直(いなお)さずには置きません。そうなれば、勤勉な労働婦人は、その妊娠分娩育児に要する或時期だけ労働を休んでも、平生と同じ物質的の報酬を得ることも出来、また平生の報酬剰余貯蓄して置くことに由って、その期間だけ労働を休んでも、夫婦相互扶養子供の哺育及び教育に当てるだけの物質に不足しないでいることが出来るに違いありません。こういう労働制度改造男女相互経済的独立心が旺盛にさえなれば実現され得べき事実です。平塚さんのように、「大多数の婦人は生涯結婚分娩し得る時は来ないものと観念」するにも当りません。反対に、大多数の労働婦人が安全に結婚分娩し得る幸福時代は、富の分配を公平にする制度さえ人間が作れば容易に実現され得るものであることが予想されます。
 現実の一面が固定的に膠着(こうちゃく)した状態にあるからといって、私たちの主張を「所詮実行不可能理想」といわれるのは平塚さんにも似合わない臆断です。理想現実改造することを常に予想しています。そうして、現実大部分は常に多少とも変動しつつあるものです。それに正当な方向の指導を与えて統一した推移を計るものが理想です。固定的に見える現実の一面ばかりを注視するなら、平塚さんも唱えられ、私たちも要求している恋愛結婚にしても、「今日社会においては所詮実行不可能理想」といわねばならないでしょう。この理由からして、平塚さんがその恋愛結婚理想の主張を抛棄(ほうき)されたとも聞きません。


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