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奇巌城 アルセーヌ・ルパン - ルブラン モーリス ( )

  • 創元推理文庫初版カバー『奇巌城』M・ルブラン/昭和40年
  • @「ポプラ社怪盗ルパン全集*奇巌城・ルブラン作」昭和58年72刷
  • 怪盗ルパン 奇巌城 集英社文庫 著:モーリス ルブラン
  • 奇巌城―怪盗ルパン全集 (ポプラ社版) モーリス ルブラン 
  • レコード/SF特撮映画音楽全集13:日本誕生/大盗賊/奇巌城の冒険
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奇巌城 アルセーヌ・ルパン モーリス・ルプラン 菊池寛訳         一 夜半の銃声             懐中電灯曲物  レイモンドはふと聞き耳をたてた。再び聞(きこ)ゆる怪しい物音は、寝静(ねしずま)った真夜中の深い闇の静けさを破ってどこからともなく聞えてきた。しかしその物音は近いのか遠いのか分(わか)らないほどかすかであって、この広い屋敷の壁の中から響くのか、または真暗(まっくら)な庭の木立の奥から聞えてくるのか、それさえも分らない。
 彼女はそっと寝床から起き上(あが)って、半分開いてあった窓の戸を押し開いた。蒼白い月の光は、静かな芝草の上や叢(くさむら)の上に流れていた。その叢の蔭の方には、古い僧院の崩れた跡があって、浮彫の円柱や、壊れた門や、壊れた廻り廊下や、破れた窓などが悲惨な姿をまざまざと露(あら)わしていた。夜のかすかな風が向うの森の方から静かに吹いてきた。
 と、またも怪しい物音……それは下の二階の左手にある客間から響くらしい。
 レイモンド勇気のある少女であったが、何となく恐ろしくなってきた。彼女は寝衣(ねまき)の上に上着をまとった。
レイモンドさん!レイモンドさん!」
 境の戸の閉めてない隣りの室から、細くかすかな声が聞えたので、レイモンドはその方へ探り探り行こうとすると、従妹のシュザンヌが室から出てきて腕に取り縋(すが)った。
レイモンドさん……あなたなの?あなたも聞いて!」
「ええ……あなたも目を覚ましたのね!」
「私、きっと犬の声で起きたのよ……もうしばらくしてよ。けれどももう犬は鳴かないわね……今何時でしょう?」
「四時頃だわ。」
「あら! お聞きなさい。誰か客間を歩いているようよ。」
「でも大丈夫よ、お父様が階下(した)にいるんですもの、シュザンヌさん。」
「でもかえってお父様が心配だわ。」
「ドバルさんが一緒にいらしってよ。」
「でもドバルさんはあっちの端(はじ)よ、どうして聞えるものですか。」
 二人の少女はどうすればいいのか迷ってしまった。声を上げて救いを呼ぼうかと思ったが、自分らの声を立てるのさえ恐ろしくて出来なかった。窓の方へ近づいたシュザンヌは喉まで出た声をかみしめて、
「ごらんなさい…… 噴水の脇の男を!」
 なるほど、一人の男が何やら大きな包を小脇に抱えて、それが足の邪魔になるのを払い払い、足早に走っていく。曲者は古い礼拝堂の方へ走って土塀の間にある小門(こもん)の蔭に消えてしまった。その戸は開けてあったと見えて、いつものように戸の開く音がしなかった。
「きっと客間から出てきたのよ。」とシュザンヌが囁いた。
「いいえ、違うわ。客間の方からならもっと左の方に現(あら)われなければならないはずよ、でなければ……」
と、いいながら二人はふと気づいて窓から見下(みおろ)すと、一挺の梯子(はしご)が階下の二階に立て掛けてあった。そしてまた一人やはり何か抱えた男が梯子を伝い降り、前と同じ道を逃げていくのだった。シュザンヌは驚いてよろよろと膝をつきながら、
「呼びましょう……救(たす)けを呼びましょう。」
「誰が来てくれるかしら、お父様には聞えるわね……だけどもしまだ他の泥棒でもいて、……お父様に飛びついたら……」
「でも……下男を呼びましょう……呼鈴(よびりん)が下男部屋に通じているわよ。」
「そうよ……それはいい考(かんがえ)だわ……でもいい工合(ぐあい)に来てくれればいいわね。」
 レイモンド寝床の側(そば)の呼鈴を強く押した。……りりっりんりりっりん……と下男部屋の方に鳴った鈴(りん)の音が、しーんとした家の中に響き渡った。二人の少女は抱き合って息をひそめた。あとはまた元の静けさに返って、その静けさは実に恐ろしい。
「私恐いわ……恐いわ。」とシュザンヌは繰り返した。
 その時突然階下の暗闇の中から、にわかに人の格闘する物音が聞えてきた。つづいて物の倒れる音、罵る音、叫ぶ声、最後に喉でも突き刺されたような恐ろしい、物凄い、荒々しい悲鳴、唸声(うなりごえ)がする。
 レイモンドは戸の方に飛んだ。シュザンヌは泣き叫んでその腕に取り縋った。
「いやよ……いやよ……残していってはいやよ。」
 レイモンド彼女押し退けて廊下へ飛び出した。シュザンヌもそのあとから泣き声を上げつつよろよろと転ぶように走った。レイモンド梯子を駆け降りて、大きな客間へ駆け込むと同時に、敷居際に釘づけにされたようにぴたりと立ち止(どま)った。シュザンヌもやっと駆けつけてきた。すぐ目の前に、懐中電灯を持った一人の男が突立(つった)っていた。その男はさっと眼のくらむような強い電灯の光を二人の少女に浴(あび)せかけて、長い間彼女たちの蒼白い顔を眺めていたが、実に悠々と落(おち)つき払って、帽子をかぶり、紙切(かみきれ)と二本の藁くずとを拾い、絨緞(じゅうたん)の上についた足跡を消して露台に近づき、再び少女たちの方を振り向いて丁寧に頭を下げ、つとそのまま姿を消した。
 真先(まっさき)にシュザンヌは父の寝ている客間につづいた小さな書斎へ走った。


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