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奥間巡査 - 池宮城 積宝 ( いけみやぎ せきほう )

  • ◆ 手記潜入捜査官 高橋功一【元大阪府警巡査部長】
  • 両津勘吉 巡査長両さん NO1
  • ☆□泉鏡花 高野聖・外科室・夜行巡査 ・眉かくしの霊 ☆★◎
  • 両津勘吉アクションドール 巡査長 両さん NO1
  • 4■夢野久作 全集6 月報付 三一書房 巡査辞職 人間レコード ほか
  • 両津勘吉アクションドール 巡査長 両さん NO1
  • 巡査の休日・佐々木 譲(文庫本)
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 琉球那覇市の街端れに△△屋敷と云ふ特種部落がある。此処住民支那人の子孫だが、彼等の多くは、寧ろ全体と云ってもよいが、貧乏で賎業に従事して居る。アタピースグヤーと云って田圃に出て行って、蛙を捕って来て、その皮を剥いで、市場に持って行って売る。蛙は那覇首里の人々には美味副食物の一つに数へられて居るのだ。それから、ターイユトウヤー(鮒取)サバツクヤー(草履造)、帽子編(ボーシクマー)…………さう云ふ職業に従事して居る。彼等は斯う云う賎業(?)に従事して居て、那覇市の他の町の人々には△△屋敷人(やしちんちゆ)と軽蔑されて居ても、その日常生活は簡易で、共同的で、随って気楽である。
 榕樹(がぢまる)、ビンギ、梯梧(でいご)、福樹(ふくぎ)などの亜熱帯植物が亭々と聳え、鬱蒼と茂り合った蔭に群った一部落。家々の周囲には竹やレークの生籬が廻らしてある。その家が低い茅葺で、穢(むさくる)しい事は云ふ迄もない。朝、男達が竿や網を持って田圃へ出掛けて行くと、女達は涼しい樹蔭に筵を敷いて、悠長で而かも一種哀調を帯びた琉球俗謡を謡ひながら帽子を編む。草履作る夕暮になって男達が田圃から帰って来ると、その妻や娘達が、捕って来た蛙や鮒を売りに市場へ行く。それをいくらかの金銭に代へて、何か肴と一合ばかりの泡盛を買って、女達はハブに咬まれないやうに炬火(たいまつ)を点(とぼ)して帰って来る。男達は嬉しさうにそれを迎へて、乏しい晩飯を済ますと、横になって、静か泡盛を啜(すヽ)る。さう云ふ生活を繰り返して居る彼等は、自分達の生活を惨めだとも考へない。貧しい人達模合(むええ)(無尽)を出し合って、不幸がある場合には助け合ふやうにして居る。南国のことで、冬も凌ぎにくいと云ふ程の日はない。斯うして彼等は単純に、平和に暮して居るのである。
 だが、斯う云ふ人達にとっても、わが奥間百歳(うくまぬひやあくう)が巡査と云ふ栄職に就いた事は奥間一家の名誉のみならず、△△屋敷部落光栄でなければならなかった。支那人の子孫である彼等、さうして貧しい、賎業に従事して居る彼等にとっては、官吏になると云ふ事は単なる歓びと云ふよりも、寧ろ驚異であった。
 そこで、奥間百歳が巡査を志願してると云ふ事が知れ渡ると、部落の人々は誰も彼も我が事のやうに喜んで、心から彼の合格を祈った。彼の父は彼に仕事を休んで勉強するやうに勧めた。彼の母は巫女(ユタ)を頼んで、彼方此方の拝所(ウガンジユ)へ詣って、百歳(ひやあくう)が試験合格するやうにと祈った。百歳が愈々試験受けに行くと云ふ前の日には、母は彼を先祖の墓に伴れて行って、長い祈願をした。
 かうして、彼自身と家族部落の人々の念願が届いて、百歳は見事に試験合格したのである。彼と家族部落民の得意や察すべしだ。彼等は半日仕事を休んで、百歳が巡査になった為の祝宴を催した。男達は彼の家の前にある、大きな榕樹の蔭の広場に集って昼から泡盛を飲んだり、蛇皮線を弾いたりして騒いだ。若い者は組踊の真似をしたりした。

 それは大正△年の五月の或日の事であった。もう芭蕉布着物を来ても寒くない頃だった。梯梧赤い花が散り初めて、樹蔭の草叢の中から百合の花が、彼方此方に白く咲き出て居る。垣根には、南国の強い日光受け仏桑華(ぶつそうげ)の花がパッと明るく燃えて居た。
 男達が、肌を抜いて歌ったり、踊ったり、蛇皮線を弾いたりして居る周囲には、女達が集って来て、それを面白さうに眺めて居た。その騒ぎの中に、わが奥間百歳は凱旋将軍のやうに、巡査制服制帽をつけ、帯剣を光らせて、何処から持って来たのか、珍らしく椅子に腰を掛けて居た。娘達はあくがれるやうな、また畏れるやうな眼付で、彼の変った凜とした姿を凝視(みつ)めて居た。
 かうして此の饗宴は夜更まで続いた。静かな夜の部落の森に、歌声、蛇皮線の響、人々のさざめき合ふ声が反響して、何時までも止まなかった。
 奥間巡査は講習を終へると隔日勤務になった。彼は成績が良好な為め本署勤務を命じられた。それから彼は一日置きに警察署へ出て、家に居る時は大抵、本を読んで居た。家族は彼が、制服制帽をつけて家を出入するのが嬉しかった。さうして時々、家に来る人々が百歳が制服制帽で何処其処を歩いて居たと珍らしさうに話すのを聞くと、彼等は隠し切れない喜悦の感情を顔に表はした。さう云ふ人々はさも、彼に逢ふと云ふ事その事だけでも異常な事であるかのやうに喜んで話すのだった。さうして、中には、家の子供も将来は巡査になって貰はなければならないと云ふ者もあった。
 月の二十五日には、百歳はポケットに俸給を入れて帰った。彼は初めて俸給を握る歓びに心が震へて居た。右のポケットに入ったその俸給の袋を固く握り乍ら、早足に彼は歩いた。家に着くと、彼は強いて落着いて、座敷へ上ってから、平気な風に、その俸給袋を出して、母に渡した。
「まあ」
 と嬉しさうにそれを押し戴いて、母は中を検(あらた)めて見た。


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