女坑主 関連リンク

夢野 久作 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

女坑主 - 夢野 久作 ( ゆめの きゅうさく )

  • ★夢野久作★日本探偵小説全集 (4) 夢野久作集★文庫
  • 夢野久作 『夢野久作全集 6』 (ちくま文庫)
  • 【2】夢野久作傑作選 夢野久作(著) 文庫版 全巻5冊揃
  • ☆♪夢野久作「夢野久作全集5」文庫 犬神博士 超人鬚野博士
  • 夢野久作★死後の恋★少女地獄★日本探偵小説全集夢野久作集
  • ★夢野久作☆夢野久作全集〈5〉☆文庫★
  • ★夢野久作☆夢野久作全集〈8〉☆文庫★
  • ★夢野久作☆あやかしの鼓―夢野久作怪奇幻想傑作選☆文庫★
  • 夢野久作 ドグラ マグラ  現代教養文庫 夢野久作傑作選4  
  • 日本探偵小説全集4 夢野久作集/ドグラ・マグラ/瓶詰の地獄 他
次のページ
「ホホホ。つまりエチオピアへお出でになりたいからダイナマイトをくれって仰言(おっしゃ)るんですね。お易(やす)い御用ですわ。ホホホ」
 新張(にいばり)炭坑の女坑主、新張|眉香子(みかこ)は、軽く朗らかに笑った。
 初期の銀幕スターから一躍、筑豊炭坑王と呼ばれた新張|琢磨(たくま)の第二号出世し、間もなく一号を見倒して本妻に直ると、今度は主人琢磨急死に遭い、そのまま前科二千余人の元締ともいうべき炭坑王の荒稼ぎを引き継いで、ガッタリとも言わせずにいるというしたたか者の新張眉香子は、さすがに顔色一つかえないまま、こうした無鉄砲な要求を即座に引き受けたのであった。
 四十とはトテモ見えない襟化粧引眉口紅パッチリと女だてらのお召丹前に櫛巻頭。白い素足真紅スリッパゴチック式の豪華を極めた応接間をモノともせぬ勝気さを見せて、これも炭坑王の奢(おご)りを見せた真綿入|緞子(どんす)の肘掛椅子に、白い豊満な肉体を深々と埋めている。その睫(まつげ)の長い二重瞼の蔭から、黒い大きな瞳をジイッと据えて微笑された相手の青年は、その素晴らしい度胸と妖気に呑まれて恍惚(こうこつ)となってしまったらしい。
 みすぼらしい茶の背広に、間に合わせらしい不調和な赤ネクタイを締めていながらも、それこそ新劇二枚目かと思われる、生白い貴公子然たる眼鼻立の青年であったが、それが今更のようにビックリして純真らしい、茶色の瞳(め)を大きく見開き、薄い、小さな唇をポカンと開いた姿は、一層ういういしい子供らしい恰好に見えた。
「御承知して下さる」
 と半ば言いさして、青年は唇を戦(おのの)かした。
「まあ……エチオピアへでも行こうと仰言るのに度胸が御座んせんねえ。失礼ですけど……ホホホホ」
 青年は忽(たちま)ち颯(さっ)と赤くなった。そうしてまた急に青白くなって、房々した頭髪の下に隠れている白い額にニジンダ生汗(あせ)を、平手でジックリと拭い上げた。
「ホントニ……下さる……」
「ええ、ええ。差し上げると申しましたら、必ず差し上げますわ。わたくしも新張眉香子です……ですけど、貴方(あなた)ホントにエチオピアへいらっしゃるおつもり?」
「エッ……何故ですか」
「何故ってホントにいらっしゃるおつもりなら差し上げますわ。何でもない事ですから……イクラでも……わたくしモトからエチオピア贔屓(びいき)ですから。私が男子(おとこ)なら自分で行きたいくらいに思っているんですからね」
「……ホ……ホントに……行くのです」
 青年の瞳が熱意に輝いた。
 眉香子の眼も同じ程度の熱意を輝き返した。青んじた襟足でしなやかに一つうなずいて見せながら、椅子の中から乗り出した。
「お尋ねさして下さいましね。どうしてソンナ事をお思い立ちになったんですの? 貴方一人?……お仲間は?……」
 青年はギクンとしたらしいが、やがてまた、冷やかに笑ってみせた。やっと度胸がきまったらしく、ソッと溜息をした。
「むろん僕一人じゃありません。十二人ばかりの同志があります」
「まあ十二人……大変ですわねえ。そんなに大勢でエチオピアまでお出でが出来ますかしら。第一危険爆薬(マイト)なんかお持ちになって、内地を脱け出すようなことがお出来になりまして?……万一のことがありますと、わたくしの方でも困りますがねえ。何処から出た爆薬(ハコ)だってことは直ぐに番号でわかるんですからねえ」
 青年は深々と念入りにうなずいた。それくらいの事は百々心得ているという風に……それから眼の前の冷たくなった紅茶に、角砂糖を二つとも沈めた。
「その点は決して御心配に及びません。こうなれば隠す必要がありませんから白状致しますが、実を申しますと吾々同志の中でも五人だけは政府役人が混っているんです」
「まあ政府のお役人が……どうして……」
「こうなんです。お聞き下さい。吾々十二人は皆、東京政治結社東亜会から学費を貰って学校卒業させて貰った者ばかりですが、その中で五人は皆、政府嘱託軍事探偵になって、主としてアフガニスタン、ベルジスタン、ペルシアアラビア方面からスエズ、東アフリカ方面の状態を探っていたものです。もっとも私はこの二、三年、ポートサイド雑貨店で働きまして連絡係をやっていたものですが」
「まあ。そんな処まで日本政府の手が行き届いておりますかねえ」
「ええ。そりゃあもう……そんな風に先へ先へと手を廻し計画をたてて行かなくちゃ、帝国主義政府はやって行けません。
 ……ですからこの五人のほかの七人の同志は皆、トルコ人や、アラビア人……思い切った奴は黒ん坊に化けて、かの方面の有利な天産と、その天産物に涎(よだれ)を流して働きかけている白人連中の勢力を探っていたんです。今に日本の勢力が新疆(しんきょう)から四川雲南西蔵(チベット)方面の英、仏、ロシアの勢力を駆逐して中央アジアからアフリカへ手を伸ばす時の準備を今から遣っているんですが……」
「まあ。お勇ましい。ゾクゾクしますわ。そんなお話……」
「そこへ今度のエチオピア戦争なんです。今度のイタリーエチオピア戦争ってものは、元来イギリス資本家筋が欧州の勢力の平衡を破り、エチオピア利権を掴みたいばっかりに巧みに双方を煽動して始めさせたものですが、そいつがマンマと首尾よくイギリスの都合の宜(よ)い解決しちゃたまりません。是非とも英、伊戦争にまで展開させて、欧州を今一度大混乱に陥れ、ロシアの極東政策をお留守にさせちゃって、その間に支那奥地の英、仏の勢力と、共産軍の根拠をタタキ潰(つぶ)さなくちゃならんというのが、日本の当局者の意向なんです」
「そう都合よくまいりましょうか」
「行きますとも。何よりも先にイギリスイタリーとが戦端を開きさえすればいいのですから……」
「そんなに訳なく戦争を始めさせることが出来ますかしら」
「なんでもないことです。イタリー空軍はズッと以前からイギリス目標にして作戦を練って、イギリスをタタキつけさえすれば、イタリーヨーロッパ一の強国になれると思っておりますし、イギリス海軍はまた、背後の武器製造会社の大資本と一緒に張切って、国際連盟イタリー制裁問題を中に挾んで睨み合っている最中ですから、トテモ都合がいいのです。この際スエズにいるイギリス軍艦のドレでもいいから一艘、爆破さえすれば、直ぐにイタリーのせいだと思って戦争を始めます。西洋人非常に激昂し易くて狼狽(ろうばい)し易いんですからね。米西戦争だってそうでしょう。アメリカの豚の罐詰会社が、戦争で一儲けしたさに、キューバにいるイスパニア軍艦爆破させたのがキッカケなんですからね」
「それじゃ貴方がたはスエズにいらっしゃるんですね」
「ええ……実はそうなんです。便宜上エチオピアと申しましたが、実はスエズなんです。


次のページ

夢野 久作 (ゆめの きゅうさく) 以外のオススメ作品

女坑主 (おんなこうしゅ) のリンク元

「女坑主-夢野 久作」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN