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女性の歴史 文学にそって - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

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女性歴史 ――文学にそって――  私たちが様々美しい浮き彫の彫刻を見るとき、浮き彫はどういう形でわたしたちに見られているだろうか。浮き彫の浮きあがっている面からいつも見ている。けれどもその陰には浮き上っている厚さだけの深いくぼみがある。人生浮き彫のようで、光線をてりかえして浮き上っている面の陰には、それだけへこんだ面があり、明るさがあればそれに添った影がある。
 文学人生社会の諸相を、眼の前にまざまざと見え感じるように描き出す。そこで社会の明るさと暗さはどういう関係において見られるのだろうか。ここに文学の新しい見方があると思う。婦人文学という問題をとりあげて、それを人類文学歴史という問題から見てくると、第一に何故世界婦人は、これまで男のひとたちよりも文学史活動をしてこなかったのだろうかという疑問が起って来る。婦人文学における立場は、知られているとおり、文学史第一ページから男によって描かれるものとしての婦人であり、創作の対象としてとりあげられている婦人である。このことは意味深事実だと思う。世界文学の最も古典のものとしていつも語られるギリシア詩人ホーマーの「イリアード」のなかに、この描かれるものとしての第一女性が現われている。「イリアード」の中のヘレネは非常に美しく、美しい女性の典型として描かれている。ヘレネは美しさにおいては、ヴィナスのようにも美しかったのであろうが、社会的な存在としてホーマー彼女を描いているところをみれば、美しきヘレネは当時の支配者たちの、闘争における一人の「かけもの」のような立場におかれている。世界文学にあらわれた第一の女はそのような争奪物としての位置であり「イリアード」が字にかかれる時代には、ギリシアにも、もう家長制度というものが出来上っていたことを示している。ギリシア自由な国であるとされ、ギリシア文化ヨーロッパ文明の泉となったけれども、その自由、その文化奴隷制の上に立っていた。奴隷が畠を耕し織物を織り、家畜を飼って――生活に必要な労働を負担して、ギリシア自由人文化生活可能をつくり出していた。このような地下室つきの自由の上で、たとえギリシアの女の自由というようなことを言ったとしても、現実に女奴隷がその社会存在しているからには、今日私たちの感情理解するような本当の自由というものは存在しなかったというのが事実である。ギリシア神話そのものにも、この婦人立場はよくあらわれていて、たとえばヴィナスは描かれ彫られ、女性の美しさの典型と考えられているが、どの彫刻を見ても、いつもヴィナスは、見られるように観賞物としての女としてあらわれている。織ものをしているヴィナスを見たひとがあるだろうか。子供を育てている普通の女の姿でヴィナスを見た人があるだろうか。キューピッドという彼女男の子は、いつも恋の使として、金の弓矢をもってヴィナスのそばにいるとしても、ヴィナスの母としての人生、妻としての人生などは見たことがない。彼女は多く裸体で、女性の美しさを発揮しながら、必ず無為の姿であらわされている。ギリシア生活で働かない女の美しさだけを描いたということは注目されずにいないのである。ヴィナスやヘレネのように女性芸術の上にあらわれたというところに、人類社会歴史にあらわれている権力の形の――婦人悲劇の発端がある。
 こうして婦人のうけみな社会立場をおのずから反映してうけみな対象として文学に導きいれられた婦人は、ルネッサンス時代文芸復興期になって、どういう変化をうけたろう。
 ルネッサンスは、最も早く商業発達して市民階級経済的政治的実力のたかまったイタリーに十四世紀からおこりはじめた。そして、フランスイギリス、ドイツと全ヨーロッパに拡がって、それまでの中世的な暗い王権宗教との圧迫から、自由にのびのびと人間性を解放しようとする運動となり、社会生活文化は全面的にヨーロッパ近代への扉をひらきはじめた時代であった。
 ルネッサンス時代が進んでからは、婦人社会的な生きかたもひろがりをもちはじめ、スペインコルドヴァ大学などで婦人学者も数人あらわれた。ルネッサンス時代豊富さ、人間性の横溢を代表する芸術家一人としてシェークスピア戯曲が、いつも話題にのぼって来る。シェークスピア戯曲登場人物は実に多種多様で、社会現実そのもののように豊富なのを特徴としている。人間可憐さ、狡猾さ、奸智、無邪気さ、あらゆる強烈な欲望が描かれていて、そこに登場する婦人も、決して一様ではない。マクベス夫人のようにおそろしい女から、リア王三人娘のような諸性格、ロミオとの悲しい愛に命をおとしたジュリエットのような姫から、「ウインザアの陽気な女房たち」「奸婦ならし」の闊達おてんばな女、ハムレットの不幸な愛人としてのオフェリアなど、千変万化の女性があらわれている。
 ところで、きょう私たちがこのシェークスピア有名な傑作「オセロ」をみると、その女主人公デスデモーナの運命について、実に痛切に感じるものがある。
 オセロはアフリカ生れの黒人武将であった。勇敢な勝利者としてデスデモーナという、美しいヨーロッパの貴婦人を妻にした。ところがオセロの幕下にイヤゴーという奸物がいる。イヤゴーは単純で正直な人々の生活を、自分の奸智でかき乱して、その効果をよろこぶという、たちのわるい生れつきである。従順で、この上なく美しいデスデモーナと、黒いオセロの睦じい性格は彼の奸智を刺激した。機会をうかがっていたイヤゴーは一つのきっかけをとらえた。その不幸をオセロにうちあけないでいるうちに、イヤゴーはオセロの猜疑(さいぎ)と嫉妬(しっと)をかきたてることに成功した。黒人のオセロは、ただ良人として嫉妬したばかりでなく、一人人間として、デスデモーナの浮薄さに自分の威厳を傷(きずつ)けられたことをも、たえがたく感じて遂にデスデモーナを殺し、自殺してしまう。オセロはシェークスピア悲劇の中でも、イヤゴーの奸智、オセロの直情、デスデモーナの浄らかな愛情との点で、今日も活々とした感動を与える作品である。デスデモーナは一枚の見事なハンカチーフをもっていた。それはオセロがくれたもので、なくさないように、もしこれをなくしたら、あなたの愛も失われたと思うよ、という意味を云われて、愛のしるしとしておくられたものであった。イヤゴーの目がそのハンカチーフにひかれた。彼はもち前の巧みなやりかたで、そのハンカチーフをデスデモーナから盗んだ。そして、それはデスデモーナがそっとくれたもののように、周囲に思いこませた。
 ハンカチーフを失ったデスデモーナの当惑と心配とはいじらしいくらいだのに、デスデモーナはその大切なハンカチーフがなくなったことについては、ひとこともオセロに話さず、さがすことに協力をもとめていない。
 けれども、この悲劇をみているとわたしたち女性の胸は、デスデモーナへの同情にふるえるとともに、デスデモーナへの歯がゆさで煮えて来る。どうして、デスデモーナ! 良人のオセロをそれほど愛しているのなら、率直に早くハンカチーフのとられたことを告白して、その不安や困惑を、オセロとともにわかとうとしないのだろうか、と。


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