女百貨店 - 吉行 エイスケ ( よしゆき えいすけ )
1
「ハロー。」
貨幣の豪奢(ごうしゃ)で化粧されたスカートに廻転窓のある女だ。黄昏(たそがれ)色の歩道に靴の市街を構成して意気に気どって歩く女だ。イズモ町を過ぎて商店の飾窓の彩玻璃(いろがらす)に衣裳の影をうつしてプロフェショナルな女がかるく通行の男にウィンクした。
空はリキュール酒のようなあまさで、夜の街を覆うと、絢爛(けんらん)な渦巻きがとおく去って、女の靴の踵(かかと)が男の弛緩(しかん)した神経をこつこつとたたいた。つぎの瞬間には男女が下落したカワセ関係のようにくっついて、街頭の放射線から人口呼吸の必要なところへ立去っていった。
午後十一時ごろであった。大阪からながれてきたチヨダ・ビルのダンサー達が廃(つか)れた皮膚をしてアスハルトの冷たい街路に踊る靴をすべらした。都会の建物の死面に女達は浮気な影をうつして、唇の封臘(ふうろう)をとると一人の女が青褪(あおざ)めた朋輩に話しかけた。
「あのなあ、蒙古(もうこ)人がやってきはって、ピダホヤグラガルチュトゴリジアガバラちゅうのや。あははは。」
「けったいやなあ、それなんや。」
「それがなあ。散歩してーえな、ちゅうことなのや。おお寒む。」
酒と歌と踊のなかからでてきた男女が熱い匂のする魅力にひかれて、洪水のようにながれる車体に拾われると、夥(おびただ)しい巡査がいま迄の蛮地(ばんち)のエロチシズムの掃除を始めて、街は伝統とカルチュアが支配する帝王色に塗りかえられた。
同じ時刻。太田ミサコの黒いスカートが冷たい路上で地下の電光に白く煌(きらめ)いた。彼女の横顔が官衙(かんが)と銀行と、店舗のたちならんだ中央街の支那ホテルのまえまでくると細かく顫(ふる)えた。形のいい鼻の粗い魅力がうす黒い建物に吸いこまれると灰色のホテルの壁にそって彼女の影がコンクリートの階段を中年女の靴音をのこして一歩、一歩、女の強い忍従(にんじゅう)が右に折れると、或る部屋の扉を繊奢(せんしゃ)な澱(よど)みもなく暴々(あらあら)しくノックした。
「カム・イン。」
太い男の声が扉のすき間からもれると、太田ミサコは部屋につかつかと這入ると、彼女は盲目のように寝衣(パジャマ)の男を見つめた。
「やあ、部屋をまちがえた花嫁のようにてれているじゃないか。」と、巨大な男は彼女に青い尻をむけて云った。
すると太田ミサコは、ソファに片脚あげて、ストッキングを結んだ華美な薔薇の花模様の結び目をゆるめると、
「いくら破廉恥(はれんち)でも淫売婦の逢(あ)い曳(びき)じゃないのよ。」
「これは失礼。だが、不眠症になるような取引を申しこまれたのはどこのマクロー様かね。」太田ミサコは鉤形(かぎがた)の鼻を鳴らして殺風景な部屋椅子に腰を下ろすと、埃のつんだ卓子(テーブル)に片ひじついて、
「ほほ、それではバル・セロナ生れの伊達(だて)ものには見えないわ。それともお前さんは妾(わたし)に弱味でもあると思っているの。」
すると、奇怪な男がおどけて云った。
「ミサコ女史よ、巴里(パリー)ではミモザの花は一輪いくらしますか。」
「ムーラン・ルージュの恋物語でございますか。はい、一輪お高うございますわ。」
色の黒い肥まんした男が腹をかかえてわらいだした。片ひじついた彼女の鋼鉄のような腕に血管が運河のように青く浮きでた。
「それでご用は?」と、無作法に両股をひろげて男が云った。
すでに彼女は隠密にものを云う女になっていた。
「あら、こう云ったからって妾は打算と赤鼻が好きさ。ぜひお願いしますわ。と、云うのは妾が愛撫してくれる男を待っているわけじゃないわ。実はマクローにだって衣裳が要るように、あなた妾を労働女にして街に棄てないでちょうだい。分って。」
厚化粧した彼女の覊絆(きはん)の下で男が云った。
「わしはそのお礼によって、あとくされと紛議をかもさないように奥さんにご用立てしましょう。」
「利子は妾よ。」ずばりと彼女は云うと、化学的な香料のにおいを発散させながら、黄煙草のけむりで太田ミサコは傲慢なわらいを浮べた顔をくもらせた。
しかし、タイプライター刷のような事務的な男の言葉がつづいた。
「カァキイ色の小切手を出しましょう。失礼ですが、奥さんは必要なもののありかをご存じですか。」
「いただくわ。
空はリキュール酒のようなあまさで、夜の街を覆うと、絢爛(けんらん)な渦巻きがとおく去って、女の靴の踵(かかと)が男の弛緩(しかん)した神経をこつこつとたたいた。つぎの瞬間には男女が下落したカワセ関係のようにくっついて、街頭の放射線から人口呼吸の必要なところへ立去っていった。
午後十一時ごろであった。大阪からながれてきたチヨダ・ビルのダンサー達が廃(つか)れた皮膚をしてアスハルトの冷たい街路に踊る靴をすべらした。都会の建物の死面に女達は浮気な影をうつして、唇の封臘(ふうろう)をとると一人の女が青褪(あおざ)めた朋輩に話しかけた。
「あのなあ、蒙古(もうこ)人がやってきはって、ピダホヤグラガルチュトゴリジアガバラちゅうのや。あははは。」
「けったいやなあ、それなんや。」
「それがなあ。散歩してーえな、ちゅうことなのや。おお寒む。」
酒と歌と踊のなかからでてきた男女が熱い匂のする魅力にひかれて、洪水のようにながれる車体に拾われると、夥(おびただ)しい巡査がいま迄の蛮地(ばんち)のエロチシズムの掃除を始めて、街は伝統とカルチュアが支配する帝王色に塗りかえられた。
同じ時刻。太田ミサコの黒いスカートが冷たい路上で地下の電光に白く煌(きらめ)いた。彼女の横顔が官衙(かんが)と銀行と、店舗のたちならんだ中央街の支那ホテルのまえまでくると細かく顫(ふる)えた。形のいい鼻の粗い魅力がうす黒い建物に吸いこまれると灰色のホテルの壁にそって彼女の影がコンクリートの階段を中年女の靴音をのこして一歩、一歩、女の強い忍従(にんじゅう)が右に折れると、或る部屋の扉を繊奢(せんしゃ)な澱(よど)みもなく暴々(あらあら)しくノックした。
「カム・イン。」
太い男の声が扉のすき間からもれると、太田ミサコは部屋につかつかと這入ると、彼女は盲目のように寝衣(パジャマ)の男を見つめた。
「やあ、部屋をまちがえた花嫁のようにてれているじゃないか。」と、巨大な男は彼女に青い尻をむけて云った。
すると太田ミサコは、ソファに片脚あげて、ストッキングを結んだ華美な薔薇の花模様の結び目をゆるめると、
「いくら破廉恥(はれんち)でも淫売婦の逢(あ)い曳(びき)じゃないのよ。」
「これは失礼。だが、不眠症になるような取引を申しこまれたのはどこのマクロー様かね。」太田ミサコは鉤形(かぎがた)の鼻を鳴らして殺風景な部屋椅子に腰を下ろすと、埃のつんだ卓子(テーブル)に片ひじついて、
「ほほ、それではバル・セロナ生れの伊達(だて)ものには見えないわ。それともお前さんは妾(わたし)に弱味でもあると思っているの。」
すると、奇怪な男がおどけて云った。
「ミサコ女史よ、巴里(パリー)ではミモザの花は一輪いくらしますか。」
「ムーラン・ルージュの恋物語でございますか。はい、一輪お高うございますわ。」
色の黒い肥まんした男が腹をかかえてわらいだした。片ひじついた彼女の鋼鉄のような腕に血管が運河のように青く浮きでた。
「それでご用は?」と、無作法に両股をひろげて男が云った。
すでに彼女は隠密にものを云う女になっていた。
「あら、こう云ったからって妾は打算と赤鼻が好きさ。ぜひお願いしますわ。と、云うのは妾が愛撫してくれる男を待っているわけじゃないわ。実はマクローにだって衣裳が要るように、あなた妾を労働女にして街に棄てないでちょうだい。分って。」
厚化粧した彼女の覊絆(きはん)の下で男が云った。
「わしはそのお礼によって、あとくされと紛議をかもさないように奥さんにご用立てしましょう。」
「利子は妾よ。」ずばりと彼女は云うと、化学的な香料のにおいを発散させながら、黄煙草のけむりで太田ミサコは傲慢なわらいを浮べた顔をくもらせた。
しかし、タイプライター刷のような事務的な男の言葉がつづいた。
「カァキイ色の小切手を出しましょう。失礼ですが、奥さんは必要なもののありかをご存じですか。」
「いただくわ。
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