妄想 - 森 鴎外 ( もり おうがい )
目前(もくぜん)には広々と海が横はつてゐる。
その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行はれるやうになつた 〔du^n〕(ドユウン) といふ語(ことば)は、かういふ処を斥(さ)して言ふのである。
その砂山の上に、ひよろひよろした赤松が簇(むら)がつて生えてゐる。余り年を経た松ではない。
海を眺めてゐる白髪の主人は、此松の幾本かを切つて、松林の中へ嵌(は)め込んだやうに立てた小家(こいへ)の一間(ひとま)に据わつてゐる。
主人が元(も)と世に立ち交つてゐる頃に、別荘の真似事のやうな心持で立てた此小家は、只|二間(ふたま)と台所とから成り立つてゐる。今据わつてゐるのは、東の方一面に海を見晴らした、六畳の居間である。
据わつてゐて見れば、砂山の岨(そは)が松の根に縦横に縫はれた、殆ど鉛直な、所々|中窪(なかくぼ)に崩れた断面になつてゐるので、只|果(はて)もない波だけが見えてゐるが、此山と海との間には、一筋の河水と一帯(いつたい)の中洲(なかす)とがある。
河は迂回(うくわい)して海に灌(そそ)いでゐるので、岨(そは)の下では甘い水と鹹(から)い水とが出合つてゐるのである。
砂山の背後(うしろ)の低い処には、漁業と農業とを兼ねた民家が疎(まば)らに立つてゐるが、砂山の上には主人の家が只一軒あるばかりである。
いつやらの暴風に漁船が一艘|跳(は)ね上げられて、松林の松の梢(こずゑ)に引つ懸(かか)つてゐたといふ話のある此砂山には、土地のものは恐れて住まない。
河は上総(かづさ)の夷※川(いしみがは)である。海は太平洋である。
秋が近くなつて、薄靄(うすもや)の掛かつてゐる松林の中の、清い砂を踏んで、主人はそこらを一廻(ひとめぐ)りして来て、八十八(やそはち)という老僕の拵(こしら)へた朝餉(あさげ)をしまつて、今自分の居間に据わつた処である。
あたりはひつそりしてゐて、人の物を言ふ声も、犬の鳴く声も聞えない。只|朝凪(あさなぎ)の浦の静かな、鈍い、重くろしい波の音が、天地の脈搏(みやくはく)のやうに聞えてゐるばかりである。
丁度|径(わたり)一尺位に見える橙黄色(たうわうしよく)の日輪(にちりん)が、真向うの水と空と接した処から出た。水平線を基線にして見てゐるので、日はずんずん升(のぼ)つて行くやうに感ぜられる。
それを見て、主人は時間といふことを考へる。生といふことを考へる。死といふ事を考へる。
「死は哲学の為めに真の、気息を嘘(ふ)き込む神である、導きの神(Musagetes)である」と Schopenhauer(シヨオペンハウエル) は云つた。主人は此|語(ことば)を思ひ出して、それはさう云つても好からうと思ふ。併し死といふものは、生といふものを考へずには考へられない。死を考へるといふのは生が無くなると考へるのである。
これまで種々の人の書いたものを見れば、大抵|老(おい)が迫つて来るのに連れて、死を考へるといふことが段々切実になると云つてゐる。主人は過去の経歴を考へて見るに、どうもさういふ人々とは少し違ふやうに思ふ。
* * *
自分がまだ二十代で、全く処女のやうな官能を以て、外界のあらゆる出来事に反応して、内には嘗(かつ)て挫折(ざせつ)したことのない力を蓄へてゐた時の事であつた。自分は伯林(ベルリン)にゐた。列強の均衡を破つて、独逸(ドイツ)といふ野蛮な響の詞(ことば)にどつしりした重みを持たせたヰルヘルム第一世がまだ位にをられた。今のヰルヘルム第二世のやうに、〔da:monisch〕(デモオニシユ) な威力を下(しも)に加へて、抑へて行かれるのではなくて、自然の重みの下に社会民政党は喘(あへ)ぎ悶(もだ)えてゐたのである。劇場では Ernst(エルンスト) von(フオン) Wildenbruch(ヰルデンブルツホ) が、あの Hohenzollern(ホオヘンツオルレルン) 家の祖先を主人公にした脚本を興業させて、学生仲間の青年の心を支配してゐた。
昼は講堂や Laboratorium(ラボラトリウム) で、生き生きした青年の間に立ち交つて働く。何事にも不器用で、癡重(ちちよう)といふやうな処のある欧羅巴(ヨオロツパ)人を凌(しの)いで、軽捷(けいせふ)に立ち働いて得意がるやうな心も起る。夜は芝居を見る。舞踏場にゆく。それから珈琲店(コオフイイてん)に時刻を移して、帰り道には街燈|丈(だけ)が寂しい光を放つて、馬車を乗り廻す掃除人足が掃除をし始める頃にぶらぶら帰る。素直に帰らないこともある。
さて自分の住む宿に帰り着く。宿と云つても、幾竈(いくかまど)もあるおほ家(いへ)の入口の戸を、邪魔になる大鍵で開けて、三階か四階へ、蝋(らふ)マッチを擦(す)り擦(す)り登つて行つて、やうやう chambre(シヤンブル) garnie(ガルニイ) の前に来るのである。
高机一つに椅子二つ三つ。寝台に箪笥(たんす)に化粧棚。その外にはなんにもない。火を点(とも)して着物を脱いで、その火を消すと直ぐ、寝台の上に横になる。
心の寂しさを感ずるのはかういふ時である。それでも神経の平穏な時は故郷の家の様子が俤(おもかげ)に立つて来るに過ぎない。その幻を見ながら寐入る。Nostalgia(ノスタルギア) は人生の苦痛の余り深いものではない。
それがどうかすると寐附かれない。
その砂山の上に、ひよろひよろした赤松が簇(むら)がつて生えてゐる。余り年を経た松ではない。
海を眺めてゐる白髪の主人は、此松の幾本かを切つて、松林の中へ嵌(は)め込んだやうに立てた小家(こいへ)の一間(ひとま)に据わつてゐる。
主人が元(も)と世に立ち交つてゐる頃に、別荘の真似事のやうな心持で立てた此小家は、只|二間(ふたま)と台所とから成り立つてゐる。今据わつてゐるのは、東の方一面に海を見晴らした、六畳の居間である。
据わつてゐて見れば、砂山の岨(そは)が松の根に縦横に縫はれた、殆ど鉛直な、所々|中窪(なかくぼ)に崩れた断面になつてゐるので、只|果(はて)もない波だけが見えてゐるが、此山と海との間には、一筋の河水と一帯(いつたい)の中洲(なかす)とがある。
河は迂回(うくわい)して海に灌(そそ)いでゐるので、岨(そは)の下では甘い水と鹹(から)い水とが出合つてゐるのである。
砂山の背後(うしろ)の低い処には、漁業と農業とを兼ねた民家が疎(まば)らに立つてゐるが、砂山の上には主人の家が只一軒あるばかりである。
いつやらの暴風に漁船が一艘|跳(は)ね上げられて、松林の松の梢(こずゑ)に引つ懸(かか)つてゐたといふ話のある此砂山には、土地のものは恐れて住まない。
河は上総(かづさ)の夷※川(いしみがは)である。海は太平洋である。
秋が近くなつて、薄靄(うすもや)の掛かつてゐる松林の中の、清い砂を踏んで、主人はそこらを一廻(ひとめぐ)りして来て、八十八(やそはち)という老僕の拵(こしら)へた朝餉(あさげ)をしまつて、今自分の居間に据わつた処である。
あたりはひつそりしてゐて、人の物を言ふ声も、犬の鳴く声も聞えない。只|朝凪(あさなぎ)の浦の静かな、鈍い、重くろしい波の音が、天地の脈搏(みやくはく)のやうに聞えてゐるばかりである。
丁度|径(わたり)一尺位に見える橙黄色(たうわうしよく)の日輪(にちりん)が、真向うの水と空と接した処から出た。水平線を基線にして見てゐるので、日はずんずん升(のぼ)つて行くやうに感ぜられる。
それを見て、主人は時間といふことを考へる。生といふことを考へる。死といふ事を考へる。
「死は哲学の為めに真の、気息を嘘(ふ)き込む神である、導きの神(Musagetes)である」と Schopenhauer(シヨオペンハウエル) は云つた。主人は此|語(ことば)を思ひ出して、それはさう云つても好からうと思ふ。併し死といふものは、生といふものを考へずには考へられない。死を考へるといふのは生が無くなると考へるのである。
これまで種々の人の書いたものを見れば、大抵|老(おい)が迫つて来るのに連れて、死を考へるといふことが段々切実になると云つてゐる。主人は過去の経歴を考へて見るに、どうもさういふ人々とは少し違ふやうに思ふ。
* * *
自分がまだ二十代で、全く処女のやうな官能を以て、外界のあらゆる出来事に反応して、内には嘗(かつ)て挫折(ざせつ)したことのない力を蓄へてゐた時の事であつた。自分は伯林(ベルリン)にゐた。列強の均衡を破つて、独逸(ドイツ)といふ野蛮な響の詞(ことば)にどつしりした重みを持たせたヰルヘルム第一世がまだ位にをられた。今のヰルヘルム第二世のやうに、〔da:monisch〕(デモオニシユ) な威力を下(しも)に加へて、抑へて行かれるのではなくて、自然の重みの下に社会民政党は喘(あへ)ぎ悶(もだ)えてゐたのである。劇場では Ernst(エルンスト) von(フオン) Wildenbruch(ヰルデンブルツホ) が、あの Hohenzollern(ホオヘンツオルレルン) 家の祖先を主人公にした脚本を興業させて、学生仲間の青年の心を支配してゐた。
昼は講堂や Laboratorium(ラボラトリウム) で、生き生きした青年の間に立ち交つて働く。何事にも不器用で、癡重(ちちよう)といふやうな処のある欧羅巴(ヨオロツパ)人を凌(しの)いで、軽捷(けいせふ)に立ち働いて得意がるやうな心も起る。夜は芝居を見る。舞踏場にゆく。それから珈琲店(コオフイイてん)に時刻を移して、帰り道には街燈|丈(だけ)が寂しい光を放つて、馬車を乗り廻す掃除人足が掃除をし始める頃にぶらぶら帰る。素直に帰らないこともある。
さて自分の住む宿に帰り着く。宿と云つても、幾竈(いくかまど)もあるおほ家(いへ)の入口の戸を、邪魔になる大鍵で開けて、三階か四階へ、蝋(らふ)マッチを擦(す)り擦(す)り登つて行つて、やうやう chambre(シヤンブル) garnie(ガルニイ) の前に来るのである。
高机一つに椅子二つ三つ。寝台に箪笥(たんす)に化粧棚。その外にはなんにもない。火を点(とも)して着物を脱いで、その火を消すと直ぐ、寝台の上に横になる。
心の寂しさを感ずるのはかういふ時である。それでも神経の平穏な時は故郷の家の様子が俤(おもかげ)に立つて来るに過ぎない。その幻を見ながら寐入る。Nostalgia(ノスタルギア) は人生の苦痛の余り深いものではない。
それがどうかすると寐附かれない。
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