妖怪研究 - 伊東 忠太 ( いとう ちゅうた )
一 ばけものの起源
妖怪(えうくわい)の研究(けんきう)と云(い)つても、別(べつ)に專門(せんもん)に調(しら)べた譯(わけ)でもなく、又(また)さういふ專門(せんもん)があるや否(いな)やをも知(し)らぬ。兎(と)に角(かく)私(わたし)はばけものといふものは非常(ひぜう)に面白(おもしろ)いものだと思(おも)つて居(ゐ)るので、之(これ)に關(くわん)するほんの漠然(ばくぜん)たる感想(かんさう)を、聊(いさゝ)か茲(こゝ)に述(の)ぶるに過(す)ぎない。
私(わたし)のばけものに關(くわん)する考(かんが)へは、世間(せけん)の所謂(いはゆる)化物(ばけもの)とは餘程(よほど)範圍(はんゐ)を異(こと)にしてゐる。先(ま)づばけものとはどういふものであるかといふに、元來(ぐわんらい)宗教的信念(しうけうてきしんねん)又(また)は迷信(めいしん)から作(つく)り出(だ)されたものであつて、理想的(りさうてき)又(また)は空想的(くうさうてき)に或(あ)る形象(けいしやう)を假想(かさう)し、之(これ)を極端(きよくたん)に誇張(こてう)する結果(けつくわ)勢(いきほ)ひ異形(いげう)の相(さう)を呈(てい)するので、之(これ)が私(わたし)のばけものゝ定義(ていぎ)である。即(すなは)ち私(わたし)の言(い)ふばけものは、餘程(よほど)範圍(はんゐ)の廣(ひろ)い解釋(かいしやく)であつて、世間(せけん)の所謂(いはゆる)化物(ばけもの)は一の分科(ぶんくわ)に過(す)ぎない事(こと)となるのである。世間(せけん)で一|口(くち)に化物(ばけもの)といふと、何(なに)か妖怪變化(えうくわいへんげ)の魔物(まもの)などを意味(いみ)するやうで極(きは)めて淺薄(せんぱく)らしく思(おも)はれるが、私(わたし)の考(かんが)へて居(ゐ)るばけものは、餘程(よほど)深(ふか)い意味(いみ)の有(あ)るものである。特(とく)に藝術的(げいじゆつてき)に觀察(くわんさつ)する時(とき)は非常(ひぜう)に面白(おもしろ)い。
ばけものゝ一|面(めん)は極(きは)めて雄大(ゆうだい)で全宇宙(ぜんうちう)を抱括(はうくわつ)する、而(しか)も他(た)の一|面(めん)は極(きは)めて微妙(びめう)で、殆(ほとん)ど微(び)に入(い)り細(さい)に渉(わた)る。即(すなは)ち最(もつと)も高遠(かうゑん)なるは神話(しんわ)となり、最(もつと)も卑近(ひきん)なるはお伽噺(とぎばなし)となり、一|般(ぱん)の學術(がくじゆつ)特(とく)に歴史上(れきしじやう)に於(おい)ても、又(また)一|般(ぱん)生活上(せいくわつじやう)に於(おい)ても、實(じつ)に微妙(びめう)なる關係(くわんけい)を有(いう)して居(ゐ)るのである。若(も)し歴史上(れきしじやう)又(また)は社會生活(しやくわいせいくわつ)の上(うへ)からばけものといふものを取去(とりさ)つたならば、極(きは)めて乾燥無味(かんさうむみ)のものとなるであらう。隨(したが)つて吾々(われ/\)が知(し)らず識(し)らずばけものから與(あた)へられる趣味(しゆみ)の如何(いか)に豊富(ほうふ)なるかは、想像(さうざう)に餘(あま)りある事(こと)であつて、確(たしか)にばけものは社會生活(しやくわいせいくわつ)の上(うへ)に、最(もつと)も缺(か)くべからざる要素(えうそ)の一つである。
世界(せかい)の歴史(れきし)風俗(ふうぞく)を調(しら)べて見(み)るに、何國(なにこく)、何時代(なにじだい)に於(おい)ても、化物思想(ばけものしさう)の無(な)い處(ところ)は決(けつ)して無(な)いのである。然(しか)らば化物(ばけもの)の考(かんが)へはどうして出(で)て來(き)たか、之(これ)を研究(けんきう)するのは心理學(しんりがく)の領分(れうぶん)であつて、吾々(われ/\)は門外漢(もんぐわいかん)であるが、私(わたし)の考(かんが)へでは「自然界(しぜんかい)に對(たい)する人間(にんげん)の觀察(くわんさつ)」これが此(この)根本(こんぽん)であると思(おも)ふ。
自然界(しぜんかい)の現象(げんしやう)を見(み)ると、或(あ)るものは非常(ひぜう)に美(うつく)しく、或(あ)るものは非常(ひぜう)に恐(おそ)ろしい。或(あるひ)は神祕的(しんぴてき)なものがあり、或(あるひ)は怪異(くわいい)なものがある。之(これ)には何(なに)か其(その)奧(おく)に偉大(ゐだい)な力(ちから)が潜(ひそ)んで居(ゐ)るに相違(さうゐ)ない。此(この)偉大(ゐだい)な現象(げんしやう)を起(おこ)させるものは人間以上(にんげんいじやう)の者(もの)で人間以上(にんげんいじやう)の形(かたち)をしたものだらう。此(この)想像(さうざう)が宗教(しうけう)の基(もと)となり、化物(ばけもの)を創造(さうざう)するのである。且(かつ)又(また)人間(にんげん)には由來(ゆらい)好奇心(かうきしん)が有(あ)る。此(この)好奇心(かうきしん)に刺戟(しげき)せられて、空想(くうさう)に空想(くうさう)を重(かさ)ね、遂(つひ)に珍無類(ちんむるゐ)の形(かたち)を創造(さうざう)する。故(ゆゑ)に化物(ばけもの)は各時代(かくじだい)、各民族(かくみんぞく)に必(かなら)ず無(な)くてならない事(こと)になる。隨(したが)つて世界(せかい)の各國(かくこく)は其(その)民族(みんぞく)の差異(さい)に應(おう)じて化物(ばけもの)が異(ことな)つて居(ゐ)る。
二 各國のばけもの
ばけものが國(くに)によりそれ/″\異(こと)なるのは、各國(かくこく)民族(みんぞく)の先天性(せんてんせい)にもよるが、又(また)土地(とち)の地理的關係(ちりてきくわんけい)によること非常(ひぜう)に大(だい)である。例(たと)へば日本(にほん)は小島國(せうたうごく)であつて、氣候(きこう)温和(をんわ)、山水(さんすゐ)も概(がい)して平凡(へいぼん)で別段(べつだん)高嶽峻嶺(かうがくしゆんれい)深山幽澤(しんざんゆうたく)といふものもない。凡(すべ)てのものが小規模(せうきも)である。その我邦(わがくに)に雄大(ゆうだい)な化物(ばけもの)のあらう筈(はず)はない。
古來(こらい)我邦(わがくに)の化物思想(ばけものしさう)は甚(はなは)だ幼稚(えうち)で、或(あるひ)は殆(ほとん)ど無(な)かつたと言(い)つて可(い)い位(くらゐ)だ。日本(にほん)の神話(しんわ)は化物(ばけもの)の傳説(でんせつ)が甚(はなは)だ少(すくな)い。日本(にほん)の神々(かみ/\)は日本(にほん)の祖先(そせん)なる人間(にんげん)であると考(かんが)へられて、化物(ばけもの)などとは思(おも)はれて居(ゐ)ない。それで神々(かみ/\)の内(うち)で別段(べつだん)異樣(いやう)な相(さう)をしたものはない。猿田彦命(さるたひこのみこと)が鼻(はな)が高(たか)いとか、天鈿目命(あまのうづめのみこと)が顏(かほ)がをかしかつたといふ位(くらゐ)のものである。又(また)化物思想(ばけものしさう)を具體的(ぐたいてき)に現(あら)はした繪(ゑ)も餘(あま)り多(おほ)くはない。記録(きろく)に現(あら)はれたものも殆(ほとん)ど無(な)く、弘仁年間(こうにんねんかん)に藥師寺(やくしじ)の僧(そう)景戒(けいかい)が著(あらは)した「日本靈異記(にほんれいいき)」が最(もつと)も古(ふる)いものであらう。今昔物語(こんじやくものがたり)にも往々(わう/\)化物談(ばけものだん)が出(で)て居(ゐ)る。
日本(にほん)の化物(ばけもの)は後世(こうせい)になる程(ほど)面白(おもしろ)くなつて居(ゐ)るが、是(これ)は初(はじ)め日本(にほん)の地理的關係(ちりてきくわんけい)で化物(ばけもの)を想像(さうざう)する餘地(よち)がなかつた爲(ため)である。其後(そのご)支那(しな)から、道教(だうけう)の妖怪思想(えうくわいしさう)が入(い)り、佛教(ぶつけう)と共(とも)に印度思想(いんどしさう)も入(はい)つて來(き)て、日本(にほん)の化物(ばけもの)は此爲(このため)に餘程(よほど)豊富(ほうふ)になつたのである。例(たと)へば、印度(いんど)の三|眼(め)の明王(めうわう)は變(へん)じて通俗(つうぞく)の三|眼(め)入道(にふだう)となり、鳥嘴(てうし)の迦樓羅王(かろらわう)は變(へん)じてお伽噺(とぎばなし)の烏天狗(からすてんぐ)となつた。又(また)日本(にほん)の小説(せうせつ)によく現(あら)はれる魔法遣(まはふづか)ひが、不思議(ふしぎ)な藝(げい)を演(えん)ずるのは多(おほ)くは、一|半(はん)は佛教(ぶつけう)から一|半(はん)は道教(だうけう)の仙術(せんじゆつ)から出(で)たものと思(おも)はれる。
日本(にほん)が化物(ばけもの)の貧弱(ひんじやく)なのに對(たい)して、支那(しな)に入(い)ると全(まつた)く異(ことな)る、支那(しな)はあの通(とほ)り尨大(ぼうだい)な國(くに)であつて、西(にし)には崑崙雪山(こんろんせつざん)の諸峰(しよぼう)が際涯(はてし)なく連(つらな)り、あの深(ふか)い山岳(さんがく)の奧(おく)には屹度(きつと)何(なに)か怖(おそろ)しいものが潛(ひそ)んでゐるに相違(さうゐ)ないと考(かんが)へた。北(きた)にはゴビの大沙漠(だいさばく)があつて、これにも何(なに)か怪物(くわいぶつ)が居(ゐ)るだらうと考(かんが)へた。彼等(かれら)はゴビの沙漠(さばく)から來(く)る風(かぜ)は惡魔(あくま)の吐息(といき)だと考(かんが)へたのであらう。斯(か)くて支那(しな)には昔(むかし)から化物思想(ばけものしさう)が非常(ひぜう)に發達(はつたつ)し中(なか)には極(きは)めて雄大(ゆうだい)なものがある。尤(もつと)も儒教(じゆけう)の方(はう)では孔子(こうし)も怪力亂神(くわいりきらんしん)を語(かた)らず、鬼神妖怪(きじんえうくわい)を説(と)かないが道教(だうけう)の方(はう)では盛(さかん)に之(これ)を唱道(しやうだう)するのである。
形(かたち)に現(あら)はされたもので、最(もつと)も古(ふる)いと思(おも)はれるものは山東省(さんとうしやう)の武氏祠(ぶしし)の浮彫(うきぼり)や毛彫(けぼり)のやうな繪(ゑ)で、是(これ)は後漢時代(ごかんじだい)のものであるが、其(その)化物(ばけもの)は何(いづ)れも奇々怪々(きゝくわい/\)を極(きは)めたものである。山海經(さんかいけう)を見(み)ても極(きは)めて荒唐無稽(くわうたうむけい)なものが多(おほ)い。小説(せうせつ)では西遊記(さいいうき)などにも、到(いた)る處(ところ)痛烈(つうれつ)なる化物思想(ばけものしさう)が横溢(わうえつ)して居(ゐ)る。歴史(れきし)で見(み)ても最初(さいしよ)から出(で)て來(く)る伏羲氏(ふくぎし)が蛇身(じやしん)人首(じんしゆ)であつて、神農氏(しんのうし)が人身(じんしん)牛首(ぎうしゆ)である。恁(こ)ういふ風(ふう)に支那人(しなじん)は太古(たいこ)から化物(ばけもの)を想像(さうざう)する力(ちから)が非常(ひぜう)に強(つよ)かつた。是皆(これみな)國土(こくど)の關係(くわんけい)による事(こと)と思(おも)はれる。
更(さら)に印度(いんど)に行(ゆ)くと、印度(いんど)は殆(ほとん)ど化物(ばけもの)の本場(ほんば)である。
私(わたし)のばけものに關(くわん)する考(かんが)へは、世間(せけん)の所謂(いはゆる)化物(ばけもの)とは餘程(よほど)範圍(はんゐ)を異(こと)にしてゐる。先(ま)づばけものとはどういふものであるかといふに、元來(ぐわんらい)宗教的信念(しうけうてきしんねん)又(また)は迷信(めいしん)から作(つく)り出(だ)されたものであつて、理想的(りさうてき)又(また)は空想的(くうさうてき)に或(あ)る形象(けいしやう)を假想(かさう)し、之(これ)を極端(きよくたん)に誇張(こてう)する結果(けつくわ)勢(いきほ)ひ異形(いげう)の相(さう)を呈(てい)するので、之(これ)が私(わたし)のばけものゝ定義(ていぎ)である。即(すなは)ち私(わたし)の言(い)ふばけものは、餘程(よほど)範圍(はんゐ)の廣(ひろ)い解釋(かいしやく)であつて、世間(せけん)の所謂(いはゆる)化物(ばけもの)は一の分科(ぶんくわ)に過(す)ぎない事(こと)となるのである。世間(せけん)で一|口(くち)に化物(ばけもの)といふと、何(なに)か妖怪變化(えうくわいへんげ)の魔物(まもの)などを意味(いみ)するやうで極(きは)めて淺薄(せんぱく)らしく思(おも)はれるが、私(わたし)の考(かんが)へて居(ゐ)るばけものは、餘程(よほど)深(ふか)い意味(いみ)の有(あ)るものである。特(とく)に藝術的(げいじゆつてき)に觀察(くわんさつ)する時(とき)は非常(ひぜう)に面白(おもしろ)い。
ばけものゝ一|面(めん)は極(きは)めて雄大(ゆうだい)で全宇宙(ぜんうちう)を抱括(はうくわつ)する、而(しか)も他(た)の一|面(めん)は極(きは)めて微妙(びめう)で、殆(ほとん)ど微(び)に入(い)り細(さい)に渉(わた)る。即(すなは)ち最(もつと)も高遠(かうゑん)なるは神話(しんわ)となり、最(もつと)も卑近(ひきん)なるはお伽噺(とぎばなし)となり、一|般(ぱん)の學術(がくじゆつ)特(とく)に歴史上(れきしじやう)に於(おい)ても、又(また)一|般(ぱん)生活上(せいくわつじやう)に於(おい)ても、實(じつ)に微妙(びめう)なる關係(くわんけい)を有(いう)して居(ゐ)るのである。若(も)し歴史上(れきしじやう)又(また)は社會生活(しやくわいせいくわつ)の上(うへ)からばけものといふものを取去(とりさ)つたならば、極(きは)めて乾燥無味(かんさうむみ)のものとなるであらう。隨(したが)つて吾々(われ/\)が知(し)らず識(し)らずばけものから與(あた)へられる趣味(しゆみ)の如何(いか)に豊富(ほうふ)なるかは、想像(さうざう)に餘(あま)りある事(こと)であつて、確(たしか)にばけものは社會生活(しやくわいせいくわつ)の上(うへ)に、最(もつと)も缺(か)くべからざる要素(えうそ)の一つである。
世界(せかい)の歴史(れきし)風俗(ふうぞく)を調(しら)べて見(み)るに、何國(なにこく)、何時代(なにじだい)に於(おい)ても、化物思想(ばけものしさう)の無(な)い處(ところ)は決(けつ)して無(な)いのである。然(しか)らば化物(ばけもの)の考(かんが)へはどうして出(で)て來(き)たか、之(これ)を研究(けんきう)するのは心理學(しんりがく)の領分(れうぶん)であつて、吾々(われ/\)は門外漢(もんぐわいかん)であるが、私(わたし)の考(かんが)へでは「自然界(しぜんかい)に對(たい)する人間(にんげん)の觀察(くわんさつ)」これが此(この)根本(こんぽん)であると思(おも)ふ。
自然界(しぜんかい)の現象(げんしやう)を見(み)ると、或(あ)るものは非常(ひぜう)に美(うつく)しく、或(あ)るものは非常(ひぜう)に恐(おそ)ろしい。或(あるひ)は神祕的(しんぴてき)なものがあり、或(あるひ)は怪異(くわいい)なものがある。之(これ)には何(なに)か其(その)奧(おく)に偉大(ゐだい)な力(ちから)が潜(ひそ)んで居(ゐ)るに相違(さうゐ)ない。此(この)偉大(ゐだい)な現象(げんしやう)を起(おこ)させるものは人間以上(にんげんいじやう)の者(もの)で人間以上(にんげんいじやう)の形(かたち)をしたものだらう。此(この)想像(さうざう)が宗教(しうけう)の基(もと)となり、化物(ばけもの)を創造(さうざう)するのである。且(かつ)又(また)人間(にんげん)には由來(ゆらい)好奇心(かうきしん)が有(あ)る。此(この)好奇心(かうきしん)に刺戟(しげき)せられて、空想(くうさう)に空想(くうさう)を重(かさ)ね、遂(つひ)に珍無類(ちんむるゐ)の形(かたち)を創造(さうざう)する。故(ゆゑ)に化物(ばけもの)は各時代(かくじだい)、各民族(かくみんぞく)に必(かなら)ず無(な)くてならない事(こと)になる。隨(したが)つて世界(せかい)の各國(かくこく)は其(その)民族(みんぞく)の差異(さい)に應(おう)じて化物(ばけもの)が異(ことな)つて居(ゐ)る。
二 各國のばけもの
ばけものが國(くに)によりそれ/″\異(こと)なるのは、各國(かくこく)民族(みんぞく)の先天性(せんてんせい)にもよるが、又(また)土地(とち)の地理的關係(ちりてきくわんけい)によること非常(ひぜう)に大(だい)である。例(たと)へば日本(にほん)は小島國(せうたうごく)であつて、氣候(きこう)温和(をんわ)、山水(さんすゐ)も概(がい)して平凡(へいぼん)で別段(べつだん)高嶽峻嶺(かうがくしゆんれい)深山幽澤(しんざんゆうたく)といふものもない。凡(すべ)てのものが小規模(せうきも)である。その我邦(わがくに)に雄大(ゆうだい)な化物(ばけもの)のあらう筈(はず)はない。
古來(こらい)我邦(わがくに)の化物思想(ばけものしさう)は甚(はなは)だ幼稚(えうち)で、或(あるひ)は殆(ほとん)ど無(な)かつたと言(い)つて可(い)い位(くらゐ)だ。日本(にほん)の神話(しんわ)は化物(ばけもの)の傳説(でんせつ)が甚(はなは)だ少(すくな)い。日本(にほん)の神々(かみ/\)は日本(にほん)の祖先(そせん)なる人間(にんげん)であると考(かんが)へられて、化物(ばけもの)などとは思(おも)はれて居(ゐ)ない。それで神々(かみ/\)の内(うち)で別段(べつだん)異樣(いやう)な相(さう)をしたものはない。猿田彦命(さるたひこのみこと)が鼻(はな)が高(たか)いとか、天鈿目命(あまのうづめのみこと)が顏(かほ)がをかしかつたといふ位(くらゐ)のものである。又(また)化物思想(ばけものしさう)を具體的(ぐたいてき)に現(あら)はした繪(ゑ)も餘(あま)り多(おほ)くはない。記録(きろく)に現(あら)はれたものも殆(ほとん)ど無(な)く、弘仁年間(こうにんねんかん)に藥師寺(やくしじ)の僧(そう)景戒(けいかい)が著(あらは)した「日本靈異記(にほんれいいき)」が最(もつと)も古(ふる)いものであらう。今昔物語(こんじやくものがたり)にも往々(わう/\)化物談(ばけものだん)が出(で)て居(ゐ)る。
日本(にほん)の化物(ばけもの)は後世(こうせい)になる程(ほど)面白(おもしろ)くなつて居(ゐ)るが、是(これ)は初(はじ)め日本(にほん)の地理的關係(ちりてきくわんけい)で化物(ばけもの)を想像(さうざう)する餘地(よち)がなかつた爲(ため)である。其後(そのご)支那(しな)から、道教(だうけう)の妖怪思想(えうくわいしさう)が入(い)り、佛教(ぶつけう)と共(とも)に印度思想(いんどしさう)も入(はい)つて來(き)て、日本(にほん)の化物(ばけもの)は此爲(このため)に餘程(よほど)豊富(ほうふ)になつたのである。例(たと)へば、印度(いんど)の三|眼(め)の明王(めうわう)は變(へん)じて通俗(つうぞく)の三|眼(め)入道(にふだう)となり、鳥嘴(てうし)の迦樓羅王(かろらわう)は變(へん)じてお伽噺(とぎばなし)の烏天狗(からすてんぐ)となつた。又(また)日本(にほん)の小説(せうせつ)によく現(あら)はれる魔法遣(まはふづか)ひが、不思議(ふしぎ)な藝(げい)を演(えん)ずるのは多(おほ)くは、一|半(はん)は佛教(ぶつけう)から一|半(はん)は道教(だうけう)の仙術(せんじゆつ)から出(で)たものと思(おも)はれる。
日本(にほん)が化物(ばけもの)の貧弱(ひんじやく)なのに對(たい)して、支那(しな)に入(い)ると全(まつた)く異(ことな)る、支那(しな)はあの通(とほ)り尨大(ぼうだい)な國(くに)であつて、西(にし)には崑崙雪山(こんろんせつざん)の諸峰(しよぼう)が際涯(はてし)なく連(つらな)り、あの深(ふか)い山岳(さんがく)の奧(おく)には屹度(きつと)何(なに)か怖(おそろ)しいものが潛(ひそ)んでゐるに相違(さうゐ)ないと考(かんが)へた。北(きた)にはゴビの大沙漠(だいさばく)があつて、これにも何(なに)か怪物(くわいぶつ)が居(ゐ)るだらうと考(かんが)へた。彼等(かれら)はゴビの沙漠(さばく)から來(く)る風(かぜ)は惡魔(あくま)の吐息(といき)だと考(かんが)へたのであらう。斯(か)くて支那(しな)には昔(むかし)から化物思想(ばけものしさう)が非常(ひぜう)に發達(はつたつ)し中(なか)には極(きは)めて雄大(ゆうだい)なものがある。尤(もつと)も儒教(じゆけう)の方(はう)では孔子(こうし)も怪力亂神(くわいりきらんしん)を語(かた)らず、鬼神妖怪(きじんえうくわい)を説(と)かないが道教(だうけう)の方(はう)では盛(さかん)に之(これ)を唱道(しやうだう)するのである。
形(かたち)に現(あら)はされたもので、最(もつと)も古(ふる)いと思(おも)はれるものは山東省(さんとうしやう)の武氏祠(ぶしし)の浮彫(うきぼり)や毛彫(けぼり)のやうな繪(ゑ)で、是(これ)は後漢時代(ごかんじだい)のものであるが、其(その)化物(ばけもの)は何(いづ)れも奇々怪々(きゝくわい/\)を極(きは)めたものである。山海經(さんかいけう)を見(み)ても極(きは)めて荒唐無稽(くわうたうむけい)なものが多(おほ)い。小説(せうせつ)では西遊記(さいいうき)などにも、到(いた)る處(ところ)痛烈(つうれつ)なる化物思想(ばけものしさう)が横溢(わうえつ)して居(ゐ)る。歴史(れきし)で見(み)ても最初(さいしよ)から出(で)て來(く)る伏羲氏(ふくぎし)が蛇身(じやしん)人首(じんしゆ)であつて、神農氏(しんのうし)が人身(じんしん)牛首(ぎうしゆ)である。恁(こ)ういふ風(ふう)に支那人(しなじん)は太古(たいこ)から化物(ばけもの)を想像(さうざう)する力(ちから)が非常(ひぜう)に強(つよ)かつた。是皆(これみな)國土(こくど)の關係(くわんけい)による事(こと)と思(おも)はれる。
更(さら)に印度(いんど)に行(ゆ)くと、印度(いんど)は殆(ほとん)ど化物(ばけもの)の本場(ほんば)である。
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妖怪研究 (ようかいけんきゅう) のリンク元
- [[Yahoo]] 高嶽峻嶺(かうがくしゆんれい)深山幽澤
- [[Yahoo]] 伊東忠太*化け物
- http://www.google.com.tw/search?hl=zh-TW&lr=lang_zh-TW&rlz=1T4ADBS_zh-TWTW302TW302&q=%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E5%BF%A0%E5%A4%AA&start=0&sa=N
- [[Google]] きしん きじん
- [[biglobe]] ????????
- [[Google]] いーむす 妖怪
- [[Google]] 伊東忠太 妖怪
- [[Google]] 伊東忠太 妖怪
- [[Google]] いーむす 妖怪
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の一歩外とは異質の世界だった。築地市場を出て歩く。築地本願寺…をお参り。正式名称は、本願寺築地別院。京都の西本願寺の別院。伊東忠太の設計で、昭和9年に完成。古代インドの様式を取り入れた建築。東急 -
歓喜の歌が - 後神の跫 - 後神の跫
診療所のことですか?」 「そうその診療所。あれは変ですよね」 「俺も入江ってのには会ったが別段怪しいとは思わなかったぞ」 木場の言葉に青木も頷いた。 「僕は今は在野の妖怪研究家ですがね、昔は理系だったんですよ だか -
踊り子(JR東日本) - tantou @ ウィキ - tantou @ ウィキ
踊り子・スーパービュー踊り子(JR東日本)車掌東京車掌区:東京・新宿~伊東102・109・115・117・118号新宿運輸区:号国府津運輸区:東京~伊東107号熱海運輸区:東京~伊東101・105 -
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