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宇宙女囚第一号 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

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 イー・ペー・エル研究所絵里子をたずねた僕は、ついに彼女に会うことができず、そのかわり普段はろくに口をきいたこともない研究所長マカオ博士に手をとられんばかりにして、その室に招じられたものである。この思いがけない博士待遇に、僕は面くらったばかりか、なんだか変な気持さえ生じた。
「おうほ、絵里子はね、――」
 おうほと、博士独特の妙な感歎詞をなげるごとに、博士の頤髯がごそりとうごいた。
「おうほ、絵里子はね、女性にはめずらしい学究だ。君と絵里子とは結婚する約束があるそうだが、君は世界一の令夫人を迎えるわけで、世界一名誉を得るわけだ。しかしねえ、――」
 といって博士ちょっと首をかしげ
「しかしねえ、絵里子を妻にした君が、家庭的にはたして幸福者といえるかどうかはわからないよ。第一わしはいつもこう考えている。絵里子科学天才を区々たる家庭的の仕事――コーヒーをいれたり、ベッドのシーツを敷きなおしたり、それから馬鈴薯の皮をむいたりするようなことで曇らせるのは、世界学術のためにたいへんな損失である、――」
「まあ待ってください、マカオ博士
 と僕は、胸の下からつきあげてくる憤りを一生懸命こらえながら叫んだ。
博士、するとあなたは、僕たちの結婚に反対されるわけなのですか」
 博士は、ごそりと頤髯をうごかし、
「おうほ、なにもわしが君がたの結婚に反対とはいっていない。しかしだ、君がたは自発的に天の理にしたがうのが賢明じゃろうというものだ」
 博士は僕たちが結婚することを非常忌みきらっているものと思われる。僕は、非常に不満だ。
「まあ、そう脣をふるわせんでもいい。いや君の不満なのはよう分っている。しかしじゃ、科学というものは君が考えているより、もっと重大なものだ。時には、結婚とか家庭生活とかよりも重大なものだ。――そう、わしをこわい目で睨むな。よくわかっているよ、君はわしの説に反対だというんだろう。ところがそれはわしの目から見ると君が若いというか、君がまだ多くを知らないというか、それから発したことだ」
「マカオ博士、――」
「こら待たんか。その大きな拳で、わしの頤をつきあげようというのだろう。そしてわしの頸をぎゅーっと締めつけようというのだろう。それくらいのことはわかっているぞ。だが待て、ちょっと待ってくれ。わしが君に殴り殺される前に、ぜひ君に見せてやりたいものがある」
 博士は、まだ頸をしめつけられてもいないのに、くるしそうにあえぎあえぎ言う。
「僕に見せるって、いったいそれは何を見せるというのですか」
 僕はさすがに気になった。絵里子関係のあることではないかと、すぐそのように思ったのであった。
 博士は僕を制して、自分のあとについてくるようにと合図をおくった。
 博士の後に従って、僕は小暗い長廊下ずんずん奥へあるいていった。
 そのうちに博士は、廊下途中から横についている急な階段をのぼりはじめた。
(おお、これは、マカオ博士秘密研究塔に通じる階段だ)
 と、僕はひそかに胸をおどらせた。
 博士は僕を秘密研究塔につれこんで、いったいなにを見せるつもりなんだろう
 この研究塔は、往来からもよく見えた。研究所のまわりは分厚い背の高い壁にとりかこまれ、その境内は欝蒼たる森林でおおわれていた。そしてところどころに、研究所の古風な赤煉瓦建物が頭を出していたが、それとはまた別に一棟、すばらしく背の高い白壁づくりの塔が天空を摩してそびえていた。それは遠くから見ると、まるで白い上靴を草の上においてあるように見えた。螺旋階段の明りとりらしい円窓がいくつも同じ形をして、上から下へとつづいていた。それはまるで八つ目鰻の腮のように見えたが、その窓枠はよく見ると臙脂色に塗ってあった。
 博士は、螺旋階段をことことと、先にたってのぼっていった。僕は黙々としてその後につきしたがったが、階段を一つのぼるごとに、僕の心臓はまた一段とたかく動悸をうつのであった。
「さあ、しばらく入口で待っていてくれたまえ」
 博士は、塔の頂上をしめている大実験室の扉の前に立ち停ると、僕の方をふりかえってそういった。そして自分は、入口の暗号錠をしきりにがちゃがちゃやっていたが、やがてそれをがちゃりと開いて、ひとり室内に姿を消した。
 僕は入口にたたずみながら、異常好奇心でもって室内の様子をうかがった。なにかしら、ひゅーんという高い唸り音をあげて、廻転機がまわっていた。
 ことと、ことと、ことと。
 カムがしきりにピッチをきざんでいる。
 ぴかり――と、紫色電光が、扉の間から閃いた。じいじいじいと、放電のような音もきこえる。
 それにひきかえ、マカオ博士はなにをしているのか、咳(しわぶき)の声さえ聞えてこない。
 僕の心臓は、なんだか急に氷のように冷たくなったのを感じた。
 ごとごとごとごとごと。そのとき博士の姿が入口にぬっと現われた。


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