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安吾巷談 07 熱海復興 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

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  • 坂口安吾「文明開化・安吾捕物帖」
  • 【2976】昭和25 安吾巷談/坂口安吾
  • ☆明治開化安吾捕物帖〈上〉 (1983年)[古書]坂口 安吾☆切手O
  • 文庫 坂口安吾3冊 新日本地理安吾捕物帖ふるさとに寄する讃歌
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安吾巷談 熱海復興  私が熱海火事を知ったのが、午後六時。サイレンがなり、伊東のポンプが出動したからである。出火はちょうど五時ごろだったそうである。
 その十日前、四月三日にも熱海駅前に火事があり、仲見世が全焼した。その夜は無風で、火炎がまッすぐ上へあがったから、たった八十戸焼失の火事であったが、山を越えて、伊東からも火の手が見えた。もっともヨカンボーというような大きな建物がもえ、焼失地域山手であったせいで、火の手が高くあがったのかも知れない。このときも、伊東消防が出動した。三島からも、小田原からも、消防がかけつけていた。なんしろ火事というものは、無縁のヤジウマが汽車にのって殺到するほど魅力にとんだものだから、血気の消防員が遠路をいとわず馳けつけるのもうなずけるが、温泉地火事は後のフルマイ酒モテナシがよろしいから、近隣の消防は二ツ返事で救援に赴くということである。
 四月三日の火事から十日しかたたないから、マサカつづいて大火があるとは思わない。外を吹く風もおだやかな宵であるから、ハハア、熱海は先日の火事であわてているなと思い、又、伊東消防熱海の味が忘れられないと見えるワイ、とニヤリとわが家へもどり、火事はどこ? ときく家人に、
「また、熱海だとさ。ソレッというので、伊東消防自分の町の火事よりも勇んで出かけたんだろうな」
 と云って、大火になるなぞとは考えてもみなかった。そのときすでに、熱海中心街は火の海につつまれ、私の知りあいの二三の家もちょうど焼け落ちたころであった。
 私は六時半に散歩にでた。音無川にそうて、たそがれの水のせせらぎにつつまれて物思いにふけりつつ歩く通学橋の上で立ちどまって、ふと空を仰ぐと、空に闇がせまり、熱海の空が一面に真ッ赤だ。おどろいて、頭を空の四方に転じる。どこの空にも、夕焼けはない。北の空だけが夕映えなんて、バカなことがあるものじゃない。
 熱海大火
 私は一散にわが家へ走った。私のフトコロにガマ口があれば、私は駅へ走ったのだが、所持金がないから、涙をのんで家へ走った。
 遠い方角というものは、思いもよらない見当違いをしがちであるが、十日前にも火の手を見たから、熱海方角に狂いはない。十日前にはチョロ/\と一本、ノロシのような赤い火の手が細く上へあがっているだけであったが、今日北方一面に赤々と、戦災の火の海を思わせる広さであった。
 一陣の風となって家へとびこみ、洋服に着代え、腕時計をまき、外へとびだし、何時かな、と腕をみて、
「ワッ。時計がない」
 女房時計をぶらをげて出てきた。
「あわてちゃいけませんよ」
 と言ったと思うと、空を見て、
「アッ。すばらしい。さア、駈けましょう」
「どこへ?」
「駅」
「あんたも」
モチロン
 この姐さんは、苦手である。弱虫のくせに、何かというと、のぼせあがって、勇みたつ。面白そうなことには、水火をいとわず向う見ずに突進して、ひどい目にあって、二三日後悔して、忘れてしもうという性コリのない性分であるから、この盛大な火の手を見たからには、やめなさいと云ったって、やめにするような姐さんではない。
 私は内心ガッカリした。私は火事というと誰も行くことのできない消防手の最先端へとびだして、たった一人火の手にあおられながら見物するという特技に長じており、何百人のお巡りさん非常線をはっても、この忍術をふせぐことはできないのである。姐さんに絡みつかれては、忍術が使えない。
 伊東の街々では門前に人々が立って熱海の空を見ている。自転車で人が走る。火元は埋立地だという。銀座焼けた。糸川がやけてる。国際劇場へもえうつった。市役所があぶない等々。街々を噂が走る
 してみると私が時々遊びにでかけた林屋旅館も、支那料理の幸華も、洋食新道も、もうやけたのだ。
「いいかい非常線にひッかかったら、糸川筋の林屋旅館見舞いに行く伊東親類だというんだよ。林屋は伊東の玖須美(くすみ)の出身だからね」
 と、女房忍術の一手を伝授しておく。
 電車伊東から、すでにヤジウマで満員だ。同じ箱にのりこんだ周囲の十数人から知った顔をひろってヤジウマとはいかなる人種かと御紹介に及ぶと、一人は知人の家の女中二十一二。通勤だから、夜は自由だ)、バスガール三人。これは知り合いというわけではないが、バスにのると向うに見える大島は……と説明して、大島節をうたってきかせるから、自然顔を覚えたのである。
 宇佐美で身動きできなくなったが、網代(あじろ)でドッと押しこみ突きこみ、阿鼻叫喚、十分ちかくも停車して、ムリムタイにみんな乗りこんでしまったのは、網代漁師アンチャン連だ。かくて乗客の苦悶の悲鳴にふくらみながら、電車は来ノ宮につく。


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