安吾巷談 09 田園ハレム - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )
安吾巷談
田園ハレム
大戦争のあとというものは何がとびだすか見当がつかない。日本全土の主要都市が焼野原だから、どういう妖怪変化がとびだしても不似合ということはない。
覚悟はしていたことだから、パンパンやオカマや集団強盗など月並であったが、アロハにはおどろいた。
なにぶん、アロハというものは、妖怪として登場したものではない。ともかく焼跡にも建設的な気風が起り、いたずらに戦争の惨禍を身につけてデカダンスに身をもちくずしてはいかんというような大方の輿望(よぼう)にこたえて、美とは何ぞや、これである。戦後、美意識の初の出動がアロハであったから、この次には何がでるかと思うと、怖れおののいたのである。
ストリップなどゝいうものは、着物をぬげば誰でもなれるのだから、創造せられたもの、衣裳とよぶことのできない原始風俗であるけれども、アロハは衣裳であるぞ。アロハは風をきり、銀座の風も、新宿の風も、奥州蛇谷村の風も、みんなアロハにきりまくられた。女の影のうすいこと。パーマネントでこれ対抗につとめても、とても敵ではなかったようだ。
美神の登場で、こんな唐突なのは歴史に類がなかったかも知れない。概して都心の流行というものは、モガモボにせよ、いくらか当代の最高芸術に心得もあり、寄らば逃げるぞという人種のものであったが、戦後の都心はクリカラモンモンの熱血児に占領されて、日本中、アロハとパンパンに完全にいかれてしまった。
フォーブなどというのはアトリエの小細工だが、アロハは熱血躍動する美の化身そのものであるぞ。芸術家の創造能力などゝいうものは箱庭のようなものだ、と私がシミジミ嘆いたのは当然だ。巷談師安吾の想像力がタカの知れたものであるのは当然らしいが、ダ・ヴィンチにしたところで、けっしてアロハほど唐突なイマジネーションをめぐらしてはいないのである。原子バクダンでもチャンと筋は通っている。アロハの出現に至っては筋はない。アトリエや研究室のハゲ頭どもは、一撃のもとに脳天をやられ、毛脛をやられ、みんな、おそれ入りましたと言った。
アロハは突如として消え去(う)せてしまったが、世を忍び、地下へくぐったにすぎない。美神アロハは生きている。否、生きているどころか、指令を発し、現に美のもろもろはアロハの大きな手におさえられているのである。惑星アロハをめぐる小遊星のタップダンス程度なのが今の世の流行であり芸術だ。それぐらいアロハは大きい。
フジタが河童アタマでモンマルトルの奇襲作戦に成功をおさめても、モンマルトルが河童アタマになったわけではないのである。わずかに東京の大辻司郎の頭がそうなったにすぎないほど感化力は弱小であった。フジタほどの芸術家が日夜に想をねり、たくみにたくんで編みだした創作も、ただ彼自身のポートレートをかざるだけのものにすぎない。だから、芸術家の如きはダメだ。彼らの傑作もたかが小遊星である。流星ですらない。アロハは恒星であるぞ。
美神アロハの登場は現世を暴力によって一撃した。それをきたアンチャンの腕ッ節のせいではなくて、着想の革命的な新風によってだ。美神アロハの創世記。そして爾後の芸術は、新恒星をめぐって歩きだす。仕方がない。アロハは地下へくぐったが、決して死なないのである。
諸君は敵をあなどっているようだ。しかし諸君、地下へくぐったものを甘く見てはいかん。徳球ごときチョロ/\のホーキ星とは質がちごう。とてもダメなんだ。ぼくはもうシャッポをぬいで、敵意をサラリとすてている。それはぼくがかねて美の新しい衣裳について想をねるところがあったから、敵の抜群の実力を見ぬく神速にめぐまれていたのである。一時抗戦したが、すぐ白旗をかかげた。謀略的敗退とちごう。私の心境は明鏡止水である。
アロハは完全に地下へくぐった。銀座を歩いてみたまえ。あれほど抜群であったG・?の兵隊服が全然目をひかなくなったではないか。男女いずれも程よく美の常識を身につけ、文化というものの必然の相を身につけて、げにうるわしく破綻がない。特にダブルという洋服をきて、単原色のネクタイをクビにはためかす青年紳士は三年前にアロハをきていた人たちである。
覚悟はしていたことだから、パンパンやオカマや集団強盗など月並であったが、アロハにはおどろいた。
なにぶん、アロハというものは、妖怪として登場したものではない。ともかく焼跡にも建設的な気風が起り、いたずらに戦争の惨禍を身につけてデカダンスに身をもちくずしてはいかんというような大方の輿望(よぼう)にこたえて、美とは何ぞや、これである。戦後、美意識の初の出動がアロハであったから、この次には何がでるかと思うと、怖れおののいたのである。
ストリップなどゝいうものは、着物をぬげば誰でもなれるのだから、創造せられたもの、衣裳とよぶことのできない原始風俗であるけれども、アロハは衣裳であるぞ。アロハは風をきり、銀座の風も、新宿の風も、奥州蛇谷村の風も、みんなアロハにきりまくられた。女の影のうすいこと。パーマネントでこれ対抗につとめても、とても敵ではなかったようだ。
美神の登場で、こんな唐突なのは歴史に類がなかったかも知れない。概して都心の流行というものは、モガモボにせよ、いくらか当代の最高芸術に心得もあり、寄らば逃げるぞという人種のものであったが、戦後の都心はクリカラモンモンの熱血児に占領されて、日本中、アロハとパンパンに完全にいかれてしまった。
フォーブなどというのはアトリエの小細工だが、アロハは熱血躍動する美の化身そのものであるぞ。芸術家の創造能力などゝいうものは箱庭のようなものだ、と私がシミジミ嘆いたのは当然だ。巷談師安吾の想像力がタカの知れたものであるのは当然らしいが、ダ・ヴィンチにしたところで、けっしてアロハほど唐突なイマジネーションをめぐらしてはいないのである。原子バクダンでもチャンと筋は通っている。アロハの出現に至っては筋はない。アトリエや研究室のハゲ頭どもは、一撃のもとに脳天をやられ、毛脛をやられ、みんな、おそれ入りましたと言った。
アロハは突如として消え去(う)せてしまったが、世を忍び、地下へくぐったにすぎない。美神アロハは生きている。否、生きているどころか、指令を発し、現に美のもろもろはアロハの大きな手におさえられているのである。惑星アロハをめぐる小遊星のタップダンス程度なのが今の世の流行であり芸術だ。それぐらいアロハは大きい。
フジタが河童アタマでモンマルトルの奇襲作戦に成功をおさめても、モンマルトルが河童アタマになったわけではないのである。わずかに東京の大辻司郎の頭がそうなったにすぎないほど感化力は弱小であった。フジタほどの芸術家が日夜に想をねり、たくみにたくんで編みだした創作も、ただ彼自身のポートレートをかざるだけのものにすぎない。だから、芸術家の如きはダメだ。彼らの傑作もたかが小遊星である。流星ですらない。アロハは恒星であるぞ。
美神アロハの登場は現世を暴力によって一撃した。それをきたアンチャンの腕ッ節のせいではなくて、着想の革命的な新風によってだ。美神アロハの創世記。そして爾後の芸術は、新恒星をめぐって歩きだす。仕方がない。アロハは地下へくぐったが、決して死なないのである。
諸君は敵をあなどっているようだ。しかし諸君、地下へくぐったものを甘く見てはいかん。徳球ごときチョロ/\のホーキ星とは質がちごう。とてもダメなんだ。ぼくはもうシャッポをぬいで、敵意をサラリとすてている。それはぼくがかねて美の新しい衣裳について想をねるところがあったから、敵の抜群の実力を見ぬく神速にめぐまれていたのである。一時抗戦したが、すぐ白旗をかかげた。謀略的敗退とちごう。私の心境は明鏡止水である。
アロハは完全に地下へくぐった。銀座を歩いてみたまえ。あれほど抜群であったG・?の兵隊服が全然目をひかなくなったではないか。男女いずれも程よく美の常識を身につけ、文化というものの必然の相を身につけて、げにうるわしく破綻がない。特にダブルという洋服をきて、単原色のネクタイをクビにはためかす青年紳士は三年前にアロハをきていた人たちである。
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掲載記事1989年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
.5.15→講談社学術文庫、1995.6 →改題「小説という闘争:中上健次」『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9 →加筆修正・改題「近代文学の終り」、『定本 -
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掲載記事1988年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
について:坂口安吾『堕落論』」、『新潮』1988年12月号「特集=昭和文学の結節点」 →『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9● 「中野重治と転向」、『中央 -
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