小栗外伝 (餓鬼阿弥蘇生譚の二)魂と姿との関係 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )
小栗外伝(餓鬼阿弥蘇生譚の二)
魂と姿との関係
一 餓鬼身を解脱すること
餓鬼阿弥蘇生を説くには、前章「餓鬼阿弥蘇生譚」に述べたゞけでは、尚手順が濃やかでない。今一応、三つの点から見て置きたいと考へる。第一、蛇子型の民譚としての見方。第二、魂と肉身との交渉、並びにかげのわづらひの件。第三に、乞丐と病気との聯絡。此だけは是非して置かねば、通らぬ議論になる。
べありんぐるどの「印度欧洲種族民譚様式」の第九番目の「蛇子型」では「子どもがないから、どんな物でもよい。一人欲しい」と言うた母のことあげの過ちから、蛇(又は野獣)の子が授かる。其蛇子が妻なり、亭主なりを、めあはされて後、常に蛇身を愧ぢて、人間身を獲たがる。母が皮を焚いて了ふと、立派な人間になると言ふ件々を、此型の要素として挙げて居る。
私は、久しく此類話を、日本の物語の中に見あてることが出来なかつた。小栗照手の事を書き出しても、此点が思案にあまつて居た。叶はぬ時の憑み人として、南方翁に智慧を拝借しようと思ひついた際、窮して通じたと申さうか、佐々木喜善さんの採訪せられた「紫波郡昔話」が出て、其第七十五話に名まで「蛇息子」として出て居た。此には、子が欲しいと言はなかつたが、笠の中に居た小蛇を子どもと思うて育てた。授かりものと言ふ点では一つで、此方が、日本の神子養育譚には普通の姿で、申し子の原型である。人間と霊物とで、言語内容の感じ方の喰ひ違ふ話は、民譚の上では、諷諭・教訓・懲罰・笑話と言ふ側へ傾いて行つて居る。言あげの過を怖れ、言あげを戒める様になつてからは、普通の形でなくなり申し子型に転じて行つたのであらう。
霊物と人間との結婚は、近世では童話に近づいて「猿の臼背負ひ」と言つた形になつて来て居るが、わが国でも古くは、蛇壻の形が多い。近代では、淵の主・山人に拐されて行つた女は、男の国の姿や生活条件を採るものと見られてゐる。此が古代の型になると、生活法の中心だけは、夫の家風に従はなかつた痕が見える。だが此話は、一面神子が人間となり、教主・君主の二方面の力を、邑落の上に持つ様になつた事実の退化した上に、合理化が行はれたものと見ることが出来よう。到る処にある蛇の子孫・狐の子孫などの豪家で、からだの上の特徴を言ふ伝説を伝へながら、獣身解脱を説くことの少いのは、故意に伝承を捨てたとばかりは言へない。
巫女の腹に寓つた神子が神であり、現神――神主――であると言ふ信仰が、日本に段々発達して来てから、人間身の完全不完全を問題とせなくなつたものか。とにかく生れて後、父の国に去つて神の仲間に入つたのもあり、其まゝ人間の母の村に止つたのもあつて、一様にはなつてゐない。が、神子と家系の神との交渉を第一の起点としてゐる家々では、神なる獣身のなごりが永く記念せられて居た。獣身を捐てゝ後も、尚且、家長の資格を示すものとして、特定の人にしるしの現れることを、おし拡げて、血族通有の特徴なる鱗や、乳房や、八重歯が考へられたのであらう。
もつと残つて居なければならぬ筈で、而も「蛇息子」の話の纔かに、然し、最完全に近く、俤を止めて居る古代生活が、わが国にも実在したのであつた。此考へから、私は蛇子型が我が国の民譚になからうはずはない、と思ふのである。
紫波郡の方では、嫁が蛇身を破ることになつてゐるが、此は、べありんぐるど氏の型の方が、正しい格を示してゐる。母が、子の姿を易へてやる例は、古事記の春山霞壮夫の御母(ミオヤ)がさうである。常陸風土記の、※時臥山の話の御子神に瓮を投げて、上天の資格を失はした母も、其にあたる。生みの男の子を、身体の上に加工して村の男にする責任を、母が持つて居た俤らしい者を見せて居るのであらう。此は蛇子型の父方の異形身が、母の手で、此国の姿に替へられる事の説明には役に立つ。竹取物語のかぐや姫の天の羽衣も、舶来種でなく、天子をはじめ巫女たちも著用した物忌みの衣である。此衣をかけると神となり、脱げば人となる。此刹那の巫覡の感情が久しく重ねられて、竹取の原型なる叙事詩などにも織りこまれてゐたのであらうか。白鳥処女型の物語の、此側から見るべき訣は、柳田先生が、古く釈き明されてゐる。此物忌みの衣と、村の男となる前――恐らくは、第一次の元服なる袴着の際――に行うた母の手わざの印象とが相俟つて、衣服と皮膚との間に、蛇子の本身・化身の関係を絡めて居るのではないか。
小栗の物語と、要点比べの上に於て、もつと古く、純粋だと見える甲賀三郎も、蛇身を受けたのは、ゆゐまん国の著る物の所為だとせられて居る。此獣身は、法力で解脱する事になつて居る。
やがて柳田先生のお書きになる「諏訪本地詞章」の前ぐりに、もどき役を勤めるやうで、心やましいのであるが、諏訪の社にも蛇子型の物語のあつたのが、微かながら創作衝動の動き出した古代の布教者や、鎌倉室町のふり替る頃から固定して、台本を持ち始めた浄土衆の唱導などから、段々、あんなにまで変形したのかも知れないのである。
地下のゆゐまん国と言ふだけに、よもつへぐひを思ひ起す。異類同火を忌んだゞけでなく、同牲共食で、完全に地下の国の人となつた事を言ふのであらうが、本の国の人に還られぬ理由は、さうした方面からも説く事が出来るのであつた。前章にもあげた六角堂の霊験譚、鬼に著せられた著物の為に隠された身が、法力で其隠形衣の焼けると共に、人間身を表した男の話も、仏典の飜訳とばかりは見られない。
隠れ簑・隠れ笠が舶来種と見られるのも、無理はないが、簑笠は、神に扮する物忌みの衣であることは、日本紀一書のすさのをの命追放の条を以ても知れる。在来種の上に、ぐあひよく外来の肥土を培ふのが、昔の日本人の精神文明輸入の方針であつた。無意識の心の動きは、此に一貫して居る。隠形の衣裳が簑笠になるには、かうした手順を潜つて来て居る。
御伽草子には、多少「蛇子型」の姿を留めたのがあり、微かに、小栗物語の我が国産なるを示してゐる。一寸法師の草子は、異形の申し子を捨てたのが、嫁を得て後、鬼の打出の小槌の力で、並みの人の姿になる様に変形してゐる。
べありんぐるどの「印度欧洲種族民譚様式」の第九番目の「蛇子型」では「子どもがないから、どんな物でもよい。一人欲しい」と言うた母のことあげの過ちから、蛇(又は野獣)の子が授かる。其蛇子が妻なり、亭主なりを、めあはされて後、常に蛇身を愧ぢて、人間身を獲たがる。母が皮を焚いて了ふと、立派な人間になると言ふ件々を、此型の要素として挙げて居る。
私は、久しく此類話を、日本の物語の中に見あてることが出来なかつた。小栗照手の事を書き出しても、此点が思案にあまつて居た。叶はぬ時の憑み人として、南方翁に智慧を拝借しようと思ひついた際、窮して通じたと申さうか、佐々木喜善さんの採訪せられた「紫波郡昔話」が出て、其第七十五話に名まで「蛇息子」として出て居た。此には、子が欲しいと言はなかつたが、笠の中に居た小蛇を子どもと思うて育てた。授かりものと言ふ点では一つで、此方が、日本の神子養育譚には普通の姿で、申し子の原型である。人間と霊物とで、言語内容の感じ方の喰ひ違ふ話は、民譚の上では、諷諭・教訓・懲罰・笑話と言ふ側へ傾いて行つて居る。言あげの過を怖れ、言あげを戒める様になつてからは、普通の形でなくなり申し子型に転じて行つたのであらう。
霊物と人間との結婚は、近世では童話に近づいて「猿の臼背負ひ」と言つた形になつて来て居るが、わが国でも古くは、蛇壻の形が多い。近代では、淵の主・山人に拐されて行つた女は、男の国の姿や生活条件を採るものと見られてゐる。此が古代の型になると、生活法の中心だけは、夫の家風に従はなかつた痕が見える。だが此話は、一面神子が人間となり、教主・君主の二方面の力を、邑落の上に持つ様になつた事実の退化した上に、合理化が行はれたものと見ることが出来よう。到る処にある蛇の子孫・狐の子孫などの豪家で、からだの上の特徴を言ふ伝説を伝へながら、獣身解脱を説くことの少いのは、故意に伝承を捨てたとばかりは言へない。
巫女の腹に寓つた神子が神であり、現神――神主――であると言ふ信仰が、日本に段々発達して来てから、人間身の完全不完全を問題とせなくなつたものか。とにかく生れて後、父の国に去つて神の仲間に入つたのもあり、其まゝ人間の母の村に止つたのもあつて、一様にはなつてゐない。が、神子と家系の神との交渉を第一の起点としてゐる家々では、神なる獣身のなごりが永く記念せられて居た。獣身を捐てゝ後も、尚且、家長の資格を示すものとして、特定の人にしるしの現れることを、おし拡げて、血族通有の特徴なる鱗や、乳房や、八重歯が考へられたのであらう。
もつと残つて居なければならぬ筈で、而も「蛇息子」の話の纔かに、然し、最完全に近く、俤を止めて居る古代生活が、わが国にも実在したのであつた。此考へから、私は蛇子型が我が国の民譚になからうはずはない、と思ふのである。
紫波郡の方では、嫁が蛇身を破ることになつてゐるが、此は、べありんぐるど氏の型の方が、正しい格を示してゐる。母が、子の姿を易へてやる例は、古事記の春山霞壮夫の御母(ミオヤ)がさうである。常陸風土記の、※時臥山の話の御子神に瓮を投げて、上天の資格を失はした母も、其にあたる。生みの男の子を、身体の上に加工して村の男にする責任を、母が持つて居た俤らしい者を見せて居るのであらう。此は蛇子型の父方の異形身が、母の手で、此国の姿に替へられる事の説明には役に立つ。竹取物語のかぐや姫の天の羽衣も、舶来種でなく、天子をはじめ巫女たちも著用した物忌みの衣である。此衣をかけると神となり、脱げば人となる。此刹那の巫覡の感情が久しく重ねられて、竹取の原型なる叙事詩などにも織りこまれてゐたのであらうか。白鳥処女型の物語の、此側から見るべき訣は、柳田先生が、古く釈き明されてゐる。此物忌みの衣と、村の男となる前――恐らくは、第一次の元服なる袴着の際――に行うた母の手わざの印象とが相俟つて、衣服と皮膚との間に、蛇子の本身・化身の関係を絡めて居るのではないか。
小栗の物語と、要点比べの上に於て、もつと古く、純粋だと見える甲賀三郎も、蛇身を受けたのは、ゆゐまん国の著る物の所為だとせられて居る。此獣身は、法力で解脱する事になつて居る。
やがて柳田先生のお書きになる「諏訪本地詞章」の前ぐりに、もどき役を勤めるやうで、心やましいのであるが、諏訪の社にも蛇子型の物語のあつたのが、微かながら創作衝動の動き出した古代の布教者や、鎌倉室町のふり替る頃から固定して、台本を持ち始めた浄土衆の唱導などから、段々、あんなにまで変形したのかも知れないのである。
地下のゆゐまん国と言ふだけに、よもつへぐひを思ひ起す。異類同火を忌んだゞけでなく、同牲共食で、完全に地下の国の人となつた事を言ふのであらうが、本の国の人に還られぬ理由は、さうした方面からも説く事が出来るのであつた。前章にもあげた六角堂の霊験譚、鬼に著せられた著物の為に隠された身が、法力で其隠形衣の焼けると共に、人間身を表した男の話も、仏典の飜訳とばかりは見られない。
隠れ簑・隠れ笠が舶来種と見られるのも、無理はないが、簑笠は、神に扮する物忌みの衣であることは、日本紀一書のすさのをの命追放の条を以ても知れる。在来種の上に、ぐあひよく外来の肥土を培ふのが、昔の日本人の精神文明輸入の方針であつた。無意識の心の動きは、此に一貫して居る。隠形の衣裳が簑笠になるには、かうした手順を潜つて来て居る。
御伽草子には、多少「蛇子型」の姿を留めたのがあり、微かに、小栗物語の我が国産なるを示してゐる。一寸法師の草子は、異形の申し子を捨てたのが、嫁を得て後、鬼の打出の小槌の力で、並みの人の姿になる様に変形してゐる。
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