小熊秀雄全集-13 詩集(12)その他の詩篇 - 小熊 秀雄 ( おぐま ひでお )
全集-13
詩集(12)その他の詩篇
●目次
◆未収録詩篇(1936〜1940)
性別の谷
一つの太陽と二つの現実
パドマ
雪の伝説を探るには
右手と左手
或る旦那の生活
寓話的な詩二篇
温和しい強盗
猿と臭い栗
国民の臍を代表して
さあ・練習始め
芝居は順序よくいつてゐる
日比谷附近
多少の埃は
平民と愛
愛と衝動と叡智
文学の大根役者に与ふ
転落
インテリの硬直
喜怒哀楽の歌
怖ろしい言葉を
訴訟狂のやうに
カミナリ
小説家は滑稽なものだ
勝つたのさ
糸繰りの歌
日本的精神
一九三八年
情死
寸感
学生の頭の問題
朝の歌
夕焼色の雲の断片
作家トコロテン氏に贈る
大弓場の詩
小松の新芽
寓話詩
ある小説家に与ふ
ジイドと洗濯婆
泥酔歌
青年歌
刺身
無題(遺稿)
画帳(遺稿)
親と子の夜(遺稿)
◆俳優女流諷刺詩篇
俳優人物詩
赤木蘭子論
滝沢修論
宇野重吉論
三島雅夫論
細川ちか子論
小沢栄論
女流諷刺詩篇
太田洋子
風見章子
小山いと子
轟夕起子
真杉静枝
松原 操
水戸光子
森 赫子
矢田津世子
由利アケミ
長谷川時雨について
神近市子について
板垣直子について
或る女流作家に与ふ
◆雑纂・補遺詩篇
散文詩 雪のなかの教会堂
追悼詩 ひとりたび
聯詩の会―広瀬氏歓迎席上
風船
夜の花
豚
夜の陶器
日中往復はがき詩集
作品第一番
作品第二番
作品第三番
ハンマーマンの歌
便乗丸船長へ
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未収録詩篇(1936〜1940)
性別の谷
――ある男性的な夫人に――
1
長い時間
ふたりは机を挾んで話しあつた、
私は考へてみた、すると何事も話なさなかつたやうに、
問題の解決は少しもなかつたやうだ、
婦人と向ひあつて
いろ/\の婦人問題に就いて
しやべるといふことが、
今では全く無駄に思はれた、
それでは婦人のことは誰と語るべきだらう、
男達は女のことに就いてはヒットラーのやうに、
偽の英雄のやうに、
物事を端し折つて解決してしまふ、
しんみりと男同志が
女のことについて語り合ふとき
――女の正体はわからないね
と最後に男達は投げ出してしまふ。
2
勢ひ強い語気や、
はげしい物言ひ、
男のやうなあなたの性格は
益々私に逆にあなたの
女らしさを感じさせるだけだし、
あなたが現代の女の霊魂の沈滞のために
代表してたゝかつてゐる
悲壮なるものを私はあなたからうけとる。
3
女には底の知れないふかいところに、
到底男の理解ができない『凝結(かたまり)』があると
ある友が私にいつた言葉をふつと思ひ出しながら、
こゝろよいあなたの声の空気の震へに身をまかせて
話しつゞけてゐる私の唇が、
突然、衝動的に歪んだ
あなたはそれを見てとつたでせうか、
すべての男性的な女に対して
女の誤まつた理性に就いての
感想がふつと湧いたのです、
私が現在女性に対して
感じてゐることは
男としての女に対する焦燥があるだけです。
女に対して心に
焦らだちをもつた男の一人です。
誰が我々に男と女といふ性の区別を与へたのだらう、
一つの谷を降りて行きます、
この谷は二つのむかひ合つた
側面をもつてゐる、
一つは男の性の側面、
一つは女の性の側面です。
二つの側面の間を清麗な水が流れてゐる、
男は己れの側面を降りてゆき
そして底もしれないふかさに悩みくるしむ、
相会ふことを追求するのです、
男も女も呼びあつてゐる、
たがひに声はとゞき、
意志は伝達する、
たゞそれだけです、
永遠のへだたりをもつてゐる男と女とが
思想のこと、経済上のことを
語りあつてゐることを
谷やせゝらぎが嘲笑してゐるのです。
4
然し私は信じたい、
谷の空間をとびこえて、
完全にあなたを、あらゆる婦人を
理解したり、愛したりできると、
――さあ、貴方は男のくせに
そんなに感情的であつてはいけません、
何ごとも理性ですよ、
理性ですよ。
帰り際に玄関で私にむかつて、
あなたは男性的に拳をあげて
私の男を勇気づけてくれました、
私の感情は軽蔑されました
あなたは理性を主張しました、
私はそれを感謝します。
だが問題は残つてゐるのです。
5
男と女といふ二つの性別の谷は
今後ますます社会的矛盾の現はれとして
深くへだてられるでせう、
眼が醒めたとき
すべての女達が
男の抱擁の中に眠つてゐたとしたら
それは女にとつてこれ以上の幸福はないでせうが、
だが今は全くさうはゆかなくなつてゐるのです、
コネ合はすために
愛にも、食にも、
僅か許りのパン粉より現実からは
与へられてゐません、
ましてや忙がしい男の生活にとつて
女を抱擁する時間は僅かよりないのです、
私はそれを悲しみます。
6
理性です――と叫んだあなたは
男にも増して理性的な強さをもつてゐる、
すべて従来の女たちのもつてゐた
感情の燃焼をうちけして
ときには男もたぢろぐ程
理性的な女となつてゐます。
だがそれで貴女の理性的な女は
すべての理性的な男に理解されるでせうか、
あなたの目指してゐる理性は
男の世界の偽りの理性です、
強くなりたいことが
男らしくなりたいと考へてもらひたくない
男は真に感情的になる前に
偽りの理智を恵まれました。
7
私は理性的な男ではありません
そして女の理解を早める方法を知りました、
私はすべてに対して
一般的な理解といふことに対して
絶望し憎む
感情こそあらゆるものを
本質へより迅速に到達することを
信じて疑ひません。
ますます理性的になつてゆかうとする
女としてのあなたこそ
私の眼から怖ろしい感情家にみえます。
男は理性的であるために
すべての凡百の女に尊敬され
そして凡百の男は遂に女を理解し尽さない、
新しい時代の新しい感情と
新しい理智、
それは新しい女の中にも二つを備へ
新しい男の中にも二つを備へ
ふかい相へだたる谷の空間を
とびこえ谷を充実するもの、
完全な男と女の理解の方法は
それは強い感情的な意志をもつた
男がそれを為しとげるでせう。
一つの太陽と二つの現実
日本的現実では
ラジオで仏法僧を聴いてゐる、
ソビヱット的現実では
トラクターが騒いでゐる、
幸福なことには
日本のインテリゲンチャは
渋面(じゆうめん)つくつて能面(のうめん)そつくりだ、
悲しいことには――夜明けでない、
おかしなことには――戦の智慧者と
戦術家がみんな降参してしまつた、
大胆不敵にも
善悪の道徳的拠りどころをもたずに
詩や小説や評論を書いてゐる、
だから子宮後屈(しきゆうこうくつ)症は満足な
作品を産んだためしがない、
これらの理由に就いて彼等はいふ、
すべて日本とアチラとの現実がちがふからだ、と
もつともの話だ、
宇宙に太陽がひとつよりないのに、
国家が幾つにも別れてゐることは――、
残念なことだ、
思想がそれぞれちがふといふことは――、
日本的現実の中で
木霊(こだま)と言ひ争ひをするやうに
自分の声と争つてゐたまへ、
孤独と自慰との一日を暮らしたまへ、
君の幸福な寝床の上を
熱い太陽がとほりすぎるだらう、
たつた一つよりない太陽が
二つの現実を
皮肉に笑つて通りすぎるだらう。
パドマ
――パドマとは梵語の蓮をいふ――
この世に怖ろしいものは韻律であらう、
あらゆるものは、これをもつて捕へることができる、無智な人々へは
単純な韻律の繰り返しを与へたらよい、
寺では木魚を鳴らす
ポクポク、ポク、ポク、ポクポクと
なんまいだ、なんまいだ、
なんまいだ、
君がもし恋人を計画的に
くどき落さうとするならば
彼女を、醒めてゐるものを――
夢の世界へ突き落さうとするのであれば、
乱調子に女の肩をゆすぶつてはいけない、
ただ静かに単純なくりかへしをもつて
彼女のもつとも××腺に近いところを叩いてゐたらいゝ
すると彼女は君のために、うつとりするだらう、
無智なる時代は
七五調をもつて恋文を書いたらいゝ、
無智なる時代は
五、七、五、七、七をもつて
恋歌を組み立てよ、
平和とは単純であるか――、
今はあらゆるものが波立つ
決して単純ではない、
ただ無智な人々ばかりが
生活の苦しみの救ひを
あらゆる単純なものに求めてゆく、
老いた百姓たちが
日中揃つて鍬をふりあげ
ハッシとそれを土に打ち込む
疲労は結晶となつて彼等の額からたれ
鍬の柄を伝つて汗は土の中に入る、
たちまち百姓達の額の汗は乾いてしまふ、
なんといふ百姓達のおそるべき
生活の苦痛の忘却よ、
爽やかに夕風が吹いてくると
百姓たちの労働は終る
そして僧侶たちの夜の労働と交替する、
寺男は鐘楼にのぼつて
鐘の急所を目がけて
撞木を老練にうちつける
臍をうたれた鐘の気狂ひ笑ひよ、
音は波紋を描いて
余韻は村中を駈けまはり、野に去る、
夜となる、村の若衆たちは踊りの
樽太鼓の鳴る方へゆく、
善男善女は梵鐘のリズムに吸ひつけられる、
寺院では合唱隊が読経を始め
一段高いところの肱掛椅子にもたれて
老師はいましも物柔らかに慇懃に
百姓たちに熱心に仏を説く、
ほれぼれするやうな
声はかういつてゐる、
――お爺さん
お婆さん
聞きちがへるぢやないぞよ、――
はきちがへるぢやないぞよ、――
救つて下されぢやないぞよ、――
助けて下されぢやないぞよ、――
弥陀の親様の方から
助けさしてくれいよ、
救はしてくれいよの、
お声がかりぢやぞよ。
寺院は風にさわぐ稲の穂のやうにざわめきたち、
あちこちに消え入るやうな人々の声、
なんまんだぶ、なんまんだぶ、
なんまんだぶ、
一個の木像を前にして
僧侶は前進、後退法衣の鮮やかな裾さばき
読経は男声四重唱
鐘、太鼓、木魚、銅鑼のオーケストラ、
見あげるやうな寺院の高い天井まで
読経の声と、香の煙と、匂ひで満たす、
緊張をもつて儀式は始まり
緊張をもつて終るやうに
一隊が朗々と読経すれば
指揮者が急所急所のカンどころで
経本をもつて立ちのぼる香煙サッと
切つて大見得をきる、
肝心なところでは合の手に
銅鑼係りがドラをもつて
ヂャンボン、ヂャンボン、心得たものだ、
なんと充実した音響の世界、
僧侶は、信者がこゝで思索することを好まない、
一切は弥陀の他力本願であつて
仏を批判するものは地獄へをちるぞ――
高坐の上から説教師は
技術のすばらしさをもつて大衆を説得する、
突如、狼のやうに叫ぶかとおもへば
また猫のやうな猫撫で声になる、
摂津の八郎兵衛の宗教物語、
――お師匠さま
弥陀の親さまの
おんとしは
幾つでござりませうか、
おゝ、八郎兵衛
弥陀の親さまの、おんとしか、
みだの親さまのおんとしは
そちと同じだぞよ
そちと同じだぞよ、
物語ひとくさり語り終ると
あちこちでは感動の嘆息とスヽリ泣き、
老婆は痩せた膝の中へ、すつかり頭を突つこんで
鼻水をすすり、すすり、
――あゝ、有り難い
御慈悲さまでござります
私のやうなイタヅラものゝために
五劫十劫の
御苦労あそばされるとは
何とまあ
広大な御慈悲さまで
ござりませう
なんまんだぶ、なんまんだぶ、
なんまんだぶ、
寺院の正面には白い大きな蓮
人間がその中に入つて座る、
花弁はしづかに閉ぢられて
生きながら極楽往生、蓮華往生、
中でしづかに死んでゆく
いましも往生をのぞむ奇特な老人のために、
儀式は始つてゐる、
寺院は湧き立つ鍋のやうに震動してゐる、
そのとき老人は、空虚な足どりをもつて
二人の僧侶に肩をささへられながら
蓮に通ずる階段をのぼつてゆく
直視するに到底堪へないほどの
老人の顔は、素朴な百姓の顔、
彼は蓮の花弁の中に端座する
花弁が音もなくとぢられ
花弁がしづかに開かれるとき
彼の肉体から、生命が
タンポポの柔毛が風に舞ひたつやうに、
高く去つてしまふために、彼は坐つた、
花は閉ぢられた、
寺は儀式の終末を告げる最後の
努力をもつてあらゆる楽器は
激情的な騒音を連続的に立て
僧侶たちは花の中の物音を
打ち消さうとするかのやうに奏楽すれば
信者たちは、花の中から聞えてくるコトリといふ
物音をも聞き洩すまいとするかのやうに
周囲の雑音と彼等の耳はたたかつてゐる
花の中の老人はすでに冷静を失つてゐた、
花の中は暗黒、彼の坐つてゐる空間は極度にせまい、
けだものの皮に縫ひこめられた人間の
苦痛にひとしい花びらの中に
とらへられた人間の不安、
台の下から恐怖が襲つてきた
生に対する猛烈な執着
指でアバラ骨を掻き鳴らし
生死の間の歌うたふ
老人よ、彼は立ち上らうとして
百姓的な頑固な両腕の
狂暴な力をもつて
花びらを押しひらかうとする、
すべては徒労ですでに遅い
老人は肛門のあたりに
何かが触れたのを知つた、
火のやうに熱したものか、氷のやうに冷却したものか、
瞬間ヒヤリと台の下から忍びこんだもの、
火もまた熱度の頂天に達するときは
氷のやうな感触をもつ、
燃えた鉄の蛇は
直立した堅さをもつて
肛門に飛びこみ
老人の腹の中をかけまはる苦痛に
彼は花弁に体うちつけ
老人は二言何事かを――絶叫した、
その声は高い
だが百の銅鑼がその声をうち消した、
まじまじとパドマを見まもる群集たち
鳴物ハタと一斉にやみ
固く閉ぢられた白蓮は
群集の注視の真只中に
みるみる紅蓮にかはつてゆく、
その時花のつぼみは
ポンといふ高い音がして開いた
その響きは
池の面に咲いてゐる蓮が
いま暁の瞬間に
生命の花ひらく感動の声か――、
あるひは娘が
処女性を失ふ瞬間に
軽い驚きを、ともなつた
感動の声のそのやうにか――、
ひとつの物体が、
充実したつぼみの世界から更に
大きな開花の
次の充実の世界へ移つてゆく
その瞬間に、
自然に発する声か――、
それとも抵抗する蓮の花弁を
百姓の力をもつて中から
強く押し開いた掛声であつたか――、
いや、いや、
花びらに自由自在
開き且つ閉ぢることのできたのは、
人工的なカラクリの
蓮の声であり、
仏の声である、
生きた蓮の花開く声ではない、
生きた百姓の声ではない、
――無智、と叫んで
己れを罵つた
百姓の苦悶の最後の二言は
僧侶の騒音、
寺院のあらゆる整頓された儀式の
形式に打ち消され
彼はただ蓮の中で己れの口から発し
それを己れ
の耳に聴いたにすぎない
雪の伝説を探るには
登山道具はなるべく御持参下さい
こちらの製品は粗製濫造に属し
玩具に属してゐますから、
日本に犯されないものは一つもない、
勿論雪の処女峰などは一つもない、
山番を唖然とさせるほど
勇敢に遭難して
勇敢に救助隊が活動します。
雪の伝説を探るには
東北地方へいらつしやい、
吹雪の中で
簪をさし白いウチカケを着た
幻の雪の精、雪女郎に
何人も何人もに逢ふでせう、
後からヒョコ/\と腰の曲つた老爺が
泣きながら風呂敷包を抱へて尾いてゆく
あなたもその後を尾いてゐらつしやい
すると彼女は廓といふところで
雪の白衣を脱いで
人絹の赤い長襦袢で
あなたを迎へるでせうから。
右手と左手
右手
なんて見下げ果てた奴ぢや
貴様はきのふ百貨店で
そつとカワウソの襟巻に
さはつて見たな
貧乏人のくせに
成り上り根性を出したりして
左手
わしはさはるにはさはつたが
だが、わしの意志ぢやなかつた
右手
誰の意志だ、
左手
脳の命令だつた、
右手
実にお前はけしからんぞ
おれはいつも尻を拭つてゐるんだぞ、
お前は労働を避けたがる
何一つ真先に働いたためしがあるか、
わしはペンで力いつぱい書く役だ
お前は紙の一端を
かるく押へるきりぢやないか
いつもぶらぶらしてゐるぢやないか、
プチブル野郎、
左手
いつも一緒に暮してゐる仲で
今更悪態とは酷いぞ
右手
御主人にカワウソの
毛皮でも買つて貰つて
お前の小市民根性を暖めて貰へ
右手と左手
掴み合つて喧嘩を始める
口
両手共喧嘩をやめい、
きこえんのか
時計が十二時を打つた。飯だ
左手
みろ、右手俺れが今度は
重い茶碗をもつて
貴様が軽い箸もつ番ぢやな
右手
そりやさうだな
働く者同志の喧嘩はやめよう
右手と左手
それにしても
こいつの口にせつせと
兵糧を運ぶわけか
口から尻の世話まで
俺達働く者の手にかかるのを
口の野郎も尻の野郎も
脳の野郎も
すべての命令者共は
忘れるな
或る旦那の生活
一人の政治家がをりました。
靴をはくにも
自分の手をかけたことがない、
椅子に腰かけ
ぬつと足をつきだすと
女中が履かしてくれる
赤い絨氈は座敷から
玄関先までつゞいてゐるから
靴には塵ひとつつけず
そのまゝ旦那さまの足は
自家用の自動車の中へ。
葉巻をくはへれば
傍の秘書がマッチをつけてくれる
車が停まれば
ドアは運転手があけてくれる
旦那さまは手も足もいらない
イザリであつても政務には
結構ことたりる
財布をあけると
銀行では金を入れてくれる
「あれが慾しい、これが慾しい」と
眼でもの言へば、
デパートでは、
金持、政治家、
身分いやしからざるものには
それぞれ係りの店員がゐて
○○様係りの店員は
片つ端から品物を
配達部へ廻してしまふ、
代金はお邸の方へとりにゆく。
旦那さまには
無人の野を行くがごとき
大胆不敵の生活ぶり。
寓話的な詩二篇
温和しい強盗
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「どうぞ――」
「ははあ、人道主義者の家だな」
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「真夜中に喧ましい奴だ
伝家の宝刀で、ぶつた切つてしまふぞ」
「ははあ、軍人の家だな」
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「眠い、眠い、ムニャ/\
今頃誰だ、強盗?
まご/\してゐないで早く
そこの橋を向うへ渡つてしまへ」
「ははあ、刑事の家だな
成程、あの橋を渡れば
向うの署の管轄か」
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「いち/\ことわつて入る奴があるか、ずつと通れ」
「ははあ、こゝは刑務所だな」
猿と臭い栗
猿の子供達が栗をとつてゐると
不思議な見馴れない
二つの栗をみつけた
驚ろいて父親の処へもつてゆく、
「何だ、これは栗とは違ふやうだ
毛だらけの丸いものだ
何処で拾つてきた」
「これが偶然、栗の木になつてゐたよ」
「どれどれ、はゝあ、判つた
これが人間の世界の
偶然の毛鞠といふものに違ひない
そんな物は早く捨てゝおいで」
「でも折角、拾つたんだもの
捨てるのは惜しいや」
「ぢや交番へ届けておいで」
猿の子供は猿の交番へ届けに行つた。
お巡りさんはつくづくみて
「やつかいなものを拾つてきたな
これは人間の世界でも
手余しものぢや、
今時こんなものは
猿の世界でも臭くて喰はんものぢや
落し主は判つてゐる
返してやれ――」
お巡りさんは
空高く人間の世界に鞠を投げ返した、
二つの毛鞠は
一つは中河与一といふ人の庭へ
一つは石原純といふ人の庭へ、
二人の偶然論者のところへ落ちた
国民の臍を代表して
永野修身閣下の
軍縮脱退の英断を迎へて
僕は何を代表して
閣下を迎へたらいいか、
僕は全国民の臍を代表して迎へよう
銭湯の湯舟の中で
ヘソ並びにその下を洗ひながら
国民の批判精神は、はたらいてゐる
国民は近来、冷血動物のやうになつた、
この冷たい態度は悲しむべきだ
だが安心していい
肉体の一箇所だけは
笑ふ力を失つてゐないから
それは国民の臍であり
そこだけは湯のやうに湧いてゐる
貧しい国民は閣下に
一杯のコーヒーを
進ずるためにいま
それを茶碗にかけてゐる。
さあ・練習始め
おゝ、同志よ、
あゝ、階級的同志よ、
「同志といふ呼び名をいつかふんだんに使ひ合つたね」
「あれは一体、何時のことだつたけね」
あの時は君と僕とは同志であつた、
だから文章の上でも日常生活の上でも
同志よ――客観的状勢は――。と
むちやくちやに盛んに言つたものだ、
そして今、客観的状勢はどうしたね、
客観的状勢は、我々の文章や言葉の中から
同志といふ言葉をケシ飛ばしてしまつたのさ、
意気地なしの自由人よ、
強さうであつても 空で爆音がきこえれば
結局は森林帯(ジャングル)に逃げ込む ヱチオピア土民軍のやうなものだ、
組織的で科学的なヽヽヽヽヽに負けるのだ、
「同志」はてな、「階級」はてな、
どつちも聞いたやうな言葉だがと
あのころの文学的勇士が いまはケロリと白つぱくれた顔をして
省線電車の中で 折カバンをもてあそびながら、
昔の同志はけふ私を あかの他人のやうに取扱つた、
君は立派な健忘症だよ、
だが私は忘れることができない
――タワリシチ
――ボリシェビイキ
――ロートフロント
いまでも耳に、こゝろよい
語呂をもつたこれらの言葉をさ、
同志といふ呼び方は かういふ客観的状勢では
少しばかり胡椒が利きすぎるから
使はんでくれ給へと 君の眼は哀願してゐる
そんなに君は、ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 身に泌みて恐ろしかつたか、
かつての文学の、はなばなしい自由の闘士よ、
君の野性の性質は いま底を突いたのだ、
毛のぬけた犬のやうに温和しい、
僕の新しい野性は 永遠に馴れない野性だよ、
さあ、同志咆へ始めよう 曾つての美しい言葉のもつ意味の
積極性を再製しよう
さう、恥づかしがらないで
練習始めだ、
タワリシチ、
タワリシチ、
ボリシェビイキ、
ロートフロント。
芝居は順序よくいつてゐる
ハムレットの乱心が済んで
ファウストの穴倉苦悶だ
お次は―夜明け前の半蔵が
河童のやうな顔つきで
舞台に現れ
観客をゾッとさせる
残るところはリア王の
嵐の中の大絶叫だ
フン、芝居は
手順よく行つてやがらあ、
タワリシチ、
俳優諸君
現実はこゝに至れば
演技の上手な階級が勝ちさ
国民は倒れかけの
書割の下で生活してゐる
演劇的時間と
現実的時間の
区別なんて無いね
俳優諸君は舞台の上で
観客諸君は舞台の下で
せいぜい上手に
芝居をやることだ。
日比谷附近
―純情な国民よ、
群集の中から誰かが叫んだ、
それは私のそら耳であつた。
濠を背景に、兵士達は活動してゐる、
私はそれを眺め
美しいと思ひ、
勇しいと思つた、
『強い者は凡て、美しいのだ。』
『でなければ、醜い程に強いか、どつちかに違ひない。』
私は時代的な、新しい妬みをもつて、
強いものをねたんでゐる、
悲しみをもつて何者かに訴へてゐる。
ただ従順といふ言葉は
青年の新しい生活にはない、
私はこの二三日来、
強い権力のもとに身を横たへてゐる快感を、
これ程までに強く、味はつたことがない。
国民は武装してはゐない、
武装してゐるもの、
それは眼だ。
たつた二つの水晶体のもの、
中心的なものにぢつと注がれて動かない、
溶鉱炉のやうな眼よ、
すべての物語りを投げ入れて
批判の熱さで溶かす、
ぼんやりと水を見てゐれば、
死にたくなり、
線路に立ち止れば
ギョッと心臓が衝撃をうける、
心のデリカシーは地獄の責苦、
蹴られてたほれる最後まで
国民は生活と戦つてきた、
訓練は意志を生みだした
国民は新しく冷酷といふことをおぼえたのだ
兵士が三間をきに車道に立つ、
田舎の籾摺機の傍を離れて
たつた今、都会へ馳け付けてきたといつた、
正直さうな顔の少年兵士よ、
お前は何故しつきりなしに体を動かすのか、
退屈な筈がないのに、
私はこはごはよりそつて
銃剣の先にオーバーの袖をふれて見る、
兵士はオーバーに眼をやり
私は剣の先に眼をやる
兵士と私とは小さな実験をやつてゐるやうだ、
私につづく人々の群も、
つぎつぎと私のしたやうに
オーバーを剣にふれて見ながら通つてゆく
少年兵士は剣をはげしく後に引く、
群集は驚いて飛びすざる、
騎馬将校が道路を横切つてはしつて行つた。
多少の埃は
真理はいつも
私にとつては軽快さ、
――私が暗い
歌を歌はぬことは
君にとつては、お気の毒さま
踊れ、フォックス・トロットを
九頭九尾の狐の
妖怪味を充分に出して
敵とたたかへ、
前方へは煙幕を――、
後方へは屁を――、
我等の狐はたしかに馬に跨がつた、
巨大な現実に
われわれの歴史の位置はきまつた、
そして狐と馬とは、
味方と敵とは、
ヒステリカルに
狂はしく
現実をすつとんでゆく
つまり我々プロレタリア狐は
ブルジョア馬の尻尾を
奴の把手を掴まへてゐるのだ、
奴は右にとばふとする
われわれは左へ行かふとする、
恐しい勢で山をくだる
石のやうに飛んでゆく
現実に多少の埃も立たうといふものだらう。
平民と愛
『人は愛し
又愛される
王様達に欠けた幸福――』
詩人ユーゴーの歌つた愛を
うけ継ぐ仕事は
若い青年少女達にのこされてゐる
ユーゴーのいふ通りです、
王様達には欠けてはゐるが
愛は平民達のためにあるのだから
世界の中には
男と女との他に何があるだらう。
ふたつのほかに何も想ひ出せない
男同志の協同の仕事は
ありあまる程あるが
女との協同の仕事はまだ少ない。
女を愛した瞬間に結婚し
子供が生れるとは限らない
おちつけ、沈着となつてくれ、
世の男よ、女よ、
『思索と、希望と、仕事と、恋にもつれて人々は暮らす』ユーゴー
恋と仕事とを縺れさせぬやう
社会意識をもつて
愛の生活に明快性を与へよう、
ユーゴーのやうに
愛は率直であつてほしい、
ユーゴーは心を打あけるのに
なんて直截で純であつたらう。
『彼女がよく髪を結へば
僕の心は喜び
拙く結へば悲しかつた――』と
この言葉はどこの裏街の
平凡な男の言葉とも違はない
愛は素朴であり、感動はふかい、
女の髪の結ひ方の出来不出来にも
男の心は躍るものだから――。
愛と衝動と叡智
男の強い衝動よ
腕力よ、
呪はれてあれ、
男は力をもつて
女を押しひしぐことは出来る、
強盗のやうに、無頼漢のやうに
女を愛することは自由です、然し、
孕ますことと、
生活をうばふことと、
この二つの必然を生むのはブルジョア的です、
彼等はこの二つを殆んど同時にやつてしまふ、
わたしたちの愛は
孕ますこと、生活を奪ふことは
いつも私達のイデオロギーの
叡智によつて救はれる、
女よ、あなたは正しいときに、
美しい優しい母親とおなりなさい、
それを貴方は愛人に
要求することを忘れぬやうに、
叡智にかがやいた愛の行動を
愛する人のうちに求めるやうに。
文学の大根役者に与ふ
――この詩を指導者らしい顔付の男に――
芝居の花道で
あんまり醜態を演ずるな
文学と政治で引つこみの
つかない大根役者は
何時までたつても
指導者らしい顔つきをして
観客が見てゐないのに
まだ引つこまない
君はなんといふ
極左主義的
一徹短慮な浅野内匠守長矩侯だ
忠臣蔵は筋書どほりやりたまへ
吉良上野介を今こゝで
殺してしまはふとジタバタしても無理だ
とにかく我々は敵の眉間(みけん)だけは
傷つけたのだから
吉良の用心棒に
後から羽掻じめにされたのだから
さう舞台の上で一人で
感情的になつても駄目だ
一応幕にするさ
いつかは吉良を炭小屋のなかから引出して
四十七人は
君の仇をまんまととつて進ぜよう
引つこめ大根役者
文学の世界でいつまでも
政治上の主役らしい顔つきをするな
我々は単なる端役として
つまり四本の馬の脚として
熱い汗だらけになつて
縫ひぐるみの綿のなかから主張する
激しいたゝかひの幕のあげおろしに
意地を張つて芝居をするな
引つこむべきところは
男らしく引つこむのだ
幕があがつたら別な外題に
また新しく顔を塗りなほして君は出てくるさ
転落
すばらしい動揺だ、
このまま私が椅子から
ころげ落ちて死んでも
私はすべてのものに感謝ができる、
その動揺はどこから来た――、
周囲からきた、
私は知つてゐる
風が葉をうごかしてゐるのを
見た、
理解した、
友の眼の色を
感動した
夕日が空をズリ落ちるのに、
いつさいのもの
私の視野のものは束となつて
私をそれで殴りにきた、
立ちあがつてきた
物体、思想、色彩、音響
けつしておそれない、
歴史を背負ひこむのは
あらゆる負担は
私の義務のすべてだ、
あらゆる動揺が
私を転落させるのを
私はむしろそれを待つてゐる。
インテリの硬直
君は何を待つてゐるのか
そのふてぶてしい顔つきをして
その顔つきは悲劇のツラだ、
決して勇壮ではない
むしろインテリらしくないのが滑稽だ、
君は労働者ではない
悲しむときは
如何なるときに
どのやうに泣くかを
知つてゐなければならない
インテリゲンチャな筈だ、
あゝ、だが君はかなしまない、
そして朗らかでもない、
そして何なのだ、
恥じよ、労働者のために、
きよとんと立つてゐる君は、
愚鈍にいつまでも立ちどまるな
君は君の部所につけ
真実のふてぶてしい顔とは
硬ばつた皮膚と
いふ意味ではない
君は陽の照る方へ
あるいてゆけ――、
精神の硬直を
もみほごすために。
喜怒哀楽の歌
悲しみよ
お前おかしな奴
どこまで泣きに行つてきたのか
身をよぢらしてお前は螺旋状の糞をする
怒りよ
可愛い私の下僕
忠実に梶棒をふりあげて
盧頂骨を撃つてこい
敵の骨が何と泣いたか報告しろ
喜びよ、警戒しろ
倒れたことは死んだことにはならない
止めをさすのを忘れるな
商人のやうに勝敗けを
精算してからにしろ
楽しみよ
それはたたかひだ
生来の闘争児のためにだけ
オルガンのペタルを踏み歩くやうに
人生は鳴る
茜(あかね)色から朝に変るやうに
夕映(ゆうばえ)から夜にかはるやうに
移りかはり激しく
貧しいものだけが
真実の喜怒哀楽を享楽する。
怖ろしい言葉を
頭を掻きむしつて
詩をかく時代は去つた
立派な発声法によつて
生きた人間の呼吸を吐け
友よ、
労働者詩人よ
詩の古い形式を理解しろ
だが信ずるな
僕はあいつらの
貞操をコヂあけて
砂をぶち込んでやつた
真理でもないものを
真理だと堅く守つてゐたものにとつて
君達も僕のやうに
暴力者となつたらいい
うんと怖しい言葉を吐くのだ
たへがたい悲しみを
痙攣的な憤怒を
立派に整理して
吐露することが
科学的な新しい詩人の役割だ
可愛い雀斑(そばかす)の娘が
私達の傍にやつてくるだらう
魅力はもうあいつらにないから
あいつらのところには
もう美しいものが
集つていかないだらう
さあ、元気を出して
うたふのだ
呟いてはいけない
口の開けたてを正確にして
生活の歌をうたふのだ
訴訟狂のやうに
わが友よ
君に激昂の日が
幾日あつたか
数へて見よ
詩人を名乗るくせに
感情的になつた経験があるか
僕は訴訟狂のやうに
民衆に訴へてゐる
純粋な快楽は
権利を主張する瞬間にある
心や肉体の
すりへることを恐れてゐて
一篇の詩も
一個のボタンもつくれやしない
争ひをさけてゐて
勝つことが出来ないやうに
労働をさけてゐて
何物も産れない
可哀さうに君等は
敵を見失つてゐるのだ
戦の前線から
幾度も君を馬車が迎へにきたのに
君は乗らうとしなかつた
いさぎよく詩人よ
発狂しろ
憤りや悲しみや悦びで
頭を破裂させてみたらいい、
君は頭の中が
ゼンマイでできてゐるやうな
錯覚を起してゐるのだ
僕が保証する
君の頭の中は時計より
緻密にできてゐる
決して狂ひもこはれもしないだらう
怖ろしいことは
使はない頭の中の
観念は亡びることだ。
カミナリ
昼頃から雨雲が一つ、空に浮んでゐるが動かない。夕方になつたが鋪道は熱い。
そのころ雲はやつと、位置を変へはじめた。
高い雲の間で電光は、癇癖らしく光る。
3
女には底の知れないふかいところに、
到底男の理解ができない『凝結(かたまり)』があると
ある友が私にいつた言葉をふつと思ひ出しながら、
こゝろよいあなたの声の空気の震へに身をまかせて
話しつゞけてゐる私の唇が、
突然、衝動的に歪んだ
あなたはそれを見てとつたでせうか、
すべての男性的な女に対して
女の誤まつた理性に就いての
感想がふつと湧いたのです、
私が現在女性に対して
感じてゐることは
男としての女に対する焦燥があるだけです。
女に対して心に
焦らだちをもつた男の一人です。
誰が我々に男と女といふ性の区別を与へたのだらう、
一つの谷を降りて行きます、
この谷は二つのむかひ合つた
側面をもつてゐる、
一つは男の性の側面、
一つは女の性の側面です。
二つの側面の間を清麗な水が流れてゐる、
男は己れの側面を降りてゆき
そして底もしれないふかさに悩みくるしむ、
相会ふことを追求するのです、
男も女も呼びあつてゐる、
たがひに声はとゞき、
意志は伝達する、
たゞそれだけです、
永遠のへだたりをもつてゐる男と女とが
思想のこと、経済上のことを
語りあつてゐることを
谷やせゝらぎが嘲笑してゐるのです。
4
然し私は信じたい、
谷の空間をとびこえて、
完全にあなたを、あらゆる婦人を
理解したり、愛したりできると、
――さあ、貴方は男のくせに
そんなに感情的であつてはいけません、
何ごとも理性ですよ、
理性ですよ。
帰り際に玄関で私にむかつて、
あなたは男性的に拳をあげて
私の男を勇気づけてくれました、
私の感情は軽蔑されました
あなたは理性を主張しました、
私はそれを感謝します。
だが問題は残つてゐるのです。
5
男と女といふ二つの性別の谷は
今後ますます社会的矛盾の現はれとして
深くへだてられるでせう、
眼が醒めたとき
すべての女達が
男の抱擁の中に眠つてゐたとしたら
それは女にとつてこれ以上の幸福はないでせうが、
だが今は全くさうはゆかなくなつてゐるのです、
コネ合はすために
愛にも、食にも、
僅か許りのパン粉より現実からは
与へられてゐません、
ましてや忙がしい男の生活にとつて
女を抱擁する時間は僅かよりないのです、
私はそれを悲しみます。
6
理性です――と叫んだあなたは
男にも増して理性的な強さをもつてゐる、
すべて従来の女たちのもつてゐた
感情の燃焼をうちけして
ときには男もたぢろぐ程
理性的な女となつてゐます。
だがそれで貴女の理性的な女は
すべての理性的な男に理解されるでせうか、
あなたの目指してゐる理性は
男の世界の偽りの理性です、
強くなりたいことが
男らしくなりたいと考へてもらひたくない
男は真に感情的になる前に
偽りの理智を恵まれました。
7
私は理性的な男ではありません
そして女の理解を早める方法を知りました、
私はすべてに対して
一般的な理解といふことに対して
絶望し憎む
感情こそあらゆるものを
本質へより迅速に到達することを
信じて疑ひません。
ますます理性的になつてゆかうとする
女としてのあなたこそ
私の眼から怖ろしい感情家にみえます。
男は理性的であるために
すべての凡百の女に尊敬され
そして凡百の男は遂に女を理解し尽さない、
新しい時代の新しい感情と
新しい理智、
それは新しい女の中にも二つを備へ
新しい男の中にも二つを備へ
ふかい相へだたる谷の空間を
とびこえ谷を充実するもの、
完全な男と女の理解の方法は
それは強い感情的な意志をもつた
男がそれを為しとげるでせう。
一つの太陽と二つの現実
日本的現実では
ラジオで仏法僧を聴いてゐる、
ソビヱット的現実では
トラクターが騒いでゐる、
幸福なことには
日本のインテリゲンチャは
渋面(じゆうめん)つくつて能面(のうめん)そつくりだ、
悲しいことには――夜明けでない、
おかしなことには――戦の智慧者と
戦術家がみんな降参してしまつた、
大胆不敵にも
善悪の道徳的拠りどころをもたずに
詩や小説や評論を書いてゐる、
だから子宮後屈(しきゆうこうくつ)症は満足な
作品を産んだためしがない、
これらの理由に就いて彼等はいふ、
すべて日本とアチラとの現実がちがふからだ、と
もつともの話だ、
宇宙に太陽がひとつよりないのに、
国家が幾つにも別れてゐることは――、
残念なことだ、
思想がそれぞれちがふといふことは――、
日本的現実の中で
木霊(こだま)と言ひ争ひをするやうに
自分の声と争つてゐたまへ、
孤独と自慰との一日を暮らしたまへ、
君の幸福な寝床の上を
熱い太陽がとほりすぎるだらう、
たつた一つよりない太陽が
二つの現実を
皮肉に笑つて通りすぎるだらう。
パドマ
――パドマとは梵語の蓮をいふ――
この世に怖ろしいものは韻律であらう、
あらゆるものは、これをもつて捕へることができる、無智な人々へは
単純な韻律の繰り返しを与へたらよい、
寺では木魚を鳴らす
ポクポク、ポク、ポク、ポクポクと
なんまいだ、なんまいだ、
なんまいだ、
君がもし恋人を計画的に
くどき落さうとするならば
彼女を、醒めてゐるものを――
夢の世界へ突き落さうとするのであれば、
乱調子に女の肩をゆすぶつてはいけない、
ただ静かに単純なくりかへしをもつて
彼女のもつとも××腺に近いところを叩いてゐたらいゝ
すると彼女は君のために、うつとりするだらう、
無智なる時代は
七五調をもつて恋文を書いたらいゝ、
無智なる時代は
五、七、五、七、七をもつて
恋歌を組み立てよ、
平和とは単純であるか――、
今はあらゆるものが波立つ
決して単純ではない、
ただ無智な人々ばかりが
生活の苦しみの救ひを
あらゆる単純なものに求めてゆく、
老いた百姓たちが
日中揃つて鍬をふりあげ
ハッシとそれを土に打ち込む
疲労は結晶となつて彼等の額からたれ
鍬の柄を伝つて汗は土の中に入る、
たちまち百姓達の額の汗は乾いてしまふ、
なんといふ百姓達のおそるべき
生活の苦痛の忘却よ、
爽やかに夕風が吹いてくると
百姓たちの労働は終る
そして僧侶たちの夜の労働と交替する、
寺男は鐘楼にのぼつて
鐘の急所を目がけて
撞木を老練にうちつける
臍をうたれた鐘の気狂ひ笑ひよ、
音は波紋を描いて
余韻は村中を駈けまはり、野に去る、
夜となる、村の若衆たちは踊りの
樽太鼓の鳴る方へゆく、
善男善女は梵鐘のリズムに吸ひつけられる、
寺院では合唱隊が読経を始め
一段高いところの肱掛椅子にもたれて
老師はいましも物柔らかに慇懃に
百姓たちに熱心に仏を説く、
ほれぼれするやうな
声はかういつてゐる、
――お爺さん
お婆さん
聞きちがへるぢやないぞよ、――
はきちがへるぢやないぞよ、――
救つて下されぢやないぞよ、――
助けて下されぢやないぞよ、――
弥陀の親様の方から
助けさしてくれいよ、
救はしてくれいよの、
お声がかりぢやぞよ。
寺院は風にさわぐ稲の穂のやうにざわめきたち、
あちこちに消え入るやうな人々の声、
なんまんだぶ、なんまんだぶ、
なんまんだぶ、
一個の木像を前にして
僧侶は前進、後退法衣の鮮やかな裾さばき
読経は男声四重唱
鐘、太鼓、木魚、銅鑼のオーケストラ、
見あげるやうな寺院の高い天井まで
読経の声と、香の煙と、匂ひで満たす、
緊張をもつて儀式は始まり
緊張をもつて終るやうに
一隊が朗々と読経すれば
指揮者が急所急所のカンどころで
経本をもつて立ちのぼる香煙サッと
切つて大見得をきる、
肝心なところでは合の手に
銅鑼係りがドラをもつて
ヂャンボン、ヂャンボン、心得たものだ、
なんと充実した音響の世界、
僧侶は、信者がこゝで思索することを好まない、
一切は弥陀の他力本願であつて
仏を批判するものは地獄へをちるぞ――
高坐の上から説教師は
技術のすばらしさをもつて大衆を説得する、
突如、狼のやうに叫ぶかとおもへば
また猫のやうな猫撫で声になる、
摂津の八郎兵衛の宗教物語、
――お師匠さま
弥陀の親さまの
おんとしは
幾つでござりませうか、
おゝ、八郎兵衛
弥陀の親さまの、おんとしか、
みだの親さまのおんとしは
そちと同じだぞよ
そちと同じだぞよ、
物語ひとくさり語り終ると
あちこちでは感動の嘆息とスヽリ泣き、
老婆は痩せた膝の中へ、すつかり頭を突つこんで
鼻水をすすり、すすり、
――あゝ、有り難い
御慈悲さまでござります
私のやうなイタヅラものゝために
五劫十劫の
御苦労あそばされるとは
何とまあ
広大な御慈悲さまで
ござりませう
なんまんだぶ、なんまんだぶ、
なんまんだぶ、
寺院の正面には白い大きな蓮
人間がその中に入つて座る、
花弁はしづかに閉ぢられて
生きながら極楽往生、蓮華往生、
中でしづかに死んでゆく
いましも往生をのぞむ奇特な老人のために、
儀式は始つてゐる、
寺院は湧き立つ鍋のやうに震動してゐる、
そのとき老人は、空虚な足どりをもつて
二人の僧侶に肩をささへられながら
蓮に通ずる階段をのぼつてゆく
直視するに到底堪へないほどの
老人の顔は、素朴な百姓の顔、
彼は蓮の花弁の中に端座する
花弁が音もなくとぢられ
花弁がしづかに開かれるとき
彼の肉体から、生命が
タンポポの柔毛が風に舞ひたつやうに、
高く去つてしまふために、彼は坐つた、
花は閉ぢられた、
寺は儀式の終末を告げる最後の
努力をもつてあらゆる楽器は
激情的な騒音を連続的に立て
僧侶たちは花の中の物音を
打ち消さうとするかのやうに奏楽すれば
信者たちは、花の中から聞えてくるコトリといふ
物音をも聞き洩すまいとするかのやうに
周囲の雑音と彼等の耳はたたかつてゐる
花の中の老人はすでに冷静を失つてゐた、
花の中は暗黒、彼の坐つてゐる空間は極度にせまい、
けだものの皮に縫ひこめられた人間の
苦痛にひとしい花びらの中に
とらへられた人間の不安、
台の下から恐怖が襲つてきた
生に対する猛烈な執着
指でアバラ骨を掻き鳴らし
生死の間の歌うたふ
老人よ、彼は立ち上らうとして
百姓的な頑固な両腕の
狂暴な力をもつて
花びらを押しひらかうとする、
すべては徒労ですでに遅い
老人は肛門のあたりに
何かが触れたのを知つた、
火のやうに熱したものか、氷のやうに冷却したものか、
瞬間ヒヤリと台の下から忍びこんだもの、
火もまた熱度の頂天に達するときは
氷のやうな感触をもつ、
燃えた鉄の蛇は
直立した堅さをもつて
肛門に飛びこみ
老人の腹の中をかけまはる苦痛に
彼は花弁に体うちつけ
老人は二言何事かを――絶叫した、
その声は高い
だが百の銅鑼がその声をうち消した、
まじまじとパドマを見まもる群集たち
鳴物ハタと一斉にやみ
固く閉ぢられた白蓮は
群集の注視の真只中に
みるみる紅蓮にかはつてゆく、
その時花のつぼみは
ポンといふ高い音がして開いた
その響きは
池の面に咲いてゐる蓮が
いま暁の瞬間に
生命の花ひらく感動の声か――、
あるひは娘が
処女性を失ふ瞬間に
軽い驚きを、ともなつた
感動の声のそのやうにか――、
ひとつの物体が、
充実したつぼみの世界から更に
大きな開花の
次の充実の世界へ移つてゆく
その瞬間に、
自然に発する声か――、
それとも抵抗する蓮の花弁を
百姓の力をもつて中から
強く押し開いた掛声であつたか――、
いや、いや、
花びらに自由自在
開き且つ閉ぢることのできたのは、
人工的なカラクリの
蓮の声であり、
仏の声である、
生きた蓮の花開く声ではない、
生きた百姓の声ではない、
――無智、と叫んで
己れを罵つた
百姓の苦悶の最後の二言は
僧侶の騒音、
寺院のあらゆる整頓された儀式の
形式に打ち消され
彼はただ蓮の中で己れの口から発し
それを己れ
の耳に聴いたにすぎない
雪の伝説を探るには
登山道具はなるべく御持参下さい
こちらの製品は粗製濫造に属し
玩具に属してゐますから、
日本に犯されないものは一つもない、
勿論雪の処女峰などは一つもない、
山番を唖然とさせるほど
勇敢に遭難して
勇敢に救助隊が活動します。
雪の伝説を探るには
東北地方へいらつしやい、
吹雪の中で
簪をさし白いウチカケを着た
幻の雪の精、雪女郎に
何人も何人もに逢ふでせう、
後からヒョコ/\と腰の曲つた老爺が
泣きながら風呂敷包を抱へて尾いてゆく
あなたもその後を尾いてゐらつしやい
すると彼女は廓といふところで
雪の白衣を脱いで
人絹の赤い長襦袢で
あなたを迎へるでせうから。
右手と左手
右手
なんて見下げ果てた奴ぢや
貴様はきのふ百貨店で
そつとカワウソの襟巻に
さはつて見たな
貧乏人のくせに
成り上り根性を出したりして
左手
わしはさはるにはさはつたが
だが、わしの意志ぢやなかつた
右手
誰の意志だ、
左手
脳の命令だつた、
右手
実にお前はけしからんぞ
おれはいつも尻を拭つてゐるんだぞ、
お前は労働を避けたがる
何一つ真先に働いたためしがあるか、
わしはペンで力いつぱい書く役だ
お前は紙の一端を
かるく押へるきりぢやないか
いつもぶらぶらしてゐるぢやないか、
プチブル野郎、
左手
いつも一緒に暮してゐる仲で
今更悪態とは酷いぞ
右手
御主人にカワウソの
毛皮でも買つて貰つて
お前の小市民根性を暖めて貰へ
右手と左手
掴み合つて喧嘩を始める
口
両手共喧嘩をやめい、
きこえんのか
時計が十二時を打つた。飯だ
左手
みろ、右手俺れが今度は
重い茶碗をもつて
貴様が軽い箸もつ番ぢやな
右手
そりやさうだな
働く者同志の喧嘩はやめよう
右手と左手
それにしても
こいつの口にせつせと
兵糧を運ぶわけか
口から尻の世話まで
俺達働く者の手にかかるのを
口の野郎も尻の野郎も
脳の野郎も
すべての命令者共は
忘れるな
或る旦那の生活
一人の政治家がをりました。
靴をはくにも
自分の手をかけたことがない、
椅子に腰かけ
ぬつと足をつきだすと
女中が履かしてくれる
赤い絨氈は座敷から
玄関先までつゞいてゐるから
靴には塵ひとつつけず
そのまゝ旦那さまの足は
自家用の自動車の中へ。
葉巻をくはへれば
傍の秘書がマッチをつけてくれる
車が停まれば
ドアは運転手があけてくれる
旦那さまは手も足もいらない
イザリであつても政務には
結構ことたりる
財布をあけると
銀行では金を入れてくれる
「あれが慾しい、これが慾しい」と
眼でもの言へば、
デパートでは、
金持、政治家、
身分いやしからざるものには
それぞれ係りの店員がゐて
○○様係りの店員は
片つ端から品物を
配達部へ廻してしまふ、
代金はお邸の方へとりにゆく。
旦那さまには
無人の野を行くがごとき
大胆不敵の生活ぶり。
寓話的な詩二篇
温和しい強盗
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「どうぞ――」
「ははあ、人道主義者の家だな」
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「真夜中に喧ましい奴だ
伝家の宝刀で、ぶつた切つてしまふぞ」
「ははあ、軍人の家だな」
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「眠い、眠い、ムニャ/\
今頃誰だ、強盗?
まご/\してゐないで早く
そこの橋を向うへ渡つてしまへ」
「ははあ、刑事の家だな
成程、あの橋を渡れば
向うの署の管轄か」
真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン
「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「いち/\ことわつて入る奴があるか、ずつと通れ」
「ははあ、こゝは刑務所だな」
猿と臭い栗
猿の子供達が栗をとつてゐると
不思議な見馴れない
二つの栗をみつけた
驚ろいて父親の処へもつてゆく、
「何だ、これは栗とは違ふやうだ
毛だらけの丸いものだ
何処で拾つてきた」
「これが偶然、栗の木になつてゐたよ」
「どれどれ、はゝあ、判つた
これが人間の世界の
偶然の毛鞠といふものに違ひない
そんな物は早く捨てゝおいで」
「でも折角、拾つたんだもの
捨てるのは惜しいや」
「ぢや交番へ届けておいで」
猿の子供は猿の交番へ届けに行つた。
お巡りさんはつくづくみて
「やつかいなものを拾つてきたな
これは人間の世界でも
手余しものぢや、
今時こんなものは
猿の世界でも臭くて喰はんものぢや
落し主は判つてゐる
返してやれ――」
お巡りさんは
空高く人間の世界に鞠を投げ返した、
二つの毛鞠は
一つは中河与一といふ人の庭へ
一つは石原純といふ人の庭へ、
二人の偶然論者のところへ落ちた
国民の臍を代表して
永野修身閣下の
軍縮脱退の英断を迎へて
僕は何を代表して
閣下を迎へたらいいか、
僕は全国民の臍を代表して迎へよう
銭湯の湯舟の中で
ヘソ並びにその下を洗ひながら
国民の批判精神は、はたらいてゐる
国民は近来、冷血動物のやうになつた、
この冷たい態度は悲しむべきだ
だが安心していい
肉体の一箇所だけは
笑ふ力を失つてゐないから
それは国民の臍であり
そこだけは湯のやうに湧いてゐる
貧しい国民は閣下に
一杯のコーヒーを
進ずるためにいま
それを茶碗にかけてゐる。
さあ・練習始め
おゝ、同志よ、
あゝ、階級的同志よ、
「同志といふ呼び名をいつかふんだんに使ひ合つたね」
「あれは一体、何時のことだつたけね」
あの時は君と僕とは同志であつた、
だから文章の上でも日常生活の上でも
同志よ――客観的状勢は――。と
むちやくちやに盛んに言つたものだ、
そして今、客観的状勢はどうしたね、
客観的状勢は、我々の文章や言葉の中から
同志といふ言葉をケシ飛ばしてしまつたのさ、
意気地なしの自由人よ、
強さうであつても 空で爆音がきこえれば
結局は森林帯(ジャングル)に逃げ込む ヱチオピア土民軍のやうなものだ、
組織的で科学的なヽヽヽヽヽに負けるのだ、
「同志」はてな、「階級」はてな、
どつちも聞いたやうな言葉だがと
あのころの文学的勇士が いまはケロリと白つぱくれた顔をして
省線電車の中で 折カバンをもてあそびながら、
昔の同志はけふ私を あかの他人のやうに取扱つた、
君は立派な健忘症だよ、
だが私は忘れることができない
――タワリシチ
――ボリシェビイキ
――ロートフロント
いまでも耳に、こゝろよい
語呂をもつたこれらの言葉をさ、
同志といふ呼び方は かういふ客観的状勢では
少しばかり胡椒が利きすぎるから
使はんでくれ給へと 君の眼は哀願してゐる
そんなに君は、ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 身に泌みて恐ろしかつたか、
かつての文学の、はなばなしい自由の闘士よ、
君の野性の性質は いま底を突いたのだ、
毛のぬけた犬のやうに温和しい、
僕の新しい野性は 永遠に馴れない野性だよ、
さあ、同志咆へ始めよう 曾つての美しい言葉のもつ意味の
積極性を再製しよう
さう、恥づかしがらないで
練習始めだ、
タワリシチ、
タワリシチ、
ボリシェビイキ、
ロートフロント。
芝居は順序よくいつてゐる
ハムレットの乱心が済んで
ファウストの穴倉苦悶だ
お次は―夜明け前の半蔵が
河童のやうな顔つきで
舞台に現れ
観客をゾッとさせる
残るところはリア王の
嵐の中の大絶叫だ
フン、芝居は
手順よく行つてやがらあ、
タワリシチ、
俳優諸君
現実はこゝに至れば
演技の上手な階級が勝ちさ
国民は倒れかけの
書割の下で生活してゐる
演劇的時間と
現実的時間の
区別なんて無いね
俳優諸君は舞台の上で
観客諸君は舞台の下で
せいぜい上手に
芝居をやることだ。
日比谷附近
―純情な国民よ、
群集の中から誰かが叫んだ、
それは私のそら耳であつた。
濠を背景に、兵士達は活動してゐる、
私はそれを眺め
美しいと思ひ、
勇しいと思つた、
『強い者は凡て、美しいのだ。』
『でなければ、醜い程に強いか、どつちかに違ひない。』
私は時代的な、新しい妬みをもつて、
強いものをねたんでゐる、
悲しみをもつて何者かに訴へてゐる。
ただ従順といふ言葉は
青年の新しい生活にはない、
私はこの二三日来、
強い権力のもとに身を横たへてゐる快感を、
これ程までに強く、味はつたことがない。
国民は武装してはゐない、
武装してゐるもの、
それは眼だ。
たつた二つの水晶体のもの、
中心的なものにぢつと注がれて動かない、
溶鉱炉のやうな眼よ、
すべての物語りを投げ入れて
批判の熱さで溶かす、
ぼんやりと水を見てゐれば、
死にたくなり、
線路に立ち止れば
ギョッと心臓が衝撃をうける、
心のデリカシーは地獄の責苦、
蹴られてたほれる最後まで
国民は生活と戦つてきた、
訓練は意志を生みだした
国民は新しく冷酷といふことをおぼえたのだ
兵士が三間をきに車道に立つ、
田舎の籾摺機の傍を離れて
たつた今、都会へ馳け付けてきたといつた、
正直さうな顔の少年兵士よ、
お前は何故しつきりなしに体を動かすのか、
退屈な筈がないのに、
私はこはごはよりそつて
銃剣の先にオーバーの袖をふれて見る、
兵士はオーバーに眼をやり
私は剣の先に眼をやる
兵士と私とは小さな実験をやつてゐるやうだ、
私につづく人々の群も、
つぎつぎと私のしたやうに
オーバーを剣にふれて見ながら通つてゆく
少年兵士は剣をはげしく後に引く、
群集は驚いて飛びすざる、
騎馬将校が道路を横切つてはしつて行つた。
多少の埃は
真理はいつも
私にとつては軽快さ、
――私が暗い
歌を歌はぬことは
君にとつては、お気の毒さま
踊れ、フォックス・トロットを
九頭九尾の狐の
妖怪味を充分に出して
敵とたたかへ、
前方へは煙幕を――、
後方へは屁を――、
我等の狐はたしかに馬に跨がつた、
巨大な現実に
われわれの歴史の位置はきまつた、
そして狐と馬とは、
味方と敵とは、
ヒステリカルに
狂はしく
現実をすつとんでゆく
つまり我々プロレタリア狐は
ブルジョア馬の尻尾を
奴の把手を掴まへてゐるのだ、
奴は右にとばふとする
われわれは左へ行かふとする、
恐しい勢で山をくだる
石のやうに飛んでゆく
現実に多少の埃も立たうといふものだらう。
平民と愛
『人は愛し
又愛される
王様達に欠けた幸福――』
詩人ユーゴーの歌つた愛を
うけ継ぐ仕事は
若い青年少女達にのこされてゐる
ユーゴーのいふ通りです、
王様達には欠けてはゐるが
愛は平民達のためにあるのだから
世界の中には
男と女との他に何があるだらう。
ふたつのほかに何も想ひ出せない
男同志の協同の仕事は
ありあまる程あるが
女との協同の仕事はまだ少ない。
女を愛した瞬間に結婚し
子供が生れるとは限らない
おちつけ、沈着となつてくれ、
世の男よ、女よ、
『思索と、希望と、仕事と、恋にもつれて人々は暮らす』ユーゴー
恋と仕事とを縺れさせぬやう
社会意識をもつて
愛の生活に明快性を与へよう、
ユーゴーのやうに
愛は率直であつてほしい、
ユーゴーは心を打あけるのに
なんて直截で純であつたらう。
『彼女がよく髪を結へば
僕の心は喜び
拙く結へば悲しかつた――』と
この言葉はどこの裏街の
平凡な男の言葉とも違はない
愛は素朴であり、感動はふかい、
女の髪の結ひ方の出来不出来にも
男の心は躍るものだから――。
愛と衝動と叡智
男の強い衝動よ
腕力よ、
呪はれてあれ、
男は力をもつて
女を押しひしぐことは出来る、
強盗のやうに、無頼漢のやうに
女を愛することは自由です、然し、
孕ますことと、
生活をうばふことと、
この二つの必然を生むのはブルジョア的です、
彼等はこの二つを殆んど同時にやつてしまふ、
わたしたちの愛は
孕ますこと、生活を奪ふことは
いつも私達のイデオロギーの
叡智によつて救はれる、
女よ、あなたは正しいときに、
美しい優しい母親とおなりなさい、
それを貴方は愛人に
要求することを忘れぬやうに、
叡智にかがやいた愛の行動を
愛する人のうちに求めるやうに。
文学の大根役者に与ふ
――この詩を指導者らしい顔付の男に――
芝居の花道で
あんまり醜態を演ずるな
文学と政治で引つこみの
つかない大根役者は
何時までたつても
指導者らしい顔つきをして
観客が見てゐないのに
まだ引つこまない
君はなんといふ
極左主義的
一徹短慮な浅野内匠守長矩侯だ
忠臣蔵は筋書どほりやりたまへ
吉良上野介を今こゝで
殺してしまはふとジタバタしても無理だ
とにかく我々は敵の眉間(みけん)だけは
傷つけたのだから
吉良の用心棒に
後から羽掻じめにされたのだから
さう舞台の上で一人で
感情的になつても駄目だ
一応幕にするさ
いつかは吉良を炭小屋のなかから引出して
四十七人は
君の仇をまんまととつて進ぜよう
引つこめ大根役者
文学の世界でいつまでも
政治上の主役らしい顔つきをするな
我々は単なる端役として
つまり四本の馬の脚として
熱い汗だらけになつて
縫ひぐるみの綿のなかから主張する
激しいたゝかひの幕のあげおろしに
意地を張つて芝居をするな
引つこむべきところは
男らしく引つこむのだ
幕があがつたら別な外題に
また新しく顔を塗りなほして君は出てくるさ
転落
すばらしい動揺だ、
このまま私が椅子から
ころげ落ちて死んでも
私はすべてのものに感謝ができる、
その動揺はどこから来た――、
周囲からきた、
私は知つてゐる
風が葉をうごかしてゐるのを
見た、
理解した、
友の眼の色を
感動した
夕日が空をズリ落ちるのに、
いつさいのもの
私の視野のものは束となつて
私をそれで殴りにきた、
立ちあがつてきた
物体、思想、色彩、音響
けつしておそれない、
歴史を背負ひこむのは
あらゆる負担は
私の義務のすべてだ、
あらゆる動揺が
私を転落させるのを
私はむしろそれを待つてゐる。
インテリの硬直
君は何を待つてゐるのか
そのふてぶてしい顔つきをして
その顔つきは悲劇のツラだ、
決して勇壮ではない
むしろインテリらしくないのが滑稽だ、
君は労働者ではない
悲しむときは
如何なるときに
どのやうに泣くかを
知つてゐなければならない
インテリゲンチャな筈だ、
あゝ、だが君はかなしまない、
そして朗らかでもない、
そして何なのだ、
恥じよ、労働者のために、
きよとんと立つてゐる君は、
愚鈍にいつまでも立ちどまるな
君は君の部所につけ
真実のふてぶてしい顔とは
硬ばつた皮膚と
いふ意味ではない
君は陽の照る方へ
あるいてゆけ――、
精神の硬直を
もみほごすために。
喜怒哀楽の歌
悲しみよ
お前おかしな奴
どこまで泣きに行つてきたのか
身をよぢらしてお前は螺旋状の糞をする
怒りよ
可愛い私の下僕
忠実に梶棒をふりあげて
盧頂骨を撃つてこい
敵の骨が何と泣いたか報告しろ
喜びよ、警戒しろ
倒れたことは死んだことにはならない
止めをさすのを忘れるな
商人のやうに勝敗けを
精算してからにしろ
楽しみよ
それはたたかひだ
生来の闘争児のためにだけ
オルガンのペタルを踏み歩くやうに
人生は鳴る
茜(あかね)色から朝に変るやうに
夕映(ゆうばえ)から夜にかはるやうに
移りかはり激しく
貧しいものだけが
真実の喜怒哀楽を享楽する。
怖ろしい言葉を
頭を掻きむしつて
詩をかく時代は去つた
立派な発声法によつて
生きた人間の呼吸を吐け
友よ、
労働者詩人よ
詩の古い形式を理解しろ
だが信ずるな
僕はあいつらの
貞操をコヂあけて
砂をぶち込んでやつた
真理でもないものを
真理だと堅く守つてゐたものにとつて
君達も僕のやうに
暴力者となつたらいい
うんと怖しい言葉を吐くのだ
たへがたい悲しみを
痙攣的な憤怒を
立派に整理して
吐露することが
科学的な新しい詩人の役割だ
可愛い雀斑(そばかす)の娘が
私達の傍にやつてくるだらう
魅力はもうあいつらにないから
あいつらのところには
もう美しいものが
集つていかないだらう
さあ、元気を出して
うたふのだ
呟いてはいけない
口の開けたてを正確にして
生活の歌をうたふのだ
訴訟狂のやうに
わが友よ
君に激昂の日が
幾日あつたか
数へて見よ
詩人を名乗るくせに
感情的になつた経験があるか
僕は訴訟狂のやうに
民衆に訴へてゐる
純粋な快楽は
権利を主張する瞬間にある
心や肉体の
すりへることを恐れてゐて
一篇の詩も
一個のボタンもつくれやしない
争ひをさけてゐて
勝つことが出来ないやうに
労働をさけてゐて
何物も産れない
可哀さうに君等は
敵を見失つてゐるのだ
戦の前線から
幾度も君を馬車が迎へにきたのに
君は乗らうとしなかつた
いさぎよく詩人よ
発狂しろ
憤りや悲しみや悦びで
頭を破裂させてみたらいい、
君は頭の中が
ゼンマイでできてゐるやうな
錯覚を起してゐるのだ
僕が保証する
君の頭の中は時計より
緻密にできてゐる
決して狂ひもこはれもしないだらう
怖ろしいことは
使はない頭の中の
観念は亡びることだ。
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