山の声 関連リンク

宮城 道雄 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

山の声 - 宮城 道雄 ( みやぎ みちお )

  • Ω 宮城喜代子『箏ひとすじに ~宮城道雄の偉業をついで』
  • LP盤】宮城道雄名曲選集
  • 書籍 音に生きる 宮城道雄伝  千葉潤之介・優子著 講談社刊
次のページ
 私が失明をするに至った遠因ともいうべきものは、私が生れて二百日程たってから、少し目が悪かったことである。しかし、それから一度よくなって、七歳の頃までは、まだ見えていたのであるが、それから段々わるくなって、九歳ぐらいには殆ど見えなくなってしまった。それで、私が、今でも作曲する時には、その頃に私が見ていた、山とか月とか花とか、また、海とか川とかいうものの姿が、浮かんで来る。
 こういうわけで、自然の色も何も見たことがない、本当の生れつきからの盲人にくらべると、私はその点では、恵まれているといわなければならぬ。
 それにしても、私は子供の時に失明したので、私の心を慰めてくれるのは、音楽とか、或は春夏秋冬の音によって、四季の移り変りを知る他にはなかった。それで、音楽でも私は自然のものが非常に好きであった。
 このような関係で、私は音楽の道に入ったが、作曲をするようになった動機というものは、私の父は十二三歳の頃、私と私の祖母と二人を残して、朝鮮に行ったのである。ところが、あちらで父は獰猛な暴徒に襲われて、重傷をおわされたために、私の学資を送って来なくなった。
 私はその頃、二代目中島※※に就いて、箏を勉強していたが、父からの送金が絶えたので、師匠が教えているお弟子の、下習えというものをして学費を得ていた。私はこうして謝礼を貰って、一種の苦学みたいなことをしていたのである。
 私の師匠は教えることに、非常厳しくて、弟子一度教わったことを忘れるということはない。一度教えたことを忘れたら、二度と教えてはやらないという風であった。しかし、やはり子供であるから、一度教わっただけでは忘れることがあった。或る日、私が教えて貰った曲を忘れたので、師匠が怒って、思い出すまでは、家に帰らさんといって、夜になっても帰して貰えなかった。そうして、こういう時には、思い出すまでは、食事をさせられないのである。こういう厳しお稽古受けたのであった。これは今から考えると、大変野蛮なことのように思われるが、私はお腹がすいた時が、一番頭がはっきりする。従ってお腹のすいた時程、考えがまとまるのである。今でも何か考え事をする時は、余り沢山食べないように加減している。
 これからまた、冬には、寒稽古といって、千遍弾きということをやる。それは同じ曲を何日もかかって弾くのである。昔の人は万遍弾きといって、お宮のお堂に立て籠って徹夜で弾く。眠くなると、箏を弾いている姿勢のままで、うつむいて寝てしまい、目が醒めるとまた、弾き出すのである。こういう風に、昔の人は私たちよりも、まだ一層厳し稽古をしたのである。
 私は十四歳の時に、父から呼ばれて朝鮮へ渡った。私が朝鮮に行ってからは、誰も教わる先生がなかったので、私は毎日自分師匠から習った曲ばかりを弾いていたが、しかし、それだけではどうも私には物足りなかった。
 その頃、私たちは仁川に住んでいたのである。丁度、私の家は小学校の下にあったので、私は学校生徒が歌う唱歌西洋音楽などが聞こえて来るのを楽しみにしていた。それからまた、家の前が原っぱになっていたので、色々自然の音も聞くことができた。雨の音や霧の音などを聞いて自然の音を楽しみ、その中から得た印象によって、それを基にして、何か作曲してみたいと思っていた。丁度その折、私の弟がいつも読んでいた読本の中に、水の変態というのがあって、それは七首の歌によって、水が霧、雲、雨、雪、霞、露、霜と変って行くことが詠まれていたのである。
 私はそれにヒントを得て、「水の変態」という曲を作った。この曲は自分のものとしてはまだ、昔のお箏の手型からあまり出てはいなかったのである。元来、日本の箏の曲というものはハーモニーが考えられていないので、私はどうしても、日本の音楽にも必ずハーモニーが必要であると感じたので新しい作曲をする上について、西洋音楽を聞き、また、洋楽先生に訊ねたりして、色々工夫したわけである。それから年を経るに従って、私は朝鮮のようなところでなく、都会へ行って、勉強もしたり、また、一旗挙げたいと思って、東京へやって来たのである。それで私はまだ色々研究して、自分の芸を勉強しなければならぬと思っている。そして、自分の芸を完成させるためには、自分の一生が二度あっても三度あっても足りないと思っている。
 私は盲人であるけれども、勉強するには点字があるから不自由はしない。音楽勉強をしたいと思えば、独逸(ドイツ)で出来ている、点字オーケストラやピアノの曲の譜面があるので、それを手で探り探り読むのである。
 私はいつでも作曲するのに、晩の御飯を食べた後で一寸ひと寝入りして、世間静かになってから、自分部屋でコツコツ始めるのである。丁度、学生試験勉強をするようなものである。或る時は、徹夜をする時もある。そして、夜が更けて、あたりが静まってしまうと、自分神経の所為か、色々の音が聞こえて来るように思われるのである。
 これは人から聞いた話しであるが、西洋の或る作曲家が、山の静かな所へ行くと、山の音楽が聞こえて来る、しかし、それが、はっきりとしたものではないので、楽譜書き改めることはできないが、しかしやはり何かしら聞こえて来るので、その音楽を掴もうとして掴み得ずに一生を終ってしまったということを聞いたことがある。
 私も夜が更けるに従って、色々の音が聞こえて来るのであるが、初めは、形のない、混沌としたしかも漠然としたその曲全体を感じる。それで私は最初に絵でいえば、構図というべきものを考えて、次に段々こまかく点字の譜に、それを書きつけるのである。そうして、作曲する時に、山とか、月とか花とかを、子供の時に見たものを想像しながらまとめてゆくのである。
 こうしたわけで、作曲の際とか詩などを読むという場合には、四季のことが人よりも一層深く感ぜられるのである。そうして、私は世の中の音、朝の音、夜の音などを静かに聞いていると、いつかそれに自分の心が誘われて、遠い所へ行っているような気持になることがある。
 次に、同じ雨の音でも春雨秋雨とでは、音の感じが全然違っている。


次のページ

宮城 道雄 (みやぎ みちお) 以外のオススメ作品

山の声 (やまのこえ) のリンク元

「山の声-宮城 道雄」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN