山の手小景 - 泉 鏡花 ( いずみ きょうか )
矢來町(やらいちやう)
「お美津(みつ)、おい、一寸(ちよつと)、あれ見(み)い。」と肩(かた)を擦合(すりあ)はせて居(ゐ)る細君(さいくん)を呼(よ)んだ。旦那(だんな)、其(そ)の夜(よ)の出(で)と謂(い)ふは、黄(き)な縞(しま)の銘仙(めいせん)の袷(あはせ)に白縮緬(しろちりめん)の帶(おび)、下(した)にフランネルの襯衣(シヤツ)、これを長襦袢(ながじゆばん)位(くらゐ)に心得(こゝろえ)て居(ゐ)る人(ひと)だから、けば/\しく一着(いつちやく)して、羽織(はおり)は着(き)ず、洋杖(ステツキ)をついて、紺足袋(こんたび)、山高帽(やまたかばう)を頂(いたゞ)いて居(ゐ)る、脊(せ)の高(たか)い人物(じんぶつ)。
「何(なん)ですか。」
と一寸(ちよつと)横顏(よこがほ)を旦那(だんな)の方(はう)に振向(ふりむ)けて、直(す)ぐに返事(へんじ)をした。此(こ)の細君(さいくん)が、恁(か)う又(また)直(たゞ)ちに良人(をつと)の口(くち)に應(おう)じたのは、蓋(けだ)し珍(めづら)しいので。……西洋(せいやう)の諺(ことわざ)にも、能辯(のうべん)は銀(ぎん)の如(ごと)く、沈默(ちんもく)は金(きん)の如(ごと)しとある。
然(さ)れば、神樂坂(かぐらざか)へ行(い)きがけに、前刻(さつき)郵便局(いうびんきよく)の前(まへ)あたりで、水入(みづい)らずの夫婦(ふうふ)が散歩(さんぽ)に出(で)たのに、餘(あま)り話(はなし)がないから、
(美津(みつ)、下駄(げた)を買(か)うてやるか。)と言(い)つて見(み)たが、默(だま)つて返事(へんじ)をしなかつた。貞淑(ていしゆく)なる細君(さいくん)は、其(そ)の品位(ひんゐ)を保(たも)つこと、恰(あたか)も大籬(おほまがき)の遊女(いうぢよ)の如(ごと)く、廊下(らうか)で會話(くわいわ)を交(まじ)へるのは、仂(はした)ないと思(おも)つたのであらう。
(あゝん、此(こ)のさきの下駄(げた)屋(や)の方(はう)が可(えゝ)か、お前(まへ)好(すき)な處(ところ)で買(か)へ、あゝん。)と念(ねん)を入(い)れて見(み)たが、矢張(やつぱり)默(だま)つて、爾時(そのとき)は、おなじ横顏(よこがほ)を一寸(ちよつと)背(そむ)けて、あらぬ處(ところ)を見(み)た。
丁度(ちやうど)左側(ひだりがは)を、二十(はたち)ばかりの色(いろ)の白(しろ)い男(をとこ)が通(とほ)つた。旦那(だんな)は稍(やゝ)濁(にご)つた聲(こゑ)の調子高(てうしだか)に、
(あゝん、何(ど)うぢや。)
(嫌(いや)ですことねえ、)と何(なに)とも着(つ)かぬことを謂(い)つたのであるが、其間(そのかん)の消息(せうそく)自(おのづか)ら神契(しんけい)默會(もくくわい)。
(にやけた奴(やつ)ぢや、國賊(こくぞく)ちゆう!)と快(こゝろよ)げに、小指(こゆび)の尖(さき)ほどな黒子(ほくろ)のある平(ひらた)な小鼻(こばな)を蠢(うごめ)かしたのである。謂(い)ふまでもないが、此(こ)のほくろは極(きは)めて僥倖(げうかう)に半(なかば)は髯(ひげ)にかくれて居(ゐ)るので。さて銀側(ぎんがは)の懷中(くわいちう)時計(どけい)は、散策(さんさく)の際(さい)も身(み)を放(はな)さず、件(くだん)の帶(おび)に卷着(まきつ)けてあるのだから、時(とき)は自分(じぶん)にも明(あきら)かであらう、前(さき)に郵便局(いうびんきよく)の前(まへ)を通(とほ)つたのが六時(ろくじ)三十分(さんじつぷん)で、歸(かへ)り途(みち)に通懸(とほりかゝ)つたのが、十一時(じふいちじ)少々(せう/\)過(す)ぎて居(ゐ)た。
夏(なつ)の初(はじ)めではあるけれども、夜(よる)の此(こ)の時分(じぶん)に成(な)ると薄(うす)ら寒(さむ)いのに、細君(さいくん)の出(で)は縞(しま)のフランネルに絲織(いとおり)の羽織(はおり)、素足(すあし)に蹈臺(ふみだい)を俯着(うツつ)けて居(ゐ)る、語(ご)を換(か)へて謂(い)へば、高(たか)い駒下駄(こまげた)を穿(は)いたので、悉(くは)しく言(い)へば泥(どろ)ぽツくり。旦那(だんな)が役所(やくしよ)へ通(かよ)ふ靴(くつ)の尖(さき)は輝(かゞや)いて居(ゐ)るけれども、細君(さいくん)の他所行(よそいき)の穿物(はきもの)は、むさくるしいほど泥塗(どろまみ)れであるが、惟(おも)ふに玄關番(げんくわんばん)の學僕(がくぼく)が、悲憤(ひふん)慷慨(かうがい)の士(し)で、女(をんな)の足(あし)につけるものを打棄(うつちや)つて置(お)くのであらう。
其(そ)の穿物(はきもの)が重(おも)いために、細君(さいくん)の足(あし)の運(はこ)び敏活(びんくわつ)ならず。が其(それ)の所爲(せゐ)で散策(さんさく)に恁(かゝ)る長時間(ちやうじかん)を費(つひや)したのではない。
最(もつと)も神樂坂(かぐらざか)を歩行(ある)くのは、細君(さいくん)の身(み)に取(と)つて、些(ちつ)とも樂(たのし)みなことはなかつた。既(すで)に日(ひ)の内(うち)におさんを連(つ)れて、其(そ)の折(をり)は、二枚袷(にまいあはせ)に長襦袢(ながじゆばん)、小紋(こもん)縮緬(ちりめん)三(み)ツ紋(もん)の羽織(はおり)で、白足袋(しろたび)。何(なん)のためか深張傘(ふかばりがさ)をさして、一度(いちど)、やすもの賣(うり)の肴屋(さかなや)へ、お總菜(そうざい)の鰡(ぼら)を買(か)ひに出(で)たから。
茗荷谷(みやうがだに)
「おう、苺(いちご)だ苺(いちご)だ、飛切(とびきり)の苺(いちご)だい、負(まか)つた負(まか)つた。」
小石川(こいしかは)茗荷谷(みやうがだに)から臺町(だいまち)へ上(あが)らうとする爪先(つまさき)上(あが)り。兩側(りやうがは)に大藪(おほやぶ)があるから、俗(ぞく)に暗(くら)がり坂(ざか)と稱(とな)へる位(ぐらゐ)、竹(たけ)の葉(は)の空(そら)を鎖(とざ)して眞暗(まつくら)な中(なか)から、烏瓜(からすうり)の花(はな)が一面(いちめん)に、白(しろ)い星(ほし)のやうな瓣(はなびら)を吐(は)いて、東雲(しのゝめ)の色(いろ)が颯(さつ)と射(さ)す。坂(さか)の上(うへ)の方(はう)から、其(そ)の苺(いちご)だ、苺(いちご)だ、と威勢(ゐせい)よく呼(よば)はりながら、跣足(はだし)ですた/\と下(お)りて來(く)る、一名(いちめい)の童(わつぱ)がある。
嬉(うれ)しくツて/\、雀躍(こをどり)をするやうな足(あし)どりで、「やつちあ場(ば)ア負(まか)つたい。おう、負(まか)つた、負(まか)つた、わつしよい/\。」
やがて坂(さか)の下口(おりくち)に來(き)て、もう一足(ひとあし)で、藪(やぶ)の暗(くら)がりから茗荷谷(みやうがだに)へ出(で)ようとする時(とき)、
「おくんな。」と言(い)つて、藪(やぶ)の下(した)をちよこ/\と出(で)た、九(こゝの)ツばかりの男(をとこ)の兒(こ)。脊丈(せたけ)より横幅(よこはゞ)の方(はう)が廣(ひろ)いほどな、提革鞄(さげかばん)の古(ふる)いのを、幾處(いくところ)も結目(むすびめ)を拵(こしら)へて肩(かた)から斜(なゝ)めに脊負(せお)うてゐる。
これは界隈(かいわい)の貧民(ひんみん)の兒(こ)で、つい此(こ)の茗荷谷(みやうがだに)の上(うへ)に在(あ)る、補育院(ほいくゐん)と稱(とな)へて月謝(げつしや)を取(と)らず、時(とき)とすると、讀本(とくほん)、墨(すみ)の類(るゐ)が施(ほどこし)に出(で)て、其上(そのうへ)、通學(つうがく)する兒(こ)の、其(そ)の日(ひ)暮(ぐら)しの親達(おやたち)、父親(ちゝおや)なり、母親(はゝおや)なり、日(ひ)を久(ひさ)しく煩(わづら)つたり、雨(あめ)が降續(ふりつゞ)いたり、窮境(きうきやう)目(め)も當(あ)てられない憂目(うきめ)に逢(あ)ふなんどの場合(ばあひ)には、教師(けうし)の情(なさけ)で手當(てあて)の出(で)ることさへある、院(ゐん)といふが私立(しりつ)の幼稚園(えうちゑん)をかねた小學校(せうがくかう)へ通學(つうがく)するので。
今(いま)大塚(おほつか)の樹立(こだち)の方(はう)から颯(さつ)と光線(くわうせん)を射越(いこ)して、露(つゆ)が煌々(きら/\)する路傍(ろばう)の草(くさ)へ、小(ちひ)さな片足(かたあし)を入(い)れて、上(うへ)から下(お)りて來(く)る者(もの)の道(みち)を開(ひら)いて待構(まちかま)へると、前(まへ)とは違(ちが)ひ、歩(ほ)を緩(ゆる)う、のさ/\と顯(あら)はれたは、藪龜(やぶがめ)にても蟇(ひき)にても……蝶々(てふ/\)蜻蛉(とんぼ)の餓鬼大將(がきだいしやう)。
駄々(だゞ)を捏(こ)ぬて、泣癖(なきくせ)が著(つ)いたらしい。への字(じ)形(なり)の曲形口(いがみぐち)、兩(りやう)の頬邊(ほゝべた)へ高慢(かうまん)な筋(すぢ)を入(い)れて、澁(しぶ)を刷(は)いたやうな顏色(がんしよく)。ちよんぼりとある薄(うす)い眉(まゆ)は何(どう)やらいたいけな造(つくり)だけれども、鬼薊(おにあざみ)の花(はな)かとばかりすら/\と毛(け)が伸(の)びて、惡(わる)い天窓(あたま)でも撫(な)でてやつたら掌(てのひら)へ刺(さゝ)りさうでとげ/\しい。
着物(きもの)は申(まを)すまでもなし、土(つち)と砂利(じやり)と松脂(まつやに)と飴(あめ)ン棒(ぼう)を等分(とうぶん)に交(ま)ぜて天日(てんぴ)に乾(かわか)したものに外(ほか)ならず。
勿論(もちろん)素跣足(すはだし)で、小脇(こわき)に隱(かく)したものを其(その)まゝ持(も)つて出(で)て來(き)たが、唯(と)見(み)れば、目笊(めざる)の中(なか)充滿(いつぱい)に葉(は)ながら撮(つ)んだ苺(いちご)であつた。
童(わつぱ)は猿眼(さるまなこ)で稚(ちひさ)いのを見(み)ると苦笑(にがわらひ)をして、
「おゝ! 吉公(きちこう)か、ちよツ、」
と舌打(したうち)、生意氣(なまいき)なもの言(い)ひで、
「驚(おどろ)かしやがつた、厭(いや)になるぜ。」
苺(いちご)は盜(ぬす)んだものであつた。
明治三十五年十二月
底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:米田進
2002年4月24日作成
2003年5月18日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
「何(なん)ですか。」
と一寸(ちよつと)横顏(よこがほ)を旦那(だんな)の方(はう)に振向(ふりむ)けて、直(す)ぐに返事(へんじ)をした。此(こ)の細君(さいくん)が、恁(か)う又(また)直(たゞ)ちに良人(をつと)の口(くち)に應(おう)じたのは、蓋(けだ)し珍(めづら)しいので。……西洋(せいやう)の諺(ことわざ)にも、能辯(のうべん)は銀(ぎん)の如(ごと)く、沈默(ちんもく)は金(きん)の如(ごと)しとある。
然(さ)れば、神樂坂(かぐらざか)へ行(い)きがけに、前刻(さつき)郵便局(いうびんきよく)の前(まへ)あたりで、水入(みづい)らずの夫婦(ふうふ)が散歩(さんぽ)に出(で)たのに、餘(あま)り話(はなし)がないから、
(美津(みつ)、下駄(げた)を買(か)うてやるか。)と言(い)つて見(み)たが、默(だま)つて返事(へんじ)をしなかつた。貞淑(ていしゆく)なる細君(さいくん)は、其(そ)の品位(ひんゐ)を保(たも)つこと、恰(あたか)も大籬(おほまがき)の遊女(いうぢよ)の如(ごと)く、廊下(らうか)で會話(くわいわ)を交(まじ)へるのは、仂(はした)ないと思(おも)つたのであらう。
(あゝん、此(こ)のさきの下駄(げた)屋(や)の方(はう)が可(えゝ)か、お前(まへ)好(すき)な處(ところ)で買(か)へ、あゝん。)と念(ねん)を入(い)れて見(み)たが、矢張(やつぱり)默(だま)つて、爾時(そのとき)は、おなじ横顏(よこがほ)を一寸(ちよつと)背(そむ)けて、あらぬ處(ところ)を見(み)た。
丁度(ちやうど)左側(ひだりがは)を、二十(はたち)ばかりの色(いろ)の白(しろ)い男(をとこ)が通(とほ)つた。旦那(だんな)は稍(やゝ)濁(にご)つた聲(こゑ)の調子高(てうしだか)に、
(あゝん、何(ど)うぢや。)
(嫌(いや)ですことねえ、)と何(なに)とも着(つ)かぬことを謂(い)つたのであるが、其間(そのかん)の消息(せうそく)自(おのづか)ら神契(しんけい)默會(もくくわい)。
(にやけた奴(やつ)ぢや、國賊(こくぞく)ちゆう!)と快(こゝろよ)げに、小指(こゆび)の尖(さき)ほどな黒子(ほくろ)のある平(ひらた)な小鼻(こばな)を蠢(うごめ)かしたのである。謂(い)ふまでもないが、此(こ)のほくろは極(きは)めて僥倖(げうかう)に半(なかば)は髯(ひげ)にかくれて居(ゐ)るので。さて銀側(ぎんがは)の懷中(くわいちう)時計(どけい)は、散策(さんさく)の際(さい)も身(み)を放(はな)さず、件(くだん)の帶(おび)に卷着(まきつ)けてあるのだから、時(とき)は自分(じぶん)にも明(あきら)かであらう、前(さき)に郵便局(いうびんきよく)の前(まへ)を通(とほ)つたのが六時(ろくじ)三十分(さんじつぷん)で、歸(かへ)り途(みち)に通懸(とほりかゝ)つたのが、十一時(じふいちじ)少々(せう/\)過(す)ぎて居(ゐ)た。
夏(なつ)の初(はじ)めではあるけれども、夜(よる)の此(こ)の時分(じぶん)に成(な)ると薄(うす)ら寒(さむ)いのに、細君(さいくん)の出(で)は縞(しま)のフランネルに絲織(いとおり)の羽織(はおり)、素足(すあし)に蹈臺(ふみだい)を俯着(うツつ)けて居(ゐ)る、語(ご)を換(か)へて謂(い)へば、高(たか)い駒下駄(こまげた)を穿(は)いたので、悉(くは)しく言(い)へば泥(どろ)ぽツくり。旦那(だんな)が役所(やくしよ)へ通(かよ)ふ靴(くつ)の尖(さき)は輝(かゞや)いて居(ゐ)るけれども、細君(さいくん)の他所行(よそいき)の穿物(はきもの)は、むさくるしいほど泥塗(どろまみ)れであるが、惟(おも)ふに玄關番(げんくわんばん)の學僕(がくぼく)が、悲憤(ひふん)慷慨(かうがい)の士(し)で、女(をんな)の足(あし)につけるものを打棄(うつちや)つて置(お)くのであらう。
其(そ)の穿物(はきもの)が重(おも)いために、細君(さいくん)の足(あし)の運(はこ)び敏活(びんくわつ)ならず。が其(それ)の所爲(せゐ)で散策(さんさく)に恁(かゝ)る長時間(ちやうじかん)を費(つひや)したのではない。
最(もつと)も神樂坂(かぐらざか)を歩行(ある)くのは、細君(さいくん)の身(み)に取(と)つて、些(ちつ)とも樂(たのし)みなことはなかつた。既(すで)に日(ひ)の内(うち)におさんを連(つ)れて、其(そ)の折(をり)は、二枚袷(にまいあはせ)に長襦袢(ながじゆばん)、小紋(こもん)縮緬(ちりめん)三(み)ツ紋(もん)の羽織(はおり)で、白足袋(しろたび)。何(なん)のためか深張傘(ふかばりがさ)をさして、一度(いちど)、やすもの賣(うり)の肴屋(さかなや)へ、お總菜(そうざい)の鰡(ぼら)を買(か)ひに出(で)たから。
茗荷谷(みやうがだに)
「おう、苺(いちご)だ苺(いちご)だ、飛切(とびきり)の苺(いちご)だい、負(まか)つた負(まか)つた。」
小石川(こいしかは)茗荷谷(みやうがだに)から臺町(だいまち)へ上(あが)らうとする爪先(つまさき)上(あが)り。兩側(りやうがは)に大藪(おほやぶ)があるから、俗(ぞく)に暗(くら)がり坂(ざか)と稱(とな)へる位(ぐらゐ)、竹(たけ)の葉(は)の空(そら)を鎖(とざ)して眞暗(まつくら)な中(なか)から、烏瓜(からすうり)の花(はな)が一面(いちめん)に、白(しろ)い星(ほし)のやうな瓣(はなびら)を吐(は)いて、東雲(しのゝめ)の色(いろ)が颯(さつ)と射(さ)す。坂(さか)の上(うへ)の方(はう)から、其(そ)の苺(いちご)だ、苺(いちご)だ、と威勢(ゐせい)よく呼(よば)はりながら、跣足(はだし)ですた/\と下(お)りて來(く)る、一名(いちめい)の童(わつぱ)がある。
嬉(うれ)しくツて/\、雀躍(こをどり)をするやうな足(あし)どりで、「やつちあ場(ば)ア負(まか)つたい。おう、負(まか)つた、負(まか)つた、わつしよい/\。」
やがて坂(さか)の下口(おりくち)に來(き)て、もう一足(ひとあし)で、藪(やぶ)の暗(くら)がりから茗荷谷(みやうがだに)へ出(で)ようとする時(とき)、
「おくんな。」と言(い)つて、藪(やぶ)の下(した)をちよこ/\と出(で)た、九(こゝの)ツばかりの男(をとこ)の兒(こ)。脊丈(せたけ)より横幅(よこはゞ)の方(はう)が廣(ひろ)いほどな、提革鞄(さげかばん)の古(ふる)いのを、幾處(いくところ)も結目(むすびめ)を拵(こしら)へて肩(かた)から斜(なゝ)めに脊負(せお)うてゐる。
これは界隈(かいわい)の貧民(ひんみん)の兒(こ)で、つい此(こ)の茗荷谷(みやうがだに)の上(うへ)に在(あ)る、補育院(ほいくゐん)と稱(とな)へて月謝(げつしや)を取(と)らず、時(とき)とすると、讀本(とくほん)、墨(すみ)の類(るゐ)が施(ほどこし)に出(で)て、其上(そのうへ)、通學(つうがく)する兒(こ)の、其(そ)の日(ひ)暮(ぐら)しの親達(おやたち)、父親(ちゝおや)なり、母親(はゝおや)なり、日(ひ)を久(ひさ)しく煩(わづら)つたり、雨(あめ)が降續(ふりつゞ)いたり、窮境(きうきやう)目(め)も當(あ)てられない憂目(うきめ)に逢(あ)ふなんどの場合(ばあひ)には、教師(けうし)の情(なさけ)で手當(てあて)の出(で)ることさへある、院(ゐん)といふが私立(しりつ)の幼稚園(えうちゑん)をかねた小學校(せうがくかう)へ通學(つうがく)するので。
今(いま)大塚(おほつか)の樹立(こだち)の方(はう)から颯(さつ)と光線(くわうせん)を射越(いこ)して、露(つゆ)が煌々(きら/\)する路傍(ろばう)の草(くさ)へ、小(ちひ)さな片足(かたあし)を入(い)れて、上(うへ)から下(お)りて來(く)る者(もの)の道(みち)を開(ひら)いて待構(まちかま)へると、前(まへ)とは違(ちが)ひ、歩(ほ)を緩(ゆる)う、のさ/\と顯(あら)はれたは、藪龜(やぶがめ)にても蟇(ひき)にても……蝶々(てふ/\)蜻蛉(とんぼ)の餓鬼大將(がきだいしやう)。
駄々(だゞ)を捏(こ)ぬて、泣癖(なきくせ)が著(つ)いたらしい。への字(じ)形(なり)の曲形口(いがみぐち)、兩(りやう)の頬邊(ほゝべた)へ高慢(かうまん)な筋(すぢ)を入(い)れて、澁(しぶ)を刷(は)いたやうな顏色(がんしよく)。ちよんぼりとある薄(うす)い眉(まゆ)は何(どう)やらいたいけな造(つくり)だけれども、鬼薊(おにあざみ)の花(はな)かとばかりすら/\と毛(け)が伸(の)びて、惡(わる)い天窓(あたま)でも撫(な)でてやつたら掌(てのひら)へ刺(さゝ)りさうでとげ/\しい。
着物(きもの)は申(まを)すまでもなし、土(つち)と砂利(じやり)と松脂(まつやに)と飴(あめ)ン棒(ぼう)を等分(とうぶん)に交(ま)ぜて天日(てんぴ)に乾(かわか)したものに外(ほか)ならず。
勿論(もちろん)素跣足(すはだし)で、小脇(こわき)に隱(かく)したものを其(その)まゝ持(も)つて出(で)て來(き)たが、唯(と)見(み)れば、目笊(めざる)の中(なか)充滿(いつぱい)に葉(は)ながら撮(つ)んだ苺(いちご)であつた。
童(わつぱ)は猿眼(さるまなこ)で稚(ちひさ)いのを見(み)ると苦笑(にがわらひ)をして、
「おゝ! 吉公(きちこう)か、ちよツ、」
と舌打(したうち)、生意氣(なまいき)なもの言(い)ひで、
「驚(おどろ)かしやがつた、厭(いや)になるぜ。」
苺(いちご)は盜(ぬす)んだものであつた。
明治三十五年十二月
底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:米田進
2002年4月24日作成
2003年5月18日修正
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みんなの常田 泉 - 豊田中学校wiki - 豊田中学校wiki
深夜の中庭によく出没する よく裸で街をうろついてることがある -
遠野鏡花 - Believe in death @ wiki - Believe in death @ wiki
遠野鏡花(とおのきょうか)は、Believe in Deathに登場する架空の人物である。外見金のような茶色い長髪に、黒い瞳をしている。赤い花と黒いリボンの髪飾りをつけている。ワイ -
泉 - 桶川Wiki - 桶川Wiki
いずみ【泉】桶川市の町名。高崎線の西側にあり桶川市役所本庁舎の所在地である。一丁目と二丁目がある。概略面積:人口:人口密度:郵便番号:地理 -
LadderMAP - Warcraft3-SoloLadder-Document - Warcraft3-SoloLadder-Document
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泉 - ぐぬコラWiki - ぐぬコラWiki
泉(いずみ)作品名:ニニンがシノブ伝作者名:二代目まとめあき投稿日:2008年11月3日画像情報:640×480,99645Bジャンル:アニメ,漫画 -
お絵かき掲示板/お絵かき掲示板ログ/5918 - 街へいこうよ どうぶつの森Wii 攻略+裏ワザ - 街へいこうよ どうぶつの森Wii 攻略+裏ワザ
おひさ^^レイヤーをかなりつかいました -- 泉 (2009-05-21 074110) 名前 コメント

