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山の湯雑記 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )

  • 松山猛『都市探検家の雑記帳』1981年
  • 慵齋雑記 初版 佐藤春夫 S17
  • ■即■絶版 岩波文庫■芭蕉雑記・西方の人 他七篇/芥川 龍之介/b
  • 古いノート 帳面 雑記帳 小学校 昭和レトロ
  • 『支那雑記』佐藤春夫 オマケ付き
  • (絶版)猫好きの話|西麻布雑記◆遠山一行著◆小沢書店刊¥2060
  • 赤瀬川「老人力自慢」石川「定年の身支度」佐藤「不敵雑記」
  • たれぱんだ帳 2冊雑記帳
  • 演劇雑記帳★北条秀司
  • 品切河出文庫 内田百閒「漱石先生雑記帖」 89年再版
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山の※※(スガル)の巣より出で入 道の上 立ちどまりつつる ひそかなりけり 前に来たのは、ことしの五月廿日、板谷(イタヤ)を越えて米沢へ出ると、町は桜の花盛りであった。それほど雪解けの遅れた年である。高湯へ行きたいのだと雇いかけて見ても、どの家でも、自動車を出そうとは言わない。もう半月もせなければ、船阪峠から向うが開きますまいなどと、皆平気でとり合おうともしない。そのうち一軒、警察電話で、白布(シラブ)の宿へ問うて見ようと言う家が出来た。
二三个処、道へ雪のおし出して居る所はあるが、大体は谷へ落してしまったから、大丈夫這入って来られるだろうとの返事があった。それでやっと、すこっぷを積みこんで、上にがっしりした男が助手に乗りこんで、山へ入り込んだ事であった。でも無事に、東屋(ヒガシヤ)と言うのに著いた。それからふた月、七月の七日に、またやって来た白布(シラブ)高湯(タカユ)は、もうすっかり夏になって居る。どの家のどの部屋もあらかた人が這入って居て、どんな時でも、縦横に通った廊下の、どこかに人の音がして居た。
居ついて十日にもなると、湯に入る度数もきまって来て、日に四度が、やっとと言うことになった。来た当座は、起きれば湯、飯がすんで湯、読み疲れたと言っては湯。こんな風にして、寝しなに這入る湯まで、日に幾度這入ったか知れない。冷える湯のせいで、あまり湯疲れを感じなかったからだろう。
一時が廻ると、西側の縁から日がさしこんで来る。山の日は暑いけれど、ほとりを伴うて居ないから、じっとして居れば、居られない程ではない。が、三時半にかっきりと、前山の外輪にそれが隠れて、直射は来なくなる。それまではきっと出あるく事にして居た。
古くから聞えて居る最上(モガミ)の高湯と、山は隔てて居るが、岩代の国の信夫(シノブ)の高湯と、それに此白布と、五里ほどの間に、三つの高湯がある。峡間(ハザマ)の湯でなくて、多少見晴しが利く位置にあるからの称えである。
白布の高湯は、少し前がつまって居るが、其でも、両方から出た端山間に、遠い朝日嶽など言う山の見える日が多い。見渡しの纏って居て、懐しい感じのするのは、何と言っても、信夫の高湯だろう。だが、米沢新庄鶴岡などの駅々で見た、宣伝びらでは、今年は信夫の湯に力を入れて評判を立てたようだから、定めてあの山の上の数軒しかない古い湯宿が、立てこんだことだろう。作事小屋物置部屋などに、頼んで泊めて貰った客などもあるであろうと思う。
最上の高湯は、何にしても、人がこみ過ぎる。出羽奥州の人たちは、湯を娯しむと言うより、年中行事として、尠くとも一週間なり、半月なり、温泉場で暮すと言う風を守っている。そうした村々から、女房たちや若い衆が、大きな荷物を背負って、山を越えて来る。最上の湯は、其ばかりか、温泉その物が、利きそうな気をさせる。其ほど峻烈に膚に沁む。東北には酸川(スカワ)・酸(ス)个湯など、舌に酸っぱいことを意味する名の湯が、大分あるが、我々の近代用語例からすれば、酸いと言うより、渋いに偏った味である。最上高湯は、狭い山の湯村に驚くばかりの人数が入りこんで居る。宿と宿とが、二階の縁から縁へ跨ぎ越えられるほどに建て詰んでいる。其で居て、何だか茫漠とした感じのあるのが、よさと謂える湯治場である。


昼貌の花 今日ひと日萎れねば、山の雨気(アマケ)に 汗かきて居り


最上の湯でのものだったと思うが、歌の方が却て、少し鄙びた感じを出し過ぎて居るようで、よくない。ひょっとすると、蔵王の山を一つ隔てた向う側の青根温泉出来たものかも知れない。創作動機など言うものは、瞬間に通り過ぎるもので、こんな部分までも、記憶に残らないことがあるものである。
蔵王山行者が、峰の精進(ショウジ)をすましての第一の下立(オリタ)ちが、此高湯だとすれば、麓の解禁場(トシミバ)が上(カミ)ノ山に当るわけである。其ほど繁昌して居て、亦年久しい湯治場だろうのに、未に新開地らしい所がある。青い芝山の間に、白い砂地があって、そこが材料置場になったりして居る。思いがけない町裏から三味線の音が聞えて来たりする。
其処から西へ向けて、米沢海道自動車で来ても、又道に沿うて居る奥羽本線汽車からでも、ほんの一丁場と言ったところに、赤湯の湯場がある。青田の中で、ちょっとした岩山の裾によった処である。上ノ山をもう一層鄙びた風にした様なところで、湯村を離れて海道を歩いて見ると、飛びとびの村家の姿が、風情深く見られた。其処から又一丁場西へ来て、米沢である。白布との間が、自動車でせいぜい五十分しかかからないので、ついつい山をおりて、米沢へ出ることが多かった。


暑き日のたまさか 山をおり来たり、町場に入れば 疲れつつあり


百貨店のない都会は、何となく落ちついている。購買力を誇張しないだけでも、町びとの暮しが何となくしっとりした素朴を保って行くことが出来るのであろう。
半月ほどにしかならないが、やっと前に開通したばかりの鉄道線が、越後へ通って居る。米阪線と言うので、名は何だか小商人(コアキンド)の屋号のようである。私はほんの此少し前に、此汽車越後境へ這入って見た。


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