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山を想ふ - 水上 滝太郎 ( みなかみ たきたろう )

  • ◆本◇現代日本文学全集29 S31発行 水上瀧太郎/久保万太郎 q
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水上瀧太郎 富士の嶺はをみなも登り水無月の氷のなかに尿垂るとふ  與謝野寛氏の歌だ。近頃の山登の流行は素晴しい。斷髮洋裝で舞踏場に出入し、西洋人に身を任せる事を競ふ女と共に、新興國の産物である。一國の文化に古びがついて來ると、人々は無闇に流行を追はなくなるが、國を擧げてモダアンといふ言葉に不當の値打をつけてゐる心根のはびこる限り、生理的に山などへ登つてはいけない時期にある娘もいつしよになつて神域を汚す事は、活動寫眞じこみの身振と共にすたらないであらう。高きに登りて小便をする程壯快な事は無いと云つた人があるが、女もその快感を味ははんが爲めに、汗臭くなつて健脚をほこり、土踏まずの無い足で富士の嶺を踏つけ、日本アルプスを蹴飛ばすのか。
 机にむかつて無責任にこんな事を考てゐる私は、むげに登山熱に反對するものでは無い。實は私も充分時間があつたら、山頂の曉に放尿する快感を味はひ度いのである。望んで行へないので、些かやけ氣味になつてゐるかもしれない。
 日常生活に追はれてゐる私に時間が無い。自由に遊ぶ休息の時間が充分に惠まれてゐない。勤務先の會社の内規としては、一年間に二週間を限つて請暇を認められてゐるが擔當してゐる仕事の性質上、私はそれ丈の休暇をとつた事が無い。今年の如きは、上役が突然退職したので、一日も休めなかつた。或は今後も、世間(せけん)所謂(いふところの)使用人地位を脱しない限り、幾年の間休暇の無い生活を送るのでは無いかとさへ悲觀する事もある。そして、机にむかひつゝ海を想ひ山を想ふのである。年齡の關係か、年々海よりも山の姿に心が向くやうになつた。むかし富士山に登つた時、砂走で轉んで擦(すり)むいた膝子(ひざつこ)の傷痕を撫でながら、日本晴の空にそそり立つ此の國の山々の姿を想ひ描くのである。
 山といふと、私は第一に淺間山をなつかしく思ふ。燒土ばかりの富士の山は、遙かに下界から仰ぎ見るをよしとする。空氣の固く冷たい信濃高原落葉松(からまつ)の林の向うに烟を吐く淺間は生きて居る。詩がある。私はまだ、山の彼方に幸ひの國があると夢見てゐた少年の日に登つた。
 もつとも、一度は麓迄行つて大雨の爲めに追拂はれてしまつた。既に二十二三年前の事である。當時の相棒東京を立つ時は、先づ長野に行き、それから輕井澤に引返して淺間へ登らうといふ計畫だつた。
 古びた記憶の中に、旅で逢つた二三の人の姿がはつきりと殘つてゐる。その中には、汽車に乘合せた旅役者の群もある。座頭らしい薄痘瘡(うすあばた)の男、その女房、十二三の娘、色の青白い黒眼鏡女形らしい男、その男に寄添つてゐる十八九の田舍娘。空想好の私は、外の者とは口もきかず、寧ろおど/″\しながら、只管隣席の男に身も心もゆだねた樣子でもたれかゝつてゐる田舍風の女を見て、旅役者にだまされて家を捨てたのでは無いかと想ひ、硯友社時代小説のやうにはかない行末を作りあげて同情した。しかし、さういふ女がゐたといふ事ははつきり記憶してゐるのだが、その顏かたちはすつかり忘れてしまつた。否、その女ばかりでは無く、一座の者の顏かたちも、たつた一人座頭の外はすつかり忘れてしまつた。どうしたものか薄痘瘡座頭丈は、その後歌舞伎座帝國劇場の大舞臺を見てゐる時、何のきつかけも無く想ひ出すのである。色の褪めた大形の鳥打帽子、浴衣の上に腑のぬけた絽の羽織を着て、仲間うちでは格式を示しながら、側にゐる唐人髷の娘に饅頭を二つに割つて半分を與へ、あとの半分をさもうまさうに喰べてゐた姿を、三等の汽車に特有のお辨當のにほひと共に想ひ出すのである。大歌舞伎の舞臺を見ながら旅役者を想ひ出すのは、如何いふ連想の脈が成立つてゐるのか知らないが、こんな無益に立派劇場を一日買切つて、ああいふどん底役者に思ふ存分の芝居をさせて見たいと思ふのである。
 八月のなかばだつたが、碓氷(うすひ)峠を越(こえ)ると秋の景色だつた。百合撫子桔梗紫苑(しをん)女郎花(をみなへし)を吹く風の色が白かつた。草津へ通ふ馬の背の客の上半身が草の穗の上にあらはれてゐた。淺間は男性的な姿を空に描いて居た。
 長野の町は吾々の氣に入らなかつた。善光寺の御堂も淺草の觀音樣程なつかしくなかつた。御燈明をあげ、お階段廻りをして外に出ると、山の影が町に迫つて既に暗かつた。
 此處に一泊するのはつまらないといふので、姨捨(をばすて)の月を見る事にした。
 驛の待合室で見た光景も忘れ難いものであつた。手に手に提燈を持つた巡査、フロツク・コオトや、紋附の役人土地有志に取卷れてゐる、群を拔いた大男と、川島武男のやうに氣取つた士官と、喪服婦人を見た。大男は知事馬鹿馬鹿しく尊大態度だつた。喪服婦人の良人で、海軍士官の兄に當る人が此地で死んで、遺骨が見送られる場面だつた。それ丈の事ならば長く記憶に殘る筈は無いのだが、その婦人が勝れて美しいといふ方では無かつたけれど四圍と調和しない程|粹(いき)なからだつきで、泣いた頬におくれ毛のへばりついたまゝ、冷々として見送の人を見てゐたのである。そのめつきは、ながしめといつてもよく、きつく結んだ口邊には冷笑に似た影さへあつた。藝者の風情を持つその婦人は、喜多村緑郎が手がける泉鏡花先生中の人物のやうに思はれた。私と相棒とは、後々迄此の婦人にさまざまの色彩をつけ足して噂した。
 屋代(やしろ)で汽車下りて車に乘つた。


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