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岡ふぐ談 - 佐藤 垢石 ( さとう こうせき )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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 今年は、五十年来の不作で、我々善良なる国民来年三月頃から七月頃にかけ、餓死するであろうという政府役人の仰せである。そんなことなら爆弾を浴びて死んだ方がよかったというかも知れないが、運悪く生き残ってしまったのであるから、なんとしても致し方がない。幸い、防空壕を埋めないで置いてあるから、いよいよ飢餓が迫ってきたならば壕の底へ長々と伸びて、いよいよそのままとなったら、簡単に上から土をかけて貰うことにしよう。
 そして、食い納めであるから、蝗(いなご)を捕ってきてくれと、娘に命じたところ、娘は小半日ばかり稲田のなかを歩きまわって帰り来り、今年は蝗がいませんと言って、茶袋を縁先へ投げ出したのである。見れば、袋のなかに僅かに十数匹の蝗が、飛び脚を踏ん張り合って、揉み合っているだけである。米が不作の年には、蝗まで不作であるとみえる。十数匹の蝗を竹串にさして、塩をなすり、焚火に培って食べたところ、長い間動物性の蛋白質に飢えていた際であったから、素敵においしかった。
 私は、昨年の三月故郷の村へ転住してからというもの、一回も魚類や油類の配給受けなかった。汽車切符が買えないから、釣りは行けない。闇で鯖の乾物でも買って食べたいと思ったが、そんな手蔓(てづる)はない。
 そこで、娘に蝗を捕らせて食った次第であるが、動物を食べたのは数ヵ月振りだ。これで一盃あれば結構な話であるけれど、三月から十一月までに、ただの一回、僅かに二合の合成酒配給されたのみ。
 明日から、自ら田圃へ出動して蝗を捕ることにきめた。蝗はもう霜に逢っているから羽が強くきくまい。何匹かは捕れるであろうと思う。しかし、世の中には蝗などいう虫けらは食わんと毛嫌いする人があるが、それは食わず嫌いというものだ。
 元来、蝗は関東から東北地方の人々が好んでよく食う。信州北陸地方の人々も、酒の肴にする。支那でも盛んに食い、中央亜細亜方面では佳饌のうちに加えられてある。
 昔、京の禁裡から白面金毛九尾の狐祈り払った陰陽博士阿部晴明は、母の乳よりも蝗が好物であったというから、彼は幼いときから蝗をむしゃむしゃ、やったものと見える。晴明は、信田の森の葛の葉という狐が生んだ子供であるという話だが、そういえば先年北軽井沢の養狐園を視察したとき、園主から狐は蝗をひどく好むという説をきいたことを記憶している。
 予言者ヨハネは、蝗と野の蜜蜂を常食にしていたという記録がある。してみると、ヨハネも狐の縁戚に当たるかも知れないが、私の隣の家で飼っている猫は、素敵に蝗が好きで毎年秋がくると、鼠を捕るのを忘れて、田圃へさまよい出ては蝗捕りを専門にやっているという話だ。では、ヨハネは猫類にも血のつながりがあったのかも知れぬ。
 ある日私が、縁先で蝗を串にさしていると、隣村から老友がやってきた。しばし私の手先をながめていたが、蝗などという気品の卑しい虫は食うものじゃない。と、抗議するのである。それほど、動物性の蛋白質に飢えているなら、わが輩が素晴らしいご馳走を進上しようと、同情ある口吻をもらすのである。
 素晴らしいご馳走とは、なんじゃと問うと、猫じゃと答えるのである。すると、わが老妻が傍らでそれをきいていて猫を食べるのはおよしなさい。猫を殺せば七代祟ると俚言があるけれど、その猫を食べれば十代も、二十代も祟るかも知れません。ああ、怖ろしい。
 その言葉に老友が答えて、奥さん我々は来年の春から夏へかけて、餓死するであろうというのであるから、遅くも田植え頃までには一家親族が飢え死に、死に絶えるかも知れません。してみると、猫が祟りたいと専ら神通力を揮ったところで、孫も子も死に絶えていないのだから祟りをどこへ持って行きようもない。つまり、猫は殺され損になるでしょう。
 とにかく、猫でも鼠でも鼬(いたち)でも、蜻蛉でも蠅でも芋虫でも、食えるうちに食って置こうじゃないかということになり、老友は二、三日後を約して帰って行った。
 昔から猫のことを『おしやます』という。おしやますとはどんなところから名が出たのか知らぬが、おしやますの吸物といえば、珍饌中の珍饌に数えられてある。また一名『岡ふぐ』ともいう。
 二、三日後、老友は小風呂敷包みを持ってやってきた。包みを解くと、竹の皮に家鶏の抱き肉のような白い透明の肉が、一枚一枚ならべてある。
 君、これは鶏の肉じゃないか、おしやますじゃあるまい。これでは、何の変哲もないのうと期待に反した文句をいうと、いやこれは、正真の猫肉じゃ。猫肉は、犬の肉のように闇赤色に濁って、下品ではない。恰も、若鶏の如くやわらかく白く澄み、風味たとうべからずであるから、食べてみてから文句をいい給え。
 さようか、分かった。しかし若鶏の肉にも似ているが、鰒(ふぐ)の刺身のようでもあるのう、貴公はもう試食済みか。いや、試食どころではない、常食にしちょる。猫肉は、精気を育み体欲を進め、血行を滑らかにすると、ある本に書いてあったから、先年来密かに用いたところ、なるほど本の通りであった。
 試みに、わが輩の顔の色沢を見給え、青年からさらに遡り童顔に等しかろう。


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