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島原心中 - 菊池 寛 ( きくち かん )

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 自分は、その頃、新聞小説の筋を考えていた。それは、一人貧乏華族が、ある成金怨みを買って、いろいろな手段で、物質的に圧迫される。華族は、その圧迫を切り抜けようとして※(あが)く。が、※(あが)いたため、かえって成金の作っておいた罠(わな)に陥って、法律上の罪人になるという筋だった。
 自分は、その華族が、切羽詰って法律上の罪を犯すというところを、なるべく本当らしく、実際ありそうな場合にしたかった。通俗小説などに、ありふれたような場合を避けたかった。自分は、そのために法律専門家に、相談してみようと考えた。
 自分は、頭の中で、旧友の中で法学士になっている連中数えてみた。高等学校時代の知合いで、法学士になっている連中は、幾人もいることはいたが、郵船会社にはいって洋行したり、政治科を出て農商務省へ奉職したり、三菱へはいっている連中などばかりが思い浮んで、自分相談に乗ってくれそうな、法律専門の法学士はなかなか思い当らなかった。その中に、ふと綾部という自分中学時代友人が、去年京都地方裁判所をよして、東京へ来て、有楽町の××法律事務所勤務していることを思い出した。上京当時、通知のハガキをくれたのだが、その××という有名弁護士名前が、不思議にはっきりと、自分の頭に残っていたのである。
 自分は、綾部が、三高にいたときに会って以来、六、七年ぶりに、彼を訪ねた。彼は、学生時代と見違えるほど、色が白くなっていた。そして、三、四年の間検事をやっていた名残りが、澄んだ、そのくせ活気のない、冷たい目のうちに残っていた。彼は、快く自分を迎えて、自分小説の筋に適合するような犯罪を考えてくれた。刑法の条文などをあちらこちら参考にしながら、かなり工夫を凝(こ)らしてくれたのである。その上に、彼はこんなことをいった。
「いや、貴君が、小説家として、法律の点に注意をしているのは感心です。どうも、今の小説家小説読むと、我々専門家がみると、かなりおかしいところがたくさんあるのです。懲役の刑しかないところが禁錮になっていたり、三年以上の懲役の罪が二年の懲役になっていたり、ずいぶん変なところがあるのです。それに、小説家のかく材料が、小説家生活範囲を一歩も出ていないということは、かなり不満です。我々の注文をいえば、もっと、法律背景とした事件、すなわち民事刑事に関する面白い事件を、材料として大いに取り扱ってもらいたいですな。一体、完全な法治国になるためには、各人の法律に関する観念が、もっと発達しなければだめです。それには、もっと君たちが、法律関係のある事件をかいてくれて、法律というものが、人間生活にどんなに重要な意義を持っているかということを、一般に知らしてもらいたいと思うのですがね。もし、君がかくつもりなら、僕が検事時代経験をいろいろ話して上げてもいいと思いますよ」
 そんな、冒頭をしながら、彼は次のような話を、自分にしてくれた。

「俥(くるま)が、大門を潜ったとき、『ああ島原とはここだな』と、思うと同時に、かなり激しい幻滅とそれに伴う寂しさとを、感ぜずにはいられなかったのです。お恥かしい話ですが、僕が島原へ行ったのは、その時が初めてです。僕は高等学校時代から大学へかけて、六年も京都にいたのですが、その時まで、昔からあれほど名高い島原を、まだ一度も見たことがなかったのです。一、二度、友人から『花魁(おいらん)の道中を見にいかないか』と、誘われたことがあったのですが、謹厳――というよりも、臆病であった僕は、そんなところへ足踏みすることさえ何だか進まなかったのです。
 だから、大学を出て間もないその頃まで、僕の頭に描いた島原は、やっぱり小説芝居や小唄や伝説島原だったのです。壮麗な建物の打ち続いた、美しい花魁の行き交うている、錦絵にあるような色街だったのです。
 従って、その日――たしか十一月の初めでした――上席の検事から、島原出張を命ぜられたとき、僕は自分の心に、妙な興味が動くのを抑えることができなかったのです。島原へ行く、しかもその朝行われた心中臨検に行くというのですから、僕は場所に対する興味と、事件に対する興味とで、二重に興奮していたわけです。
島原心中』という言葉が、小説芝居かの題目のように、僕の心に美しく浮んでいたのでした。
 が、俥がそれらしい大門通りすぎて、廓の中へ駆け込んだとき、下ろした幌(ほろ)のセルロイドの窓から十一月の鈍い午後日光のうちに、澱(よど)んだように立ち並んでいる、屋根の低い朽ちかけているような建物を見たときに、それが名高い色街であるというだけに、いっそう悲惨なあさましいような気がしたのです。衰弱し切った病人が、医者の手から、突き放されて、死期を待っているように、どの家もどの家も、廃頽するままにまかせられているような気がしたのです。定紋の付いた暖簾の間から見える家の内部までが、どれもこれも暗澹(あんたん)として陰鬱に滅亡して行くものの姿を、そのまま示しているように僕には思われたのです。
 俥が、横町へ折れたとき、僕の目の前に現れた建物は、もっと悲惨でした、悲惨というよりも、醜悪といった方が、適当でしょう。どれも、これも粗末な木口を使った安普請で、毒々しく塗り立てた格子や、櫺子(れんじ)窓の紅殻色が、むっとするような不快な感じを与えるのです。煤けた角行灯に、第二清開楼とか、相川楼などと書いた文字までが、田舎遊廓にでも見るような下等な感じを与えました。
 心中があった楼(うち)の前には、所轄署の巡査が立っていたので、すぐそれと分かりました。
 僕が俥から降りたときには、裁判所を出るときに、持っていたような興奮も興味も残っていませんでした。
 その楼(うち)は、この通りに立ち並んでいる粗末な二階家の一つでした。入口を入ると、土間京都風に奥の方へ通っていて、左の方には家人娼妓たちの住んでいる部屋があり、右はすぐ箱梯子になっていて、客がそのまま二階へ上れるようになっているのです。
 心中の行われたのは、無論二階でした。僕が、警部の出迎えを受けて、この箱梯子を上ろうとしたとき、ふとその土間中途で遮(さえぎ)っている浅黄色暖簾の間から、じろじろ僕の顔を見ているこの家のお主婦(かみ)らしい女に、気が付いたのです。広い額際が抜け上って、目が無気味な光をもっている、一目見ると忘れられないような女でした。
 僕は、その梯子段を、かなり元気よく上ったのです。すると、先に上った警部は、上り詰めると、急に身体を右に避けるようにするのです。僕は、そんなことを気にしないで、かまわず上りきったのです。


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