幕末維新懐古談 63 佐竹の原へ大仏を拵えたはなし - 高村 光雲 ( たかむら こううん )
幕末維新懐古談
佐竹の原へ大仏を拵えたはなし
私の友達に高橋定次郎氏という人がありました。この人は前にも話しました通り高橋鳳雲の息子さんで、その頃は鉄筆(てっぴつ)で筒(つつ)を刻(ほ)って職業としていました。上野広小路の山崎(油屋)の横を湯島(ゆしま)の男坂(おとこざか)の方へ曲って中ほど(今は黒門町(くろもんちょう)か)に住んでいました。この人が常に私の宅へ遊びに来ている。それから、もう一人田中増次郎という蒔絵師がありました。これは男坂寄りの方に住んでいる。何処(どこ)となく顔の容子が狐に似ているとかで、こんこんさんと綽名(あだな)をされた人で、変り者でありましたがこの人も定次郎氏と一緒に朝夕遊びに来ていました。お互いに職業は違いますが、共に仕事には熱心で話もよく合いました。ところで、もう一人、やはり高橋氏の隣りに住んでる人で野見長次という人がありました。これは肥後熊本の人で、店は道具商で、果物(くだもの)の標本を作っていました。枇杷(びわ)、桃、柿(かき)などを張り子で拵え、それに実物そっくりの彩色(さいしき)をしたものでちょっと盛り籠に入れて置き物などにもなる。縁日などに出して相当売れていました。この野見氏の親父(おやじ)さんという人は、元、熊本時代には興業物に手を出して味を知っている人でありましたから、長次氏もそういうことに気もあった。この人も前の両氏と仲善(なかよ)しで一緒に私の宅へ遊びに来て、互いに物を拵える職業でありますから、話も合って研究しあうという風でありました。
或る日、また、四人が集まっていますと、相変らず仕事場の前をぞろぞろ人が通る。私たちの話は彼の佐竹の原の噂(うわさ)に移っていました。
「佐竹の原も評判だけで、行って見ると、からつまらないね。何も見るものがないじゃありませんか」
「そうですよ。あれじゃしようがない。何か少しこれという見世物(みせもの)が一つ位あってもよさそうですね。何か拵えたらどうでしょう。旨(うま)くやれば儲(もう)かりますぜ」
「儲ける儲からんはとにかく、人を呼ぶのに、あんなことでは余り智慧(ちえ)がない。何か一つアッといわせるようなものを拵えて見たいもんだね」
「高村さん、何か面白い思い附きはありませんか」
というような話になりました。
「さようさ……これといって面白い思い附きもありませんが、何か一つあってもよさそうですね。原の中へ拵えるものとなると、高値なものではいけないが、といって小(ち)っぽけな見てくれのないものでは、なおさらいけない……どうでしょう。一つ大きな大仏さんでも拵えては……」
笑談(じょうだん)半分に私はいい出しました。皆が妙な顔をして私の顔を見ているのは、一体、大仏を拵えてどうするのかという顔附きです。で、私は勢い大仏の趣向を説明して見ねばなりません。
「大きな大仏を拵えるというのは、大仏を作って見物を胎内へ入れる趣向なんです。どのみち何をやるにしても小屋を拵えなくてはならないが、その小屋を大仏の形で拵えて、大仏を招(まね)ぎに使うというのが思い附きなんです。大仏の姿が屋根にも囲(かこい)にもなるが、内側では胎内|潜(くぐ)りの仕掛けにして膝(ひざ)の方から登って行くと、左右の脇(わき)の下が瓦燈口(かとうぐち)になっていて此所(ここ)から一度外に出て、印(いん)を結んでいる仏様の手の上に人間が出る。其所(そこ)へ乗って四方を見晴らす。外の見物からは人間が幾人も大仏さまの右の脇の下から出て、手の上を通って、左の脇の下へ這入(はい)って行くのが見える。それから内部の階段を曲りながら登って行くと、頭の中になって広さが二坪位、此所にはその目の孔(あな)、耳の孔、口の孔、並びに後頭に窓があって、其所から人間が顔を出して四方を見晴らすと江戸中が一目に見える。四丈八尺位の高さだから大概(あらまし)の処は見える。人間の五、六人は頭の中へ這入れるようにして、先様お代りに、遠眼鏡(とおめがね)などを置いて諸方を見せて、客を追い出す。降りて来ると胴体の広い場所に珍奇な道具などを並べ、それに因縁を附け、何かおもしろい趣向にして見せる。この前笑覧会というものがあって阿波(あわ)の鳴戸(なると)のお弓の涙だなんて壜(びん)に水を入れたものを見せるなどは気が利(き)かない。もっと、面白いことをして見せるのです……」
「……そうして切(きり)の舞台に閻魔(えんま)さまでも躍(おど)らして地獄もこの頃はひまだという有様でも見せるかな……なるほど、これは面白そうだ」
「大仏が小屋の代りになる処が第一面白い。それで中身が使えるとは一挙両得だ。これは発明だ」
など高橋氏や田中氏は大変おもしろがっている。ところが野見氏は黙っていて何ともいいません。考えていました。
「野見さん。どうです。高村さんのこの大仏という趣向は……名案じゃありませんか」
高橋氏がいいますと、
「そうですな。趣向は至極賛成です。だが、いよいよやるとなると、問題は金ですね、金銭(かね)次第だ。親父に一つ話して見ましょう」
野見氏は無口の人で多くを語りませんが、肚(はら)では他の人よりも乗り気になっているらしい。私は、当座の思い附きで笑談半分に妙なことをいいましたが、もし、これが実行された暁、相当見物を惹(ひ)いて商売になればよし、そうでもなかった日には飛んだ迷惑を人にかけることになると心配にもなりました。
或る日、また、四人が集まっていますと、相変らず仕事場の前をぞろぞろ人が通る。私たちの話は彼の佐竹の原の噂(うわさ)に移っていました。
「佐竹の原も評判だけで、行って見ると、からつまらないね。何も見るものがないじゃありませんか」
「そうですよ。あれじゃしようがない。何か少しこれという見世物(みせもの)が一つ位あってもよさそうですね。何か拵えたらどうでしょう。旨(うま)くやれば儲(もう)かりますぜ」
「儲ける儲からんはとにかく、人を呼ぶのに、あんなことでは余り智慧(ちえ)がない。何か一つアッといわせるようなものを拵えて見たいもんだね」
「高村さん、何か面白い思い附きはありませんか」
というような話になりました。
「さようさ……これといって面白い思い附きもありませんが、何か一つあってもよさそうですね。原の中へ拵えるものとなると、高値なものではいけないが、といって小(ち)っぽけな見てくれのないものでは、なおさらいけない……どうでしょう。一つ大きな大仏さんでも拵えては……」
笑談(じょうだん)半分に私はいい出しました。皆が妙な顔をして私の顔を見ているのは、一体、大仏を拵えてどうするのかという顔附きです。で、私は勢い大仏の趣向を説明して見ねばなりません。
「大きな大仏を拵えるというのは、大仏を作って見物を胎内へ入れる趣向なんです。どのみち何をやるにしても小屋を拵えなくてはならないが、その小屋を大仏の形で拵えて、大仏を招(まね)ぎに使うというのが思い附きなんです。大仏の姿が屋根にも囲(かこい)にもなるが、内側では胎内|潜(くぐ)りの仕掛けにして膝(ひざ)の方から登って行くと、左右の脇(わき)の下が瓦燈口(かとうぐち)になっていて此所(ここ)から一度外に出て、印(いん)を結んでいる仏様の手の上に人間が出る。其所(そこ)へ乗って四方を見晴らす。外の見物からは人間が幾人も大仏さまの右の脇の下から出て、手の上を通って、左の脇の下へ這入(はい)って行くのが見える。それから内部の階段を曲りながら登って行くと、頭の中になって広さが二坪位、此所にはその目の孔(あな)、耳の孔、口の孔、並びに後頭に窓があって、其所から人間が顔を出して四方を見晴らすと江戸中が一目に見える。四丈八尺位の高さだから大概(あらまし)の処は見える。人間の五、六人は頭の中へ這入れるようにして、先様お代りに、遠眼鏡(とおめがね)などを置いて諸方を見せて、客を追い出す。降りて来ると胴体の広い場所に珍奇な道具などを並べ、それに因縁を附け、何かおもしろい趣向にして見せる。この前笑覧会というものがあって阿波(あわ)の鳴戸(なると)のお弓の涙だなんて壜(びん)に水を入れたものを見せるなどは気が利(き)かない。もっと、面白いことをして見せるのです……」
「……そうして切(きり)の舞台に閻魔(えんま)さまでも躍(おど)らして地獄もこの頃はひまだという有様でも見せるかな……なるほど、これは面白そうだ」
「大仏が小屋の代りになる処が第一面白い。それで中身が使えるとは一挙両得だ。これは発明だ」
など高橋氏や田中氏は大変おもしろがっている。ところが野見氏は黙っていて何ともいいません。考えていました。
「野見さん。どうです。高村さんのこの大仏という趣向は……名案じゃありませんか」
高橋氏がいいますと、
「そうですな。趣向は至極賛成です。だが、いよいよやるとなると、問題は金ですね、金銭(かね)次第だ。親父に一つ話して見ましょう」
野見氏は無口の人で多くを語りませんが、肚(はら)では他の人よりも乗り気になっているらしい。私は、当座の思い附きで笑談半分に妙なことをいいましたが、もし、これが実行された暁、相当見物を惹(ひ)いて商売になればよし、そうでもなかった日には飛んだ迷惑を人にかけることになると心配にもなりました。
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DF ○ 63 42 下村 元樹 清原 哲也 CB × 31 32 両国国技館・相撲 藤本 勇人 藤本 勇人 CB ○ 26 26 -
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