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幼き日 (ある婦人に与ふる手紙) - 島崎 藤村 ( しまざき とうそん )

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幼き日 (ある婦人に與ふる手紙)         一  私の子供が初めて小學校へ通ふやうに成つた其翌日から、私は斯の手紙書き始めます。昨日の朝、吾家では子供の爲に赤の御飯を祝ひました。輝く燈火の影に夜更しすることの多い都會の生活の中でも、子供ばかりは夜も早く寢、朝も早く起きますから、弟の方も兄と一緒に早く床を離れました。兄は八歳(やつつ)、弟は六歳(むつつ)に成ります。お人好しの兄に比べると弟はなか/\きかない氣で、玩具でも何でも同じ物が二つなければ承知しないといふ風です。ところが其朝に限つて、兄の方には新しい鞄や、帽子や、其他學校用のものが買つて宛行(あてが)はれてあるに引きかへ、弟のためには子供持の雨傘と、麻裏草履としか有りません。弟は地團駄(ぢだんだ)踏んで、ぐづり始めました。兄と一緒に朝の膳に對つても、兄が晴々しい顏附で赤の御飯をやつて居る側で、弟は元氣もなく、不平らしく萎れて、不承々々に箸を執り始めました。そのうちに不圖(ふと)思ひ附いたやうに、食事自分の膳を離れて、例の新しい雨傘を取りに立つて行きました。それを大事さうに自分の膳の側に置いて、それから復た食ひ始めました。家のものが皆な可哀さうに思つて笑ふと、弟は自分の爲たことを嘲り笑はれたと思つたかして、やがてその雨傘を元の場所仕舞に行つて、今度は好きな御馳走も食はずに泣き續けました。
 學校までは二三町あります。そこへ通ふ子供馬車や自轉車などのはげしく通る廣い道路を越して、町を折れ曲つて行くのです。昨日の朝は家のものが一人|隨(つ)いて、近所の子供や親達と一緒に學校へ行きました。今朝は送りにだけ行つて、試みに獨りで歸らせることにしました。
『兄さんは最早(もう)解つたやうな顏をして居ました。獨りで歸つて被入(いら)つしやいツて言ひましたら、ウンなんて――』
 隨いて行つた娘は斯樣(こん)なことを言つて學校の方に居る子供の噂さで持切つて居ました。昨日學校の教場で家のものの姿が見えなく成つたと言つて泣いたといふ話などもして笑ひました。
 斯の兄の方の子供は、性來弱々しく、幾度か醫者の手を煩はした程で、今日のやうに壯健(ぢやうぶ)らしく成らうとは思ひもよりませんでした。皆なの丹精一つで漸く學校へ通ふまでに漕附けたのです。それを思ふと斯兒は朝晩保護の役目を引受けて呉れた親類の姉さん達や下婢(をんな)に餘程(よつぽど)御禮を言はねば成りません。學校の終る頃には、家のものは皆な言ひ合せたやうに門口に出て、獨りで歸つて來る子供を待受けました。
『ア、兄さんが歸つて來た、歸つて來た。』と一人が言ふと、近所の人も往來に出て眺めて、
『まるで、鞄が歩いて來るやうだ。』と申しました。
 學校歸りの子供は鞄を肩に掛け、草履袋を手に提げ、新しい帽子徽章を光らせながら、半ば夢のやうに家の内へ馳込(かけこ)みました。
 地方に居て絶えず私や私の子供のために心配して居て下さる貴女に、私は斯のことを書き送りたいと思ひます。貴女が着物を作つて送つて下すつたりした一番|年少(した)の女の兒も、今では漁村乳母の家で、どうにか斯うにか歩行の出來るまでに成人したことを申上げたいと思ひます。
 貴女もやがて二人の子の親とか。左樣(さう)言へば、四五日前に私はめづらしい蜜蜂が斯の町中の軒先へ飛んで來たのを見かけました。あの黒い、背だけ黄色な、大きな蜂の姿を斯ういふ花の少い場所で見かけるとは實にめづらしいことです。それを見るにつけても、貴女が今住む地方の都會の空氣や、貴女がお母さんの家の方の白壁石垣林檎畠や、それから私が自分少年の時を送つた山の中の日あたりなどを想ひ起させます。人の幼少な頃――貴女は自分子供等を見て、その爲すさまを眺めて、それを身に思ひ比べた時、奈樣(どん)な感じを起しますか。すくなくも私達の眼前(めのまへ)に、それが幼稚な形にもせよ、既に種々雜多なことが繰返されて居るでは有りませんか。
 私達が子供の時分、相手にするものは多く婦人です。私達は女の手から手へと渡されたのです。それを私は今、貴女に書き送らうと思ひ立ちました。斯の手紙は主に少年の眼に映じた婦人のことを書かうと思ふのですから。

        二

 私の側に今居兄弟子供が八歳と六歳になることは貴女に申上げました。彼等|幼少(をさな)いものを眼前(めのまへ)に見る度に、自分等の少年の時と同じやうなことが矢張この子供等にも起りつゝあるだらうか。丁度自分等も斯樣な風であつたらうか。左樣思つて私は獨りで微笑むことが有ります。
 私が今住む場所は町の中ですから、夕方になると近所の子供が狹い往來に集ります。路地々々の子供まで飛出して來て馳け※る。時には肴屋の亭主が煩(うるさ)がつて往來へ水を撒いて歩いても、そんなことでは納まらない程の騷ぎを始める。吾家(うち)の子供も一緒に成つて日の暮れるのも知らずに遊び※ります。夕飯に呼び込まれる頃は、家の内は薄暗い。屋外(そと)から入つて來た弟の方は燈火(あかり)の下に立つて、
『もう晩かい。』
 と尋ねるのが癖です。
 早く夕飯の濟んだ黄昏時(たそがれどき)のことでした。


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