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怒りの虫 - 豊島 与志雄 ( とよしま よしお )

  • 【文庫】裁きの日 怒りの巨樹 田中光二
  • ◇映画パンフレット◇ランボー/怒りの脱出(1985)S・スタローン
  • HG ドラゴンボールZ 23 孫悟空、怒りの目覚め編 孫悟飯3種組
  • 7インチ♪SS-1801◆リズ・オルトラーニ 怒りの荒野 イタリア映画
  • HGドラゴンボール改23「孫悟空SS」孫悟空、怒りの目覚め編
  • □韓国へ、怒りと悲しみ~豊田有恒・著~
  • 秘拳水滸伝 怒りの神拳 最後の聖拳2冊 今野敏
  • 【即決あり】ある大手証営業課長怒りの告発 
  • 7”☆「怒りの荒野」サントラ/ジュリアーノ・ジェンマ他
  • アーマゲドン2000 松村光生 悪い夏・怒りの日・目覚めの時 3冊
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 欝ぎの虫、癪の種、さまざまなものが、人間のなかに住んで、正常感情を引っ掻きまわすと言われているが、ここに、木山宇平のなかにはがいつしか巣くったと、周囲の人々から見られるようになった。彼は元来、至って温厚な性質だったのだが、近頃、なにかにつけて腹立ちっぽくなったのである。
 外出に際して、玄関で靴をはいた後、ちょっとポケットにさわってみ、小首をかしげ、大きな声で怒鳴った。
「ふきん、ふきん。」
 八重子夫人女中が、見送りに出ていたが、何のことかよく分らなかった。
「ふきんだ。」と木山はまた言った。
 もっとも、彼は食卓で、必ず布巾を用意させておく習慣だった。茶とか汁物とか、一滴でも卓上にたれると、すぐに布巾で拭いた。然し玄関での布巾は異例だ。それでも女中は駆けだして、布巾を一つ持って来た。木山はそれを受取ろうとしたが、手を引っこめて、怒鳴った。
「ばか。布巾をどうするんだ。ハンケチだ。」
「あら、」八重子夫人が答えた。「ハンケチは出しておきましたが……。」
 いつも、洋服に添えてハンケチは出してあったのである。
 木山は苛ら苛らしていた。
「よろしい。途中で買う。」
 荒々しい見幕で出かけていった。
 後で分ったことだが、ハンケチはやはりポケットにはいっていた。木山自身の、言い違いと思い違いに過ぎなかった。だが、彼が怒ったのは事実だった。怒ってそしてあとはけろりとしていた。
 丁度、その日の夕方のことだが、一ヶ月半ばかりのアメリカ旅行から帰ってきた川村中心に、懇意な社交仲間だけの集会が、丸ノ内の山水楼で催された。私的な集りだけに、簡単挨拶があったきりで、あとはあちこちでの勝手な放談となった。木山宇平は酒瓶を前にして、いつまでも飲んでいた。支那料理のこととて、一定のコースがあるが如くなきが如く、料理の鉢はたくさん卓上に残っているし、木山の酒好きは周知のことで、極め自然な情況だった。
 その木山が、突然、憤慨しだしたのである。
 彼は腕を突き出し上衣の袖を指し示しながら、大きな声で叫んだ。
上衣の袖が擦り切れていたって、構うものか。僕なんか、擦り切れてるどころか、破けてると言ってもいい。それだって平気さ。ちっとも恥かしがることはない。」
「勿論、そうだよ。」隣席の者が応じた。
「恥かしがることはない。恥かしいと思うのは、インフェリオリティー・コンプレックスだ。もっとも、御婦人たちは、ここにいる御婦人たちは、着物の袖口が擦り切れてなんかいない。然し、吾々男子は、擦り切れた服で堂々とのし歩いても、一向に構わんじゃないか。」
 初めは、なんのことか、あたりの者も解しかねたが、やがて、不穏空気がふっと漂ってきた。
 川村が先刻、挨拶の中で、上衣の袖口のことを洩らしたのである。アメリカ旅行中、赤毛布式な失敗はあまりしなかったが、或る招待の宴席に臨んだ時、自分上衣の袖口がだいぶ擦り切れて見っともなくなってるのに気付きそれからはへんに、内心恥かしい思いをした、というのである。川村富有実業家で、いつも、その晩も、きりっとした身なりをしていたし、アメリカ旅行中に果して、袖口の擦り切れた上衣を着ていたかどうかは、疑問だった。それになお、彼の話の調子では、上衣の袖口のことは一種の比喩で、日本の文化経済などの一般情勢を暗示してるのだと、感ぜられないこともなかった。それを今、上衣の袖口そのものだけを持ち出して、木山は憤慨してるのである。
「なにが恥かしいことがあるものか。僕だったら、この擦り切れた背広で、アメリカだろうとイギリスだろうとフランスだろうと、堂々とのし歩いてやる。


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