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恐怖の口笛 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

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  • 【テロの恐怖文芸書】コブラの眼 上巻 生物兵器テロの恐怖
  • 吉行淳之介■恐怖・恐怖対談/単行本・帯付き初版
  • 恐怖のアニマルキラー!ドラゴン1/35JSU-152自走砲 超破格価
  • ■ウールリッチ/魔ひょうの恐怖■偕成社世界探偵名作シリーズ■
  • 同人誌/「恐怖の男たち」後日談・当主の帰還/花郎藤子
  • 文庫本『恐怖の旅』 阿刀田高
  • 処分即決!■WL 隠された恐怖/Hidden Horror 4枚■
  • 恐怖!!アウトロー プーさんステッカー シール デビル
  • ◆新品DVD★『稲川淳二 の新 恐怖の百物語 その参』★1円
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   逢(お)う魔(ま)が時刻(とき)  秋も十一月に入って、お天気はようやく崩(くず)れはじめた。今日も入日(いりひ)は姿を見せず、灰色の雲の垂(た)れ幕(まく)の向う側をしのびやかに落ちてゆくのであった。時折サラサラと吹いてくる風の音にも、どこかに吹雪(ふぶき)の小さな叫び声が交(まじ)っているように思われた。
 いま東京|丸(まる)ノ内(うち)のオアシス日比谷(ひびや)公園の中にも、黄昏(たそがれ)の色がだんだんと濃くなってきた。秋の黄昏れ時(どき)は、なぜこのように淋しいのであろう。イヤ時には、ふッと恐ろしくなることさえある。云い伝えによると、街の辻角(つじかど)や林の小径(こみち)で魔物に逢うのも、この黄昏れ時だといわれる。
 このとき公園の小径に、一人の怪しい行人(こうじん)が現れた。怪しいといったのはその風体(ふうてい)ではない。彼はキチンとした背広服を身につけ、型のいい中折帽子を被り、細身の洋杖(ケーン)を握っていた。どうみても、寸分の隙のない風采(ふうさい)で、なんとなく貴族出の人のように思われるのだった。しかし、その上品な風采に似ずその青年はまるで落付きがなかった。二三歩いってはキョロキョロ前後を見廻わし、また二三歩いっては耳を傾け、それからまたすこし行っては洋杖(ケーン)でもって笹の根もとを突いてみたりするのであった。
「どうも分らない」
 青年は小径の別れ道のところに立ち停ると吐きだすように呟(つぶや)いた。そして帽子をとり、額の汗を白いハンカチーフで拭った。青年の白皙(はくせき)な、女にしたいほど目鼻だちの整った顔が現れたが、その眉宇(びう)の間には、隠しきれない大きな心配ごとのあるのが物語られていた。――彼はさっきから、懸命になって、何ものかを探し求めて歩いていたらしい。
「どうして、こんなに胸騒ぎがするのだろう」
 青年は心の落付きをとりかえすためであろうか、ポケットから一本紙巻煙草(シガレット)をとりだすと口に銜(くわ)えた。マッチの火がシューッと鳴って、青年の頤(あご)のあたりを黄色く照らした。夕闇の色がだんだん濃くなってきたのだった。
 いま青年の立っているところは、有名な鶴の噴水のある池のところから、洋風の花壇の裏に抜けてゆく途中にある深い繁みであった。小径の両側には、人間の背よりも高い笹藪(ささやぶ)がつづいていて、ところどころに小さな丘があり、そこには八手(やつで)や五月躑躅(さつき)が密生していて、隠れん坊にはこの上ない場所だったけれど、まるで谷間に下りたような気持のするところだった。――青年は何ともしれぬ恐怖に襲われ、ブルブルッと身を慄(ふる)わせた。気がつくと、銜えていた紙巻煙草(シガレット)の火が、いつの間にか消えていた。
 そのとき、何処からともなくヒューッ、ヒューッ、と妖(あや)しき口笛が響いてきた。無人境(むにんきょう)に聞く口笛――それは懐(なつか)しくなければならない筈のものだったけれど、なぜか青年の心を脅(おびや)かすばかりに役立った。聞くともなしに聞いていると、なんのことだ、それは彼にも聞き覚えのある旋律(メロディ)であったではないか。それはいま小学生でも知っている「赤い苺(いちご)の実」の歌だった。この日比谷公園から程とおからぬ丸ノ内竜宮劇場(りゅうぐうげきじょう)では、レビュウ「赤い苺(いちご)の実」を三ヶ月間も続演しているほどだった。それは一座のプリ・マドンナ赤星(あかぼし)ジュリアが歌うかのレビュウの主題歌だった。
「誰だろう?」
 青年は耳を欹(そばだ)てて、その口笛のする方を窺(うかが)った。それは繁みの向う側で吹きならしているものらしいことが分った。
「……あたしの大好きな
   真紅(まっか)な苺(いちご)の実
   いずくにあるのでしょ
   いま――
   欲しいのですけれど」
 青年心配ごとも忘れて、その美しい旋律(メロディ)の口笛に聞き惚れた。まるでローレライのように魅惑的な旋律だった、そして思わず彼も、「赤い苺の実」の歌詞口笛合わせて口吟(くちずさ)んだのであった。……しかし、やがて、その歌の中の恐ろしい暗示に富んだ歌詞に突き当った。
「……別れの冬木立(ふゆこだち)
   遺品(かたみ)にちょうだいな
   あなたの心臓
   ええ――
   あたしは吸血鬼……」
 赤い苺の実というのは、実は人間心臓のことだと歌っているのである。ああ、あたしは吸血鬼
 青年紳士はハッと吾れにかえった。賑(にぎ)やかな竜宮劇場の客席で聞けば、赤星ジュリアの歌うこの歌も、薔薇(ばら)の花のように艶(あで)やかに響くこの歌詞ではあったけれど、ここは場所場所だった。黄昏の微光にサラサラと笹の葉が鳴っている藪蔭である。青年はその背筋が氷のようにゾッと冷たくなるのを感じた。
 と、――
 その刹那(せつな)の出来ごとだった。
 キ、キャーッ。
 突如、絹を裂くような悲鳴(ひめい)一声(いっせい)!
「呀(あ)ッ、――」
 それを聞くと青年紳士は、その場に棒立ちになった。悲鳴の起った場所は、いままで口笛のしていたところと同じ方向だった。大変なことが起ったらしい。青年紳士の顔色は真青(まっさお)になった。
 彼は突然身を躍らせると、柵を越えて笹藪の中に飛びこんだ。ガサガサと藪をかきわけてゆく彼の姿が見られたが、暫(しばら)くするとそのまま引返して来た。そしてまた小径に出て、こんどはドンドン駈けだした。どうやら竹藪の中は行き停りだったらしい。


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