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愛護若 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )

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  • 死者の書,春のことぶれ 他「折口信夫集」日本近代文学大系46
  • ●歌舞伎●『仮名手本忠臣蔵』演劇界増刊●折口信夫 木村荘八 他
  • ◆:折口信夫全集 第13巻 國文學篇7 中公文庫 初版
  • 「折口信夫全集 第一五巻 民俗学篇1」中央公論社 昭和30
  • 「折口信夫全集 第一巻古代研究(國文学篇)」中央公論社 昭和29
  • ◆:折口信夫全集 第14巻 國文學篇8 中公文庫 初版
  • ◆:折口信夫全集 第12巻 國文學篇6 中公文庫 初版
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     一 若の字、又|稚(ワカ)とも書く。此伝説は、五説経の一つ(この浄瑠璃を入れぬ数へ方もある)として喧伝せられてから、義太夫脚本読本(ヨミホン)の類に取り込まれた為に、名高くなつたものであらうが、あまりに末拡がりにすぎて、素朴な形は考へ難くなつてゐる。併し、最流行の先がけをした説経節の伝へてゐるものが、一番原始に近い形と見て差支へなからう。
何故ならば、説経太夫受領は、江州観音近松寺(ごんしようじ)から出され、四の宮明神祭礼には、近国の説経師が、関の清水に集つた(近江輿地誌略)と言ふから、唐崎の松中心に、日吉膳所を取り入れた語り物の、此等の人々の為に綴られた物と言ふ想像は、さのみ無理ではあるまい。今其伝本が極めて乏しいから、此処には、わりあひに委しい梗概を書く
嵯峨天皇の御代に、二条蔵人前の左大臣清平といふ人があつた。御台所は、一条関白宗嗣の女で、二人の仲には、子が無かつた。重代の重宝に、刃(ヤイバ)の大刀(タチ)・唐鞍(カラクラ)(家のゆづり、やいばの大刀。からくら。天よりふりたる宝にて)の二つがあつた。第六天魔王祟りで、女院御悩があつたが、天子自ら二才の馬に唐鞍を置き、刃の大刀を佩いて、紫宸殿行幸せられると、魔王は、霊宝の威徳によつて、即座に退散して、御悩|忽(たちまち)平癒した。天子御感深く、その他の家々にも名宝があらうと思はれて、宝比べを催されたところ、六条判官行重は上覧に供へるべき宝が無くて、面皮をかいて居たのを、清平が辱しめて、退座を強ひる。
判官には、五人の男子があつて、嫡子よしながといふ。家に戻つて今日恥辱模様を話すと、よしながが父に讐討ちの法を教へる。其は、子はどんな宝も及ばない宝である。幸、二条蔵人には子が無いから、奏上して、子比べをして、恥をかゝせようと言ふのである。子福者の行重は、非常面目を施した。御感のあまりよしながに、越後守を受領せしめられた。
清平は、今度は、あべこべに辱しめられて、家に帰つて、御台所相談して、初瀬(ハセ)寺の観音に、申し子を乞ふ事になる。七日の満願の日に、夫婦の夢に、菩薩が現れて、子の無い宿因があるのだから、授ける事は出来ない。断念して帰れ、と告げさせられる。夫婦は、さらに三日の祈願を籠めて、一向(ひたすら)納受を願ふと、一子は授けてやるが、三つになつた年に、父母のどちらかゞ死なゝければならぬと言ふのである(一段目)。
六条判官は、尚恨が霽れぬ上、相手が初瀬寺に参籠して、何か密事を祈願して居ると言ふ事を聞いて、家来竹田太郎及びよしながと共に、桂川に邀へ撃たうとする。二条家には、荒木左衛門といふ家来がある。主人夫婦に従うて、初瀬寺からの帰り途、桂川で現れた伏せ勢と争うて居る処へ、南都のとつかう(東光か)坊が通りかゝつて、仲裁する(二段目)。
北の方は玉の様な愛護(アイゴ)若(ワカ)を生む。誓約の三年は過ぎて、若十三歳になる。約束の期は夙に過ぎた。命を召されぬ事を思ふと、神仏にも偽りがある。だから、人間たるおまへも其心して、嘘をつくべき時には、つく必要があるといふやうな事を訓へる。初瀬観音聞しめして、怒つて御台所の命をとる為に、やまふのみさきの綱を切つて遣はされたので、若はとう/\、母を失ふことゝなつた。
左衛門並びに親類の者が、蔵人独身を憂へて、八条殿の姫宮雲井前を後添ひとした。愛護は、父の再婚の由を聞いて、持仏堂に籠つて、母の霊を慰めてゐる。あまり気が鬱するので、庭の花園山に登つて、手飼の猿、手白(てじろ)を相手に慰んでゐる姿を隙見した継母は、自分の子とも知らず、恋に陥る。侍女|月小夜(ツキサヨ)を語らうて、一日に七度迄も、懸想文を送る。若は果は困じて、簾中に隠れてしまふ。
二人の女は、愛護が父蔵人に此由を告げはすまいかといふ懸念から、逆に若を陥れる謀を用ゐる事になる。それは、重宝の鞍・刀を盗み出して、月小夜の夫に手渡し、都も都、桜の門で呼び売りさせて、清平の目につく様にして、若が盗んで売らせるのだ、と言はせようといふ魂胆である。此謀が早速成就して、怒つた清平は、若を高手小手に縛つて、桜の木に吊り上げて置く。若は苦しさのあまりに、血を吐いて悶えてゐると、手白の猿が主人を救はうとして、木に上るが、縄を解く事が出来ぬ(三段目)。
処が一転して、地獄閻魔王の庁では、若の母が出て、若の命乞ひをして、自身出向いて救ひたいと願ふ。魂を仮托する死骸はないかと、鬼に見させると、娑婆では今日、人には死んだ者はないが、鼬が一匹斃れたといふ。母は早速、鼬の身に魂を托して、桜の下に現れ、若の縄を食ひ切つて助けると、手白が下で抱き止めて、怪我なく助つた。鼬は、母が仮りに姿を現したのだと告げて、かうしてゐては、終には命も危いから、叡山西塔の北谷にゐる、若の叔父|帥(ソチ)阿闍梨の処へ逃げて行くやうに、と諭して姿を消す。若は家を抜け出る日を待つて居る(四段目)。
暗く雨降る夜、家を出て四条河原にかゝると、南に火の漏れる茅屋がある。細工の賤民の住む処である。近寄つて戸を敲くと、盗賊かと思つて、薙刀を持つて来る。愛護一部始終を語ると、敬ひ畏んで、臼の上に小板を敷き、荒菰を敷いて、米を賀茂流れ七度清めて、土器に容れて献る。此から神の前に荒菰を敷く風が出来たと説いてゐる。


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