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我が人生観 05 (五)国宝焼亡結構論 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

  • 日本人の人生観 山本七平 講談社学術文庫
  • 私の人生観 初めての書き下し 池田大作 文藝春秋
  • 法華経の人生観及び宇宙観 宮澤英心著 大正10年
  • ○池田大作著・私の人生観他・19冊セット・創価学会
  • ★わが人生観4 太宰治『恍惚と不安』/大和書房
  • ☆BOOK1899☆青べか日記(わが人生観)☆山本 周五郎★中古品
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我が人生観 (五)国宝焼亡結構論  小生もついに別荘の七ツ八ツ風光明媚なるところにブッたてようという遠大千万なコンタンによって「捕物帳」をかくことゝなり、小説新潮案内で、箱根の谷のドン底の温泉旅館へ行った。  このへんは谷川といっても川の趣きではなくて、流れの全部が段をなした瀑布であり、四方にはホンモノの数百尺の飛瀑も落下している。音があると思う人には、これぐらいウルサクて頭痛の種のところもないかも知れないが、無神経私には、こんなに音のないところはなかった。隣の話声も、帳場のラジオも、宴会室のドンチャン騒ぎも、蝉の声も、一切合財、きこえない。女中が唐紙をあけてはいってくるのが、跫音(あしおと)も、唐紙をあける音もきこえないから、忽然として、女中が現れている。忍術の要領である。文明国のどこを探しても、こんなに物音のないところはないのである。私はラジオの音が何より仕事邪魔だが、ここではその心配が完全にない。大そう私向きの旅館であった。その代り、殺人事件があっても、きこえない。ここで捕物帳を書いていると、そういうことを時々考えてゾクゾクすることもあり、おのずから捕物帳の心境となって、探偵気分横溢しすぎるキライがないでもない。
 この旅館の庭は、何百貫という無数の大石で原形なく叩きつぶされている。アイオン颱風というもののイタズラである。
 私はこの川が海にそそぐところの、小田原市早川口というところの堤の下で洪水に見舞われたことがあるが、利根川洪水とは、趣きが違う利根川洪水は、大陸的に漫々的で、巨人的であり、死神の国の茫々たる妖相にみちて静寂であるが、早川洪水違う。こんなウルサイ洪水はない。
 箱根山上千|米(メートル)の蘆ノ湖から目の下の河口まで直流してくる暗褐色洪水が、太平洋水面より四五米の余も高く、巨大な直線防波堤となって、一|哩(マイル)も遠く海中に突入しているのである。太平洋の荒波が、この水の防波堤につきよせ、ぶつかり、噴騰するが、暗褐色直流する水勢の凄さは、海の荒波の如きは、なんの抵抗にもならないのである。荒波のさわぎを眼下にしたがえて、暗褐色の一直線の水流は海面上数米の高さにモックリとはるか水平線に向って長蛇の如くに突入している。遠く沖合に、荒波がこの防波堤に突き当って、噴騰し、山となって盛りあがり、シブキをあげているところもある。
 しかし、より以上に呆れるのは、ゴロゴロと、河底一面しっきりなしに遠雷がとどろいている音響である。何千何万の戦車河底をしきならべて通っていても、これほどの音ではない。アスファルトの路面を通る戦車のつぶれたような通過音とちがって、こもりにこもった轟音である。
 私はこの音のイワレを理解することができなかった。数日後に水がひいて、河底露出するまでは。
 洪水前までは小砂利だけしかなかった河底が、一面に、数百貫、時に千貫の余もあるかと思う岩石でしきつめられ積み重なっているのだ。それは遠く太平洋海底に、一哩ちかく突入しているに相違ない。河底の轟音は、この岩石が山から海へぶつかり合って無限突入してくるその音であった。洪水がすむと、河底にはトロッコがひきこまれ、無数の岩石建築用として、洪水のなにがしかの代償となる。次の洪水がこないうちに、岩石はたちまち消えて、砂利だけの河底となってしまう。小さい河だから、一面しきつめ、つみ重なった岩石でも、タカの知れた数量なのである。あるいは、人間消費する物の量というものが、洪水怪力をもってしても歯が立たないほど、超自然的なものであるらしいのである。要するに、人間自然に勝っている。そのちょッとした証拠でもある。
 私は戦時中、日映に勤めていたとき、「黄河」という文化映画脚本を書こうとしたことがある。
 これは宣伝映画で、戦争中、シナ軍が退却に際して黄河の堤をきって水を落して逃げた、このために黄河河口が数百里移動して揚子江にそそぐに至ったが、この日本軍治水事業を宣伝映画にしようというわけだ。
 前篇、後篇に分れていて、後篇がこの宣伝映画であるが、前篇は純然たる文化映画で、黄河とはいかなる河であるか、その独特の性格を知らせるための芸術効果を主にしたもの、つまり治水事業の困難さを知らせる伏線的なものである。そして万人がその困難さを納得するに値するだけの雄大独自な個性をそなえた大河なのである。私は前篇の脚本書くことになった。
 けれども、この命令をうけたのが、終戦の年である。後篇の宣伝映画の方はすでにニュースその他目的撮影されたものが多くあって、それを編輯し、多少手を加えるだけで出来上るかも知れないが、私の受けもった方はそうはいかない。
 日本の諸都市はバクゲキで焼野原となり、大陸でも、敵軍の攻勢がはじまったという時に、悠長に黄河流域を奥地まで撮影して歩けるものではない。
 しかし、あのころはヤブレカブレで万事につけて表裏一体をなしたものはないのだから、ハ、こんな映画企画しております、と威勢よく言った方が上司受けもよくて、ハ、あの辺はもう撮影ができませんから企画をひッこめました、などというと社長はこの敗戦主義者めと軍人にブンなぐられたのかも知れない。表面と裏面と、理想現実と、全然仕事のツジツマが合いやしないが、命じる方も平気な顔、こっちも平気な顔、一切合財、日本中のあらゆる物がツジツマが合ってやしなかったのだ。
 とにかく戦争中は、酒をのむこともできないし、見物する見世物といってはないし、まことにヒマであるから、人生の愉しみは読書である。敗戦が目に見えていて、実にどうも全く目的というものの立てがたい毎日に、黄河という課題を与えられたのはモッケの幸いであるから、さッそくシナ研究所というようなところを訪ねて、学者たちから黄河について教えてもらう。しかし、黄河そのものは日本のシナ学者研究対象ではないらしく、
「おききしたいのは、こッちですが、今の黄河はどこへそそいでいるんですか」
 と質問をうけた。ハッキリした発表がないから、黄河がそのときどこへそそいでいるか、シナ学者でも知らない筈であった。当時は揚子江へそそいでいた。
 学者たちがかき集めても、黄河に関する文献というものはいくらもない。


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