我が人生観 08 (八)安吾風流譚 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )
我が人生観
(八)安吾風流譚
谷川岳で、又、人が死んだ。いろいろ人の死のニュースの中では、一抹清涼で、平和な生活を感じさせてくれる。
人間同士でひきおこす出来事は、祝儀不祝儀に拘らず、どことなく陰鬱なものである。人間臭というものは、何につけても身につまされるところがあって、暗い陰をまぬかれることができないものだ。しかし、相手が自然となると、人間も神様みたいなものである。
私は登山らしい登山は殆どやっていないが、一度、山で死に損ったことがあった。しかし、話にならないのである。山というような山じゃない。里の人も名のつけようがないような、どこにでもゴロ/\している山で、おまけに、その麓、入口のようなところで死に損ったのである。
同郷の先輩で、伴という弁護士をしている人が、若いころ、夢のような生活にあこがれていたらしい。青梅の奥の日陰和田というところから、山へはいって谷川を渉(わた)って登った中腹の広場、ちょッと一町歩ぐらいの広さがあったかな。あるいは、一町歩以上あったかも知れない。小さな山々にかこまれた中腹であるが、大そう日当りのよい草地であった。そこには喬木も灌木もなく、雑草だけが繁っていた。あるいは伴氏が、立樹を全部切ったのかも知れない。
彼はそこで牛などを飼い、自然人の生活をやるつもりであったのかも知れない。二十何年ほど前の「改造」へ、彼はそんな夢を書いていた。当時はトーローの森の生活などが読まれたり愛されたりしていたような時世でもあった。文学で云うと、新感覚派が現れたころ。一方にコンミュニズムが、一方にロマンチシズムが、ひろがりはじめていたころ。
彼はともかく、あこがれていたばかりでなく、実際にやりはじめたのである。この中腹へ小屋をつくって住んだ。なかなか、よく出来た小屋であった。彼が自分の手だけで作った小屋だ。杉の木だらけの山であるから、その杉を切って小屋をたて、杉の皮で屋根をふいたものであるが、雨もりなどはしたことがない。小屋は十二畳ぐらいの一室があるだけ。しかし土間に屋根だけかけた吹きさらしの台所があって、まんなかに穴を掘って火をもやし自在鍋をかけるようにできている。煮物しながら読書する習慣らしく、吹きさらしの中に書棚があって、二百冊ぐらいの書物があった。吹きさらしの中ではあるが、小屋に接した羽目板の際であるから、風雨にうたれて汚れたような跡はなかった。いずれも然るべき値のありそうな書物であったが、山中に泥棒はいないらしく、主人が去って無人のまま一年以上もすぎてから私がこの小屋をかりたとき、本も鍋釜も、布団も蚊帳も、そっくりそのままであった。小屋の中にも、かなりの書物が四隅につまれていた。
彼は小屋を立てるよりも、谷川の水をひいてくるのに苦心したと語っていた。露天風呂があって、そこへ常に谷川の水が流れてくるように上流から林の中を曲りくねってトヨがひかれている。しかし私がかりた時は、無人の年月にトヨが落葉でつまり、又、谷川のとりいれ口のトヨが風雨のために流失しており、用をなさなくなっていた。露天風呂には天水がたまって、蛙が棲んでおり、私は煮炊きの水を谷川まで往復して運ばなければならなかった。これは不便なものである。非常にクモの多いところで、クモの巣を踏みきって谷川に辿りつき、水をくんで戻ってくると、もうクモの巣が修繕されて、往復ともにクモの巣の海を渡っているようなものであった。
彼がこの小屋で何年ぐらい自然生活したのか、私はよく知らないが、山中に自生する動物植物を食って、血気の仙人生活のあげく、生れた子供が骨格軟弱の不具者であったそうで、自然生活というものは人間にとっては健全なものではないらしい。彼はたそがれ時に小屋の附近に現れるモモンガーを弓で落して煮て食っていたそうであるが、私が小屋をかりた時にも、その弓はちゃんと小屋に附属していた。竹でつくった手製の弓である。私はモモンガーは食わなかった。ゲテモノは食えないタチなのである。モモンガーは本来の名はムササビ。猫の四足にコウモリの翼を張ったようなケダモノである。たそがれ時に現れるのはコウモリと同じく、木の枝から枝をとんで食物をあさる習性らしい。
私は二十の年に東京近郊の村落で小学校の先生をした。代用教員である。そこは今では東京都内の賑やかな市街地であるが、当時はまったくの武蔵野。田園と自然林の村落であった。ところが、その村に、山中の自然生活をひきあげてきた彼が住んでいたのである。
人間同士でひきおこす出来事は、祝儀不祝儀に拘らず、どことなく陰鬱なものである。人間臭というものは、何につけても身につまされるところがあって、暗い陰をまぬかれることができないものだ。しかし、相手が自然となると、人間も神様みたいなものである。
私は登山らしい登山は殆どやっていないが、一度、山で死に損ったことがあった。しかし、話にならないのである。山というような山じゃない。里の人も名のつけようがないような、どこにでもゴロ/\している山で、おまけに、その麓、入口のようなところで死に損ったのである。
同郷の先輩で、伴という弁護士をしている人が、若いころ、夢のような生活にあこがれていたらしい。青梅の奥の日陰和田というところから、山へはいって谷川を渉(わた)って登った中腹の広場、ちょッと一町歩ぐらいの広さがあったかな。あるいは、一町歩以上あったかも知れない。小さな山々にかこまれた中腹であるが、大そう日当りのよい草地であった。そこには喬木も灌木もなく、雑草だけが繁っていた。あるいは伴氏が、立樹を全部切ったのかも知れない。
彼はそこで牛などを飼い、自然人の生活をやるつもりであったのかも知れない。二十何年ほど前の「改造」へ、彼はそんな夢を書いていた。当時はトーローの森の生活などが読まれたり愛されたりしていたような時世でもあった。文学で云うと、新感覚派が現れたころ。一方にコンミュニズムが、一方にロマンチシズムが、ひろがりはじめていたころ。
彼はともかく、あこがれていたばかりでなく、実際にやりはじめたのである。この中腹へ小屋をつくって住んだ。なかなか、よく出来た小屋であった。彼が自分の手だけで作った小屋だ。杉の木だらけの山であるから、その杉を切って小屋をたて、杉の皮で屋根をふいたものであるが、雨もりなどはしたことがない。小屋は十二畳ぐらいの一室があるだけ。しかし土間に屋根だけかけた吹きさらしの台所があって、まんなかに穴を掘って火をもやし自在鍋をかけるようにできている。煮物しながら読書する習慣らしく、吹きさらしの中に書棚があって、二百冊ぐらいの書物があった。吹きさらしの中ではあるが、小屋に接した羽目板の際であるから、風雨にうたれて汚れたような跡はなかった。いずれも然るべき値のありそうな書物であったが、山中に泥棒はいないらしく、主人が去って無人のまま一年以上もすぎてから私がこの小屋をかりたとき、本も鍋釜も、布団も蚊帳も、そっくりそのままであった。小屋の中にも、かなりの書物が四隅につまれていた。
彼は小屋を立てるよりも、谷川の水をひいてくるのに苦心したと語っていた。露天風呂があって、そこへ常に谷川の水が流れてくるように上流から林の中を曲りくねってトヨがひかれている。しかし私がかりた時は、無人の年月にトヨが落葉でつまり、又、谷川のとりいれ口のトヨが風雨のために流失しており、用をなさなくなっていた。露天風呂には天水がたまって、蛙が棲んでおり、私は煮炊きの水を谷川まで往復して運ばなければならなかった。これは不便なものである。非常にクモの多いところで、クモの巣を踏みきって谷川に辿りつき、水をくんで戻ってくると、もうクモの巣が修繕されて、往復ともにクモの巣の海を渡っているようなものであった。
彼がこの小屋で何年ぐらい自然生活したのか、私はよく知らないが、山中に自生する動物植物を食って、血気の仙人生活のあげく、生れた子供が骨格軟弱の不具者であったそうで、自然生活というものは人間にとっては健全なものではないらしい。彼はたそがれ時に小屋の附近に現れるモモンガーを弓で落して煮て食っていたそうであるが、私が小屋をかりた時にも、その弓はちゃんと小屋に附属していた。竹でつくった手製の弓である。私はモモンガーは食わなかった。ゲテモノは食えないタチなのである。モモンガーは本来の名はムササビ。猫の四足にコウモリの翼を張ったようなケダモノである。たそがれ時に現れるのはコウモリと同じく、木の枝から枝をとんで食物をあさる習性らしい。
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について:坂口安吾『堕落論』」、『新潮』1988年12月号「特集=昭和文学の結節点」 →『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9● 「中野重治と転向」、『中央 -
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