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或る作家の厄日 - 豊島 与志雄 ( とよしま よしお )

  • 【a005-02-16】◆阿川佐和子【あんな作家こんな作家どんな作家】
  • 38あんな作家こんな作家どんな作家 阿川佐和子 2003.5.28
  • 失われた世代の作家たち-20世紀アメリカ作家論- 昭和30年初版
  • ━日本美術倶楽部推奨作家━前川幸夫 海外でも人気の作家ですⅡ
  • 送込み 作家 宮ノ川顕 サイン色紙 レア 人気ミステリー作家
  • 〓作家物〓日展作家 水野双鶴 ぐいのみ (共箱)  C
  • a▲みき書房▲放送作家入門▲日本放送作家協会編▲昭和55年初版
  • ━日本美術倶楽部推奨作家━ 作家名: 小沢 眞弓
  • 水上勉**[*”文壇放浪”*]**瞼に残る,あの作家,この作家**切手可
  • ★阿川佐和子 文庫a43「あんな作家こんな作家~」 初版★
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 準備は出来た。彼女が来るのを待つばかりだ。御馳走が少し足りないようだが、この場合、いろんな物をごてごて並べ立てるのも、却ってさもしい。万事すっきりと、趣味を守ることだ。腹にたまるようなものは避けたがよい。肉類はだいたい下品だ。もし腹がへったら、白いパンにキャビア……パンは白いにきまってる筈だが、その白いパンがなかなか手にはいらない悲しい時代だ。其他、おれはずいぶん配慮した。第一女中やさよ子の手をかりないで、おれ一人で、いや、彼女と二人で、処理したいのだ。鉢に盛った鶏卵が少し気になるが、彼女には、卵の黄身だけをぬき出してすする癖があるので、その癖を大目に見てもよかろう。酒は豊富にある。日本酒をはじめ、葡萄酒、ジン、ウイスキー炭酸水も用意してある。
今日は、たぶん、徹夜仕事になるだろうから、食べ物書斎に並べておいてくれ。夕御飯はいらん。」
 そのように、女中に言っておいた。つまり、何の打合せもなく、偶然相馬多加代さんが訪れてきた、という工合にしたいのだ。それまでは、さし迫った仕事があるからとの口実で、誰が来ても玄関で立ち話だけにし、いよいよ彼女が来たら、居留守をつかって誰にも逢わないことにする。あとは、二人きりの時間であり、二人きりの世界だ。
 どういうことになるか、それだけは見当がつかない。
「あなたの書斎が見たい。あなたの書斎で、お酒酔いたい。」
 抱擁のなかで、彼女は言った。真剣な語気だった。
 実は、何の特長もない、むしろ見すぼらしい書斎なのだ。然し、画家アトリエとか、小説家書斎など、他人には、神聖な場所とも思えるらしい。当人にとっても、時としてはそうなんだから、もっともなことだ。あなたの書斎が見たいとは、三十五歳にもなる人妻の、単なるロマンチックな気持ちからではあるまい。その上、いや最も肝腎なのは、情愛の問題だ。おれだって、彼女寝室覗きたいし、彼女寝室で、お酒に酔ってみたい。彼女は、おれの書斎で……。
 気兼ねのいらない安全な場所がほしかった。相馬邸は人目が多い。旅館とか待合彼女が好まない。いつでも自由に逢える場所はないものか。おれの方では、スキャンダルなんかは一向に恐れない。彼女の方でも、世間体をそうびくびくしてるわけではない。老いらくの恋で人妻を奪った者さえある。けれど、二人の仲は秘密にしておく必要がある。
 原因は、彼女の主人の吝嗇にある。彼は元陸軍将校で、相当な財産を持っていた上に、終戦後、旧部下の者数名と商事会社作り、ヤミ物資の売買をして、更に財産をふやした。放蕩はするし、情婦もあるらしいし、妻への愛着は少いようだ。その代り、家庭経済には監督厳重で、嘗て、妻の品行に聊かの疑惑を懐いた時、嫉妬はせず、その代り、金を殆んど与えなかった、そういうことを、彼女恐怖している。
 彼女は、映画はあまり見ないが、新旧とも芝居好きだし、短歌会などにはいって、へたな歌をこねまわし、ダンスはしないけれど、うまいコーヒーやケーキを好みアルコール類も可なり嗜み、日常が贅沢で派手なのだ。貧乏華族の娘だったとかで、どこかおおまかだ。そういうところに実は、家庭における主人の吝嗇が胚胎してるのかも知れない。彼女はずいぶん金がかかる女のようだ。
無一文になったら、わたし、死んでしまうかも知れない。」
 冗談でなく彼女は言う。だから、おれとの仲が主人にばれて、小遣銭が全く封じられたら、それは彼女にとって生きながらの死を意味するだろう。だからといって、主人の財産の中から、自由になる金を予めごまかしておくだけの才覚もない。


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