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戯曲時代去る - 岸田 国士 ( きしだ くにお )

  • ★戯曲集★メリーさんの羊★別役実戯曲集★三一書房1984年第1刷
  • Ω 岩波版『鏡花 小説・戯曲選*第11巻*戯曲篇』夜叉ヶ池・他
  • 単行本「(戯曲)アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス
  • 2冊■ダニエル・キイス読本▲戯曲・アルジャーノンに花束を
  • 私は海峡を越えてしまった★八田元夫戯曲集
  • 野田秀樹「20世紀最後の戯曲集」
  • モーリヤック[アスモデ・愛されぬ人々]   現代フランス戯曲叢書
  • 岸田国士全集2(戯曲2) 岩波書店
  • ■詩人木下杢太郎『戯曲和泉屋染物店』明治45年初版函、処女出版
  • 古本!-昭和文学全集第24巻 昭和戯曲集☆角川書店
岸田國士戯曲時代」といふ言葉定義は僕が嘗て下したところによると「雑誌創作欄が、昨日までは小説のみで埋められてゐたのに反し、読み物としての戯曲が、可なりの頁数を占めるやうになつた今日の時勢」に外ならぬのであるが、さういふ時勢も昨年の半頃から、そろ/\また遷りかけてゐるやうに見える。調べて見ないとはつきりしたことは云へぬが、兎に角二月号の大雑誌は申し合せたやうに戯曲を一篇も載せてゐない。これは勿論偶然であらうが、かういふ傾向は確かに注目に値する。
 元来、戯曲作家は、その製作動機に於て、小説家とやゝ趣を異にし、如何に舞台にかけるといふ意識なしに書かれた戯曲でも、この創造努力は完全な上演によつて初めて完全に報いられる性質のものである。それと同時に、小説家が絶えず思想生活から直接にその材料霊感とを与へられ、それによつて製作衝動誘起されるのに反し、戯曲作家は、一面、「今日舞台」から常に貴重な暗示と刺戟とを受けなければ油の乗つた作品が書けないのではあるまいか。
 一般に、文壇の不振を唱へられる折柄ではあるが、就中戯曲作家不勉強は、自分だけの気持から推してもさういふ外面的の事情が、大きな原因の一つになつてゐるやうに思はれる。
 早く云へば、「今日舞台」に多くの不満をこそ感ずれ、その中から、殆ど何等の刺戟も受けない今日戯曲作家は、知らず知らず感興のない仕事に引ずられるか、又は、感興がないから、仕事をしなくなるのである。
 固より才能問題もある。然しながら、何処の国で、何といふ劇作家が、その時代に於けるその国の舞台に興味を持たないで立派仕事をしたか。殊にまた、何時の時代に、どういふ劇作家が、自分の信ずる俳優又は自分理解する俳優なしに、その作品価値を世に問ふことができたか。
 僕は、必ずしも、所謂「戯曲時代」の去ることを悲しまない。寧ろ、それは当然なことだと思ふ。たゞ悲しむのは、あの華々しい「戯曲時代」の後に来るものは、恐らく、更に大なる新劇暗黒時代であるに違ひないといふ一事である、だが、その結果現在の所謂、新劇が滅び去るとすれば、それはそれでもいゝ。畸形児夭折は、或る意味に於て「双方のため」に望ましきことである。



底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発
底本の親本:「新選岸田國士集」改造社
   1930(昭和5)年2月8日発
初出:「読売新聞
   1928(昭和3)年1月28日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年5月1日作成
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