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手巾 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • ●大導寺信輔の半生・手巾・湖南の扇 他十二篇 芥川龍之介
  • ハンドメイド*デニム&トリコロールマリンパッチ*持ち手巾着袋
  • 6大導寺信輔の半生手巾・湖南の扇1990・10芥川 龍之介
  • ポケットモンスタ-ベストウィッシュ体操服お着替え入れ持手巾着
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芥川龍之介  東京帝国法科大学教授長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子(とういす)に腰をかけて、ストリントベルクの作劇術(ドラマトウルギイ)を読んでゐた。  先生の専門は、植民政策研究である。従つて読者には、先生がドラマトウルギイを読んでゐると云ふ事が、聊(いささか)、唐突の感を与へるかも知れない。が、学者としてのみならず、教育家としても、令名(れいめい)ある先生は、専門の研究に必要でない本でも、それが何等かの意味で、現代学生思想なり、感情なりに、関係のある物は、暇のある限り、必(かならず)一応は、眼を通して置く。現に、昨今は、先生校長を兼ねてゐる或高等専門学校生徒が、愛読すると云ふ、唯、それだけの理由から、オスカア・ワイルドのデ・プロフンデイスとか、インテンシヨンズとか云ふ物さへ、一読の労を執つた。さう云ふ先生の事であるから、今読んでゐる本が、欧洲近代戯曲俳優を論じた物であるにしても、別に不思議がる所はない。何故と云へば、先生の薫陶(くんたう)を受けてゐる学生の中には、イブセンとか、ストリントベルクとか、乃至メエテルリンクとかの評論書く学生が、ゐるばかりでなく、進んでは、さう云ふ近代戯曲家の跡を追つて、作劇を一生の仕事にしようとする、熱心家さへゐるからである。
 先生は、警抜な一章を読み了る毎に、黄いろい布表紙の本を、膝の上へ置いて、ヴエランダに吊してある岐阜提灯(ぎふぢやうちん)の方を、漫然と一瞥(いちべつ)する。不思議な事に、さうするや否や、先生の思量(しりやう)は、ストリントベルクを離れてしまふ。その代り、一しよにその岐阜提灯を買ひに行つた、奥さんの事が、心に浮んで来る。先生は、留学中、米国結婚をした。だから、奥さんは、勿論、亜米利加人である。が、日本日本人とを愛する事は、先生と少しも変りがない。殊に、日本の巧緻なる美術工芸品は、少からず奥さんの気に入つてゐる。従つて、岐阜提灯をヴエランダにぶら下げたのも、先生好みと云ふよりは、寧(むしろ)、奥さん日本趣味が、一端を現したものと見て、然る可きであらう。
 先生は、本を下に置く度に、奥さん岐阜提灯と、さうして、その提灯によつて代表される日本文明とを思つた。先生の信ずる所によると、日本文明は、最近五十年間に、物質的方面では、可成(かなり)顕著な進歩を示してゐる。が、精神的には、殆(ほとんど)、これと云ふ程の進歩も認める事が出来ない。否、寧、或意味では、堕落してゐる。では、現代に於ける思想家の急務として、この堕落救済する途(みち)を講ずるのには、どうしたらいいのであらうか。先生は、これを日本固有の武士道による外はないと論断した。武士道なるものは、決して偏狭なる島国民の道徳を以て、目せらるべきものでない。却(かへつ)てその中には、欧米各国の基督教精神と、一致すべきものさへある。この武士道によつて、現代日本の思潮に帰趣(きしゆ)を知らしめる事が出来るならば、それは、独り日本精神文明貢献する所があるばかりではない。延(ひ)いては、欧米国民日本国民との相互理解を容易にすると云ふ利益がある。或は国際間の平和も、これから促進されると云ふ事があるであらう。――先生は、日頃から、この意味に於て、自ら東西両洋の間に横はる橋梁(けうりやう)にならうと思つてゐる。かう云ふ先生にとつて、奥さん岐阜提灯と、その提灯によつて代表される日本文明とが、或調和を保つて、意識に上るのは決して不快な事ではない。
 所が、何度かこんな満足を繰返してゐる中に、先生は、追々、読んでゐる中でも、思量がストリントベルクとは、縁の遠くなるのに気がついた。そこで、ちよいと、忌々(いまいま)しさうに頭を振つて、それから又丹念に、眼を細(こまか)い活字の上へ曝(さら)しはじめた。すると、丁度、今読みかけた所にこんな事が書いてある。
 ――俳優が最も普通なる感情に対して、或一つの恰好な表現法を発見し、この方法によつて成功を贏(か)ち得る時、彼は時宜(じぎ)に適すると適せざるとを問はず、一面にはそれが楽である所から、又一面には、それによつて成功する所から、動(やや)もすればこの手段に赴かんとする。しかし夫(それ)が即ち型(マニイル)なのである。……
 先生は、由来芸術――殊に演劇とは、風馬牛(ふうばぎう)の間柄である。日本芝居でさへ、この年まで何度と数へる程しか、見た事がない。――嘗(かつ)て或学生の書いた小説の中に、梅幸(ばいかう)と云ふ名が、出て来た事がある。流石(さすが)、博覧強記を以て自負してゐる先生にも、この名ばかりは何の事だかわからない。そこで序(ついで)の時に、その学生を呼んで、訊(き)いて見た。
 ――君、梅幸と云ふのは何だね。
 ――梅幸――ですか。梅幸と云ひますのは、当時、丸の内帝国劇場の座附俳優で、唯今、太閤記(たいかふき)十段目の操(みさを)を勤めて居る役者です。
 小倉(こくら)の袴をはいた学生は、慇懃(いんぎん)に、かう答へた。――だから、先生はストリントベルクが、簡勁(かんけい)な筆で論評を加へて居る各種の演出法に対しても、先生自身の意見と云ふものは、全然ない。唯、それが、先生留学中、西洋で見た芝居の或るものを聯想させる範囲で、幾分か興味を持つ事が出来るだけである。云はば、中学英語教師が、イデイオムを探す為に、バアナアド・シヨウの脚本読むと、別に大した相違はない。が、興味は、曲りなりにも、興味である。
 ヴエランダの天井からは、まだ灯をともさない岐阜提灯が下つてゐる。さうして、籐椅子の上では、長谷川謹造先生が、ストリントベルクのドラマトウルギイを読んでゐる。自分は、これだけの事を書きさへすれば、それが、如何に日の長い初夏午後であるか、読者は容易に想像のつく事だらうと思ふ。しかし、かう云つたからと云つて、決して先生が無聊(ぶれう)に苦しんでゐると云ふ訳ではない。


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