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放送された遺言 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

  • a▲みき書房▲放送作家入門▲日本放送作家協会編▲昭和55年初版
  • 海外短波放送を聞こう ホビ-テクニック/日本放送出版協会レア
  • 「NHK放送劇選集/第二卷」昭和32年刊/放送劇一覧(S14~
  • 放送よもやま話●坂本朝一●NHK会長・日本放送協会
  • 衛星放送の越境と自由化 アジアの衛星放送の新動向 志賀信夫 著
  • 昭和レトロ/深夜放送ファン/落合恵子/レモンちゃん/セイ・ヤング
  • 【子供の科学63/8】ポケット放送局2石ワイヤレスマイクU58
  • ★☆眉村卓『深夜放送のハプニング』☆★◎秋元文庫版◎
  • 12♪放送大学教材 『衣生活の科学』 USED
  • 【未使用】文化放送「バトルトークパーク2」QUOカード 500
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「われらの棲んでいる球形の世界破壊するのはいつのことなのであろうか? 天文学者の説くところによれば、これはわれらの世界が他の遊星衝突し、われもかれもが煙のごとくに飛散して消滅するときがこの球形体の最後であろうが、それはおそらく今から数百億年後のことであろうという。しかしそれは真赤な嘘だ。われらの棲める世界破壊されるべきときはまさにただいまから十分間後に迫っているのだ! 驚いてはいけない……」
 ここまで聴くと天野祐吉は思わず身体受信機のほうへのめらせて両手で両耳受話器(ヘッドフォン)を押えた。嘘にも冗談にもせよ、それはあまりに奇怪なことである。
 奇怪といえば天野祐吉がこうして地球以外の他の遊星に棲息している生物の喋っている言葉を聞いていることからしてはなはだ奇怪であって、発明者たる祐吉自身にさえ今でもちょいちょいは彼の苦心の末になった超短波長廻折式変調受信機の驚くべき能力が、あるいは夢の中での話ではなかったかという懐疑におちいることもあったのである。
 しかし発明の端緒というものはこの超短波長廻折式変調受信機に限らず、大抵ごく些細な偶然の機会(チャンス)から見つかるものなので、発明ができあがってしまえば後になってはいかなる大発明といえどもいっこう驚倒するほどの価値はなく、むしろなにゆえにかくも長い間こんな平凡なことが人間にわかっていなかったかという疑問が誰にも湧いてくるものである。
 天野祐吉発明場合はいっそう偶然の機会(チャンス)からなのであって、彼が早昼の食事をするために銀座の丸花屋という大阪寿司屋に飛びこんで鳥貝押し寿司をほほばりながら、ちょいと店のガラス棚にならんだ蒲鉾の一列を見たときにあたかも稲妻が鏡に当って反射するように、この発明アイデアが浮かびあがったのだ。それと同時に彼ははねとばされるように椅子から突ったちガラス棚の蒲鉾のほうへいきなり両手をさしのべ、
「そいつだ。そいつだ」
 と口走って給仕女を驚かしたのであった。
 次の瞬間に彼は大決心をして表を走る自動車を呼び止めて、「新宿へ飛ばせ」と命じたのである。自動車はうなるように疾走する。幌を手早く下ろすと彼は気狂いのように車内を見まわしながら十分間に構想をまとめあげその可能性(ポシビリテー)を信じ得たのであった。
 結局彼は「十六メートル超短波電波地球の外を包むヘビサイド氏電導層をもっともよく透過(ぺネトレイト)する」ということと、「振動波の波形生物感情を表わす」という二つの原理を樹てて廻折式変調受信機を組立てあげたのであった。最初は思ったとおりいかなかったのでいろいろと部分部分を幾度も作りかえてついに最初の機械の百五十倍に達する感度備え装置作り上げ、これで数万光年に相当する遠距離にある遊星からの無線電話もたやすくとらえたうえで、これをエスペラント語変調して聴かれるように考案したのであった。
 祐吉の最新の受信機が例の屋根裏部屋装置せられたとき、彼を襲ってくる緊張は、この地球に住んでいる誰よりも先に、地球以外の棲息せる生物言葉を聞くということであった。そこにはどんなに珍らしい世界がひらけ、またどんなに不思議思想表現されていることだろうか。彼は暗中に宝庫の内をさぐってみるような一種奇妙興奮にとらわれた。それはもう確実に現実なる存在の前に一枚の薄い紙の幕をへだてて相対しているような気持であった。それほど祐吉は彼の受信機能力については強い自信を持っていた。このうえは一歩進んで確実なる存在の奇怪さにふれることばかりが取り残されてあるのだと彼は思った。奇怪な実在をつかんで発狂することのないように、彼はあらかじめあらゆる想像をたくましうして今ふれんとする世界からの刺戟にそなえたのであった。
 ところがせっかくの覚悟も何の役にもたたないほど事実彼はひどく興奮したというのは、幸か不幸か、彼の聴いた地球以外からはじめて到達した言葉内容は、冒頭にのべたようにあまりにとっぴすぎる事柄であったからである。この奇怪な警告の発信者の棲んでいる一遊星は、いまやその寿命が十分間にきりつめられているのだという。十分間たてば、その遊星はこなごなに破壊されてしまおうというのだ。彼は驚いた。しかし次の瞬間には馬鹿馬鹿しくなってあやうく吹き出そうとしたが、思いなおして笑いのみこむとともに、不思議遊星からの言葉に耳を傾けたのだった。
 その声は語りつづける。
「……いまから十分間後に私のすんでいる球形の世界が消滅してしまうなどというといかにも私がすこし気がふれてでもいるように思われることだろうが、私はしごくまじめでこの遺言状放送しているのである。――遺言状放送! 私自身すらそれがいかにもとっぴなことのように感じられるが、今のような私の境遇では遺言状電波に変成して宏大なる空間のあらゆる方向へ発射することがもっとも有効遺言方法だと思う。遺言状を紙に書き岩に刻んだとて、その紙や岩をのせた球形の世界自身がいまから十分後には、粉々になってとんでしまうのだということに気がついたならば、いかにそれが無駄なことであるかに思いあたろう。とにかくこのうえは、われらが棲める球形世界以外に遺言保存かあるいは伝達を計画しなければならない。われらの知力ではとくに短い波長電磁波のみがこの世界地上から放射されてこの世界以外の数しれぬ多くの遊星のほうへ向け大宇宙のなかを伝播してゆくことを知っているばかりである。
 しかし私の遺言がほかの遊星生物によく聴きとってもらえるものだかどうだかについてはまだまだ多くの疑問が横たわっているのを感ずるのである。たとえば私に許されたかぎりある通信電力がはたして私の遺言をのせた電波をしてこの大宇宙を隈なく横断するだけの力があるであろうか。私は途中通達力が損傷せられる程度のもっとも小さいはずの十六メートル短波長電波を選んだが、四千億光年大宇宙渡りえられるものとは考えられない。それからまたたとえ途中遊星に私の遺言を載せた電波がぶつかったとしてもはたしてその遊星に生きている者が、私たちの思想理解してくれるであろうか。これらのことをほんとうに考えつめてゆくともう不安でいっぱいになり、遺言放送を決行する勇気がすっかり挫けてしまうのをおぼえるのである。
 それにもかかわらずこの頼りすくない実験、それはまったく無限の底ぬけ井戸のなかに矢を放つような無駄努力かもしれない通信をかくのごとくただいま私がやっているわけは、なにしろ私の寿命がはや十分間のあと(いやそれはもう十分間どころか、ただいまでは九分しか残っていないのだ、噫(ああ))九分ののちに終ろうとしているし、そのうえとても耐えきれないことは私のすんでいる球形の世界が跡も残らぬように崩壊してしまって、今日(こんにち)まで八十億年かかって作り上げたあらゆる文化絢爛をきわめたその歴史が塵一本も残されずに永久に失われてしまおうとすることだ。これがどうして黙っていられようか。それを考えると私ははげしい眩暈を感ずる。いつもは物理学壇上にいささか誇りを持っていた頭脳も打ちしびれてしまいそうになる。いやもう九分の命だ。私はすでに気が変になっているのじゃないかとさえ思う。私は死を賭してこの呪われた遺言放送しなければならぬ。それにだ! それに私をかくのごとく死の努力を続けさせる大きなわけがあるのである。それは私の棲んでいる球形の世界の数億人にのぼる人類のうち、この九分間後に迫れる世界最後を信じているのはたった私自身一個であることだ。多くの人々――私一人をのぞいたあらゆる人たちは目捷裡(もくしょうり)に迫れる彼らの運命呪いを知らない。しかも彼らがおのずからの無知によってこれを感じることができないのなら私は彼らに穏やかな同情をそそぐことができるであろう。ところが私にはそんなスマート同情を持つことすらもはやできないのだ。
 一言にしてこれを蔽えば、彼らの無自覚は、不愉快きわまる強制悲しむべき理性失明に起因しているのである。


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