文功章 - 岸田 国士 ( きしだ くにお )
岸田國士
こんなことを問題にする必要もないが、二三の新聞雑誌から意見を求められ、一々それに答へる手数を省いたから、ここで一言感想を述べておく。
勲章といふものは、子供か野蛮人でなければよろこばないものと思つてゐたら、なかなかさうでもなささうである。
亜米利加の実業家も、仏蘭西の文学者も、勲章が大層好きである。その証拠に、毎年、仏蘭西あたりでは、叙勲の運動が行はれる。ロスタンはルナアルのために運動し、ルナアルは自分が貰ふと、今度は、ベルナアルのために運動した。服の襟に赤いリボンをつけてゐることは、幾分、細君の手前もあるのだが、世間に出て肩身が広いといふ訳である。巴里では近所の眼があるから、避暑に行つた先で、そつと赤リボンをくつつけた古着屋の話を、ベルナアルが書いてゐるくらゐである。
さて、日本では、役人と軍人――それに少数の金持と貴族と政治家と教師などが勲章を貰ふ。勲章を持つてゐても、仏蘭西ほど幅が利かぬとみえて、平服に略綬をつけてゐる紳士はあんまり見かけない。殊に、かういふものは、欲しくつても、欲しいやうな顔をしたがらない日本人のことであるから、政府もうるさくなくていいだらう。
藍綬褒章とか、緑綬褒章とかいふものは、勲章の部類にはひらないと聞いてゐるが、文功章とやらはどつちの部類か。同じ勲章でも、金鵄勲章は軍人に限り、戦時に殊勲を樹てたものに賜はるといふので、一番有難味があり、その上、年金までつくのだから、軍人でこれを欲しがらないものはない。
金鵄勲章は武功章であるから、それに対する文功章は、芸術家にして、業績赫々たる者に賜はるといふことにすれば、世は競つて傑作逸品を出すことになり、一国の文運頓に熾んとなるわけで、これに越したことはないが、文功は、かの武功の如く、「誰のため」に樹てるといふ性質のものではないから、標準の定め方に困るだらう。まして、暗夜、道に迷ひ、方角を誤つて敵陣に飛び込み、敵の方であはてて逃げてくれたので、一堡塁をなんなく占領してゐたなんていふ殊勲は、芸術家には絶対に樹てられさうもない。
そこで、先づ無難な詮衡方法は、長くその道に携つて、世評も相当に高く、貫禄も一と通りついてゐる老大家を物色することであるが、だがその場合、世評や貫禄は必ずしも芸術的業績の大小と、比例しないことを覚悟しなければならぬ。
文功章をやるといつても、いらぬといふものが出て来るだらう。邪魔にならぬものなら貰つておいてもよささうなものだが、そこは文人気質の潔癖から、そんなものを貰つては一代の名折れのやうに考へ、又は、よろこんで貰つたやうに思はれるのがいやさに、怒らなくてもいいところを怒るものがあるだらう。さういふ場合、当局がどうするか、一寸面白い見物である。
尤も、仏蘭西のやうに、芸術家として一家を成したものには、悉く「レジヨン・ドヌウル」をやることにし、だんだん勲等を上げて行くやうにすれば、「勲章を持つてゐるもの」より、「持つてゐないもの」に世人の注意が向けられ、「誰が貰つた」といふことより、「誰がまだ貰はない」といふことの方に興味が集まることになるから、「貰ひたい」と思はないでも、「貰はないでゐたくない」と思ふやうになるのが自然かもしれない。
かういふ心理は、なんと云はうとも人間持前のものである。それを利用するしないは国家の勝手であるが、仏蘭西の勲章で思ひ出した一つの話は、嘗てアントワアヌが自分の管理するオデオン座の経済的窮境を救ふため、時の首相クレマンソオに宛て、無心状を書いた。それは、政府の補助金を増してくれといふかはりに、「レジヨン・ドヌウル」をある男にやつてくれといふのである。クレマンソオはアントワアヌを信ずること篤く、その男とは誰だとも訊かず、よしツと云つて承知した。云ふまでもなく、アントワアヌはその勲章を種に、ある男から莫大な金を引き出したのである。オデオン座は生き返つた。世間は何も知らない。日本でもこれくらゐの芸当は演じられてゐるのかもしれないが、事、芝居に関する限りでは甚だ疑はしい。
今日まで社会には社会的地位といふものがあつて、その地位を明かにしてやるため、国家が勲章の制度を利用してゐる、といふ風に今日の仏蘭西などでは見えないこともない。ところが先年小説家ヴイクトオル・マルグリツトが、「ギヤルソンヌ」といふ小説を発表したら、その小説が仏国の体面に関するものであるといふ理由で、賞勲局は、マルグリツトのコンマンドウウル(勲三等)を取上げた。「ギヤルソンヌ」は、御承知の方もあらうが、所謂『おとこ女』で、戦後のモダン・ガアルを中心に、巴里社交界の秘事を暴いたものである。小説家が小説を書いて勲章を取り上げられるのだから、仏蘭西政府の芸術家優遇もあてにならないわけである。果して、アナトオル・フランスは、かの『ボ※リイ夫人』事件を例にあげ、時の政府を痛快に皮肉つたが、「ギヤルソンヌ」はこの事あつて以来、内外の人気を沸騰させ、文字通り忽ち数十万部を売り尽したと伝へられる。「仏蘭西と勲章」はこの通り豊富な話題を作つてゐるが、日本の文功章も、せめて、それぐらゐの役に立てば拾ひものであらう。(一九二八・一〇)
底本:「岸田國士全集21」岩波書店
1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「時・処・人」人文書院
1936(昭和11)年11月15日発行
初出:「悲劇喜劇 創刊号」
1928(昭和3)年10月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
亜米利加の実業家も、仏蘭西の文学者も、勲章が大層好きである。その証拠に、毎年、仏蘭西あたりでは、叙勲の運動が行はれる。ロスタンはルナアルのために運動し、ルナアルは自分が貰ふと、今度は、ベルナアルのために運動した。服の襟に赤いリボンをつけてゐることは、幾分、細君の手前もあるのだが、世間に出て肩身が広いといふ訳である。巴里では近所の眼があるから、避暑に行つた先で、そつと赤リボンをくつつけた古着屋の話を、ベルナアルが書いてゐるくらゐである。
さて、日本では、役人と軍人――それに少数の金持と貴族と政治家と教師などが勲章を貰ふ。勲章を持つてゐても、仏蘭西ほど幅が利かぬとみえて、平服に略綬をつけてゐる紳士はあんまり見かけない。殊に、かういふものは、欲しくつても、欲しいやうな顔をしたがらない日本人のことであるから、政府もうるさくなくていいだらう。
藍綬褒章とか、緑綬褒章とかいふものは、勲章の部類にはひらないと聞いてゐるが、文功章とやらはどつちの部類か。同じ勲章でも、金鵄勲章は軍人に限り、戦時に殊勲を樹てたものに賜はるといふので、一番有難味があり、その上、年金までつくのだから、軍人でこれを欲しがらないものはない。
金鵄勲章は武功章であるから、それに対する文功章は、芸術家にして、業績赫々たる者に賜はるといふことにすれば、世は競つて傑作逸品を出すことになり、一国の文運頓に熾んとなるわけで、これに越したことはないが、文功は、かの武功の如く、「誰のため」に樹てるといふ性質のものではないから、標準の定め方に困るだらう。まして、暗夜、道に迷ひ、方角を誤つて敵陣に飛び込み、敵の方であはてて逃げてくれたので、一堡塁をなんなく占領してゐたなんていふ殊勲は、芸術家には絶対に樹てられさうもない。
そこで、先づ無難な詮衡方法は、長くその道に携つて、世評も相当に高く、貫禄も一と通りついてゐる老大家を物色することであるが、だがその場合、世評や貫禄は必ずしも芸術的業績の大小と、比例しないことを覚悟しなければならぬ。
文功章をやるといつても、いらぬといふものが出て来るだらう。邪魔にならぬものなら貰つておいてもよささうなものだが、そこは文人気質の潔癖から、そんなものを貰つては一代の名折れのやうに考へ、又は、よろこんで貰つたやうに思はれるのがいやさに、怒らなくてもいいところを怒るものがあるだらう。さういふ場合、当局がどうするか、一寸面白い見物である。
尤も、仏蘭西のやうに、芸術家として一家を成したものには、悉く「レジヨン・ドヌウル」をやることにし、だんだん勲等を上げて行くやうにすれば、「勲章を持つてゐるもの」より、「持つてゐないもの」に世人の注意が向けられ、「誰が貰つた」といふことより、「誰がまだ貰はない」といふことの方に興味が集まることになるから、「貰ひたい」と思はないでも、「貰はないでゐたくない」と思ふやうになるのが自然かもしれない。
かういふ心理は、なんと云はうとも人間持前のものである。それを利用するしないは国家の勝手であるが、仏蘭西の勲章で思ひ出した一つの話は、嘗てアントワアヌが自分の管理するオデオン座の経済的窮境を救ふため、時の首相クレマンソオに宛て、無心状を書いた。それは、政府の補助金を増してくれといふかはりに、「レジヨン・ドヌウル」をある男にやつてくれといふのである。クレマンソオはアントワアヌを信ずること篤く、その男とは誰だとも訊かず、よしツと云つて承知した。云ふまでもなく、アントワアヌはその勲章を種に、ある男から莫大な金を引き出したのである。オデオン座は生き返つた。世間は何も知らない。日本でもこれくらゐの芸当は演じられてゐるのかもしれないが、事、芝居に関する限りでは甚だ疑はしい。
今日まで社会には社会的地位といふものがあつて、その地位を明かにしてやるため、国家が勲章の制度を利用してゐる、といふ風に今日の仏蘭西などでは見えないこともない。ところが先年小説家ヴイクトオル・マルグリツトが、「ギヤルソンヌ」といふ小説を発表したら、その小説が仏国の体面に関するものであるといふ理由で、賞勲局は、マルグリツトのコンマンドウウル(勲三等)を取上げた。「ギヤルソンヌ」は、御承知の方もあらうが、所謂『おとこ女』で、戦後のモダン・ガアルを中心に、巴里社交界の秘事を暴いたものである。小説家が小説を書いて勲章を取り上げられるのだから、仏蘭西政府の芸術家優遇もあてにならないわけである。果して、アナトオル・フランスは、かの『ボ※リイ夫人』事件を例にあげ、時の政府を痛快に皮肉つたが、「ギヤルソンヌ」はこの事あつて以来、内外の人気を沸騰させ、文字通り忽ち数十万部を売り尽したと伝へられる。「仏蘭西と勲章」はこの通り豊富な話題を作つてゐるが、日本の文功章も、せめて、それぐらゐの役に立てば拾ひものであらう。(一九二八・一〇)
底本:「岸田國士全集21」岩波書店
1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「時・処・人」人文書院
1936(昭和11)年11月15日発行
初出:「悲劇喜劇 創刊号」
1928(昭和3)年10月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
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- [[OCN]] 岸田国士 翻訳 蝶
- http://search.mobile.yahoo.co.jp/p/search/pcsite/list?p=%83C%83P%83%81%83%93%91I%8E%E8%81%40%93%AF%90l&b=11&trans=0
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きみの朝 - sakiop @ ウィキ - sakiop @ ウィキ
プニング 君の鐘だよ オープニング オープニング 君の鐘だよ ♪ 元歌 きみの朝 歌手:岸田智史 作詞:岡本おさみ 作曲:岸田智史
