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文学以前 - 豊島 与志雄 ( とよしま よしお )

  • ■ 『日本の文学 中野重治』 近代文学日本文学文学評論 ■
  • 清水義範★日本文学全集第1集/世界文学全集第Ⅰ・Ⅱ期/+おまけ
  • *柄谷行人 日本近代文学の起源 講談社文芸文庫版 文学史 即決
  • 貴重文献「九州文学」・第16・第17号・地方文学 レア・絶版
  • 昭和2年発行 日本文学29 佐藤春夫 里見 改造社 文学
  • q/脇田勇 ある英文学徒の遍歴 英文学者/大学教授の回想記 即決
  • 島尾敏雄 死の棘 日本文学大賞・読売文学賞
  • 片岡良一著作集 第八巻『大正文学研究・昭和文学序説』 中央公論
  • 日本児童文学別冊・過度期の児童文学・昭和55年7月10日発行
  • アメリカ文学思潮史―社会と文学 (増補版)
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      A  現に中央アラビア国の元首で、全アラビア人の信望を一身に担い、モハメッドの再来と目せられて、汎回教運動に多大の刺戟を与えている怪傑、イブン・サウドが、二十数年前、中央アラビア砂漠の中を、少数の手兵を率いて疾駆していた頃の話である。  当時、イブン・サウドは三十三四歳の血気盛り、出没自在極め、幾度か危険に瀕しても屈しなかった。強大なアジマン族が四方の村々を侵している時、彼はひそかに兵を集め、急遽強行軍を決行して、アジマン族を追跡し、その不意を襲った。
 夜明け前のこと、アジマン族も急を知って応戦した。イブン・サウドは徒歩で銃を執り、軍の先頭に立っていたが、近距離からの敵の一弾を股に受けた。出血はげしく、立っているに堪えなかった。このために全軍はためらい、そのひまに敵は逃げのびた。
 イブン・サウドの軍は其地に露営したが、その陣営には種々の噂がひろまった。或は、アジマン族が大挙襲来して来るともいい、或は、新手の強族が襲って来るともいった。更に不幸な噂としては、イブン・サウドは敵弾のために陽物を失い、もはや男ではなくなり、軍勢を指揮するどころか、何の役にも立たない者になってしまったというのである。
 この最後の噂は、男性的力を頼りとする砂漠民兵等をひどく動揺させた。指揮者を失えば彼等は単なる烏合の衆である。故郷へ帰った方がよいとの囁きが起り、逃亡がはじまった。
 天幕の中に寝ていたイブン・サウドは、その情勢を察知した。股の負傷は可なり深く、痛みも甚しかったが、致命的なものではなかった。全軍を落着かせるために、早速行動を取らねばならないし、殊に負傷はしたがやはり男であるとの証拠を見せてやらねばならなかった。
 彼は直ちに、近くの村の族長を呼び寄せ、結婚にふさわしい処女一人選出するように命じた。命令は容易く実行された。
 そしてその夜、陣営の中央天幕で、盛大な結婚式が挙げられた。賑かな祝賀の宴が張られた。云うまでもなく、イブン・サウドと選出された処女との結婚なのである。
 この一事によって、全軍の意気は俄に揚った。イブン・サウドの手兵は元より各地からの部落兵等も、感嘆し、喝采し、勇躍した。まさしくイブン・サウドこそは男の中の男である。陽物を失って男でなくなったとは嘘である。それのみならず、重傷を負いながらも恋人の務めを立派に果すことの出来る超人だ。そうした賞讃の念は信頼の念となり、この驚嘆すべき男、吾等の指揮者のためには、命を捨てても惜しくなく、砂漠の果までも従って行き、如何なる敵とも戦おうと、全軍は勇み立った。
 斯くて、イブン・サウドの素晴しい芝居はみごとに効を奏したのだった。――(以上、アアムストロング著、古沢安次郎訳、「イブン・サウド」に拠る。)
 この素晴しい芝居の時、イブン・サウドは固より独身ではなかった。遠い居城には愛妻ジオハラがいた。彼が真に愛した女はジオハラ一人だろうと云われている。然し彼はその生涯中、多くの女と結婚した。但し同時に四人以上の妻を持ったことはなかった。彼は敬虔な回教信者で、予言者の定めた戒律を厳重に守ったのである。モハメッドは次のように規定している。
「汝は二人、三人、或いは四人の妻を娶るも差支なし。されどそれより多くは娶るべからず。」
 イブン・サウドは大抵三人の妻を養い、四人目は空席にしておくことが多かった。このことだけでも、アラビア王室に於ては道徳的と云われるだろう。そしてこのために、イブン・サウドは何等戒律にそむくことなしに素晴しい芝居が打てたのである。
 私は先般、上海租界裏町で、数名の人々と回教料理を味いながら、老酒の酔がまわるにつれて、イブン・サウドのことを思い出したのである。
 回教料理面白い。初めに幾種類かの前菜が出て、それからいよいよ羊の肉となる。食卓中央焜炉が据えられ、焜炉の上の鍋には、真中に小さな煙筒がつきぬけていて、下の火力が衰えないようにされている。羊の肉は薄く切って、径十五センチぐらいの平皿に河豚の刺肉のように並べてある。それを一切ずつ箸でとって、ぐらぐら沸立ってる鍋の湯に浸し、各自の好みに合う程度に自ら煮て、したじにつけて食べる。そのしたじの薬味大変で、各種の醤油や酢や味噌や葱や香料など、十種類から十五種類に及ぶものを、これまた各自の好みに応じて自ら調合するのである。
 羊肉の皿は次々と運ばれてくる。沢山食べるほど豪いとされている。


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