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文芸の哲学的基礎 - 夏目 漱石 ( なつめ そうせき )

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  • 父の帽子/森茉莉/講談社文芸文庫
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  • ◎那覇文芸あやもどろ 特集:山之口獏論集
  • ■初版■ 中上健次 ■  化粧  ■講談社文芸文庫■
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 東京美術学校文学会の開会式一場の講演を依頼された余は、朝日新聞社員として、同紙に自説を発表すべしと云う条件で引き受けた上、面倒ながらその速記会長に依頼した。会長は快よく承諾されて、四五日の後|丁寧(ていねい)なる口上を添えて、速記を余のもとに送付された。見ると腹案の不充分であったためか、あるいは言い廻し方の不適当であったためか、そのままではほとんど紙上に載せて読者一覧を煩(わずら)わすに堪(た)えぬくらい混雑している。そこでやむをえず全部を書き改める事にして、さて速記を前へ置いてやり出して見ると、至る処に布衍(ふえん)の必要を生じて、ついには原稿の約二倍くらい長いものにしてしまった。
 題目の性質としては一気に読み下さないと、思索の縁を時々に切断せられて、理路の曲折、自然の興趣に伴わざるの憾(うらみ)はあるが、新聞の紙面には固(もと)より限りのある事だから、不都合(ふつごう)を忍んで、これを一二欄ずつ日ごとに分載するつもりである。
 この事情のもとに成れる左の長篇は、講演として速記の体裁を具うるにも関わらず、実は講演者たる余が特に余が社のために新(あらた)に起草したる論文と見て差支(さしつかえ)なかろうと思う。これより朝日新聞社員として、筆を執(と)って読者に見(まみ)えんとする余が入社の辞に次いで、余の文芸に関する所信の大要を述べて、余の立脚地と抱負とを明かにするは、社員たる余の天下公衆に対する義務だろうと信ずる。


 私はまだ演説ということをあまり――あまりではないほとんどやった事のない男で、頼まれた事は今まで大分ありましたけれどもみんな断ってしまいました。どうも嫌(いや)なんですな。それにできないのです。その代り講義の方はこの間まで毎日やって来ましたから、おそらく上手だろうと思うのですけれどもあいにく御頼みが演説でありますから定めて拙(まず)いだろうと存じます。
 実はせんだって大村さんがわざわざおいでになって何か演説を一つと云う御注文でありましたが、もともと拙いと知りながら御引受をするのも御気の毒の至りと心得てまずは御辞退に及びました。ところがなかなか御承知になりません。是非やれ、何でもいいからやれ、どうかやれ、としきりにやれやれと御勧(おすす)めになります。それでもと云って首を捻(ひね)っていると、しまいには演説はやらんでもいいと申されます。演説をやらんで何を致しますかと伺うと、ただ出席してみんなに顔さえ見せれば勘弁すると云う恩命であります。そこで私も大決心を起して、そのくらいの事なら恐るるに及ばんと快く御受合を致しました。――今日(こんにち)はそう云う条件の下にここに出現した訳であります。けれども不幸にしてあまり御覧に入れるほどな顔でもない。顔だけではあまり軽少と思いますからついでに何か御話を致しましょう。もとより演説と名のつく諸君諸君はとてもできませんから演説と云ってもその実は講義になるでしょう。講義になるとすると、私の講義は暗(そら)ではやらない、云う事はことごとく文章にして、教場でそれをのべつに話す方針であります。ところが今日はそれほどの閑暇(ひま)もなし、また考えも纏(まと)まっておりません。だから上手であるべき講義今日に限って存外|拙(まず)い訳であります。
 美術学校でこういう文学的の会を設立して、諸君の専門技芸以外に、一般文学知識趣味を養成せられるのは大変面白い事と思います。ただいま正木校長の御話のように文学美術大変関係の深いものでありますから、その一方を代表なさる諸君文学の方面にも一種の興味をもたれて、われわれのような不調法(ぶちょうほう)ものの講話を御参考に供して下さるのは、この両者の接触上から見て、諸君の前に卑見を開陳すべき第一の機会を捕(とら)えた私は多大の名誉と感ずる次第であります。できない演説を無理にやるのは全くこのためで、やりつけないものを受け合ったからと云って、けっして恩に着せる訳ではありません。全く大なる光栄と心得てここへ出て来たのである。が繰返(くりかえ)して云う通り演説はできず講義としては纏(まと)まらず、定めて聞苦しい事もあるだろうと思います。その辺はあらかじめ御容赦(ごようしゃ)を願います。
 まずこれからそろそろやり始めます。やり始めますよと断ると何だかえらそうに聞えるが、その実は何でもない。ここに三四|頁(ページ)ばかり書いたノートがあります。これから御話をする事はこの三四頁の内容に過ぎんのでありますからすらすらとやってしまうと十五分くらいですぐすんでしまう。いくらついでにする演説でもそれではあまり情ない。からこの三四頁を口から出まかせに敷衍(ふえん)して進行して行きます。敷衍しかたをあらかじめ考えていないから、どこをどっちへ敷衍するか分らない。時によると飛んだり寄り道をして、出る所へも出られず、帰る所へも帰れないかも知れないと云うすこぶる心細い敷衍法を用います。のみならず冒頭(はじめ)が何だか訳の分らない事から始まるかも知れないから、けっして驚いてはいけません。いずれ結末には美術とか文学とか御互に縁の深い方面へずり落ちて行く事と安心して聴いていただきたい。――ただいま正木会長の御演説中に市気匠気(いちきしょうき)と云う語がありましたが、私の御話も出立地こそぼうっとして何となく稀有(けう)の思はあるが、落ち行く先はと云うと、これでも会長といっしょに市気匠気まで行くつもりであります。
 まず――私はここに立っております。そうしてあなた方(がた)はそこに坐(すわ)っておられる。私は低い所に立っている、あなた方は高い所に坐っておられる、かように私が立っているという事と、あなた方が坐っておらるると云う事が――事実であります。この事実と云うのを他の言葉で現して見ようならば、私は我と云うもの、あなた方は私に対して私以外のものと云う意味であります。もっとむずかしい表現法を用いると物我対立と云う事実であります。すなわち世界は我と物との相待の関係で成立していると云う事になる。あなた方も定めてそう思われるでありましょう、私もそう思うております。誰しもそう心得ているのである。それから私が、こうやってここに立っており、あなた方が、そうして、そこに坐ってござると、その間に距離というものがある。


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