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新しい躾 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 宮本百合子選集第一巻・小説集 ☆宮本百合子
  • 【本】 宮本百合子研究・宮本百合子批評 関係書 6冊 N21078
  • 宮本百合子全集 補巻一 習作一 函・月報付 新日本出版社
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 この半年ばかりのうちに、私たちの生活におこった変化は、日本のこれまでのいつの歴史にもその例がないほど、激しいものです。日本は今、非常な困難とたたかいながら、一日も早く民主の国となり、平和保証された国となり、世界に再び独立国として登場するための努力をはじめております。

 これからの私たち日本人は、世界に恥しくない市民として、どういう風でなければならないでしょうか。新しい躾の問題も、こういう広い、雄大な立場から考えられなければならないであろうと思います。

 躾という字をみますと、美しく身をもつ、ことと思えます。美しく身を持した生活態度というのは、どういうことをさしていうのでしょう。

 昔から躾というと、とかく行儀作法、折りかがみのキチンとしたことを、躾がよいといいならわして来ました。しかし、今日生活は遑(あわただ)しく、変化が激しく、混んだ電車一つに乗るにしても、実際には昔風の躾とちがった事情がおこって来ています。しとやかに、男の人のうしろについて、つつましく乗物にのるのが、昔の若い女性の躾でした。
 毎朝、毎夕、あの恐しい省線にワーッと押しこまれ、ワーッと押し出されて、お勤めに通う若い女性たちは、昔の躾を守っていたら、電車一つにものれません。生活現実が、昔の形式的な躾の型を、押し流してしまいました。
 けれども、私たちの心には、やはり美しく、立派な生きかたをしたいと思う念願は、つよくあります。そうだとすれば、新しい躾の根本は、第一に、毎日の荒っぽい生活に、さらわれてしまわないだけの根深い根拠をもつものでなければならないということが分ります。そのように、しっかりした躾は、どこから、生れて来るものでしょうか。

 親が子供を躾けるとき、先ず願うことは、体が丈夫であることの次に、正直な、公明正大人間になって欲しいということであると思います。
 子供たちが、正直な、公明正大人間となってゆくために、果して現在社会の有様は、ふさわしいものでしょうか。

 子供たちが、いつもおなかをすかしていなければならないという、事情一つを考えてみても、子供のためによい社会状態であるとは、いいかねます。国民学校教育も戸惑っている形ですし、住宅難の問題もあり、子供は可哀そうに、悪くなってゆくどっさりの条件の中に、さらされております。

 こういう困難の中で、公明正大人間を作ろうとするのは、理想論だといわれるかもしれません。しかし、子供は実に敏感です。
 同じ辛苦をしながらも、親たちが、いつも明るい愛と勇気と、率直公平な物わかりよさをもって困難をしのいでゆくならば、子供たちは、困苦の中にも伸び伸びとして育つものです。これまでにしろ、誰が金持の子なら必ず立派だと考えていたでしょう。却って、あれは、金持の息子さ、という言葉には、人間として、余り期待しないという意味が仄めかされていたではありませんか。

 躾の根本は、真面目社会のために働く人間としての誇りの自覚であると、信じます。

 こまかい実際問題として、躾の一つに欠かされないことがあります。それは、これからの日本人は、ひとから意見を問われたとき、これまでのように、あいまいに「サア、私はどうでもいいんだが――」という風な返事をしないようにならなければならないということです。問われたことをよく考えてみて、よいならよい、悪いならわるい。もし又、はっきり分らなければ、そのとおりに、はっきり分らないと答える習慣を持たなければなりません。今すぐ返事が出来ないから、待ってくれという場合もあるでしょう。いずれにせよ、明白に責任のある答えをする習慣を身につけなければなりません。

 これまでの私たち日本人は、大事なことはみんな役所まかせで、肝腎の命さえ、自分勝手にはなりませんでした。役所は、小さな区役所から内閣まで、一度で用のすまないのが普通です。云ってみれば、これまでの私たちには、自分自分がままならず、自分自分のことがすっかり分ってもいなかったのです。従って、日本人の返事の曖昧さは、世界でおどろかれる特徴の一つとなりました。私たちは、この習慣をやめなければなりません。

 はっきり返事をして、ひとの意見も落付いてきくという躾は、日本人にとって、思っているより大切です。
 ひとがものを云っているときには、わきから口を出して邪魔をしてはいけません。自分の気に入らない意見でも、しまいまでチャンときいて、堂々とそれを討論してゆく人間にならなければなりません。
 自分で考えてみる力を、守り立ててやりましょう。
 自分の思いつきを大切にして、それを実現してゆく方法を、根気よく見つけてゆく人間を作らなければなりません。
 人間社会には、いろいろの行きちがい矛盾、醜いことがあるけれども、最後のところへゆけば、人間道理に従って生きるものである、という、動かすことの出来ない天下真理を、稚い心のうちに明るく、しっかりと植えつけてやらなければなりません。

 そのために母親は、自分の都合でばかり子供を叱らず、忙しくても辛抱して、とっくりと子供言い分をきいてやり、親の思いちがいであったならば、さっぱりと、母さんが間違えていてわるかったね、ごめんよ、と云ってやることが大切です。こういう親の扱いこそ、子供にとっていいつくせないよろこびであり、尊敬であります。子供が将来、独立人としての見識をもち、同時に、美しい寛大さと、威厳を失うことのない譲歩とを学ぶ、みなもとです。
 日本民主の国にならなければならない、その大切な毎日の発展は、こういう母たちの心がけのうちに、かもされてゆくのだと思います。

 このように明るく、親も子も同じように、道理には従うというきちんとした習慣で育てられれば、男の子女の子も、おのずから動作しっとりとし、正しいことに従う素直さをもち、互に扶け合う気風も出来ます。
 躾にも筋がとおる、ということが大切です。手足の上げおろしを細々と、やかましくいって、肝腎の性根に及ばない躾は、最悪です。
 今日男女青年たちの或るものが、形式ばった挨拶だけは上手で、一向に公徳心も、若者らしいやさしさもない心でいるのは、形式一点ばりであった軍事教育害悪です。

 女の子だからと云って、女のくせに、と禁止ばかり多い育てかたをする時代でないことは、もう申すまでもないことです。


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