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方子と末起 - 小栗 虫太郎 ( おぐり むしたろう )

  • 小栗虫太郎「人外魔境」有尾人畸獣秘境怪奇冒険幻想譯★海外OK
  • 「白蟻」(文庫)小栗虫太郎Ⅱ
  • 小栗虫太郎 海螺斎沿海州先占記 日本幻想文学集成 松山俊太郎
  • 小栗虫太郎/長編伝奇推理小説・ニ十世紀鉄假面
  • ★「海象に舌なきや」小栗虫太郎 昭22初版 雄鶏社★
  • 探偵小説名作全集7 小栗虫太郎集 黒死館殺人事件 河出書房
  • 小栗虫太郎・探険小説/有尾人
  • 送\160日本探偵小説全集6 小栗虫太郎集 黒死館殺人事件ほか
  • ◆◇小栗虫太郎全作品 1~6巻 初版 沖積舎 紅殻駱駝の秘密 他
  • 小栗虫太郎全作品1 紅殻駱駝の秘密 桃源社発行
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  一、髪を切られる少女 (方子(まさこ)からの手紙)  末起ちゃん、お手紙有難う。  ほんとうにお姉さまは、末起ちゃんのために二年越しの敷布(シーツ)のうえがすこしも淋しくはありません。
 行くんですってね……? まい日末起ちゃんは学校の裏庭へ行って、やまももの洞に彫ったあれを見ているそうね。
 あたくしも、あなたと散歩した療養所裏の林の、白樺の幹を欠かさず見ています。
 一つは、あたくしが四年あなたが二年のとき、もう一つは、それから一年経った先達っての話ね。そして孰(ど)っちにも、あなたとあたくしの、頭文字が刻んである。
 恋しい人、たがいに離したくない、懐かしい人……。
 ところが、今日末起ちゃんのお便りをみますと、あたくしの名を、刻んだほうの切り口から樹液が湧きだして、あなたのほうへ、涙のように流れていたとかいう話。
 それであなたは、もしやあたくしに変りごとがあったのではないか、それとも、自分の足らなさからあたくしを泣かせたのではないかと、まるで、涙ぐんだような詑び心地で――かえって、あたくしのほうが泣かされてしまいました。
 でも、大丈夫よ。
 末起ちゃんが、護ってくれるあたくしに、なんの変りがあるもんか。熱線も、近ごろでは良く、希望が持てて来ました。だけど、ひところからみるとたいへんに瘠せて、いま、末起ちゃんが抱いたら羽毛のような気がするでしょう。
 だけど、いいの……心配しないでね。
 あたくしは、もし淋しくなったら死んでしまうでしょうが。まい日、末起ちゃんが来てくれるのに、死ねるもんですか。あたくし昼間は、強いてなにも考えずに眠りませんけれど、夜は、月明をえらんで里から里へとわたり、末起ちゃんの寝顔をそっと見てくるんですのよ。そして末起ちゃんも、おなじなのを、ようくあたくし知っています。
 何故でしょう。なぜ二人は、こんなに愛しあうんでしょう※
 それはね……なぜ太陽かがやき子供は生れるかと、尋ねられるように、答えようがありますまい。あたくしも、ただ愛するから愛するとしか、いえません。おたがいに、女学校の二年と四年で知り合って、一年後には、あたくしのほうが療養所へ来てしまった……それだのに、かえって、末起はあたくしとともに病んでくれる。
 ねえ、いつか末起ちゃんが寄越した、泣けるような手紙ね。あれには……

 ――神さまは、お姉さまには病む苦しみを与えましたが、あたくしには、苦しみをともにせよと、お姉さまを与えてくれました。お姉さまの、病はいわば、あたくしの病気ですわ。ともに苦しみともに堪えて、この世を切り抜けよと、お験しになったにちがいありません――と。

 だけどもう、末起をこのうえ苦しめたかアない。そうなったら、いまの末起には、二重の負担ですもの。
 あなたの心配ごとって簡単で分からないけど……。お義父(とう)さまのこと、手足も口も利けない気味の悪いお祖母さまのこと、それから四、五年まえに殺されたお母さまのことなど――よく知っているだけに、あたくし気になりますわ。
 それに、寝ている間に髪の毛を切られたって、もしかしたら、お母さまが殺されるまえにあったと、同じことじゃない?
 末起、ねえ、強くなって……。あんたは、ここでぐんと強くならなきゃアいけないわ。あたくしには、暗い家庭にいる末起がどんなだか分る……。考えると、こう離れているのがもどかしくなって来る……。だけど、もともと末起はあたくし、あたくしは末起なんだから、どんな、距離や遠さがあったからって、問題じゃないと思うわ。
 末起、ねえ、すぐに詳しい返事を頂戴。
 そのあいだ、咳や熱がたかまるお姉さまを思うなら、はやく、一刻も急いでね。
あなたの、方子より
    ………………………
 相良末起の、母親が殺されたのは、四年ほどまえのことだった。
 石町(こくちょう)で、大光斎といわれる大店(おおだな)の人形師、その家つき娘の、末起の母親おゆうはそりゃ美しかった。色白で、細面ですらりとした瘠せ形で、どこかに、人の母となっても邪気(あどけ)なさが漂っていた。
 ところが末起にとってみれば生みの父親であるところの、さいしょの養子は間もなく死に、二度目の、いまの謙吉は事業慾がつよく、連綿とした、老舗(しにせ)を畳んでセロハン会社などをやっていた。
 それは、謙吉に時世をみる眼があったからだろうか、暖簾や、伝統などに執着せずさらっと止めたことは、多くの競争者のなかにあってマネキン人形などつくるよりも、大光斎としては有終の美であったにちがいない。
 そうして、末起は、郊外の邸町で育ち、黒襟の、母や祖母とはそぐわぬ、ミッションスクールに入れられた。ところが、その年の夏ちかいころ、この一家におそろしい悲劇が見舞ったのである。
 とつぜん、なんの予兆も前触れもなしに、意外な人が思わぬ人の手にかかってしまった。
 それまでは、風波といっては別にない家庭で……、ただ、末起の母が結核にかかったこと、従って謙吉には外泊が多くなり、それやこれやで、相良の家は決して明るくはなかった。が、そうかといって、それだけでは殺人理由にはならない。
 他には、まだ詮索すれば、謙吉の不満もあったが……。
 それは、世の常の養子の例に洩れず、まだおゆうの名義に電話までがなっていることだ。
 ちょうど四年まえ、五月の末の鬱陶しい雨の朝だった。


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