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方言 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )

  • 普通話引き、河北省の中国語官話方言辞典「河北方言詞彙編」
  • 福建省客家語、ショー語の諺、民謡『福安ショー族方言熟語歌謡』
  • ♪即決!日本方言辞典―標準語引き 小学館辞典編集部
  • ■昭和31年再■大阪方言事典 大阪ことばの会 牧村史陽 杉本書店
  • 昭和18年 蝸牛考 柳田國男 創元社初版 カタツムリ民俗学方言学
  • ▼◇金元戯曲方言考・詩詞曲語辞匯釈 上下●世界書局印行
  • 2冊「沖縄ことばの散歩道」(正続)池宮正治 著 語源方言
  • ロシア語方言辞典 26冊 (3-25, 27-29)
  • ★柳田國男『方言覚書』昭和17年初版カバー付★
  • 福建語、びん南語(台湾語)の諺、民謡『漳州方言熟語歌謡』
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○くびだけ 今はと言はれぬ語であるが、くびだけは首ばかりが水面に出てゐる様子で、沈湎・惑溺の甚しい事を言ふのだ、と思うてゐた処、大阪天満女夫池に、妻を追うて入つた夫の歌と言ふのに「水洩らぬ契りの末は首たけに思ひしづみし女夫池かな」極めて要領を得ぬ物であるが、首|長(ダケ)とは着長(キタケ)に対した語で、頭をもこめた長(タケ)の義であらう、と思ひあたつた。首が出る段でなく、ずんぶりつかつて了ふことであらう。東京人のくびつたけの促音は、くびのたけの積りであるので、だけ(而已)に力をこめたのではなからう。
○さくら 縁日などに出る香具師仲間では、客の買ひ方を速める為に、囮になつて、馴れあひで物を買ふ。此類に限らず、其外にも、人目は関係ない様に見せかけて、実は、脈絡をもつて悪い事をする第三者、譬へば、手品師に於ける隠れ合図をする者・すりのすつた品物途中受けとる人間など、すべて相掏り(あひずり)と言はれるものを、大阪ではさくらと言ふ。此は、花合せの札の三月の分が、殊に目につく藍刷りであつた為かと思ふが、他に案があつたら、教へて下さい。
祭りの翌日 祭りの前の日のよみや、祭日の本(ホン)まつりなどは、何処でも通用するが、祭りの翌日には、行事のあるところと、ないところとがある様だし、用語も、地方によつて、まち/\な様である。熊本のおけあらひ(桶洗ひか)大阪のごえん(後宴か御縁か)などは聞いた。祭りのなごりを惜しむ人々の残つてゐる今の間に蒐めておきたい。
○もろに 東京でも、今は諸国の人々の寄り合ひになつて了うた為、大抵の国々の語の包括を遂げた様に見える。其でも、下町の年よりの早口の会話を聞くと、かなり意の通ぜぬ語に出くはす。今の間に、小説家などが、もつと書きとめて置いてくれゝばと思ふ。もろになど言ふ副詞は、実の処、私にはまだ、的確に意義が掴まれぬ。初めは「両(モロ)に」で、両手でさしあげたりする意の、相撲とりの仲間からとり入られたものと考へて、其まはしを両手(モロテ)でひいて、軽々とさしあげる意から、軽々と・たやすくなど言ふ意が、胚胎せられて来たものと思うた。
処が、事実はすつかり違ふ様である。もろには「脆く」と一つで、上方のぼろくそ・ぼろいなど言ふ語と密接な関係があつたのである。其について思ひ起すのは、友人永瀬七三郎君が、北河内|三(サン)个|江(エ)の口(クチ)(野崎の近辺)に住んだ頃、こもろいと言ふ形容詞をよく耳にした。だから、大阪のぼろいはこもろいと一つで、脆いと言ふ語が語原であらう、と言うてゐたことである。ぼろいと言ふのは「手もなくうまい事をした」場合などに言ふ語で、過大な好結果を示すのである。言ひ換へれば、さのみの苦労をせずに、思ひがけぬ利益を得ることをいふ。今日言語情調からすれば、ぼる(貪)と言ふ語と親類らしく感ぜられるのであるが、事実は、やはり別であらう。
其は、ぼろくそと言ふ語が、同時に行はれてゐるのを、参考して見ても知れる。ぼろくそは「苦労なくはかどる」或は「努力せずして思ひの外に速かに願ふ結果を獲る」意である。当方でなく、対象が脆く自分の思ふまゝになる、と言ふのが本義なので、貪(ボ)るが語原とすれば、ぼろいの意は訣つても、ぼろくそは解釈がつかぬのである。ぼろい――こもろい――もろにと並べて見れば、今も東京に行はれてゐるもろにといふ語の原義は、ほゞ辿られる様である。
○へそくり・しがいせん 雑誌郷土研究時代では、随分へそくり・しがいせんなどが、問題になつた。わたしは、へそくりは綜麻繰(ヘソク)りで、家族の私有の利得は、其辺から得たものと信じてゐるので、しがいせんも、しんがい・しがいなど言ふ、糸鞋を作つて、めい/\の小遣ひ銭を作つた為と考へる。まつぼりなども、かういふ方面から、探りを入れて行くべきだらうと思ふ。
○がしん 岡山辺では、飢饉年をがしんと言ひ、京阪ではいくぢなしをがしんといふ。私の様に弱かつた子供は「がしんやな」「がしんたれ」など言ふ語で、批評せられ通しであつた。処が、狂言記に二个処ほど(一个処は餌さし十王)がしんを見た。其用語例は、岡山の凶年とまでは行かずとも、不景気の意であつた。さうすると餓死など言ふ宛て字が、相当の値うちを持つて来る様に思はれる。
○てんごお・てんご・てご 浄瑠璃に屡(しばしば)見るてんごおと言ふ語は、今も京阪に生きてゐる。多くの場合、てんご・てごなど短くつめられるを常とする。戯れ・いたづら、まじめな態度を欠いた総て動作を表す語である。転業・手業など言ふ節用集流の宛て字は、おもしろくない。同じ系統の語らしいものに、口ごはいと言ふ語がある。思ふ存分人にあらがひ、罵倒することであるが、てんごおほどには、書物の上に残されずに、もう亡びかゝつてゐる。此語は、馬などにも言ふ口強(クチゴハ)と言ふ語の、謂はゞ、連体法のくちごはいが、くちごはい事など言ふ接続を忘れて、な(<なる)を落す上方修飾語の常習と誤認して、名詞と思うたのである。「親に向うて口ごおはい。罰があたるぞ」或は「口ごおはいなわんぱく坊主」など使ふ。即ごが重母音になつたのだ。扨、かのてんごおもやはり、此と同じく、手強(テゴハ)の義で手|強(ゴハ)うする>てごわうする>てごお(する)>てごお>てんごお、と言ふ風に、名詞化して来たと見るべきであらう。京阪が行音は、勿論、鼻音であるから、てごおになる迄の間に、既に、撥音んのわりこみのあつたことゝ思はれる。
○晩と夜 晩と夜とは、今では多くの地方皆、おなじ事に考へてゐる様である。狂言記あたりに見える「晩ずる」といふ動詞は「夜になる」の意としか解かれてゐぬが「昏(クラ)くなる」位の意であらう。家忠日記天正十八年二月二十二日の条に「伊可御茶屋之普請は、晩より夜まで雨ふりかみなり」とあるのは、たそがれ・夕景などの意であらう。
○よさもと 紀伊北牟婁郡長島辺を歩いてゐた頃に、行き逢うた人の話では、午後をよさもとと言ふ由。八つ下りなどの意であらうか。


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