日光 - 田山 花袋 ( たやま かたい )
一
野州(やしう)はすぐれた山水の美を鍾(あつ)めてゐるので聞えてゐる。水石の美しいので聞えてゐる。深い溪谷の多いので聞えてゐる。雲煙の多いので聞えてゐる。
中でも、日光の山水を持つた大谷(だいや)川の谷と鹽原の勝を持つた箒川(はうきがは)の谷とが一番世に知られてゐる。しかし、この他に鬼怒川(きぬがは)の大きな溪谷のあることを忘れてはならない。
しかし、何と言つても一番すぐれてゐるのは大谷(だいや)の峽谷だ。電車が通じ、凉傘(パラソル)が日に照り、都會の人々を乘せた籠や車が絶えずその谷の岸を通つて行くので、頗る俗化されて了つたやうなところはあるけれども、それでも山の深いために持つた男性的の烈しい氣分は、決してその峽谷を全く平凡化しては了はなかつた。風は凄じく鳴つた。溪は凄じく怒號した。雲霧は時の間に咫尺を辯ぜぬばかりに襲つて來た。一度洪水が出れば、その凄じい烈しい濁流は例の朱塗の橋をも呑まんばかりの勢を呈した。
それにその持つた輻射谷にもすぐれた谷が多かつた。般若(はんにや)方等(はうとう)の谷、荒澤の谷、田母澤(たもざは)の谷、すべて美しいシインを到る處に開いた。瀧の多いのも無論その峽谷の色彩を複雜にしてゐるが、それよりも何よりも水の美しいのが好かつた。深澤(みさは)の溪橋あたりの水の美しさは、他の溪谷にはとても見ることの出來ないものであつた。瀞潭の美は紀州の北山川にある。奔瀬の美は肥後の玖磨川にある。しかし瀬の水の美しさは實にこの大谷の峽谷を以て最とした。
水の美しさは、鹽原の谷も多くこれに讓らない。入勝橋(にふしようけう)から福渡戸(ふくわと)に行くあたりは、殊にすぐれてゐる。しかし、箒川の谷は何方(どつち)かと言へば女性的である。奔湍急瀬の壯よりも、寧ろ清淺晶玉の美である。山にも大谷の峽谷に見るやうな烈しい強い男性的の氣分を持つてゐない。線からして既に柔かで瀟洒である。しかしこの谷には大谷の谷にない温泉が處々に湧出した。それに、近頃では軌道が出來た。まご/\すると、箱根もその繁華の半を此處に奪はれるやうにならぬとも限らない。
この二つの山水の谷に比べると、鬼怒川の溪谷は、平凡ではあるが規模は大きい。何處かと言へば、木曾川、多摩川、久慈川の谷に似てゐる。大谷の谷のやうに岸が迫つてゐない。岩石の奇にも乏しい。しかし中岩橋、籠岩を序幕として、それから瀧の湯附近、更に進んで川治の温泉附近、そこから谷は深く山又山の中に穿つやうに入つて行つて、その源流の鬼怒沼まで十五六里が間、人家は皆山に架し溪に枕(のぞ)み、水の鳴ること佩環(はいくわん)の如く、全く別天地を其處に開いて見せるのであつた。平家の落武者のかくれたといふさびしい山村を……。獵師と岩茸(いはな)採りと鑛山師と熊と岩魚(いはな)とを持つた栗山十三郷の山村を……。
しかし、鬼怒川の水電工事は、この美しい峽谷をも非常に破壞したといふことであつた。文明の氣分は今はこの深山窮谷の中まで入つて行つた。
二
普通遊覽者の通つて行く處から一歩入ると、日光の山は非常に深い。地域もまた廣大である。北は鬼怒川の谷を越して、連山重疊した會津の帝釋(たいしやく)山脈(さんみやく)と相接してゐる。
從つてその持つた森林帶には、扁柏、栂(つが)、山毛欅(ぶな)などが一面に密生して、深山でなければ見ることの出來ない原始的のカラアに富んでゐる。密林の中にある木小屋、一面に叢生した熊笹、その中を數條の細い裏山道が折れ曲つて通じて行つてゐる。瀧の尾の裏から八風(やつぷう)を越えて女峯(によほう)の七瀧(なゝたき)に登つて行く路、裏見の荒澤の谷からその岸を縫つて栗山へと通じてゐる富士見越の路、大眞名子(おほまなご)、小眞名子(こまなご)の裾を掠めて志津(しづ)の行者小屋に達する路、戰場ヶ原から山王峠を越して西澤金山に行く路、湯本の奧から狩籠(かりごめ)湖の岸に添つて、金田(かねだ)峠を越して、鬼怒川の川俣温泉に行く路、それ等の路はすべて深い深い森林帶の中を通つて行かなければならなかつた。この道路の中で、七瀧の大きな谷、女峰の劍の峰の眺望、富士見越の途中から遙に遠くその髣髴を認めることの出來る三界瀑、大眞名子の千鳥返しといふ難所のあるあたりの眺望、太郎山の御花畑、金田峠の上から見た連山の起伏などが深く私に印象されて殘つてゐた。男體(なんたい)へは私は表からも裏からも登つた。裏から登つた時は、雨の土砂降りに降る日で、山巓まで行つたには行つたが、深い雲霧で、一間先をも辨ずることが出來ず、禪頂小屋に蹲踞(つくな)んでゐて見ても何うすることも出來ないほど寒いので、急いで下りて來て、志津の小屋で一夜を過した。
この裏山(うらやま)禪頂(ぜんちやう)は、昔は僧侶がよく行をやつたところで、山中到る處に今でも猶その禪頂小屋の殘つてゐるのを見る。私の知つてるだけでも、唐澤、女峰、志津などがある。風雨と年月とに晒されて、ひどくなつてはゐるが、それでもそこで過した一夜は平凡でなかつた。その附近の熊笹の中には屹度清い水が湧き出してゐて、そこで米を炊ぐことが出來た。
中でも、日光の山水を持つた大谷(だいや)川の谷と鹽原の勝を持つた箒川(はうきがは)の谷とが一番世に知られてゐる。しかし、この他に鬼怒川(きぬがは)の大きな溪谷のあることを忘れてはならない。
しかし、何と言つても一番すぐれてゐるのは大谷(だいや)の峽谷だ。電車が通じ、凉傘(パラソル)が日に照り、都會の人々を乘せた籠や車が絶えずその谷の岸を通つて行くので、頗る俗化されて了つたやうなところはあるけれども、それでも山の深いために持つた男性的の烈しい氣分は、決してその峽谷を全く平凡化しては了はなかつた。風は凄じく鳴つた。溪は凄じく怒號した。雲霧は時の間に咫尺を辯ぜぬばかりに襲つて來た。一度洪水が出れば、その凄じい烈しい濁流は例の朱塗の橋をも呑まんばかりの勢を呈した。
それにその持つた輻射谷にもすぐれた谷が多かつた。般若(はんにや)方等(はうとう)の谷、荒澤の谷、田母澤(たもざは)の谷、すべて美しいシインを到る處に開いた。瀧の多いのも無論その峽谷の色彩を複雜にしてゐるが、それよりも何よりも水の美しいのが好かつた。深澤(みさは)の溪橋あたりの水の美しさは、他の溪谷にはとても見ることの出來ないものであつた。瀞潭の美は紀州の北山川にある。奔瀬の美は肥後の玖磨川にある。しかし瀬の水の美しさは實にこの大谷の峽谷を以て最とした。
水の美しさは、鹽原の谷も多くこれに讓らない。入勝橋(にふしようけう)から福渡戸(ふくわと)に行くあたりは、殊にすぐれてゐる。しかし、箒川の谷は何方(どつち)かと言へば女性的である。奔湍急瀬の壯よりも、寧ろ清淺晶玉の美である。山にも大谷の峽谷に見るやうな烈しい強い男性的の氣分を持つてゐない。線からして既に柔かで瀟洒である。しかしこの谷には大谷の谷にない温泉が處々に湧出した。それに、近頃では軌道が出來た。まご/\すると、箱根もその繁華の半を此處に奪はれるやうにならぬとも限らない。
この二つの山水の谷に比べると、鬼怒川の溪谷は、平凡ではあるが規模は大きい。何處かと言へば、木曾川、多摩川、久慈川の谷に似てゐる。大谷の谷のやうに岸が迫つてゐない。岩石の奇にも乏しい。しかし中岩橋、籠岩を序幕として、それから瀧の湯附近、更に進んで川治の温泉附近、そこから谷は深く山又山の中に穿つやうに入つて行つて、その源流の鬼怒沼まで十五六里が間、人家は皆山に架し溪に枕(のぞ)み、水の鳴ること佩環(はいくわん)の如く、全く別天地を其處に開いて見せるのであつた。平家の落武者のかくれたといふさびしい山村を……。獵師と岩茸(いはな)採りと鑛山師と熊と岩魚(いはな)とを持つた栗山十三郷の山村を……。
しかし、鬼怒川の水電工事は、この美しい峽谷をも非常に破壞したといふことであつた。文明の氣分は今はこの深山窮谷の中まで入つて行つた。
二
普通遊覽者の通つて行く處から一歩入ると、日光の山は非常に深い。地域もまた廣大である。北は鬼怒川の谷を越して、連山重疊した會津の帝釋(たいしやく)山脈(さんみやく)と相接してゐる。
從つてその持つた森林帶には、扁柏、栂(つが)、山毛欅(ぶな)などが一面に密生して、深山でなければ見ることの出來ない原始的のカラアに富んでゐる。密林の中にある木小屋、一面に叢生した熊笹、その中を數條の細い裏山道が折れ曲つて通じて行つてゐる。瀧の尾の裏から八風(やつぷう)を越えて女峯(によほう)の七瀧(なゝたき)に登つて行く路、裏見の荒澤の谷からその岸を縫つて栗山へと通じてゐる富士見越の路、大眞名子(おほまなご)、小眞名子(こまなご)の裾を掠めて志津(しづ)の行者小屋に達する路、戰場ヶ原から山王峠を越して西澤金山に行く路、湯本の奧から狩籠(かりごめ)湖の岸に添つて、金田(かねだ)峠を越して、鬼怒川の川俣温泉に行く路、それ等の路はすべて深い深い森林帶の中を通つて行かなければならなかつた。この道路の中で、七瀧の大きな谷、女峰の劍の峰の眺望、富士見越の途中から遙に遠くその髣髴を認めることの出來る三界瀑、大眞名子の千鳥返しといふ難所のあるあたりの眺望、太郎山の御花畑、金田峠の上から見た連山の起伏などが深く私に印象されて殘つてゐた。男體(なんたい)へは私は表からも裏からも登つた。裏から登つた時は、雨の土砂降りに降る日で、山巓まで行つたには行つたが、深い雲霧で、一間先をも辨ずることが出來ず、禪頂小屋に蹲踞(つくな)んでゐて見ても何うすることも出來ないほど寒いので、急いで下りて來て、志津の小屋で一夜を過した。
この裏山(うらやま)禪頂(ぜんちやう)は、昔は僧侶がよく行をやつたところで、山中到る處に今でも猶その禪頂小屋の殘つてゐるのを見る。私の知つてるだけでも、唐澤、女峰、志津などがある。風雨と年月とに晒されて、ひどくなつてはゐるが、それでもそこで過した一夜は平凡でなかつた。その附近の熊笹の中には屹度清い水が湧き出してゐて、そこで米を炊ぐことが出來た。
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日光 (にっこう) のリンク元
- http://atpedia.jp/word/%E6%97%A5%E5%85%89
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- [[biglobe]] 田山花袋 或る僧の奇蹟
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