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旧聞日本橋 06 古屋島七兵衛 - 長谷川 時雨 ( はせがわ しぐれ )

  • ◆N-0073 テレカ 観光 四国八十四番 南面山 屋島寺 1枚
  • PAIR SLOPE ペアスロープ 鹿屋島ショート 傷あり
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屋島兵衛  古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官(けんかん)の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。葱(ねぎ)を売りにくる人にも、肥(こい)とろやさんにも、薪(まき)屋さんにもありそうな名だ。この名を覚えているのは、あたしの家(うち)の書生さんだったから――というより、道十郎(どうじゅうろう)めっかちを思いださせる顔だったからだ。
 道十郎めっかちというのは、キシャゴの遊びで、つぶの大きなキシャゴを二つもって、上からふると、片っぽひっくりかえって、貝殻(かいがら)の背でない方を出す、それが道十郎めっかちで、なんのためにそういう名がついているのか知らない。それとも江戸から続いて有名役者市川団十郎(いちかわだんじゅうろう)の代々が、大きな眼玉で通っているので、片っぽひっくりかえって団十郎めっかちが転化したものかどうか、それとも他に由縁(ゆえん)があるのか知らない。
 それはどうでも好いとして、古屋島氏の顔に、汚(きた)ないキシャゴの道十郎めっかちがついているのだった。おまけにそれがばかに大きい。濁って、ポカンと開いた黄色い中に、眼球(ひとみ)が輝きもなく一ぱいに据って動かずにいる。盤台面(ばんだいづら)で、色が黄ばんだ白さで、鼻が妙に大きい。ザンギリで、下を向いていて、ヘエ、サヨサヨという時だけ眼球を上にあげる。
 書生さんといったからとて、五十近かったかもしれない。黒い前掛けをしめて、角帯(かくおび)に矢立(やたて)をさしている時もあった。
「あれはなんなの?」
 アンポンタンがそう訊(き)いたことがある。
「あの人は公事師(くじし)といって、訴訟がすきで――三百代言(さんびゃくだいげん)……」
 アンポンタンは子供心にこう理解した。代言人のとこへくるから三百代言?
 三百人は来はしないが、そういう通いの書生さんは大勢来た。よく考えて見ると、自分たちの手におえなくなったものを担ぎ込んできて、便宜上先生先生とやって来たものと見える。そのうちに、小さな仕事――差押え解除だとか、書翰(しょかん)の写しだとか、公判の延期だとか、相当の用をもらって、彼らはもぐりでなく、大手を振って裁判所に出入する特権を、幼くもよろこんだのであろう。
 日本橋区馬喰町(ばくろちょう)の裏に郡代(ぐんだい)とよぶ土地があって、楊弓や吹矢(ふきや)の店が連なった盛り場だったが、徳川幕府の時世に、代官のある土地の争いや、旗本知行地(ちぎょうち)での訴訟は、この郡代訴えたものとかで、その加減かどうか、馬喰町には大きな旅籠屋(はたごや)が多く残っていた。おかしなことに、古屋島兵衛さんは、郡代の裏の、ずっと神田の附木店(つけぎだな)によった方の、小(ち)いっぽけな、みすぼらしい木賃(きちん)のような宿屋の御亭主であった。
 ある日、眉(まゆ)のあとの青いおかみさん女の子を連れて来て、祖母にボソボソ言っていたが、またあとから白髪(しらが)の黄(きい)ろいのを振りこぼしたお媼(ばあ)さんが来た。二人はシメジメと呟(つぶや)き訴えていたが――道十郎めっかち氏が浮気をしているのだと――其処(そこ)へヒョッコリ七兵衛氏が帰って来たので稼業にせいを出さなければいけないと祖母意見され、ヘエ、サヨサヨ、ヘエ、サヨサヨとつづけざまに上眼(うわめ)をしてお辞儀(じぎ)をしていたが、子供と三人の中へはさまれて、角帯に矢立をさした年老い書生さんは夕暮の小路をうつむきがちにブツブツ小言をいいながら帰っていった。
「争われないもので、どうしてもポン引だ。」
と七兵衛さんの後姿を見ていったものがある。
「あれでなかなかひっかけるのだそうだから、あのかみさんもその手で引いたかな。」
 この会話は聞いていたアンポンタンを困らせた。早速質問すると、言ったものは困った顔をして、繰返して自分が教えたといってはいけないといって教えてくれた。
 ――ポン引というのはお客を釣ることで、ポッと出の田舎の人を釣るのだが、七兵衛さんは、門(かど)に立って夕方になると、宿(とま)り客をひくのだ。手前、何々屋でございます、いかがさまです、お安くお宿(と)めします。お座敷は至極奇麗ですと――
 七兵衛さんに急用が出来て使いがよびにゆくとき、あたしはコッソリ連れてってもらった。門に立ってお辞儀している七兵衛さんを予想したが、おそろしく不機嫌な御亭主面をした七兵衛さんが、薄っ暗い家の中から出て来た。大きな顔が用向きをきいて笑った。黄色い粗(あら)い長い歯が目に残った。

 七兵衛さんはそれだけだが、大同小異の書生連の中に(通いの三百代言上り)壮士――その実遊人上り一人、その子が一人旗本のおちぶれ兄弟が三人、仕立屋さんが一人
 壮士荻野六郎達磨(だるま)のように赤黒く、毛虫|眉(まゆ)で、いがくり頭で、デップリと肥(ふと)って、見てくれの強そうな、胸をふくらましてヨレヨレの袴(はかま)を穿(は)いていた。あんまり字は読めないのだが、腕組みをしてだまっているとともかく強そうだった。強い方の役目をするのかと思うと、そうでなくって、一番奥のものに摺(す)り込んでいた。競売に立会って、せりおとしてきた細かい装身具を売り込もうとしたりして、
「嫌だなあ、そんな娘子供のものはとるな。」
と父からよく言われていた。ばかに強くなる時があって、対手(あいて)は百人でも怖(おそ)れない、先生を守るのだと力んでいたが、あたしの従兄(いとこ)の肺病の薬を自分の家(うち)へとりにゆくと、あたしを連れていったが、自分のうちの門口へくると、
「おっかさんやおっかさんや。」
と猫のように優しくよんだ。どんな年寄りが出てくるのかと思ったら、色の浅黒い、顔の長いひっつめいちょうがえしに結った、額に青筋の出ている、お歯黒をつけた、細二子(ほそふたこ)の袷(あわせ)に黒い帯をひっかけ(おかみさん結び)にした女が出て来て、
「なんだ今時帰って来て――」
突然(いきなり)どなってつづけた。
「なまけものめ!」
「そ、そんな事はない。」
 荻野六郎はドンモリになっていった。
「薬が来ているだろう。」
 女は返事なんぞしないで、困りきっていたあたしには猫撫(ねこな)で声で、
「まあ嬢(じょっ)ちゃん、御一緒だったのですか? 爺(じい)におんぶしてらっしゃればいいのにさ。なにかまうものですか。お薬とりにいらしったんだって? まあ、まあ。」
 そしてまた六郎にはどなって睨(ね)めかえした。
「わかってるよ。薬なんぞ、今時分ノソノソ取りに来たりして!」
 彼女はニヤニヤと笑って、キュッキュッと長刀(なぎなた)ほうずきを噛(か)みならしながら、
「嬢(じょっ)ちゃん、ようく覚えてらしって、祖母(おばあ)様に申上げてください、あたしが晩にもってあがろうと思っておりましたって――ひょっとこが余計なことを言っちまうから……」
 それでも縁側まで薬をもって来て渡してくれた。


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