明治人物月旦(抄) - 鳥谷部 春汀 ( とやべ しゅんてい )
公爵 伊藤博文
個人としての伊藤侯と大隈伯
伊藤侯と大隈伯とは当代の二大政治家なり、随て其人物に対する批評の紛々たるは亦此侯と此伯を以て最も多しとす。是れ其の個人としての性格未だ明かならざるに由る。故に之を観察して甲乙性格の異同を対照するは実に多少の趣味なからんや。
概していへば、伊藤侯と大隈伯とは互ひに相似たる所之れなきに非ず。才を愛し士を好むは相似たり※辞令に嫻ひ談論に長ずるは相似たり※荘重にして貴族的姿致あるは相似たり※博覧多識にして思想富贍なるは亦相似たり※然れども同中固より異質なくむばあらじ。
大隈伯の思想は経験より結撰し来る※故に其の開展するや帰納法の形式を具ふ※伊藤侯の思想は読書より結撰し来る※故に其の開展するや演繹法の形式を具ふ※大隈伯固より読書を嗜む※然れども抽象的理論よりも寧ろ具象的事実を貴ぶ※伊藤侯固より経験を非認せざる可し※然れども侯の得意とする所は寧ろ学理に在りて事実に存せじ、是れ其の均しく博覧多識なるに拘らず、一は最も経済に精しく、一は最も立法に長ずる所以なり。
伊藤侯は公卿華族の如く、大隈伯は大名華族の如し※故に荘重の中に優美を寓するは伊藤侯にして、荘重にして且つ豪華なるは大隈伯なり※伊藤侯は威儀を修めて未だ雋俗ならず※大隈伯は偉観を求めて終に閑雅の風に乏し※大隈伯に逢ふものは、其の敬す可くして狎る可からざるを思ひ、伊藤侯に接するものは、其の悦ぶ可くして畏る可からざるを感ず※是れ其の均しく貴族的姿致あるに拘らず、一は武骨を以て勝ち、一は文采を以て優る所以なり。
伊藤侯の辞令は滑脱婉麗にして些の圭角なし、以て夜会の酬接に用ゆ可く※大隈伯の辞令は機鉾鏃々として応答太だ儁、以て戦国の外交に用ゆ可し※其の言を発して情致あるは伊藤侯の長所にして、其の語を行ること奇警なるは大隈伯の妙処なり※若し夫れ談論滔々として竭きざるの概に至ては、未だ遽かに軒輊し難きものありと雖も、伊藤侯の音吐朗徹声調抑揚あるは、演壇の雄弁として大隈伯に優ること一等※唯だ精明深刻舌端に霜気あり、座談久うして益々聴者を倦ましめざるは是れ寧ろ大隈伯の特絶にして、其の一たび佳境に到れば、眉目軒昂英気颯爽として満座皆動く※故に大隈伯の雄弁は対話に適し、伊藤侯の雄弁は公会に利あり。
才を愛し士を好むに於て、伊藤侯と大隈伯とは共に他の元勲諸公に過ぐ※故に其の門下生に富むも亦実に当代に冠たり※然れども伊藤侯の愛好するものは、柔順御し易きの徒に非むば巧慧※薄の輩多し※大隈伯は然らず、伯は唯だ人を智に取りて其の清濁を論ぜず※故に愚者を近けざるの外一芸一能あるものは勉めて之れを容れんとす※量に於ては大隈伯確かに伊藤侯の上に出るを見る※蓋し伊藤侯は勉めて他の信服を求むと雖も、未だ意気を以て人を感ぜしめたるを聞かず※天下知己の恩あり、一たび之れに浴するものは為に死を致さむことを思ふ※然れども知己の恩は私恩に同じからず※私恩を介するものは概ね利害にして、知己の恩は則ち意気を通じて来る※或はいふ侯は私恩を売るに巧みなりと※夫れ私恩は以て面従を得可く、以て信服を求む可からず※而も面従一変すれば主を噬むの狗となり、獅子身中の虫となる※唯だ侯の聡明能く此の憂を免かるるのみ※顧みて大隈伯を見るに、伯は必ずしも信服を人に求めずと雖も、其の自ら来て信服するものは、亦善く之を用ひ善く之れを導く※是れ其伊藤侯と大に異同ある所以なり。
大隈伯の特質として最も著明なるは、精神常に活動して老て益々壮んなるに在り※伯曾て人に語て曰く、隠居制度は亡国の条件なりと※其の春秋漸く高くして壮心次第に加はる如き、其の向上精進毫も保守の念なき如き、其の冀望抱負常に新たなるが如き、伯は実に天性進歩主義の人物なり※伯の進歩主義は独り政治上の智識より出でたるに非ずして、即ち伯の生命なり、伯の理想なり※之れを伊藤侯の動もすれば林下退隠の状を為すに比す、則ち本領の甚だ差別あるを知るに足る※伯又口を開けば常に自由競争を語る※自由競争は乃ち伯の人生観たる莫らんや※人生既に自由競争の運命ありとせば、優勝劣敗は天則にして、世界は優者の舞台なり※伯の老て益々壮んなるは顧ふに之れが為のみ。
伊藤侯の特質として最も著明なるは、風流韻事自ら高しとするに在り※暇あれば必ず詩人を邀へて共に煙霞を吐納し、筆墨を揮灑す※是れ胸中の閑日月を示さんとすればなり※大隈伯は伊藤侯の風流韻事なく、未だ詩を作り文を品するの談あるを聞かずと雖も、伯の嗜好は反つて一種瀟脱の天地に存するものあり※何ぞや、曰く園芸に対する嗜好是れなり※伯は園芸を以て啻に一身を楽ましむるのみならず、亦交際を醇潔にし、人心を調和し、道心を養ふの益ありと信ぜり※伯曾て客に戯れて言ふ、世間予の庭園に耽るを笑ふものあれども、彼の千金棄擲解語の花を弄するものと得失孰れぞやと※要するに伊藤侯の風流は東洋的にして、大隈伯の嗜好は西洋的なると謂ふ可し。
伊藤侯の銅臭なくして艶聞ある、大隈伯の艶聞なくして銅臭ある、世之れを称して好個の一対と為す※然れども財を好て私徳を傷るに至らずむば、未だ之れを以て大隈伯を譏る可からず※色を好て公徳を紊さずむば、未だ之れを以て伊藤侯を累はすに足らず※况んや大隈伯の財に於ける、善く積て善く散ずるの道に依り、伊藤侯の色に於ける、是れ英雄懐を遣るの余戯に過ぎざる可きをや※之れを聞く、前年伊藤侯の邸に舞踏会あるや、偶々醜声外に伝りて、都下の新聞日として侯を議せざるなし※人あり侯に勧むるに新聞記事の取消を以てす※侯笑つて曰く、事の公徳に関するものは予固より之れを不問に附する能はず、区々一身上の誹毀何ぞ意に挟むに足らんやと※侯の磊落なる洵に斯くの如し、是れ其の割合に世の憎疾を受けざる所以なり※独り大隈伯は、其の貨殖に巧みに経済に長ずるを以て、人或は伯の平生を疑ひ、奸商と結托して往々私利を謀るものと為す、是れ亦思はざるのみ※世には其の言を孔孟に借て盗跖の行あるもの少なからず※伯や固より清貧を装ふの偽善家を学ぶ能はずと雖も、其の决して黄金崇拝の宗徒たらざるは、伯が親近するものゝ反つて廉潔の士多きを以て之れを知る可し。
伊藤侯は信仰を有せず※若し之れありとせば唯だ運命に対する信仰あるのみ※故に侯は屡々高島嘉右衛門をして自家の吉凶を卜せしむ※大隈伯は宗教信者に非ず※然れども一種敬虔の情凛乎として眉目の間に閃くは以て伯が運命の外別に自ら立つ所あるを見るに足る※蓋し伊藤侯の屡々失敗して毎に之れが犠牲と為らざるは殆ど人生の奇蹟にして、大隈伯の屡々失敗して飽くまで其の自信を枉げざるは猶ほ献身的宗教家の如し※故に伊藤侯は得意の日に驕色あり※大隈伯は得失を以て喜憂せず。伊藤侯は英雄を尚び、大隈伯は功業を尚ぶ※夫れ英雄を尚ぶものは人の又己れを英雄視せんことを求む、故に伊藤侯は外に向て英雄らしき詩を作り※内に向て伊藤崇拝の隷属を作る※夫れ功業を尚ぶものは唯だ自家の経綸抱負を布かんことを望む※故に大隈伯は必ずしも英雄を畏れず、必ずしも歴史上の人物に感服せず※其の古今を呑吐し、天下を小とするの概あるは蓋し之れが為めなり。
個人としての伊藤侯と大隈伯とは夫れ斯の如し※約して之れをいへば、伊藤侯は太平時代の英雄にして、大隈伯は乱世時代の巨人なり※大隈伯の隆準豺目にして唇端の緊合せる、自然に難を排し紛を釈くの胆智あるを示し、伊藤侯の象眼豊面にして垂髯の鬆疎たる、自然に無事を喜び恬※を好むの風度あるを見る※又以て此の二大政治家の個性を諒す可し。(廿九年七月)
伊藤侯の現在未来
藩閥控制
嚮に伊藤侯が、自ら骸骨を乞ふて大隈板垣両伯を奏薦し、以て内閣開放の英断を行ふや、藩閥家は侯を目して不忠不義の臣と為し、極力其挙動を詬罵するに反して、侯の政敵は寧ろ侯の英断を賞揚し、或は侯を以て英国の名相ロペルトピールに比するものあり※或は侯の内閣開放は、恰も徳川慶喜の政権奉還に似たる千古の快事なりといふものあり※中には其挙動の意表なるに驚きて、反つて侯の心事を疑ふもの亦之れなきに非ず※既にして侯は遽かに遊清の挙あり、詩人及び記室を携へ、軽装飄然として西行するや、世間復た侯の未来をいふもの紛々として起る※或は曰く、是れ侯が永訣を政界に告げて老後の風月を楽むなりと※或は曰く、是れ巻土重来の隠謀を蓄へ、暫らく韜晦して風雲を待つなりと※或は曰く、是れ大隈板垣の両伯をして苦がき経験を甞めしむる為なりと※されど余を以て侯を視るに、侯の退隠は、旧勢力と分離して、将に来らむとする新勢力と統合せむが為めのみ※侯は善く此の過渡の時局を処したるのみ※豈他あらむや。
旧勢力とは何ぞや、藩閥是れなり※新勢力とは何ぞや、政党是れなり※初め憲政党の成立するや、侯は三策を建てゝ藩閥の元老に謀る※上策に曰く内閣を維持すると共に、別に政府党を作りて憲政党に当らむ※中策に曰く若し上策を非なりとせば、侯は自ら野に下りて政府党を作り、以て内閣を援けむと※下策に曰く、二策共に非なりとせば、断然内閣を挙げて大隈板垣の両伯に与へむと※而して上中二策は終に行はれずして事※下策に決す※是れ寧ろ侯の予期する所にして、又侯の目的なり※蓋し政党は一夜作りの産物に非るは、侯の明固より之れを知るのみならず、侯は元来政党の歴史を有する政治家に非るに於て、自ら新政党を作りて大隈板垣の為す所を学ぶは、恐らくは侯の本意に非ず※侯は勢力を自製するの人に非ずして、之れを発見し、之れを利用するの智略ある人なればなり※故に侯が内閣開放を断行したるは、是れ実に今日を以て旧勢力と分離するの好機会なりと信じたるに由れり※政党組織の策行はれざりしが為めには非らじ。
夫れ藩閥は三十年間我政界の主動力たり※殆ど専制的性質を有せる一大勢力たり※此勢力を利用するものは順境に立ち、之れに反対するものは、皆逆境に陥る※是れ侯が従来藩閥と結合して、久しく国民と争ひたる所以なり※されど侯は決して藩閥の代表者に非ず※侯の藩閥を好まざるは、猶ほ大隈板垣両伯の藩閥を好まざるが如し※唯だ両伯は藩閥を好まざると共に、余りに政党を好み、侯は政党にも亦甚だ冷淡なるを異とするのみ※顧ふに、侯が三十年間に於ける政治的伝記は、侯が如何なる塲合にも善く自家の拠る可き勢力を発見して、善く之れを利用したるの事実を説明すと雖も、此れと共に其思想の藩閥と相容れずして、動もすれば之れが為めに苦められたるの事実も、亦其伝記中に認識するを得可し※故に侯は外に対して藩閥を利用しつゝある間に、内に在ては絶えず其勢力を控制するの術数を施したるは、亦歴々として認む可きものあり※試みに其一二を言はむか。
侯は明治十四年、大隈伯と相約して、十六年を以て国会開設の議を奏請せむとしたりき※是れ国会に依りて藩閥を控制するの意より出でたるに非りし歟※其計画未だ成らざるに破れて、藩閥の為めに謀叛を以て擬せらるゝに及び、侯は翻然として其計画を中止し、独り大隈伯をして之れが犠牲と為らしめたるは他なし、是れ唯だ成敗の勢を悟りて、急遽の改革を不利と認めたるに由るのみ※藩閥を維持するの必要を信じたるが為に非ず。尋で明治十八年官制を改革して、文治組織と為し、官吏登庸法を制定して、選叙を厳にしたる如き皆主として藩閥を控制するの意より出でずむんばあらじ※世間或は侯が総理大臣を以て宮内大臣を兼摂したる当時の位地を評して曰く、是れ侯が信用を宮中に固めて、自家の権勢を保全するの秘策なりと※夫れ然り然りと雖も、此秘策は国民に対して圧制政治を行ふの準備に非ずして、亦実に藩閥を控制するの意に外ならざるが如し※之れを要するに侯の施設は、大抵藩閥と利害を異にするものたるに於て、藩閥者流は漸く侯に慊焉たらざるを得ざるに至り、其結果として所謂る武断派なるもの起り、而して山県内閣と為り、而して松方内閣と為り、終に選挙干渉に失敗して、藩閥大に頓挫したると共に、伊藤侯復た出でて内閣を組織したるは第四議会将に召集せむとするの時なりき。
第二伊藤内閣組織せらるゝや、侯は窃かに故陸奥伯の手を通じて自由党と提携するの端を啓き、日清戦争の後に至て終に公然提携の実を挙げ、板垣伯に内務大臣の椅子を与へて、一種の聯立内閣を形成したりき※是れ一は議院操縦の必要より来れるものなる可きも、其主要の目的は、実に藩閥を控制せむとするに在りしや疑ふ可からず※此を以て最も伊藤内閣に反感を抱きしものは、藩閥武断の一派にして、彼の藩閥の私生児たる吏党が、民党と聯合して極力伊藤内閣の攻撃を事としたるは、適々以て其由る所を察し得可し※或は伊藤内閣が二囘までも議会を解散したるの挙を非立憲的と為して、大に之れを論責するものあり※余も亦敢て侯の解散手段を賛するものに非ずと雖も、是れ勢の致す所にして侯の本意には非らず※若し当時の民党より之れを観れば、侯が解散してまでも内閣を維持したるは、単に民党を苦めたるに似たりと雖も、其実之れが為めに最大失望を感じたるものは、寧ろ藩閥及び藩閥を助くるの吏党にして、民党の為めには、解散は却つて幸福なりき※何となれば、侯にして若し解散の代りに辞職を行はゞ、侯の後を受けて内閣を組織するものは、必らず民党に非ずして藩閥の武断派なる可ければなり※之れを聞く、第二伊藤内閣の将に成らむとするや、陸奥伯其親近に語て曰く、民党たるものは宜しく其挙動を慎み、漫に吏党の激論に煽動せられて、我れより解散を求むるの愚を為す可からず※是れ民党の不利益なりと※則ち伯が伊藤侯の謀士として自由党と提携せしめたるも、其意の藩閥控制に在るや論なきのみ、伊藤侯が藩閥を利用すると共に、又之れを控制せむと勉めたるは既に斯くの如し※故に其信任する所の人物も、亦大抵藩閥に敵視せらるゝものか、若くば藩閥以外の出身者ならざるなく、例へば、故陸奥伯の如き伊東末松両男の如き、渡辺子金子氏の如き、以て見る可し※果して然らば、今囘の大英断が亦藩閥打破の目的より出でたると謂ふも豈余が一個の臆断ならんや。
未定数
伊藤侯は既に藩閥を打破して旧勢力と全く分離せり※知らず侯の未来は如何※一見せば侯の現在の位地は、孤立の二字を以て、善く之れを説明するを得可し※侯は旧勢力と分離して、未だ新勢力を発見せず※曾て侯と提携したる自由党は、今や憲政党の名の下に抱合せられて、侯と反対の方面に立ち、而して侯に依て政党を組織せむとするものは、唯だ憲政党の勢力に辟易して殆ど為す所を知らず※侯の現在の位地は実に孤立なりと謂ふ可し※されど余を以て之れを観るに、侯の位地は未定数にして必らずしも孤立ならず※憲政党は大なりと雖も、其組織未だ堅確ならず、其主義未だ明白ならざるに於て、一朝変を生ずれば、更に如何なる現象を生出せざるも保す可からず※否其分裂の機は漸く※促し来れり※憲政党一たび分裂すれば、旧自由党が再び侯を擁するの必要あるに至るは自然の情勢にして、侯は唯だ其機会の到来するまで孤立の位置に在るのみ。
凡そ今日の所謂る政党なるものは、主義政綱に依りて進退するに在らずして、唯だ利害に依て分合するものたるに過ぎず※伊藤侯が位地の未定数なるは、蓋し政党の主義政綱未だ分別せざるが為めなり※顧ふに政治家の世に立つや、先づ自ら其主義政綱を発表して、同志を天下に求むる固より可なりと雖も、今日の如く未だ主義政綱を以て争ふの進境に達せざるの政界に在て、自ら主義政綱を発表して同志を天下に求むるは、恐らくは侯の迂濶とする所なる可し※况むや侯は大隈板垣伯等の如く、政党上の歴史を有せざるが故に、今日直に政党を組織せむとする如きは、到底言ふ可くして行ふ可からざるの談なるに於てをや※若し侯の中心の冀望を言はゞ、此際永く、政界を退隠せむと欲するに切なるやも知る可からず※されど侯を叢囲せる門下生は、决して侯の退隠を許さゞるの事情あり※侯は此等の門下生の為めに、勢ひ再度の出馬を為さゞる能はざるは無論なるを以て、侯の清国より帰朝するの日は、乃ち政界復た一変動を見るの時なりと知らざる可からず※侯の運動の妙所は、虚無縹緲の間に於て、巧みに最後の勝利を制するに在り※侯が明治十四年来藩閥控制の術数を用いたるも、世間啻に其然るを知らざるのみならず、藩閥自身も亦然るを知らずして独り其術中に陥りて怪まず※侯が自由党と提携したるに及でも、明かに政党内閣を主張せずして而も次第に今日の時局を導くの動機を啓きたり※侯は曾て其持説を確言したることなきも、其実際に施設したる例少なからず※侯も亦一代の政治家なるかな。(三十一年九月)
伊藤侯は党首の器なるや
伊藤侯が頃ろ政党改造の意見を発表して、既成政党の弊害を矯正せんとするや、侯の機関紙たる『日々新聞』は、侯の目的、模範政党を作るに在りと暗示し、憲政党の機関紙たる『人民新聞』は、侯の位地を論じて、憲政党に入るの侯の志に合ふ可きを諷告したり※侯果して憲政党に入りて其首領たらむと欲する乎。或は既成政党以外、新たに同志を糾合して模範政党なるものを作らむとする乎※是れ恐くは政治的数学の例題ならむ※近かき未来の政局を打算するが為には、先づ此例題を解决せざる可からず。
然れども憲政党及び其他の伊藤崇拝者が、果して能く伊藤侯の人物を領解したるや否や※試に問はむ、侯は党首の器を備へたる人物なる乎※具体的にいへば、侯はグラツドストンたるを得る乎※サリスバリーたるを得る乎と※凡そ党首に最も必要なる資格は、国民を指導して国民を専制せざるに在り※但国民を指導すといふは、国民を煽動するの謂に非ず※衆愚の感情を迎合し、一時の俗論を鼓吹し、己れの信ぜざる所を語り、我が欲せざる所を行ひ、詐謀偽術を挟みて強て多数の好尚に阿ねるは、是れ煽動家の事のみ※余が所謂る党首に非ず※マツヂニー曾て多数政治に定義を与へて曰く、多数政治とは、最も聡慧にして最も善良なる首領の指導に依れる政治なりと※故に党首は其智見判断に於て固より一代に超絶するものたる可く、則ち国民の未だ知らざる所を知り、国民の未だ見ざる所を見るの賢明なる人物ならざる可からずと雖も、此れと同時に、其智見判断を以て、国民の意思を圧服せむとするは、是れ専制家の事なり※余が所謂る党首には非ず※煽動家はモツブの頭領たる可し、政党の首領たるを得ず、専制家は宮廷政治の宰相たる可し、多数政治の宰相たるを得ず。
余は伊藤侯が当今第一流の政治家として、其智見判断固より一頭地を地平線上より抽むずる者あるを認識す。されど侯は政党の首領として、国民を指導するの適才なりや否やと問はゞ、余は容易に之れを首肯する能はず※有体にいへば、侯は宮廷政治の宰相なり※侯は自負心に富みて、昂然自ら標置し、平生私智を恃むこと余りに多くして、輿論を視ること極めて軽く、個人的利害、個人的感情に傾き易き国民を指導して、与に国家の公問題を処决する如きは、恐らくは潔癖ある侯の能く忍ぶ所にあらず。余は侯を目して東洋のビスマークなりと信ずるほどに侯を崇拝せざるのみならず、侯を以てメツテルニヒの悪血を混じたる奸雄なりとも思はず。蓋し侯は天性神経過敏なれども、政治上に於ては極めて小心にして英断に乏しく、謹慎余りありて強固なる意力を欠きたる人なればなり。されど侯に期するに、グラツドストン、サリスバリーの事を以てするは、其見当違ひなる更に最も太甚し。
侯はビスマークの大胆雄略なく、又メツテルニヒの隠険佞悪なしと雖も、其専制主義を喜び、宮廷的攻略に長ずるに至ては、侯は稍此二人に類似したる所あり。顧ふに侯が近来政党に接近したるは明白なる事実なり※特に憲政党と頗る親密なる交通を為しつゝあるは、最も新らしき事実なり※されど侯の憲政党と交通するや、猶ほ文明国人の未開国人と交通するが如し※侯の眼中に映ずる憲政党は、尚ほ是れ政治上の未開国のみ※侯は此未開国の法律に服従するの危険を恐る※故に之れと交通すと雖も、常に傲然として思想上の治外法権を維持せり※侯或は此未開国を征服するの野心ありとせむ※されど侯は果して善良なる君主たるを得る乎※伊藤侯と大隈伯とは、政界の両雄なりと公認せらるゝものなり※其政治的手腕は真に両々相当るが為めなり※されど党首として之を論ずれば、伊侯は到底大隈伯の対手に非ず※世間動もすれば伯を称して煽動家と為すものあれども、是れ伯を侮辱するに非ずむば、伯を誤解するなり※伯の煽動家ならざるは、猶ほ伊藤侯の党首の器に非ざるが如し※伯は意見に富み、判断に長じ、特に其記性非凡にして、英敏なる組織力あるは、善く伯を識るものゝ皆許す所なり※試に見よ、会計法の未だ整頓せざるに際して、予算編製の創意を出だしたるものは大隈伯に非ずや※始めて統計事業を成案し、会計検査法を設けて、行政事務の改良を謀りたるものは亦大隈伯に非ずや※伯は曾て紙筆を執りたることなく、算盤を手にしたることなきも、善く複雑なる事実と数字とを記憶して、其解紛按排頗る迅速なり※此点より言へば、伯は大事務家なり※大行政家なり※されど伯の最も偉なる所は、国民を指導するの力量ある是なり※伯は独自一己の意見を有すると共に、雑駁なる国民問題を溶解して、更に之れを清新なる晶形と為すの陶鋳力(クリスタリゼーシヨン)あり、伯は此陶鋳力に依りて、国民の偏見、私情、迷想に属する分子を除却し、以て其醇分を代表するの意見を製造するものゝ如し※是れ自ら党首の器にして、伊藤侯の企て及ばざる所と為す。若し此陶鋳力を以て煽動家の破壊力と同視せば、其謬見や大なり※煽動家は国民の偏見、私情、迷想に投じて之れを死地に陥る※其目的唯だ破壊に在り。例へば猟官熱の熾なるを見れば、直に官吏登庸法全廃を主張する如き、或は議員歳費増加案を提出して腐敗せる人心を収攬する如き、是れ実に煽動家の手段なりと謂ふを得可きも、若し夫れ大隈伯に至ては、曾て此般の言動に出でたることなし※地租増加に反対したるを以て伯を煽動家と為さん乎※市民を誘導して地租増加に賛成せしめたるも亦煽動家なり※否、政治上の論争は総て煽動的なりと謂はざる可からず※亦奇怪ならずや※唯だ大隈伯の長所にして短所なるは、其意見を公言するの大胆に過ぐること是れなり※伯は其語らむとする所を語るに於て頗る無遠慮なり、而も其語る所は大抵未来の問題に関するものたるを以て、其発表したる意見は、往々言質と為りて※反対党に攻撃の材料を供給せり※意見を公言するは政治家の美徳なれども、時としては沈黙を守るの反つて政治家の利益たるを知らざる可からず※伯は他の政治家に比して割合に変説少きに拘らず、伯の政敵は、主として伯の変説最も著しきを言ふ※是れ他の政治家は意見を発表すること少なきが故に、其変説世に知らるゝこと少なく、伯は意見を発表すること多きが故に、其言質を執らへらるゝこと随て多きのみ。
されど政治家は道徳家に非ず※苟も国民の利害、国家の公問題と両立せざる意見は、之れを守るも政治家の名誉に非ず、之れを捨つるも政治家の恥辱に非ず※変ず可くして変じ、捨つ可くして捨つ、唯自己の智見と良心とに是れ任す可きのみ※特に国民を指導する党首に於て最も其然るを見る。
伊藤侯は大隈伯の如く未来の問題を語ること少なく、其語るや大抵過去帳の展読のみ※故に其言質を作ること稀れなる代りに、其発表せる意見は、国民の記憶を喚び起すの力あれども、国民を指導するの生命あるもの甚だ希れなり※是れ亦党首として大隈伯に及ばざり所以なり。
之を要するに、伊藤侯は政治家としては当今第一流の人物なれども、党首としては大隈伯の対手に非ず※然るに憲政党は侯を誘ふて党首の位地に立たしめむとす※是れ果して憲政党の利益なる乎※侯にして若し憲政党に入らば、憲政党は其組織を一変して、更に侯の理想に依て着色せられたる新政党と為らむ※而して自由主義は専制主義と為り、而して指導者を得る代りに命令者を得む。(三十二年八月)
立憲政友会の創立及び其創立者
(一)新組織の政党
立憲政友会の創立は、確かに政治上の一進歩なり。少くとも近かき未来に於ける局面展開の動力たる可きは、何人も疑はざる所なり。但だ其の組織の果して健全なる発達を遂げ、其実力形貌共に果して能く完全なる政党たるを得可きや否やは、是れ固より前途に横はれる未解の設題たるのみ。余は敢て之が解釈を今日に試みむといふには非ず。
立憲政友会の創立者を見るに、資望朝野の間に高き伊藤侯以下或は曾て台閣に列したる人あり、或は前日まで一党の領袖たりし人あり、或は敏腕の名ある旧官吏あり、或は地方の豪紳あり、其の他間接直接に立憲政友会の創立に与かりたるものは、孰れも所謂当代の名士にして、其自ら揚言する所を聞けば、遖ぱれ憲政の完成を期するを以て任と為し、私利を謀らず、猟官を願はざる忠誠明識の政治家なるものゝ如し。余豈其の醇駁を判じ、清濁を断ずといはむや。
且つ政友会の総裁たる伊藤侯は、久しく既成政党の弊害を憂へ、屡々公私の集会に臨みて之れが矯正の必要を唱へたるを見るに於て、其の今囘自ら起て立憲政友会を組織したるもの、蓋し亦平生の理想を行はむと欲するに外ならじ。余は此の点に於て深く侯の志を諒とし、唯熱心に侯の成功を祷ると共に侯の幕下に集まれる諸君子が、始終善く侯の指導に服従し、以て国家の為めに侯の志を成さしめむことを望むや極めて切なり。有体にいへば、余は不幸にして侯の人物及び経綸に深厚なる同情を表する能はず。されど其の六十有二の高齢に達して、意気未だ毫も衰へず、自ら政友会を発起して、政治的新生涯の人たるを期す。其の頭脳精神の強健なる、亦一代の豪といふ可し。
余は侯が政友会を発起したるを以て政治的新生涯に入るといふは何ぞや。
概していへば、伊藤侯と大隈伯とは互ひに相似たる所之れなきに非ず。才を愛し士を好むは相似たり※辞令に嫻ひ談論に長ずるは相似たり※荘重にして貴族的姿致あるは相似たり※博覧多識にして思想富贍なるは亦相似たり※然れども同中固より異質なくむばあらじ。
大隈伯の思想は経験より結撰し来る※故に其の開展するや帰納法の形式を具ふ※伊藤侯の思想は読書より結撰し来る※故に其の開展するや演繹法の形式を具ふ※大隈伯固より読書を嗜む※然れども抽象的理論よりも寧ろ具象的事実を貴ぶ※伊藤侯固より経験を非認せざる可し※然れども侯の得意とする所は寧ろ学理に在りて事実に存せじ、是れ其の均しく博覧多識なるに拘らず、一は最も経済に精しく、一は最も立法に長ずる所以なり。
伊藤侯は公卿華族の如く、大隈伯は大名華族の如し※故に荘重の中に優美を寓するは伊藤侯にして、荘重にして且つ豪華なるは大隈伯なり※伊藤侯は威儀を修めて未だ雋俗ならず※大隈伯は偉観を求めて終に閑雅の風に乏し※大隈伯に逢ふものは、其の敬す可くして狎る可からざるを思ひ、伊藤侯に接するものは、其の悦ぶ可くして畏る可からざるを感ず※是れ其の均しく貴族的姿致あるに拘らず、一は武骨を以て勝ち、一は文采を以て優る所以なり。
伊藤侯の辞令は滑脱婉麗にして些の圭角なし、以て夜会の酬接に用ゆ可く※大隈伯の辞令は機鉾鏃々として応答太だ儁、以て戦国の外交に用ゆ可し※其の言を発して情致あるは伊藤侯の長所にして、其の語を行ること奇警なるは大隈伯の妙処なり※若し夫れ談論滔々として竭きざるの概に至ては、未だ遽かに軒輊し難きものありと雖も、伊藤侯の音吐朗徹声調抑揚あるは、演壇の雄弁として大隈伯に優ること一等※唯だ精明深刻舌端に霜気あり、座談久うして益々聴者を倦ましめざるは是れ寧ろ大隈伯の特絶にして、其の一たび佳境に到れば、眉目軒昂英気颯爽として満座皆動く※故に大隈伯の雄弁は対話に適し、伊藤侯の雄弁は公会に利あり。
才を愛し士を好むに於て、伊藤侯と大隈伯とは共に他の元勲諸公に過ぐ※故に其の門下生に富むも亦実に当代に冠たり※然れども伊藤侯の愛好するものは、柔順御し易きの徒に非むば巧慧※薄の輩多し※大隈伯は然らず、伯は唯だ人を智に取りて其の清濁を論ぜず※故に愚者を近けざるの外一芸一能あるものは勉めて之れを容れんとす※量に於ては大隈伯確かに伊藤侯の上に出るを見る※蓋し伊藤侯は勉めて他の信服を求むと雖も、未だ意気を以て人を感ぜしめたるを聞かず※天下知己の恩あり、一たび之れに浴するものは為に死を致さむことを思ふ※然れども知己の恩は私恩に同じからず※私恩を介するものは概ね利害にして、知己の恩は則ち意気を通じて来る※或はいふ侯は私恩を売るに巧みなりと※夫れ私恩は以て面従を得可く、以て信服を求む可からず※而も面従一変すれば主を噬むの狗となり、獅子身中の虫となる※唯だ侯の聡明能く此の憂を免かるるのみ※顧みて大隈伯を見るに、伯は必ずしも信服を人に求めずと雖も、其の自ら来て信服するものは、亦善く之を用ひ善く之れを導く※是れ其伊藤侯と大に異同ある所以なり。
大隈伯の特質として最も著明なるは、精神常に活動して老て益々壮んなるに在り※伯曾て人に語て曰く、隠居制度は亡国の条件なりと※其の春秋漸く高くして壮心次第に加はる如き、其の向上精進毫も保守の念なき如き、其の冀望抱負常に新たなるが如き、伯は実に天性進歩主義の人物なり※伯の進歩主義は独り政治上の智識より出でたるに非ずして、即ち伯の生命なり、伯の理想なり※之れを伊藤侯の動もすれば林下退隠の状を為すに比す、則ち本領の甚だ差別あるを知るに足る※伯又口を開けば常に自由競争を語る※自由競争は乃ち伯の人生観たる莫らんや※人生既に自由競争の運命ありとせば、優勝劣敗は天則にして、世界は優者の舞台なり※伯の老て益々壮んなるは顧ふに之れが為のみ。
伊藤侯の特質として最も著明なるは、風流韻事自ら高しとするに在り※暇あれば必ず詩人を邀へて共に煙霞を吐納し、筆墨を揮灑す※是れ胸中の閑日月を示さんとすればなり※大隈伯は伊藤侯の風流韻事なく、未だ詩を作り文を品するの談あるを聞かずと雖も、伯の嗜好は反つて一種瀟脱の天地に存するものあり※何ぞや、曰く園芸に対する嗜好是れなり※伯は園芸を以て啻に一身を楽ましむるのみならず、亦交際を醇潔にし、人心を調和し、道心を養ふの益ありと信ぜり※伯曾て客に戯れて言ふ、世間予の庭園に耽るを笑ふものあれども、彼の千金棄擲解語の花を弄するものと得失孰れぞやと※要するに伊藤侯の風流は東洋的にして、大隈伯の嗜好は西洋的なると謂ふ可し。
伊藤侯の銅臭なくして艶聞ある、大隈伯の艶聞なくして銅臭ある、世之れを称して好個の一対と為す※然れども財を好て私徳を傷るに至らずむば、未だ之れを以て大隈伯を譏る可からず※色を好て公徳を紊さずむば、未だ之れを以て伊藤侯を累はすに足らず※况んや大隈伯の財に於ける、善く積て善く散ずるの道に依り、伊藤侯の色に於ける、是れ英雄懐を遣るの余戯に過ぎざる可きをや※之れを聞く、前年伊藤侯の邸に舞踏会あるや、偶々醜声外に伝りて、都下の新聞日として侯を議せざるなし※人あり侯に勧むるに新聞記事の取消を以てす※侯笑つて曰く、事の公徳に関するものは予固より之れを不問に附する能はず、区々一身上の誹毀何ぞ意に挟むに足らんやと※侯の磊落なる洵に斯くの如し、是れ其の割合に世の憎疾を受けざる所以なり※独り大隈伯は、其の貨殖に巧みに経済に長ずるを以て、人或は伯の平生を疑ひ、奸商と結托して往々私利を謀るものと為す、是れ亦思はざるのみ※世には其の言を孔孟に借て盗跖の行あるもの少なからず※伯や固より清貧を装ふの偽善家を学ぶ能はずと雖も、其の决して黄金崇拝の宗徒たらざるは、伯が親近するものゝ反つて廉潔の士多きを以て之れを知る可し。
伊藤侯は信仰を有せず※若し之れありとせば唯だ運命に対する信仰あるのみ※故に侯は屡々高島嘉右衛門をして自家の吉凶を卜せしむ※大隈伯は宗教信者に非ず※然れども一種敬虔の情凛乎として眉目の間に閃くは以て伯が運命の外別に自ら立つ所あるを見るに足る※蓋し伊藤侯の屡々失敗して毎に之れが犠牲と為らざるは殆ど人生の奇蹟にして、大隈伯の屡々失敗して飽くまで其の自信を枉げざるは猶ほ献身的宗教家の如し※故に伊藤侯は得意の日に驕色あり※大隈伯は得失を以て喜憂せず。伊藤侯は英雄を尚び、大隈伯は功業を尚ぶ※夫れ英雄を尚ぶものは人の又己れを英雄視せんことを求む、故に伊藤侯は外に向て英雄らしき詩を作り※内に向て伊藤崇拝の隷属を作る※夫れ功業を尚ぶものは唯だ自家の経綸抱負を布かんことを望む※故に大隈伯は必ずしも英雄を畏れず、必ずしも歴史上の人物に感服せず※其の古今を呑吐し、天下を小とするの概あるは蓋し之れが為めなり。
個人としての伊藤侯と大隈伯とは夫れ斯の如し※約して之れをいへば、伊藤侯は太平時代の英雄にして、大隈伯は乱世時代の巨人なり※大隈伯の隆準豺目にして唇端の緊合せる、自然に難を排し紛を釈くの胆智あるを示し、伊藤侯の象眼豊面にして垂髯の鬆疎たる、自然に無事を喜び恬※を好むの風度あるを見る※又以て此の二大政治家の個性を諒す可し。(廿九年七月)
伊藤侯の現在未来
藩閥控制
嚮に伊藤侯が、自ら骸骨を乞ふて大隈板垣両伯を奏薦し、以て内閣開放の英断を行ふや、藩閥家は侯を目して不忠不義の臣と為し、極力其挙動を詬罵するに反して、侯の政敵は寧ろ侯の英断を賞揚し、或は侯を以て英国の名相ロペルトピールに比するものあり※或は侯の内閣開放は、恰も徳川慶喜の政権奉還に似たる千古の快事なりといふものあり※中には其挙動の意表なるに驚きて、反つて侯の心事を疑ふもの亦之れなきに非ず※既にして侯は遽かに遊清の挙あり、詩人及び記室を携へ、軽装飄然として西行するや、世間復た侯の未来をいふもの紛々として起る※或は曰く、是れ侯が永訣を政界に告げて老後の風月を楽むなりと※或は曰く、是れ巻土重来の隠謀を蓄へ、暫らく韜晦して風雲を待つなりと※或は曰く、是れ大隈板垣の両伯をして苦がき経験を甞めしむる為なりと※されど余を以て侯を視るに、侯の退隠は、旧勢力と分離して、将に来らむとする新勢力と統合せむが為めのみ※侯は善く此の過渡の時局を処したるのみ※豈他あらむや。
旧勢力とは何ぞや、藩閥是れなり※新勢力とは何ぞや、政党是れなり※初め憲政党の成立するや、侯は三策を建てゝ藩閥の元老に謀る※上策に曰く内閣を維持すると共に、別に政府党を作りて憲政党に当らむ※中策に曰く若し上策を非なりとせば、侯は自ら野に下りて政府党を作り、以て内閣を援けむと※下策に曰く、二策共に非なりとせば、断然内閣を挙げて大隈板垣の両伯に与へむと※而して上中二策は終に行はれずして事※下策に決す※是れ寧ろ侯の予期する所にして、又侯の目的なり※蓋し政党は一夜作りの産物に非るは、侯の明固より之れを知るのみならず、侯は元来政党の歴史を有する政治家に非るに於て、自ら新政党を作りて大隈板垣の為す所を学ぶは、恐らくは侯の本意に非ず※侯は勢力を自製するの人に非ずして、之れを発見し、之れを利用するの智略ある人なればなり※故に侯が内閣開放を断行したるは、是れ実に今日を以て旧勢力と分離するの好機会なりと信じたるに由れり※政党組織の策行はれざりしが為めには非らじ。
夫れ藩閥は三十年間我政界の主動力たり※殆ど専制的性質を有せる一大勢力たり※此勢力を利用するものは順境に立ち、之れに反対するものは、皆逆境に陥る※是れ侯が従来藩閥と結合して、久しく国民と争ひたる所以なり※されど侯は決して藩閥の代表者に非ず※侯の藩閥を好まざるは、猶ほ大隈板垣両伯の藩閥を好まざるが如し※唯だ両伯は藩閥を好まざると共に、余りに政党を好み、侯は政党にも亦甚だ冷淡なるを異とするのみ※顧ふに、侯が三十年間に於ける政治的伝記は、侯が如何なる塲合にも善く自家の拠る可き勢力を発見して、善く之れを利用したるの事実を説明すと雖も、此れと共に其思想の藩閥と相容れずして、動もすれば之れが為めに苦められたるの事実も、亦其伝記中に認識するを得可し※故に侯は外に対して藩閥を利用しつゝある間に、内に在ては絶えず其勢力を控制するの術数を施したるは、亦歴々として認む可きものあり※試みに其一二を言はむか。
侯は明治十四年、大隈伯と相約して、十六年を以て国会開設の議を奏請せむとしたりき※是れ国会に依りて藩閥を控制するの意より出でたるに非りし歟※其計画未だ成らざるに破れて、藩閥の為めに謀叛を以て擬せらるゝに及び、侯は翻然として其計画を中止し、独り大隈伯をして之れが犠牲と為らしめたるは他なし、是れ唯だ成敗の勢を悟りて、急遽の改革を不利と認めたるに由るのみ※藩閥を維持するの必要を信じたるが為に非ず。尋で明治十八年官制を改革して、文治組織と為し、官吏登庸法を制定して、選叙を厳にしたる如き皆主として藩閥を控制するの意より出でずむんばあらじ※世間或は侯が総理大臣を以て宮内大臣を兼摂したる当時の位地を評して曰く、是れ侯が信用を宮中に固めて、自家の権勢を保全するの秘策なりと※夫れ然り然りと雖も、此秘策は国民に対して圧制政治を行ふの準備に非ずして、亦実に藩閥を控制するの意に外ならざるが如し※之れを要するに侯の施設は、大抵藩閥と利害を異にするものたるに於て、藩閥者流は漸く侯に慊焉たらざるを得ざるに至り、其結果として所謂る武断派なるもの起り、而して山県内閣と為り、而して松方内閣と為り、終に選挙干渉に失敗して、藩閥大に頓挫したると共に、伊藤侯復た出でて内閣を組織したるは第四議会将に召集せむとするの時なりき。
第二伊藤内閣組織せらるゝや、侯は窃かに故陸奥伯の手を通じて自由党と提携するの端を啓き、日清戦争の後に至て終に公然提携の実を挙げ、板垣伯に内務大臣の椅子を与へて、一種の聯立内閣を形成したりき※是れ一は議院操縦の必要より来れるものなる可きも、其主要の目的は、実に藩閥を控制せむとするに在りしや疑ふ可からず※此を以て最も伊藤内閣に反感を抱きしものは、藩閥武断の一派にして、彼の藩閥の私生児たる吏党が、民党と聯合して極力伊藤内閣の攻撃を事としたるは、適々以て其由る所を察し得可し※或は伊藤内閣が二囘までも議会を解散したるの挙を非立憲的と為して、大に之れを論責するものあり※余も亦敢て侯の解散手段を賛するものに非ずと雖も、是れ勢の致す所にして侯の本意には非らず※若し当時の民党より之れを観れば、侯が解散してまでも内閣を維持したるは、単に民党を苦めたるに似たりと雖も、其実之れが為めに最大失望を感じたるものは、寧ろ藩閥及び藩閥を助くるの吏党にして、民党の為めには、解散は却つて幸福なりき※何となれば、侯にして若し解散の代りに辞職を行はゞ、侯の後を受けて内閣を組織するものは、必らず民党に非ずして藩閥の武断派なる可ければなり※之れを聞く、第二伊藤内閣の将に成らむとするや、陸奥伯其親近に語て曰く、民党たるものは宜しく其挙動を慎み、漫に吏党の激論に煽動せられて、我れより解散を求むるの愚を為す可からず※是れ民党の不利益なりと※則ち伯が伊藤侯の謀士として自由党と提携せしめたるも、其意の藩閥控制に在るや論なきのみ、伊藤侯が藩閥を利用すると共に、又之れを控制せむと勉めたるは既に斯くの如し※故に其信任する所の人物も、亦大抵藩閥に敵視せらるゝものか、若くば藩閥以外の出身者ならざるなく、例へば、故陸奥伯の如き伊東末松両男の如き、渡辺子金子氏の如き、以て見る可し※果して然らば、今囘の大英断が亦藩閥打破の目的より出でたると謂ふも豈余が一個の臆断ならんや。
未定数
伊藤侯は既に藩閥を打破して旧勢力と全く分離せり※知らず侯の未来は如何※一見せば侯の現在の位地は、孤立の二字を以て、善く之れを説明するを得可し※侯は旧勢力と分離して、未だ新勢力を発見せず※曾て侯と提携したる自由党は、今や憲政党の名の下に抱合せられて、侯と反対の方面に立ち、而して侯に依て政党を組織せむとするものは、唯だ憲政党の勢力に辟易して殆ど為す所を知らず※侯の現在の位地は実に孤立なりと謂ふ可し※されど余を以て之れを観るに、侯の位地は未定数にして必らずしも孤立ならず※憲政党は大なりと雖も、其組織未だ堅確ならず、其主義未だ明白ならざるに於て、一朝変を生ずれば、更に如何なる現象を生出せざるも保す可からず※否其分裂の機は漸く※促し来れり※憲政党一たび分裂すれば、旧自由党が再び侯を擁するの必要あるに至るは自然の情勢にして、侯は唯だ其機会の到来するまで孤立の位置に在るのみ。
凡そ今日の所謂る政党なるものは、主義政綱に依りて進退するに在らずして、唯だ利害に依て分合するものたるに過ぎず※伊藤侯が位地の未定数なるは、蓋し政党の主義政綱未だ分別せざるが為めなり※顧ふに政治家の世に立つや、先づ自ら其主義政綱を発表して、同志を天下に求むる固より可なりと雖も、今日の如く未だ主義政綱を以て争ふの進境に達せざるの政界に在て、自ら主義政綱を発表して同志を天下に求むるは、恐らくは侯の迂濶とする所なる可し※况むや侯は大隈板垣伯等の如く、政党上の歴史を有せざるが故に、今日直に政党を組織せむとする如きは、到底言ふ可くして行ふ可からざるの談なるに於てをや※若し侯の中心の冀望を言はゞ、此際永く、政界を退隠せむと欲するに切なるやも知る可からず※されど侯を叢囲せる門下生は、决して侯の退隠を許さゞるの事情あり※侯は此等の門下生の為めに、勢ひ再度の出馬を為さゞる能はざるは無論なるを以て、侯の清国より帰朝するの日は、乃ち政界復た一変動を見るの時なりと知らざる可からず※侯の運動の妙所は、虚無縹緲の間に於て、巧みに最後の勝利を制するに在り※侯が明治十四年来藩閥控制の術数を用いたるも、世間啻に其然るを知らざるのみならず、藩閥自身も亦然るを知らずして独り其術中に陥りて怪まず※侯が自由党と提携したるに及でも、明かに政党内閣を主張せずして而も次第に今日の時局を導くの動機を啓きたり※侯は曾て其持説を確言したることなきも、其実際に施設したる例少なからず※侯も亦一代の政治家なるかな。(三十一年九月)
伊藤侯は党首の器なるや
伊藤侯が頃ろ政党改造の意見を発表して、既成政党の弊害を矯正せんとするや、侯の機関紙たる『日々新聞』は、侯の目的、模範政党を作るに在りと暗示し、憲政党の機関紙たる『人民新聞』は、侯の位地を論じて、憲政党に入るの侯の志に合ふ可きを諷告したり※侯果して憲政党に入りて其首領たらむと欲する乎。或は既成政党以外、新たに同志を糾合して模範政党なるものを作らむとする乎※是れ恐くは政治的数学の例題ならむ※近かき未来の政局を打算するが為には、先づ此例題を解决せざる可からず。
然れども憲政党及び其他の伊藤崇拝者が、果して能く伊藤侯の人物を領解したるや否や※試に問はむ、侯は党首の器を備へたる人物なる乎※具体的にいへば、侯はグラツドストンたるを得る乎※サリスバリーたるを得る乎と※凡そ党首に最も必要なる資格は、国民を指導して国民を専制せざるに在り※但国民を指導すといふは、国民を煽動するの謂に非ず※衆愚の感情を迎合し、一時の俗論を鼓吹し、己れの信ぜざる所を語り、我が欲せざる所を行ひ、詐謀偽術を挟みて強て多数の好尚に阿ねるは、是れ煽動家の事のみ※余が所謂る党首に非ず※マツヂニー曾て多数政治に定義を与へて曰く、多数政治とは、最も聡慧にして最も善良なる首領の指導に依れる政治なりと※故に党首は其智見判断に於て固より一代に超絶するものたる可く、則ち国民の未だ知らざる所を知り、国民の未だ見ざる所を見るの賢明なる人物ならざる可からずと雖も、此れと同時に、其智見判断を以て、国民の意思を圧服せむとするは、是れ専制家の事なり※余が所謂る党首には非ず※煽動家はモツブの頭領たる可し、政党の首領たるを得ず、専制家は宮廷政治の宰相たる可し、多数政治の宰相たるを得ず。
余は伊藤侯が当今第一流の政治家として、其智見判断固より一頭地を地平線上より抽むずる者あるを認識す。されど侯は政党の首領として、国民を指導するの適才なりや否やと問はゞ、余は容易に之れを首肯する能はず※有体にいへば、侯は宮廷政治の宰相なり※侯は自負心に富みて、昂然自ら標置し、平生私智を恃むこと余りに多くして、輿論を視ること極めて軽く、個人的利害、個人的感情に傾き易き国民を指導して、与に国家の公問題を処决する如きは、恐らくは潔癖ある侯の能く忍ぶ所にあらず。余は侯を目して東洋のビスマークなりと信ずるほどに侯を崇拝せざるのみならず、侯を以てメツテルニヒの悪血を混じたる奸雄なりとも思はず。蓋し侯は天性神経過敏なれども、政治上に於ては極めて小心にして英断に乏しく、謹慎余りありて強固なる意力を欠きたる人なればなり。されど侯に期するに、グラツドストン、サリスバリーの事を以てするは、其見当違ひなる更に最も太甚し。
侯はビスマークの大胆雄略なく、又メツテルニヒの隠険佞悪なしと雖も、其専制主義を喜び、宮廷的攻略に長ずるに至ては、侯は稍此二人に類似したる所あり。顧ふに侯が近来政党に接近したるは明白なる事実なり※特に憲政党と頗る親密なる交通を為しつゝあるは、最も新らしき事実なり※されど侯の憲政党と交通するや、猶ほ文明国人の未開国人と交通するが如し※侯の眼中に映ずる憲政党は、尚ほ是れ政治上の未開国のみ※侯は此未開国の法律に服従するの危険を恐る※故に之れと交通すと雖も、常に傲然として思想上の治外法権を維持せり※侯或は此未開国を征服するの野心ありとせむ※されど侯は果して善良なる君主たるを得る乎※伊藤侯と大隈伯とは、政界の両雄なりと公認せらるゝものなり※其政治的手腕は真に両々相当るが為めなり※されど党首として之を論ずれば、伊侯は到底大隈伯の対手に非ず※世間動もすれば伯を称して煽動家と為すものあれども、是れ伯を侮辱するに非ずむば、伯を誤解するなり※伯の煽動家ならざるは、猶ほ伊藤侯の党首の器に非ざるが如し※伯は意見に富み、判断に長じ、特に其記性非凡にして、英敏なる組織力あるは、善く伯を識るものゝ皆許す所なり※試に見よ、会計法の未だ整頓せざるに際して、予算編製の創意を出だしたるものは大隈伯に非ずや※始めて統計事業を成案し、会計検査法を設けて、行政事務の改良を謀りたるものは亦大隈伯に非ずや※伯は曾て紙筆を執りたることなく、算盤を手にしたることなきも、善く複雑なる事実と数字とを記憶して、其解紛按排頗る迅速なり※此点より言へば、伯は大事務家なり※大行政家なり※されど伯の最も偉なる所は、国民を指導するの力量ある是なり※伯は独自一己の意見を有すると共に、雑駁なる国民問題を溶解して、更に之れを清新なる晶形と為すの陶鋳力(クリスタリゼーシヨン)あり、伯は此陶鋳力に依りて、国民の偏見、私情、迷想に属する分子を除却し、以て其醇分を代表するの意見を製造するものゝ如し※是れ自ら党首の器にして、伊藤侯の企て及ばざる所と為す。若し此陶鋳力を以て煽動家の破壊力と同視せば、其謬見や大なり※煽動家は国民の偏見、私情、迷想に投じて之れを死地に陥る※其目的唯だ破壊に在り。例へば猟官熱の熾なるを見れば、直に官吏登庸法全廃を主張する如き、或は議員歳費増加案を提出して腐敗せる人心を収攬する如き、是れ実に煽動家の手段なりと謂ふを得可きも、若し夫れ大隈伯に至ては、曾て此般の言動に出でたることなし※地租増加に反対したるを以て伯を煽動家と為さん乎※市民を誘導して地租増加に賛成せしめたるも亦煽動家なり※否、政治上の論争は総て煽動的なりと謂はざる可からず※亦奇怪ならずや※唯だ大隈伯の長所にして短所なるは、其意見を公言するの大胆に過ぐること是れなり※伯は其語らむとする所を語るに於て頗る無遠慮なり、而も其語る所は大抵未来の問題に関するものたるを以て、其発表したる意見は、往々言質と為りて※反対党に攻撃の材料を供給せり※意見を公言するは政治家の美徳なれども、時としては沈黙を守るの反つて政治家の利益たるを知らざる可からず※伯は他の政治家に比して割合に変説少きに拘らず、伯の政敵は、主として伯の変説最も著しきを言ふ※是れ他の政治家は意見を発表すること少なきが故に、其変説世に知らるゝこと少なく、伯は意見を発表すること多きが故に、其言質を執らへらるゝこと随て多きのみ。
されど政治家は道徳家に非ず※苟も国民の利害、国家の公問題と両立せざる意見は、之れを守るも政治家の名誉に非ず、之れを捨つるも政治家の恥辱に非ず※変ず可くして変じ、捨つ可くして捨つ、唯自己の智見と良心とに是れ任す可きのみ※特に国民を指導する党首に於て最も其然るを見る。
伊藤侯は大隈伯の如く未来の問題を語ること少なく、其語るや大抵過去帳の展読のみ※故に其言質を作ること稀れなる代りに、其発表せる意見は、国民の記憶を喚び起すの力あれども、国民を指導するの生命あるもの甚だ希れなり※是れ亦党首として大隈伯に及ばざり所以なり。
之を要するに、伊藤侯は政治家としては当今第一流の人物なれども、党首としては大隈伯の対手に非ず※然るに憲政党は侯を誘ふて党首の位地に立たしめむとす※是れ果して憲政党の利益なる乎※侯にして若し憲政党に入らば、憲政党は其組織を一変して、更に侯の理想に依て着色せられたる新政党と為らむ※而して自由主義は専制主義と為り、而して指導者を得る代りに命令者を得む。(三十二年八月)
立憲政友会の創立及び其創立者
(一)新組織の政党
立憲政友会の創立は、確かに政治上の一進歩なり。少くとも近かき未来に於ける局面展開の動力たる可きは、何人も疑はざる所なり。但だ其の組織の果して健全なる発達を遂げ、其実力形貌共に果して能く完全なる政党たるを得可きや否やは、是れ固より前途に横はれる未解の設題たるのみ。余は敢て之が解釈を今日に試みむといふには非ず。
立憲政友会の創立者を見るに、資望朝野の間に高き伊藤侯以下或は曾て台閣に列したる人あり、或は前日まで一党の領袖たりし人あり、或は敏腕の名ある旧官吏あり、或は地方の豪紳あり、其の他間接直接に立憲政友会の創立に与かりたるものは、孰れも所謂当代の名士にして、其自ら揚言する所を聞けば、遖ぱれ憲政の完成を期するを以て任と為し、私利を謀らず、猟官を願はざる忠誠明識の政治家なるものゝ如し。余豈其の醇駁を判じ、清濁を断ずといはむや。
且つ政友会の総裁たる伊藤侯は、久しく既成政党の弊害を憂へ、屡々公私の集会に臨みて之れが矯正の必要を唱へたるを見るに於て、其の今囘自ら起て立憲政友会を組織したるもの、蓋し亦平生の理想を行はむと欲するに外ならじ。余は此の点に於て深く侯の志を諒とし、唯熱心に侯の成功を祷ると共に侯の幕下に集まれる諸君子が、始終善く侯の指導に服従し、以て国家の為めに侯の志を成さしめむことを望むや極めて切なり。有体にいへば、余は不幸にして侯の人物及び経綸に深厚なる同情を表する能はず。されど其の六十有二の高齢に達して、意気未だ毫も衰へず、自ら政友会を発起して、政治的新生涯の人たるを期す。其の頭脳精神の強健なる、亦一代の豪といふ可し。
余は侯が政友会を発起したるを以て政治的新生涯に入るといふは何ぞや。
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