明治文学史 - 山路 愛山 ( やまじ あいざん )
序論
飛流直下三千丈、疑是銀河落九天。
是|豈(あに)明治の思想界を形容すべき絶好の辞に非(あら)ずや。優々閑々たる幕府時代の文学史を修めて明治の文学史に入る者|奚(いづくん)ぞ目眩し心悸(しんき)せざるを得んや。
文学は即ち思想の表皮なり、乞ふ思想の変遷を察せしめよ。
封建の揺籃(えうらん)恍惚(くわうこつ)たりし日本は頓(にはか)に覚めたり。和漢の学問に牢せられたる人心は自由を呼吸せり。鉄の如くに固まれるものは泥の如くに解けたり。維新の始めに方(あた)りてや、所謂智識を世界に求むるの精神は沛乎(はいこ)として抑ゆべからず。天下の人心は飢渇の如く新しき思想新しき智識を追求めたり。其錦旗を飜(ひるがへ)して東海道に下向し、山の如き関東の勢を物の数とせざりしが如き議政官に上局下局を設けて公議輿論を政治の標準とし、世界第一の民政国たる米国に擬せんとせしが如き政治的冒険の花々しく、恐ろしく、快絶奇絶なりしが如く、当時の思想界の冒険も亦(また)孟賁(まうほん)をして後(しり)へに瞠若(だうじやく)たらしむる程の勢ありき。若(も)し明治元年より今日に至るまで日本の思想史を分ちて上中下の三となさば其上代は即ち極めて大胆なる、極めて放恣(はうし)なる、而して極めて活溌なる現象を有する時代にして、加藤弘之氏が「真政大意」を作りて人民参政の権利を以て自然の約束に出(い)でたりと論じ、福沢諭吉氏が西洋事情世界|国尽(くにづく)しの如き平民的文学を創(はじ)めて天は人の上に人を作らずと喝破(かつぱ)せしが如き、将又(はたまた)明六社なる者が其|領袖(りやうしう)西|周(あまね)、津田|真道(まみち)、森有礼等に因(よ)りて廃刀論、廃帝論、男女同権論の如き日本歴史に未曾有(みぞう)なる新議論を遠慮会釈なく説(と)き立てしが如き、中村敬宇先生が自助論を飜訳し耶蘇教の洗礼を受けしが如き、皆是れ前例なく先蹤(せんしよう)なく、前人の夢にだも思はざる所迄に向つて先づ手を附けし者なり。其勢水の堤を破りて広野を湿すが如く浩々滔々として禁ずべからず、止むべからず。千里の竜馬|槽櫪(さうれき)の間を脱して鉄蹄を飛風に望んで快走す、何者も其奔飛の勢を遏止(あつし)する能(あた)はず、何物も其行く所を預想する能はず。
既にして奔(はし)る者は疲れたり。回顧の時代は来れり。成島|柳北(りうほく)、栗本|鋤雲(じようん)の諸先生が新聞記者として多くの読者を喜ばすに至りたるは何故ぞ。反故(ほご)の中に埋るべき運命を有せりと思はしめたる漢詩文が再び重宝がられ、朝野新聞の雑録及び花月新誌の一瀉(いつしや)千里の潮頭が忽(たちま)ち月の引力に因りて旧の岸に立廻らんとせしに非ずや。英語階梯や「リードル」を携へて洋学先生の門に至りしものが更に之を抛(なげう)ちて再び漢学塾を訪ひ、古老先生の教を拝聴せしものは何故ぞ。余りに急走したる結果が大なる休息を求むるに至りたる故に非ずや。
然(しか)れども第十九世紀の大勢は後へを圧せり。疲れたりと雖(いへど)も中止すべからざるなり。填然(てんぜん)として之に鼓(つゞみう)ち兵刃既に交はるに及んでは勢勝敗を決せざるべからず。其一兵一卒の疲れたるが為めに全軍の掛引を変ずべからず。福沢諭吉氏を除きては先輩諸子の既に殆(ほと)んど倦色を著はせし当時に於て田口|卯吉(うきち)氏は経済に於て自由貿易論を主張し、馬場|辰猪(たつゐ)氏は政治上に於て自由民権を説き、中江|篤介(とくすけ)氏は社会的に平民主義を論じ、星、大井の諸氏は法律論を唱へ、此回顧的退歩的の潮流に抗し民心を激励|鞭撻(べんたつ)して此切所に踏み止(とゞま)り、更に進歩的の方角に之を指導せんとせり。是|蓋(けだ)し明治思想史の中世紀なりとす。
思想は来れり。之を表はすべき文学は如何(いかん)。蓋し心に思ふより口に言はるゝなりとは思想界に於て正当に来るべき順序にして思想は必ず脩辞(しうじ)の前に来る者なり。思想ある者は必ず之を正当に言顕はすべき言語を求めずんばあらず。上来|陳(の)べ来りしが如き新日本に生じ来れる思想は数年間之を発表すべき文学を求めつゝありしなり。而して其暗中に摸索するが如き勤労は先づ外山|正一(まさかず)矢田部良吉等諸氏の新躰詩と為り、「我は海軍、我敵は古今無双の英雄ぞ」と曰(い)ふが如き、「かせがにやならぬ男の身」といふが如き、今日より見れば随分|蕪雑(ぶざつ)なる或者はアホダラ経に似たる当時より見れば、頗(すこぶ)る傑作なる文学を出し、更らに矢野文雄氏の経国美談報知新聞の繋思談の如きものとなりて現はれ、シキリに現世紀の思想を顕はし、現世紀の感情を歌ふべき文躰を発見せんと努力せり。是ぞ明治思想史第三段となす所謂(いはゆる)「言文一致躰」と言ひ、「翻訳躰」と言ひ、「折衷派」と曰ひ、「元禄風」と曰ふが如き皆是れ脩辞上の題目にして、而して今日に至るまで未だ一致したる形式を為さゞる者なり。
斯(かく)の如く脩辞の問題盛んなると同時に美術的の文学(即ち狭義の文学)は勃然(ぼつぜん)として起り来れり。蓋(けだ)し脩辞を以て直(たゞ)ちに文学の全躰なりとするものは未だ文学を解せざる者なり。脩辞は唯文学の形式なるのみ。然れども渠(きよ)ありて始めて水の通ずるが如く思想を顕はすべき形式なき間は到底精細美妙なる審美的の観念は其発達を自由にする能はざるなり。是故に美術的の文学は是非とも脩辞の発達を待ちて発達するなり。而して明治の文学も亦此通則を免(まぬが)る能はずして脩辞の時代と共に美術的の文学は来れり。高壮美真の如き理想の歌はれたる恋愛学慈悲友誼、愛国の如きもの不完全にもせよ稍(やゝ)精細に画かれたるは実に此時限に始まれり。波瀾層々此文運は如何になるべきか、何処に向つて奔るべき乎。過去は即ち未来の運命を指定する者なり、未来は即ち過去の影なり。請(こ)ふ吾人をして明治文学史を観察せしめよ。
凡例三則
編述の躰裁は錯雑なり
吾人は序論に於て明治文学に三段落あることを論じたり。編述の躰裁を整へんとせば、須(すべか)らく筆を明治の初年に起し、福沢、西、中村等諸先生より論じ起すべきなり。しかも斯(かく)の如くせんには材料未だ具(そな)はらざる也。比較、簡撰(かんせん)多少の時日を要するなり。吾人にして若し間暇あらば実に斯の如くせんことを欲す。怨(うら)むらくは吾人の境遇之を許さゞるなり。
此に於てか吾人は先づ材料を得し所より筆を着け、随て記るし、年序を追はず、人物を論ぜず、明治文学の現象として起りたる何物をも怠らず観察して之を論評し、末に於て全般の観察をなさんと欲す。
吾人が所謂文学なる者の釈義
文章即ち事業なりとは吾人の深く信じて疑はざる所なり。
文学は即ち思想の表皮なり、乞ふ思想の変遷を察せしめよ。
封建の揺籃(えうらん)恍惚(くわうこつ)たりし日本は頓(にはか)に覚めたり。和漢の学問に牢せられたる人心は自由を呼吸せり。鉄の如くに固まれるものは泥の如くに解けたり。維新の始めに方(あた)りてや、所謂智識を世界に求むるの精神は沛乎(はいこ)として抑ゆべからず。天下の人心は飢渇の如く新しき思想新しき智識を追求めたり。其錦旗を飜(ひるがへ)して東海道に下向し、山の如き関東の勢を物の数とせざりしが如き議政官に上局下局を設けて公議輿論を政治の標準とし、世界第一の民政国たる米国に擬せんとせしが如き政治的冒険の花々しく、恐ろしく、快絶奇絶なりしが如く、当時の思想界の冒険も亦(また)孟賁(まうほん)をして後(しり)へに瞠若(だうじやく)たらしむる程の勢ありき。若(も)し明治元年より今日に至るまで日本の思想史を分ちて上中下の三となさば其上代は即ち極めて大胆なる、極めて放恣(はうし)なる、而して極めて活溌なる現象を有する時代にして、加藤弘之氏が「真政大意」を作りて人民参政の権利を以て自然の約束に出(い)でたりと論じ、福沢諭吉氏が西洋事情世界|国尽(くにづく)しの如き平民的文学を創(はじ)めて天は人の上に人を作らずと喝破(かつぱ)せしが如き、将又(はたまた)明六社なる者が其|領袖(りやうしう)西|周(あまね)、津田|真道(まみち)、森有礼等に因(よ)りて廃刀論、廃帝論、男女同権論の如き日本歴史に未曾有(みぞう)なる新議論を遠慮会釈なく説(と)き立てしが如き、中村敬宇先生が自助論を飜訳し耶蘇教の洗礼を受けしが如き、皆是れ前例なく先蹤(せんしよう)なく、前人の夢にだも思はざる所迄に向つて先づ手を附けし者なり。其勢水の堤を破りて広野を湿すが如く浩々滔々として禁ずべからず、止むべからず。千里の竜馬|槽櫪(さうれき)の間を脱して鉄蹄を飛風に望んで快走す、何者も其奔飛の勢を遏止(あつし)する能(あた)はず、何物も其行く所を預想する能はず。
既にして奔(はし)る者は疲れたり。回顧の時代は来れり。成島|柳北(りうほく)、栗本|鋤雲(じようん)の諸先生が新聞記者として多くの読者を喜ばすに至りたるは何故ぞ。反故(ほご)の中に埋るべき運命を有せりと思はしめたる漢詩文が再び重宝がられ、朝野新聞の雑録及び花月新誌の一瀉(いつしや)千里の潮頭が忽(たちま)ち月の引力に因りて旧の岸に立廻らんとせしに非ずや。英語階梯や「リードル」を携へて洋学先生の門に至りしものが更に之を抛(なげう)ちて再び漢学塾を訪ひ、古老先生の教を拝聴せしものは何故ぞ。余りに急走したる結果が大なる休息を求むるに至りたる故に非ずや。
然(しか)れども第十九世紀の大勢は後へを圧せり。疲れたりと雖(いへど)も中止すべからざるなり。填然(てんぜん)として之に鼓(つゞみう)ち兵刃既に交はるに及んでは勢勝敗を決せざるべからず。其一兵一卒の疲れたるが為めに全軍の掛引を変ずべからず。福沢諭吉氏を除きては先輩諸子の既に殆(ほと)んど倦色を著はせし当時に於て田口|卯吉(うきち)氏は経済に於て自由貿易論を主張し、馬場|辰猪(たつゐ)氏は政治上に於て自由民権を説き、中江|篤介(とくすけ)氏は社会的に平民主義を論じ、星、大井の諸氏は法律論を唱へ、此回顧的退歩的の潮流に抗し民心を激励|鞭撻(べんたつ)して此切所に踏み止(とゞま)り、更に進歩的の方角に之を指導せんとせり。是|蓋(けだ)し明治思想史の中世紀なりとす。
思想は来れり。之を表はすべき文学は如何(いかん)。蓋し心に思ふより口に言はるゝなりとは思想界に於て正当に来るべき順序にして思想は必ず脩辞(しうじ)の前に来る者なり。思想ある者は必ず之を正当に言顕はすべき言語を求めずんばあらず。上来|陳(の)べ来りしが如き新日本に生じ来れる思想は数年間之を発表すべき文学を求めつゝありしなり。而して其暗中に摸索するが如き勤労は先づ外山|正一(まさかず)矢田部良吉等諸氏の新躰詩と為り、「我は海軍、我敵は古今無双の英雄ぞ」と曰(い)ふが如き、「かせがにやならぬ男の身」といふが如き、今日より見れば随分|蕪雑(ぶざつ)なる或者はアホダラ経に似たる当時より見れば、頗(すこぶ)る傑作なる文学を出し、更らに矢野文雄氏の経国美談報知新聞の繋思談の如きものとなりて現はれ、シキリに現世紀の思想を顕はし、現世紀の感情を歌ふべき文躰を発見せんと努力せり。是ぞ明治思想史第三段となす所謂(いはゆる)「言文一致躰」と言ひ、「翻訳躰」と言ひ、「折衷派」と曰ひ、「元禄風」と曰ふが如き皆是れ脩辞上の題目にして、而して今日に至るまで未だ一致したる形式を為さゞる者なり。
斯(かく)の如く脩辞の問題盛んなると同時に美術的の文学(即ち狭義の文学)は勃然(ぼつぜん)として起り来れり。蓋(けだ)し脩辞を以て直(たゞ)ちに文学の全躰なりとするものは未だ文学を解せざる者なり。脩辞は唯文学の形式なるのみ。然れども渠(きよ)ありて始めて水の通ずるが如く思想を顕はすべき形式なき間は到底精細美妙なる審美的の観念は其発達を自由にする能はざるなり。是故に美術的の文学は是非とも脩辞の発達を待ちて発達するなり。而して明治の文学も亦此通則を免(まぬが)る能はずして脩辞の時代と共に美術的の文学は来れり。高壮美真の如き理想の歌はれたる恋愛学慈悲友誼、愛国の如きもの不完全にもせよ稍(やゝ)精細に画かれたるは実に此時限に始まれり。波瀾層々此文運は如何になるべきか、何処に向つて奔るべき乎。過去は即ち未来の運命を指定する者なり、未来は即ち過去の影なり。請(こ)ふ吾人をして明治文学史を観察せしめよ。
凡例三則
編述の躰裁は錯雑なり
吾人は序論に於て明治文学に三段落あることを論じたり。編述の躰裁を整へんとせば、須(すべか)らく筆を明治の初年に起し、福沢、西、中村等諸先生より論じ起すべきなり。しかも斯(かく)の如くせんには材料未だ具(そな)はらざる也。比較、簡撰(かんせん)多少の時日を要するなり。吾人にして若し間暇あらば実に斯の如くせんことを欲す。怨(うら)むらくは吾人の境遇之を許さゞるなり。
此に於てか吾人は先づ材料を得し所より筆を着け、随て記るし、年序を追はず、人物を論ぜず、明治文学の現象として起りたる何物をも怠らず観察して之を論評し、末に於て全般の観察をなさんと欲す。
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