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昔の女 - 三島 霜川 ( みしま そうせん )

  • 371『文藝界』明治39鏑木清方・三島霜川・中谷無涯・海賀変
  • 370『文藝界』明治37長谷川二葉亭・三島霜川・佐藤露英
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 埃深(ほこりふかい)い北向の家である。低い木ッ葉屋根の二軒長屋で、子供の多い老巡査が住み荒して行ッた後(あと)だ。四畳半と三畳と並んで、其に椽が付いて南に向ッてゐる。で日は家中に射込むて都(すべ)て露出(むきだ)し……薄暗い臺所には、皿やら椀やら俎板やらしちりんやらがしだらなく取ツちらかツてゐるのも見えれば、屡(よ)く開ツ放してある押入には、蒲團綿やら襤褸屑(ぼろくず)やら何んといふこともなくつくね込むであるのも見える。障子は夏、外(はづ)したまゝで、残らず破れたなり煤けたなりで便所の傍(わき)にたてかけてある。もう朝晩は秋の冷気が身に沁むほどだといふに、勝見一家の倦怠とやりツぱなしは、老巡査一家の其にも増して、障子を繕ツて入れるだけの面倒も見ない。雨でも降るとスッカリ雨戸を閉切(しめき)ツて親子|四(よ)人|微暗(ほのぐら)い裡(なか)に何がなしモゾクサしていじけ込むてゐる。天気の好い日でも格子戸の方の雨戸だけは閉切(しめき)ツて、臺所口から出入してゐる。幾ら水を換へて置いても、雨上(あめあが)りには屹度手水鉢(てふづばち)の底に蚯蚓が四五匹づゝウヨ/\してゐた。家が古いから屋根から流れ込むのであらう。主人の由三は、卅を越した年を尚(ま)だ独身で、萬事母親に面倒を掛けてゐた。
 由三は何処に勤めるでもない。何時も何か充(つま)らないやうな、物足りぬ顔で大きな古|机(づくえ)の前に坐り込むでゐるが、飽きるとゴロリ横になツて、貧乏揺をしながら何時とはなく眠ツて了ふ。何うかすると裏の田園散歩に出掛けることもある。机の上には、いかな日でも原稿用紙と筆とが丁と揃ツてゐないことはないが、それでゐて滅多と原稿の纒ツた例(ためし)がない。頭がだらけきツて、正體がないからだ。
 今日も由三は十一時頃に起きて、其から二三時間もマジリ/\してゐて、もう敷島の十二三本も吸ツた。吸殼は火鉢の隅に目立つやうに堆(かさ)になツて、口が苦くなる、頭もソロ/\倦(たる)くなツて來て、輕く振ツて見ると、后頭が鉛でも詰めてあるやうに重い。此うなると墨を磨るのさへ懶(ものう)い、で、妄(むやみ)と生叺(なまあくび)だ。臺所|傍(わき)の二|畳(じよ)でも母親が長い叺をする……眼鏡越しに由三の方を見て、
「隣りのお婆さん、何うなすツたかナ。」と獨言(ひとりごと)のやうにいふ。返事がなかツたので、更に押返して
「亡(な)くなツたかナ。」
 と頼りなげな聲だ。
「何うだツて可いぢやありませんか、他(ひと)のこと。」
 由三はうるさゝうに謂ツて、外(そと)を見る。青(あを)い空、輝く日光(にツくわう)……其の明い、静な日和(ひより)を見ると、由三は何がなし其の身が幽囚でもされてゐるやうな感じがした。
「でも怖(こわ)いからノ。」と母親は重い口で染々(しみじみ)といふ。
「氣を付けてさへゐたら大丈夫です。」
「其は然うだがノ。」と不安らしい。
大丈夫ですよ。赤痢といふものは、氣を付けてさへゐたら、決して罹りもしなければ、傳染するものではありません。」
「然うかノ。」
 と謂ツて母親は黙ツて了ツた。隣りの婆さんといふのは、赤痢に罹ツたのを一週間も隱匿(かく)してゐて、昨日午後病院に擔込(かつぎこ)まれたのであツた。避病院は、つい近所にある。坐ツてゐても消毒室の煙突だけは見える。
「嫌だノ。」と母親はまた心細さうに、「今年は能く人が死なツしやるナ。気候の悪い故でもあるかノ。」
 と謂ツて小聲で念佛を稱へる。
「そりや死にもするけれど、生れた家(とこ)も随分あるさ。」
 と由三はお産のあツた家(うち)を六軒ばかり數へた。そして、「此の長屋中にだツて、春から三人も生れたぢやありませんか。」
 と言(い)足した。近所から傳染病が出た故(せい)でもあることか、其處らに人が住むでゐるとは思はれぬやうに静だ。其の静な中(なか)に、長屋の隅ツこの方から、トントン、カラリ……秋晴の空氣を顫はせて、機(はた)を織る音かさも田舎びて聞えて來る。
 由三は眼を瞑(つぶ)ツて、何んといふ纒(まとまり)のないことを考出した。「此うしてゐて何うなるのだ。


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