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春の鳥 - 国木田 独歩 ( くにきだ どっぽ )

  • 国木田独歩★ 豪華版 日本現代文学全集 国木田独歩集 ★講談社
  • 絶版  牛肉と馬鈴薯  岩波文庫 国木田独歩
  • 朗読CD 朗読街道25「非凡なる凡人・春の鳥」国木田独歩
  • ★☆ 編集者 国木田独歩の時代 黒岩比佐子 ☆★
  • 武蔵野 国木田独歩 初版本復刻 近代文学の名作
  • ★「独歩書簡」国木田独歩 新潮社★
  • ★国木田独歩 作 武蔵野 岩波文庫 ★
  • ★牛肉と馬鈴薯 国木田独歩 角川文庫★
  • 国木田独歩 運命 大正7年発行
  • 名著復刻全集近代文学館ほるぷhon22国木田独歩 武蔵野
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       一  今より六七年前、私はある地方英語数学教師をしていたことがございます。その町に城山(しろやま)というのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつもこの山に登りました。
 頂上には城あとが残っています。高い石垣(いしがき)に蔦葛(つたかつら)がからみついて、それが真紅(しんく)に染まっているあんばいなど得も言われぬ趣でした。昔は天主閣の建っていた所が平地になって、いつしか姫小松まばらにおいたち、夏草すきまなく茂り、見るからに昔をしのばす哀れなさまとなっています。
 私は草を敷いて身を横たえ、数百年(すひゃくねん)斧(おの)の入れたことのない欝(うつ)たる深林の上を見越しに、近郊田園を望んで楽しんだことも幾度であるかわかりませんほどでした。
 ある日曜午後と覚えています、時は秋の末で、大空は水のごとく澄んでいながら野分(のわけ)吹きすさんで城山の林は激しく鳴っていました。私は例のごとく頂上に登って、やや西に傾いた日影の遠村近郊をあかく染めているのを見ながら、持って来た書物を読んでいますと、突然人の話し声が聞こえましたから石垣(いしがき)の端に出て下を見おろしました。別に怪しい者でなく三人の小娘が枯れ枝を拾っているのでした。風が激しいので得物(えもの)も多いかして、たくさん背中にしょったままなおもあたりをあさっている様子です。むつまじげに話しながら、楽しげに歌いながら拾っています、それがいずれも十二三、たぶん何村あたりの農家子供でしょう。
 私はしばらく見おろしていましたが、またもや書物のほうに目を移して、いつか小娘のことは忘れてしまいました。するとキャッという女の声、驚いて下を見ますと、三人の子供は何に恐れたのか、枯れ木を背負ったままアタフタと逃げ出して、たちまち石垣(いしがき)のかなたにその姿を隠してしまいました。おかしなことと私はその近所を注意して見おろしていると、薄暗い森の奥から下草を分けながら、道もない所をこなたへやって来る者があります。初めは何者とも知れませんでしたが、森を出て石垣の下に現われたところを見ると、十一か十二歳と思わるる男の子です。紺の筒袖(つつそで)を着て白もめんの兵児帯(へこおび)をしめている様子は百姓の子でも町家の者でもなさそうでした。
 手に太い棒切れを持ってあたりをきょろきょろ見回していましたが、フト石垣の上を見上げた時、思わず二人は顔を見合わしました。子供はじっと私の顔を見つめていましたが、やがてニヤリと笑いました。その笑い尋常でないのです。生白(なまじろ)い丸顔の、目のぎょろりとした様子までが、ただの子供でないと私はすぐ見て取りました。
先生、何をしているの?」と私を呼びかけましたので私もちょっと驚きましたが、元来私の当時教師を勤めていた町はごく小さな城下ですから、私のほうでは自分の教え子のほかの人をあまり知らないでも、土地の者は都から来た年若い先生を大概知っているので、今この子供が私を呼びかけたも実は不思議はなかったのです。そこへ気がつくや、私も声を優しゅうして、
「本を読んでいるのだよ。ここへ来ませんか。」と言うや、子供はイキなり石垣に手をかけて猿(さる)のように登りはじめました。高さ五|間(けん)以上もある壁のような石垣(いしがき)ですから、私は驚いて止めようと思っているうちに、早くも中ほどまで来て、手近の葛(かつら)に手が届くと、すらすらとこれをたぐってたちまち私のそばに突っ立ちました。そしてニヤニヤと笑っています。
名前はなんというの?」と私は問いました。「六(ろく)」「六? 六(ろく)さんというのかね。」と問いますと、子供はうなずいたまま例の怪しい笑いをもらして、口を少しあけたまま私の顔を気味の悪いほど見つめているのです。
「いくつかね、年は?」と、私が問いますと、けげんな顔をしていますから、いま一度問い返しました。すると妙な口つきをしてくちびるを動かしていましたが、急に両手を開いて指を折って一(ひ)、二(ふ)、三(み)と読んで十(とう)、十一飛ばし、顔をあげてまじめに、
十一だ。」と言う様子は、やっと五つぐらいの子の、ようよう数を覚えたのと少しも変わらないのです。そこで私も思わず「よく知っていますね。」「おっかさんに教わったのだ。」「学校へゆきますか。」「行かない。」「なぜ行かないの?」
 子供は頭をかしげて向こうを見ていますから考えているのだと私は思って待っていました。すると突然子供はワアワアと唖(おし)のような声を出して駆け出しました。「六さん、六さん」と驚いて私が呼び止めますと、
「からす、からす」と叫びながら、あとも振りむかないで天主台を駆けおりて、たちまちその姿を隠してしまいました。

       二

 私はそのころ下宿屋(やどや)住まいでしたが、なにぶん不自由で困りますからいろいろ人に頼んで、ついに田口という人の二階二間を借り、衣食いっさいのことを任すことにしました。
 田口というは昔の家老職、城山の下に立派屋敷を昔のままに構えて有福(ゆうふく)に暮らしていましたので、この二階を貸し、私を世話してくれたのは少なからぬ好意であったのです。
 ところで驚いたのは、田口に移った日の翌日、朝早く起きて散歩に出ようとすると、城山で会った子供が庭を掃いていたことです。私は、
「六さん、お早う」と声をかけましたが、子供は私の顔を見てニヤリ笑ったまま、草ぼうきで落ち葉を掃き、言葉を出しませんでした。
 日のたつうちに、この怪しい子供の身の上が次第にわかって来ました、と言うのは、畢竟(ひっきょう)私が気をつけて見たり聞いたりしたからでしょう。
 子供は名を六蔵と呼びまして、田口の主人(あるじ)には甥(おい)に当たり、生まれついての白痴であったのです。母親というは四十五六、早く夫に別れまして実家(さと)に帰り、二人の子を連れて兄の世話になっていたのであります。六蔵の姉はおしげと呼び、その時十七歳、私の見るところでは、これもまた白痴と言ってよいほど哀れな女でした。
 田口の主人(あるじ)も初めのほどは白痴のことを隠しているようでしたが、何をいうにも隠しうることでないのですから、ついにある夜のこと、私の室(へや)に来て教育の話の末に、甥(おい)と姪(めい)の白痴であることを話しだし、どうにかしてこれにいくぶんの教育を加えることはできないものかと、私に相談をしました。
 主人(あるじ)の語るところによると、この哀れなきょうだい父親というは、非常な大酒家で、そのために命をも縮め、家産をも蕩尽(とうじん)したのだそうです。そして姉も弟(おとと)も初めのうちは小学校に出していたのが、二人とも何一つ学び得ず、いくら教師が骨を折ってもむだで、到底ほかの生徒といっしょに教えることはできず、いたずらに他の腕白(わんぱく)生徒(せいと)の嘲弄(ちょうろう)の道具になるばかりですから、かえって気の毒に思って退学をさしたのだそうです。


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