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春六題 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

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  • 【ちくま日本文学034】寺田寅彦 1878-1935
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       一  暦の上の季節はいつでも天文学者計画したとおりに進行して行く。これは地球から見た時に太陽天球のどこに来ているかという事を意味するだけの事であるから、太陽系何か大きな質量変化が起こるか、重力の方則が変わらない限り、予定のとおり進行してゆくはずである。
 近ごろ、アインシュタイン研究によってニュートン力学が根底から打ちこわされた、というような話が世界じゅうで持てはやされている。これがこういう場合にお定まりであるようにいろいろに誤解され訛伝(かでん)されている。今にも太陽系平衡が破れでもするように、またりんごが地面から天上に向かって落下する事にでもなるように考える人もありそうである。そしてそれが近代人の伝統破壊を喜ぶ一種の心理に適合するために、見当違いに痛快がられているようである。しかし相対原理一般化されて重力に関する学者の考えが一変しても、りんごはやはり下へ落ち彼岸(ひがん)の中日(ちゅうにち)には太陽春分点に来る。これだけは確実である。力やエネルギー概念がどうなったところで、建築土木工事設計書に変更を要するような心配はない。
 アインシュタインおよびミンコフスキー理論のすぐれた点と貴重なゆえんはそんな安直な事ではないらしい。時と空間に関する吾人(ごじん)の狭いとらわれたごまかしの考えを改造し、過去未来を通ずる大千世界の万象を四元の座標軸の内に整然と排列し刻み込んだ事でなければならない。夢幻的な間に合わせ仮象を放逐して永遠実在の中核を把握(はあく)したと思われる事でなければならない。複雑な因果の網目を枠(わく)に張って掌上に指摘しうるものとした事でなければならない。
 この新しい理論を完全に理解する事はそう容易な事ではないだろう。アインシュタイン自分の今度書くものを理解する人は世界じゅうに一ダースとはあるまいと言ったそうである。この言葉がまた例によって見当違いに誤解されて、坊間に持てはやされている。そして彼の理論の上に輝く何かしら神秘的の光環のようなものを想像している人もあるらしい。
 特別な数学的素養のない人でも、この理論の根底に横たわる認識論上の立場の優越を認める事はそう困難とは思われない。かえってむしろ悪く頭のかたまったわれわれ専門学者のほうが始末が悪いかもしれない。この場合でも心の貧しき者は幸いである。
 一般化された相対論はとにかくとして、等速運動に関するいわゆる特別論などはあまりにわかりきった事であるためにわかりにくいと言われうるかもしれない。それはガリレー以来、力学が始まってこのかただれも考えつかなかったほどわかりきった事であったのである。ここでアインシュタインが出て来てコロンバスの卵の殻(から)をつぶしてデスクの上に立てた。
 だれにでもわかるものでなければそれは科学ではないだろう。

       二

 暦の上の春と、気候の春とはある意味では没交渉である。編暦をつかさどる人々は、たとえば東京における三月平均温度摂氏何度であるかを知らなくても職務上少しもさしつかえはない。北半球の春は南半球の秋である事だけを考えてもそれはわかるだろう。
 春という言葉が正当な意味をもつのは、地球上でも温帯一部に限られている。これもだれも知ってはいるが、リアライズしていないのは事実である。
 しかしたとえば東京なら東京という定まった土地では、一年じゅうの気候変化にはおのずからきまった平均の径路がある。それが週期的ないし非週期的の異同の波によって歳々の不同を示す。
 この平均温度というものが往々誤解されるものである。どうかするとその月にその温度の日が最も多いという意見に思いちがえられるのである。しかし実際は月の内でその月の平均温度を示していた時間はきわめてまれである。
 それと事がらは別だが、いわゆる輿論(よろん)とか衆議の結果というようなものが実際に多数の意見代表するかどうか疑わしい場合がはなはだ多いように思う。それから、また志士学者が言っているような「民衆」というような人間は捜してみると存外容易に見つからない。飢えに泣いているはずの細民がどうかすると初鰹魚(はつがつお)を食って太平楽を並べていたり、縁日盆栽をひやかしている。
 これも別の事であるが流行あるいは最新流行という衣装や粧飾品はむしろきわめて少数の人しか着けていない事を意味する。これも考えてみると妙な事である。新しい思想学説でも、それが多少広く世間に行き渡るころにはもう「流行」はしない事になる。

       三

 春が来ると自然生物界が急ににぎやかになる。いろいろの花が咲いたりいろいろの虫の卵が孵化(ふか)する。気候学者はこういう現象の起こった時日を歳々に記録している。そのような記録農業その他に参考になる。
 たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四五日ぐらいの範囲内にあるのが通例である。これはなんでもないようでずいぶん不思議な事である。開花当時の気温を調べてみても必ずしも一定していない。無論その間ぎわの数日の気温の高低はかなりの影響をもつには相違ないが、それにしてもこの現象決定する因子はその瞬間の気象要素のみではなくて、遠くさかのぼれば長い冬の間から初春へかけて、一見活動の中止しているように見える植物内部に行なわれていた変化積算したものが発現するものと考えられる。
 そこへ行くと人間などはだらしのないものである。仕事が忙しかったり、つい病気したりしていると、いつのまにか柳が芽を吹いたり、桜のつぼみのふくらむのを知らないでいて、急に気がついて驚く事がある。


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